これが新装になった市道荒砥沢線である。
背景の奥の方に草色の大きな土手のような物が見えるが、ロックフィル形式の荒砥沢ダム本体だ。
私は平成14(2002)年にあのダムの対岸を自転車で通過しているが、残念ながらこちらには来ていない。もし来ていれば、被災する前の市道を通行できただろうに、当時の私は未来を予知しなかった。
え?
手前に写っている人物の蛍光色のために、背景が見えづらい?
この人は、まあヒヨコ色の服装からみんな分かると思うが、山行がの最新レポには久々の登場となるトリさんだ。
今日は私とHAMAMIさんとトリさんの3人で、早朝から近くの林鉄を探索していたのだが、日が落ちる前に下山できたので、私が以前から気になっていた荒砥沢ダムの調査に2人を連れ込んだのである。
なので、2人は全く予期しないままで、この先の場面を体験するのであった。
この写真は、上の写真と反対に、ダム湖の上流側を撮影した。
一番遠くに見える雲を被った頂が、栗駒山だ。
……、
うん、なんか見えるね。
白っぽい地肌がメロリと露出した部分が、ところどころにある。
そういう所は一箇所だけじゃないが、あれらがおそらく岩手・宮城内陸地震の爪痕なんだろう。
中でも一箇所、右奥の方に見える崖はひときわ範囲が広く、ちょうど我々が向かおうとしている方角にある。
……、旧道に引導を渡したのは、あの崖を露出させるに至った地すべりなんだと思う。
それでは、車を駐めた所から、歩いて旧道へ向かおう。
14:40 《現在地》
ここが、新旧道の分岐地点か。
旧道側はシャッターで封鎖されているが、特にその理由は表示されていない。
分岐の様子も、誰が見ても新旧道分岐という感じではなく、たぶん新道を車で走ったら、何の違和感も持たずに通過すると思う。
誰かの軽トラが停まっているのがちょっと気にはなるが、山はいたって静かで、工事や作業をしている様子もないので、私を先頭に3人はゲートの向こうへ足を踏み入れた。
入口の風景に露骨な旧道感はなかったが、一歩足を踏み入れてみると、
…………う〜〜ん。 臭うね。
元はセンターラインがある2車線道路だったのに、ラインは消えたままで無視され、乾ききったタイヤ痕が道路中央を蹂躙していた。
本来あった道幅も、両側から雑草に押し込められて縮小し、廃道というか未成道のような雰囲気を醸していた。
この旧道、確かに旧道ではあるが、もし災害がなければ絶対まだ現役でいられただろう、新しい道だ。
正確な開通年は不明だが、平成5(1993)年に荒砥沢ダムの主要工事が完了し、翌年3月に試験湛水開始、事業全体の完成は平成10年度となっている。ダムの関連道路とみられる道の完成も、平成5年頃であろうか。(平成4年には既に開通していた記憶があるという、ダム関係者からの情報もいただいている。)
被災は平成20(2008)年であるから、15年程度しか使われていない道なのである。
そりゃあ、未成道感も醸しちゃうよねという話で。
分岐から150mほど直線で、この間に新道はどんどんと高度を上げて右へ離れていくので、旧道の行く手にご覧の左カーブがあらわれた時点で、早くも山中に取り残された印象である。しかも、新道が上っていくのに対し、旧道はいったん湖畔近くまで下るので、まるで別の場所を目指す道のようだ。ここで新道が考えていることは、旧道を呑み込んだ1km四方の広大な地すべり領域に絶対に近づきたくないということな訳で、新道が早々と離れていくのも道理であった。
刈り払いが全くされていないため薄暗くなった旧道の路肩に、デリニエータが残っていた。
そしてその表面に、かすれた文字で書かれた「栗駒町」が残っていた。
栗駒町は、平成17(2005)年に合併によって栗原市の一部となった。
風景的にはいまいちパッとしない旧道を歩いているこのときも、我々は着実に境界へと近づいていた。
それは唐突に我々の前に現れた。
14:47 《現在地》
分岐から400mの地点
境界
荒砥沢地すべり災害の影響圏の境界。
ここまでは不動の大地で、この先は、地すべりによって位置を変化させた地表面である。
と は い え 、
被災から10年余りが経過し、かつ対策工事も一応終了した状況であるから、
この時点で荒廃を感じたり、危険を感じるということはなかったが、
道のカーブが境界を境に反転しているのが、まず気持ち悪いよね…
…という、道路愛好家的視点からの物言いがさっそく付いた。
あと、舗装もここで終わっている。
これは事象としては、とても小さい。道路の舗装が途切れるなんて、全く珍しい場面じゃない。
でも、なぜここで舗装が途絶えているのかということまで考えると、
とたん、絶望感が湧いてくる。
改めて、現在地の周りの様子を、被災前後の空撮写真で比較してみよう。
ちょうど現在地より先が、地すべりに呑み込まれたことが分かる。
あったはずの道が消え、なかった場所に道が出来ている。
私が立っている場所は、この未曾有の異変の先端であり、
あの日これより先にいたら助からなかったろうという境界だ。
14:48
“境界”を過ぎた道は1車線の砂利道になり、それまで路傍にあったデリニエータ、ガードレール、側溝などが、全くなくなる。
いまのところ、GPS上では旧来の道をなぞっているものの、おそらく地表の高さが変わっているのだと思う。
旧道の痕跡は全く見えなくなった。
今いる砂利道は、災害復旧工事のために新たに作設された工事用道路である。
そして、一応は旧道の位置をなぞっているという状況も長く続かず、“境界”から100mほど進んだところで、旧道時代の地形図とは明らかに異なった地形が目の前にあらわれた。
同時に、工事用道路が二手に分かれていた。
このどちらも工事用道路であり、旧道ではないが、写真正面奥に見える青々と樹木の茂る尾根上が、“流れてきた旧道の在処”=目指す場所だと思う。
あそこへ行くには、たぶん右の道を登っていくのが正解だ。
先ほど発災前後の航空写真を比較したが、地形図も比較してみる。
この先は地形が変わりすぎていて、旧地形図は全く役に立たない。
普通なら、旧地形図に道が描かれていた位置に辿り着けば、そこに地図から消えた廃道が横たわっているわけだが、
ここではそういう常識が役に立たない。道は地形ごと消えてしまったのである。
写真は、上記の「現在地」から左の道を20mばかり進んだ地点の眺めだが、
トリさんが見下ろしている道の行き先は、以前は湖だった。
右側の小高い山がある辺りは、湖に通じる細長い谷だった。
山崩れによって押し出されてきた山が、湖と谷を埋めて、
この新たな地形を作り出した。
これが、生まれは地味な農業用ダムだったはずが、とんでもない目にあった愛染湖だ。
あの日、湖面の10分の1が一瞬で陸地化し、その衝撃は高さ3mの津波となってダムの堤体に迫った。
時期的に貯水量が少なかったことや、直接ダムに津波がぶつからなかった湖の形状などの幸運が重なって、
第2のバイオントダムの惨事となることは避けられた。
だが、誰も想定しない形で貯水量が減少し、本来の機能を保つべく副ダムを造成しなければならなくなった。
さて改めて、直前の分岐より右の道へ進む。
いきなり凄まじい急坂だが、この道がある斜面自体が、押し出されてきた山である。
まあ、そうと言われなければ、樹木が生えていないことくらいしか特徴のない、造成に失敗した土地のような雰囲気だが…。
だがよく見れば、変な雰囲気がある。
作られた段々法面工の中に、唐突にぴょこっと突き出した土尾根があって、その痩せ細った尾根の上に数本だけ杉が生えていた。
あんな所にわざわざ杉を植えるとは思えない。
これはおそらく、広い植林地が山ごと押し流される中で、たまたま地中の硬い部分が尾根として現れ、根付いていた数本の杉が生き残ったということだろう。
周囲にはこういう白っぽい地盤の断面が、ところどころに崖となって露出していた。
だいぶ緑化しているが、その地表は極めて起伏に富んだ複雑な地形を見せている。
歩けないような傾斜を持った場所も多くあり、見た目以上にルート選択は慎重にする必要がありそうだ。
14:55 《現在地》
工事用道路だけに許されるような、踵が浮くような急坂をひとしきり登ると、ややなだらかな所に達した。
そこには、ここの復旧工事の事業主体である、東北森林管理局宮城北部森林管理署が設置した大きな案内板が2枚、だいぶ唐突な印象で出現したが、それぞれ不同沈下している感じなのが、場所が場所だけに笑えなかった。
一時は全国の土砂災害対策関係者の注目を集め、視察ツアーなんかが組まれたりもしていたのだろうか。
でも、この後に起こった東日本大震災のインパクトが強すぎたせいなのか、少なくとも私にとっては、いつの間にか崩れていつの間にか復旧が終わっていたという印象だった。すまん。
工事用道路として車両が出入りしていたと思えるのは、案内板の広場までだった。
その先は、灌木がうっとうしく生い茂る斜面地帯となり、全く見通しが利かないので、GPSで進みたい方向だけを定め、あとは無理矢理進もうかと思ったくらいだが、そうこうしているうちに、ピンクテープで目印を付けられた狭い刈り払いが、ちょうど進みたい方角へ延びているのを見つけた。
この刈り払いが私と同じ目的地であることを願いながら、再び急坂となったそれを辿っていく。
刈り払いは刈り払いでしかなく、道とは縁もゆかりもないところなので、楽しいと感じられる要素は薄い。
だが、この刈り払いの先が、世界から孤立した旧道なのだとすれば、辿る価値がある。
断層崖のような、唐突に突き上げる急斜面を、全身でよじ登る。
そうすると、ある地点から急に、
斜面の色が……、手触りが……、変わった!
舗装路面の下に敷き詰められているような目の細かい砂利が大量に現れた。
そればかりか、コンクリート製のU字溝が!
これはいよいよ?!
15:07
“目的エリア”へ到達。
舗装路面だッ!!!