(一)太井上依知線 小倉不通区    第1回

所在地 神奈川県相模原市城山町
公開日 2007.9. 4
探索日 2007.9. 1


 神奈川県道511号太井上依知(おおいかみえち)線は、相模原市津久井町太井と厚木市上依知とを結ぶ、全長12.7kmの一般県道である。
その全線が相模川に沿っており、城山・津久井方面から相模原市南部及び厚木方面への抜け道として、朝夕を中心に交通量の多い都市近郊路線である。

 この道には、“知られざる区間”が存在している。

しかし、頻繁に利用しているという方でも、まずその存在を知る人はいないと思う。
“知られざる区間”なのだから。

 通常、この県道の起点は、城山町小倉の小倉橋交差点であると思われているし、あらゆる地図はそのように描いている。私の持つ数種類の地図から“google map”に至るまで、そこを起点として描いていない地図はなかった。
だが、そこはあくまで城山町小倉である、路線名にある起点津久井町太井とは最低2kmの隔たりがある。
もし県道名にその路線の趣旨や接続目標といったものが反映されているなら、本県道の場合、いまなお未開通の区間が存在するのではないか。

 県道ハンター系道路好きならば、当然そのように考える。
しかし、市販の地図に記載がない上、擬定しうる道は点線のものでさえ存在しない。
或いは他の県道や国道と重複して指定されて、そして太井に達しているのかもしれない。そう考えれば、何となく解決した気になる。
もしそうでないにしても、そもそも未開通で現道が存在しないのであれば、探求しようがない。

 しかし、ある人物との希有な出会いが、事態を急展開させることとなった。
その人物は、仮にK氏としておこう。
このK氏なる人物、地図会社に勤めており、我々道路好きにとって“禁断の箱”である“道路調書”を総覧できる立場にある。

 山行がではおそらく初めて出てきたこの“道路調書”とはなんなのか。
簡単に説明すると、道路管理者が制作し管理する、その道の詳細な設計図であり路線図である。
500分の1程度の大縮尺地図中に、実際に測量された各種データが書き加えられており、主に行政で利用されている。
それを見れば、勾配や幅員、曲率半径などの細かなデータを知ることが出来る。当然、どこが道に指定されているのかも分かる。
これを“禁断”であるとしたのは、一般に手に入れるためには手数料という料金がかかる上、閲覧の手続きにそれなりの手間と時間もかかるからに他ならない。これを趣味で閲覧していてはキリがないと、私はそう考えていた。

 K氏が私にもたらしたのは道路調書そのものではないが、彼がそこから知り得た“極めて信憑性の高い”経路情報である。
いわば、どこを通っているかという、形についての情報である。
そして、その情報を元にして描いた“知られざる区間”の全体像は、次図の通りだ。



 この地区の交通事情を知っている方ならば、「オオッ」と思ったのではないだろうか。
それは、長年にわたり渋滞の多発地点として悪名高い城山ダム堤体上の国道413号をバイパスする、一見して極めて有意義な路線である。
むしろ今日まで実現していないことが不自然に思える、いわば必然の道のようである。

 にもかかわらず、何故に道は延長されていないのか。
そして、調書上には確かに実線として描かれている県道とは、現実のものなのか。
前者の回答は、容易に建設できない地形だからだと想像できる。相模川右岸の隙間無く描かれた等高線を見れば誰でもそう思う。

 …調書上の県道は、現実のものなのか。

その答えは、聞くよりも自分で確かめたいと思った。
藪の濃いのも覚悟の上で、真夏の津久井湖へと向かった。




霧の人造湖 幻の起点

 津久井湖 城山ダム


 2007/9/1 12:47 【現在地:城山ダム堤体上 国道413号】

 車なら自宅から30分くらいで着ける津久井湖は、いまの自分にとって最も手軽に山の風景を味わえる場所の一つである。
まだ関東に越してきて日の浅い自分には、ちょっとした息抜きのためにも、こういった場所は欠かせない。
だが、今日はこの馴染みの津久井湖に、いつもとは違う鋭い目を向けねばならない。普段なら見過ごすに違いない緑の斜面に、一本の県道を見出さねばならない。

 写真は、国道413号の「城山大橋」だ。
橋と名前が付いているが、津久井湖を形作る城山ダムの堤体そのものである。
幹線国道がダムの堤体を通過するのは全国的に見ても珍しい。そして、ここでは渋滞が多発している。
もっとも、少し考えればそれも不思議ではない。
橋の一方は直角に近いカーブになっており、そこでの大型車同士のすれ違いは困難だし、そうでなくても堤体上という特殊な立地ゆえ、無意識にアクセルが緩むのだろう。
それに、そもそもの通行量が容量オーバーしているのだ。附近に代替となるルートが殆ど存在しないのだからやむを得ない。
これから赴こうとしている県道が現実のものなら、至急解放して欲しいくらいだ。



 堤体附近の駐車場から、対岸(右岸)を見渡す。
この日は午前中に一度雨が降り、昼前に止んだ。しかし、私が津久井湖に着いて車からチャリを降ろしたときには、また降り出しそうな感じであった。
たかだか海抜375mに過ぎない城山(背景の山)の上の方がすっぽりと雲に隠されていることからも、じきの雨は必然と思われた。
しかし、お陰で連日の猛暑がなりを潜めている。
こんな日でなければ、藪を掻き分けるかも知れない県道の捜索になど赴く気にはなれなかった。

 さて、問題の県道はまだ見いだせない。
写真には、想像される県道のルートを強引に表示したが、一部見えると言えば見える気がするものの、とても車道がありそうな雰囲気では無い。
そんなことは、来る前から百も承知だったのだが…。



 青汁のような色をした水を湛える津久井湖。
この上流流域には、主に山梨県東部の数十万を越える人口があり、湖水が栄養に富むのもやむを得ない。
もっともこれは公害ではなく、光合成で水を浄化させる取り組みの結果であると思う。
このダムからは、下流域百万を越える人口が生きるための水を得ている。



 堤体上の「城山大橋」の様子。
休日ともなれば、この狭い歩道上に散歩する人が列を成し、車路を鉄の塊がビッシリと埋める。
しかし、この橋にこれ以上の輸送能力を求めることは、ほぼ不可能だろう。




 ダムからの通常放水に利用されるオリフィスゲートを、堤体上から見下ろす。
緩やかな曲面を成す放水路の底まで、ここから約75mある。
設置されている鉄の扉はラジアルゲートと呼ばれる形式で、写真上部の軸を中心に扇状の扉が上下に動く事で、放水量を調整する。
このダムには、これと同じものがもう1基ある。
また、緊急時の放水に用いるクレストゲートが他に4基設置されている。

ただし、これらのゲートを見下ろすことが出来るのは歩道のない側の路肩からだけであり、大型車の通行に際して非常な恐怖を感じることになるのでオススメしない。



 クレストゲート越しに見る下流の山河。
対象が通るのは、向かいの一面緑の斜面の中である。
そこを、ほぼ水平に横切っているはず。
水面からの高さは、この堤高より遙かに上であるから、少なくとも100mを越すだろう。

例によって、無理矢理「仮定線」を挿入してみたが、見えはしない。

なお、スカイラインに沿って送電線が通っており、写真では白飛びしているが肉眼で確認した。
K氏から提供された図には、県道が送電線の下をほぼ直角に横切るように描いてあった。
彼我は余りに遠く感じられる。
もし道が存在するならば、それは如何なるものだろう。
武者震いと言えば聞こえはいいが、私は緊張に震えた。  




 起点の捜索


 直角に近い急カーブで陸と接している城山大橋右岸取り付き部。
対象は向かいの山の中を横切っている筈で、当初からは大分近づいたが、まだ何も見いだせない。

 No escape!!

限りなく不安な状態のまま、早くも対象との接続地点を迎える。
県道511号の起点として台帳上に記号を付された地点は、このカーブから30mほど道なりに進んだ所である。
これまで何度か通ったこの道に、そのような分岐は無かったと記憶しているのが…。



 この写真に写る範囲内に、向かって左側へ分岐する道があり、それが県道511号の始まりとなるはず…。

案の定降り出した雨を散らして足早に過ぎていく車の中に、そのような分岐を意識した動きは見られない。



 私が目にしたのは本来の道路台帳自体ではなく、そこから地形図上にルートをなぞったものであるから、細かい誤差はあるのだろうと思っていた。
だが、ずばりそこに、道は存在した。
それは期待した車道ではなく、階段で始まる歩道でしかなかったが、これまで全く県道などと意識したことのない道が、提供された地図の通りに存在したことに、まず驚く。
ここは確かに相模原市の大字太井に位置し、路線名にも嘘のない起点となる。
そして実は、この始まりの階段の部分に限っては、地形図や大縮尺の市販の地図にも描かれている。だが、流石にこれを県道だとしているものはない。

台帳上に存在する分岐は、確かに実在した。
しかし、何か証はあるだろうか。
現地で証が見付けられれば、それより探索者冥利に尽きる事はないのだが。



 路傍の夏草を踏みしめて探したのだが、ゼロキロポストなどの決定的な物件は発見できなかった。
写真の「道界」と彫られた標柱は幾つもあったが、これは国道敷きに沿って設置された国道側の付属物と思われる。

お隣東京都の場合、都道のゼロキロポストは目立つ三角柱のポールであり、そのようなものがあればと思ったのだが…。

ともかく、階段の先へ進んでみることにする。



 12:56 【現在地:県道511号起点】

出だしからこれって…。

正直、気乗りがしない。

だってこれって、まともな道が小倉まで2km以上も続いているはずがないって、そう断言できる始まり方じゃないか。
そもそも、車道である期待は最初に断たれてしまったわけで。

これじゃテンションも上がりようがない… 
しかしまあ、見付けちゃった以上、道が続いている状況で引き返すのも悔しいわけで…。



 始め20段くらい、その先断続的に10段くらいの階段があったが、それを乗り切れば、後はなだらかなスロープ状の歩道である。
途中に「関東ふれあいの道」という案内図があって、津久井湖を見下ろす城山を巡るハイキングコースの一部として案内されている。
ただしその案内図には、県道があるべき相模川右岸について、一切の道が描かれてなかった。
遊歩道として整備されている道も、長くは続かないと想像された。

それを知り、うれしさが半分、怖さが残り半分だった。



 13:00 【東屋】

階段を交えつつ150mほど進むと、東屋が建つ小さな広場に達する。
まだ、すぐ眼下に国道は見えており、30mと離れていない。
ここで遊歩道が三方に分かれていく。いま来た道と合わせ十字路になっていると言った方が、分かりやすいか。

こんな遊歩道の、“どうでも良いようなカーブ”まで、いただいた図面には反映されていた。
気持ち悪いくらいだ。行政は全てお見通しだというのか(←確かにそうだろう…笑)。
県道の指定線は、この写真で言えば正面左奥から上ってきて、切り返し右奥へ進むことになる。

 上等だ。
何一つ県道らしいものは見いだせないが、いまは信じて進もう。



 進路を変えてからは階段も無く、桜の大木が茂る北向き斜面を緩やかに登る。
“桜の小道”と銘打たれた道である。周囲は庭園として管理された自然だ。

写真は、遊歩道から見晴らす津久井湖と対岸の三井地区(左奥)。
フレーム外だが、さらに左側上流方向に向かっては、以前紹介した“極狭県道”「三井相模湖線」が延びているのだった。

津久井湖畔には、何故に怪しげな県道が集まるのだろう。



13:00 【桜の展望台】

労せずに遊歩道の終点、“桜の展望台”に着く。
ウッドデッキが組まれ、道はそこで終わるかのようだ。

だが…。






意味深すぎる、木の扉。

目立ちすぎる、張り紙。

そして、

扉の奥の、狭いが確かな平場の姿。

森へ吸い込まれるように、続いている…。



次回、甘えを許さぬ 哭声の険道!


思えば、この日の私は色々と駄目だったんだ…。