道路レポート  奥産道 太田沢内線 その1
2005.1.26


 これから紹介する道は、未完の道である。

東北地方を東西に分かつ、北日本の脊梁である奥羽山脈。
秋田県と岩手県との境界は、鹿角市付近を除いて、完全に奥羽山脈の主稜線に一致している。
その海抜は、火山地帯である秋田県南部、および北部では高く、一部は1500mを超えている。
対して、中部は海抜1000m界隈で、その盟主は和賀岳、海抜は1440m。
同じ秋田県内にある、今や全国区の観光地名ともなった白神山地に匹敵する、恢廓なブナ樹林地帯である。
この一帯を、特に和賀山地とも呼ぶ。

右図は、和賀山地を横断し、秋田県と岩手県を結ぶ道たちである。

北から、
国道46号線仙岩峠で、この辺りが、和賀山地と、北に接する八幡平山地との境界線である。
秋田自動車道開通以前は、秋田県と岩手県を結ぶ最大の交通路であった。

そして、その南側には広大な無車道地帯が、和賀岳を挟むようにして、おおよそ直線距離で30kmも広がる。
次に現れる車道は、昭和の終わり頃に開通した峰越連絡林道の真昼岳林道である。
全線未舗装、最高海抜900m、30kmを超える山越えは、奥羽山脈とっていると言う実感を通る者に与えてくれる。
一帯でも、最も険しく、年中復旧工事に追われている難路である。

そして、この南側は急に道数が増えてくる。
未だ車道不通の万年工事中県道「主要地方道花巻大曲線 笹峠」では、峠を挟む残り5kmほどの建設の凍結が論議されており、今ピンチ!
広域基幹林道の萱峠線もまた、30km近い延長で奥羽山脈を横断する迫力の山岳林道である。
こちらも荒廃が年々進んでいるようで、一般車両は不能だ。

南端は、奥羽山脈の天然の風穴。
僅か海抜250mは、脊梁の中部としては稀な低さであるが、この巣郷峠を通るのが国道107号線、そして、秋田自動車道である。
言うまでもなく、秋田県南部と岩手県中部の交通要衝だ。


このように、幾つかの車道が既に開通し、または、建設中である。
しかし、今一度地図を見て頂きたい。

全線を点線で示した「奥地産業開発道路」、 通称 “ 奥 産 道 ” 

そこには、長大な道が、半ば造られたまま眠っている。
しかも、未開通の峠を挟んだ未完の区間は、意外に僅かなのだ。
そのことに、現地で気が付いた時、私は興奮に震えたものである。


前置きが長くなったが、今回はこの奥産道の、秋田県側を、紹介して参りたい。

なお、一応色々と調べたが、奥産道という事業の仕組みなどは分からなかった。
全国に同じ名で呼ばれたことがある道は幾つも存在したようだが、その大半は完成後、県道などに昇格し、開通後も奥産道と呼ばれているケースはないようだ。
誰か、詳しい方がおられたら、奥産道の仕組みを、是非教えて頂きたい。


奥産道の起点 太田町 川口
2004.9.15 7:55


 奥産道は、各地で昭和40年代に計画・施工が始められたようである。
この地の奥産道もまた、同時期に計画されたものと思われる。
不思議なことに、奥産道には、これと言った路線名は無いようで、いくら調べてみても、この道の固有名詞として適切なものを見つけられなかった。

その計画路線について、分かる範囲で述べよう。
秋田県仙北郡太田町より川口渓谷に沿って東進し、源流の川口鉱山跡までは概ね鉱山道路や、その後に開設された町道(横沢バナ沢線)を改修して利用。 鉱山付近よりいよいよ山肌を割って稜線を目指し、奥羽山脈主稜線を、蒼シカ山と鹿子ノ山に挟まれた標高800m弱の鞍部で越える。
岩手県和賀郡沢内村内に入ると、和賀川の源流の一つ砥沢に沿って東進。
鉱山跡からこの辺りまでが、この奥産道計画で新設される予定だった区間だ。
この先、旧来の村道安ヶ沢線の改修となる、もう一つ峠を越えて和賀川本流沿いに降下すると、間もなく川舟地区で、主要地方道に合流し終点。
地図上からの推定総延長は、25km程度と考えられる。

そして、現地踏査の結果、秋田県側の道は、川口鉱山跡まで完成している!
一方、岩手県側の道も、砥沢付近までは完成していることが判明した。
もう、残りは5km程度と思われる。
しかも、地形的には比較的穏やかな、ブナ森林地帯を、もう5km切りひらけば、クリアーだったのである。

もちろん、「待った」をかけたのは、 自然保護の人たちだったようである。





 奥産道の工事は両県側で行われたが、最終的に休止(中止ではないようであるが…)を言いだしたのは、岩手県であるようだ。
それは、平成10年頃のことで、関連する幾つかのニュースがネット上にも残っていた。
秋田県側の工事は、川口川沿いの町道を改修する区間が主であったが、さらにその奥の山越え区間にも着手していた。
工事中止を打診された秋田県は、最終的にこれを了解し、両県共に建設は凍結という結論となった。
それ以来、永く工事中で通行止だった道も、既開通区間が再開放され、それまでまともな道がなかった川口渓谷という観光地を、太田町が売り出すチャンスを得た。

奥羽山脈が仙北平野にいくつもの河川を落とし、扇状地が複合して太田町の町土を形成している。
川口川は、そんな河川の一つである。

写真は、川口地区の道。
この先間もなく、奥産道区間が始まる。
眼前の奥羽山脈を越えていくを、この道はほんの10年前まで、現実に見ていたのだろう。


 最近開通したばかりの広域農道が交差する場所に、立派な青看が立っていた。
直進が「奥羽山脈」かと一瞬見えたが、「奥羽山荘」と、「川口渓谷」であった。
しかし、計画通り進んでいたら、おそらく直進の矢印の上には県道の記号が乗っていたんだろうな。
路線名は、太田沢内線が妥当か。
もちろん行き先表示も、堂々と「 沢内 花巻 」となっていたに違いない。

そう、確かにこの道が開通していたら、秋田市と花巻とを結ぶ、最短ルートに間違いはなかった。
秋田と盛岡なら国道46号仙岩峠、秋田と北上なら国道107号巣郷峠、その中間の秋田と花巻なら、間違いなく、この道だったはず。
沢内と花巻を結ぶ難所中山峠に長大隧道が穿たれた今、この奥産道の価値は、確かにあっただろう。

太田町が描いた夢は、透ける青空に続く矢印のような、果てしないものであったのか。


 立派な舗装路は、奥羽山荘(川口温泉)の前で、プツリと途切れる。

センターライン付きの舗装路が砂利に消えると、そのまま間もなく1車線に狭まる。
そして、山岳道路が始まる。




 砂利になった矢先、早速の注意書き出現。

  落石により この先1.3km通行止 

   道路管理者 太田町長


川口鉱山跡までは、手持ちの地図に道路が描かれていたが、そこまではおおよそ7kmほどありそうだった。
となると、かなり前半で通行止ということだ。

一体どうなっているんだ?
まさか、大の苦手のオヤジ達出現というのは、勘弁してくれよな。
復旧工事中だったりしたら、侵入不可の線は大いにある。


 そして今度は一軒の建物が現れる。
これは、鹿子温泉の一軒だが、麓の奥羽山荘に客を奪われてしまったのか、閉鎖されている。

この無人の建物を右手に見ながら、1.5車線幅の広い砂利道を、緩やかに上っていく。


 

思わず、心臓が高鳴った。

分かる人には分かるだろう、この気持ち。

これを見つけるまでは、果たして奥産道跡などといっても、何か普通の林道と違うものが残っているのか、全く自信がなかった。
徒労になることも覚悟していた。
行き止まりの林道など、誰も好き好んで立ち入りはしないものだ。

だが、この立派すぎる青看標識は…。

決まったのだよ。

ここが、ただの林道ではないということが!







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