道路レポート  
秋田峠 盛夏編 その1
2004.2.10



 秋田峠は、実は以前も紹介しようとして、未完のままになっていたのだが、再走したので、改めて紹介しよう。
前回は、大雪のなか五城目側から上小阿仁へと抜けのだが、今回はその逆に同じ道を辿った。

あの雪中行軍のレポートが、なぜ途中で行き詰まったかと言えば、余りにも雪ばかりの景色で、本来の旧道らしさが感じられにくいと言うこと。 そして、「寒い」や「つらい」という言葉ばかりしか出てこない探索だったのだが、私の少ないボギャブラリーでそれをありのままにお伝えしようとすると、ワンパターンなレポートにならざるを得なかったからだった。
まあ、言い訳はこのぐらいにしておいて。


国道285号線 上小阿仁村南沢 
2003.8.7 11:49


 この顔が、何を意味するのか分かるだろうか?



 暑い。

とにかく暑い。

気温は摂氏35度。

風はなく、アスファルトはフライパンのよう。




 秋田峠は国道285号線の南秋田郡五城目町富津内と北秋田郡上小阿仁村南沢の間に位置する峠である。
ここには、県都秋田市と県北最大の都市大館や、鹿角・弘前方面への短絡線として、古くから道が通されていた。
現在の国道は、昭和28年に開通した主要地方道米内澤五城目線の道筋を基本に改良された物であり、その以前には現在の峠よりも南よりの笹森峠や、北よりの黒森峠などが利用されていたというが、いずれも廃道となって久しい。
そして、初代の秋田峠もまた、徐々に廃道化が進んでいる。

今回は、その姿をお伝えする。



 この秋田峠には、一言で旧道といっても、その旧化時期はまちまちである。
そのなかでも、最も新しく生じた旧道は、ここ南沢地区にある。
この南沢が新道に切り替えられたのは平成15年の春であり、この切り替えによって、1981年頃から連綿と続けられてきた秋田峠前後の改良は一応の完成を見たのである。

写真は、旧道沿いの上小阿仁貯木場。
現在の秋田峠に自動車の通える道が出来る前は、ここに車道を敷くべきか、それとも鉄道を敷くべきかで、真剣に調査が行われていたと聞く。
五城目には、奥羽本線から盲腸のように伸びた秋田中央交通五城目軌道があったし、またこの上小阿仁には、二ツ井町まで既に立派な森林鉄道が敷かれていたから、鉄道一米線構想(一日市…今の八郎潟町の旧称と、米内沢を結ぶ。米内沢には既に国鉄阿仁合線が来ていた)というのも、現実的に検討されていた。

結局は道路案に負けてしまったわけだが。



 南沢の旧国道の大部分は、生活道路として利用されているが、僅かに廃止された部分もある。
アスファルトがはがされることもなく、放置されていた。




 旧国道沿いには数軒のドライブインがあったが、現在はどれも廃業してしまった。
道路の改良に払われた犠牲を、我々は忘れてはいけないだろう。

ここ、元「ドライブイン上小阿仁」は、旧道現役時最後まで営業を続けていた。
私も、この特徴的な建物は通る度に、上小阿仁に来たんだなという旅感を得た物だった。
ただ、その降りたシャッターの前に小さな自転車がたくさん並んでいるのを見て、少しうれしい気持ちがした。
夏休みの宿題でも、集まってやっているのかな。


 集落が尽きると、直ぐに急な上り坂が始まる。
ここから、旧道は秋田峠目指し、長い登坂を開始する。
ガードレールなどは当時のままだが、旧道化した直後に舗装が一新され、とても旧道とは見えない。
現役当時より、いい道に生まれ変わっていた。
冬季に事故が多発した急な勾配はもちろんそのままだが。




 ひとしきり登ると、再び平坦に近くなる。
ここは小阿仁川と朧沢の合流点に形成された段丘である。
国道はこの先、朧沢に沿って峠に迫る。

一方、小阿仁川の上流には萩形ダムがあり、その先まで長い長い山道が続いている。
この道、県道とはいえ昨年末には大崩落を起こして通行止になったりと、かなりハードな路線だ。
そして、萩形臼内峠という山越え区間は万年通行止である…。

詳しくは、馬場目林道のレポートを見てほしい。




南沢〜朧沢
12:02

 県道との分岐点で一旦現国道に合流するが、500mほどで再び旧道は右に逸れていく。
現道は、平成13年に完成したばかりの南沢トンネルで、まっすぐ峠を目指す。

さあ、旧道へ入ろう。



 この旧道はまだ廃止されて2年ほどで、しかも通行を遮断しているわけではないので、ちょっと廃れた国道といった面持ちである。
もう何年かして、積もった落ち葉で路面が変色したりツタが這うようになると旧道としての貫禄が出てくるのだろうが、現在は長距離ドライバーの仮眠に不正使用(?)されていたりして、それなりに活用されている。

まもなく、一本のスノーシェードが現れる。



 現役当時でも特に照明が照らされていた覚えはないが、やはり旧道というイメージのせいか、いや、繁茂した植生のせいだろうが、妙に薄暗い。
赤と白のツートンで塗り分けられており、一寸だけオシャレである。

なお、あの大雪の日も、私はめげずにこの旧道区間も走った。
正確には、自転車を大部分押しで、“歩いた”であるが。
そのときの写真も見ていただこう。


 2002年11月14日。
時ならぬ深雪に閉ざされたスノーシェードだ。
この時には存在していた道路脇の制限標識は、今回の探索時には支柱だけを残してスッカリと消滅していた。

僅かな期間でも、そこには確かに、現役の道では起こりえない荒廃があった。



 500mほどの旧道は、再び南沢トンネルを出てきたばかりの現道にぶつかるが、合流せず再び右に逸れていく。

今度は、廃止後10年以上を経過する、そこそこ年季の入った区間だ。




この先も、旧道は微妙に現道とは異なる道を通っていく。

秋田峠の旧道探索は、まだまだ始まったばかり。

次回は、いよいよ本格的な旧道だ。





その2へ

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