2007/1/23 13:41 現在地
遂にとぼう岩と、その切り立った岸壁をへつるように横切る旧東京府道とを、我々は目前に捉えた。
だが、あともう一歩。
正確には50mほど… 道が足りない。
かつて一本に繋がっていたことを疑う余地はないが、対岸から撮影された右の画像を見ても…
この隔絶、
如何ともし難し。
私は、まだ道が平穏であるその最後の場所に背負ってきたリュックを下ろし、ペットボトル一本をポシェットに移し替え身軽になった。
トリ氏には待っていて貰った。
もし先へ進めそうであれば、向こうから振り返って呼ぶ事を伝えた。
それから、前進を開始。
最初は斜面に斜めに生えた木々が視界を邪魔したが、それらは重要な手掛かりにもなったし、精神的にもかなりの支えとなった。
そこを20mほど進むと、左の写真の景色。
見えてきたのである。
難所突破への足がかりが。
諦めるのは、まだ早いかも知れない!
ひょー!
恐ろしい。
流石に足が竦む。
だが、対岸からは見たよりは幾分、この谷は緩やかだ。
崖にへばり付く事をしなくても、道の名残なのか、或いは熟練の杣氏のものか、はたまた伝説の国土調査官によるものか、“死亡遊戯”へ達するまでの斜面にも、人一人分の踏み跡が現存している。
もっとも、その平場は例によって図示できないほど微かなもの。
そこに立つものだけが、己の器量によって見つけ出し、信用なると思えば己が責任で辿るべきもの。
何ら保証とは無縁の道。先人達からの秘密の贈り物。
踏み跡を見つけた私は、内心狂喜した。
これは、 い け る か も し れ ん!
道をかき消した谷の上部に、大鷲の嘴のようなお立ち台を持つ、特異な岩峰がそそり立つ。
これがとぼう岩なのか…。
これだけ巨大な岩山だが、これに匹敵する大岩が、付近には幾つも存在している。
おそらくとぼう岩とは、そのうちの一つを指す呼称ではなく、これらを全てまとめた名前なのだろう。
とぼう岩とは、日原の戸口の意味から名付けられたのだ。
あれは何だ!!
私は、その大岩の根本に不自然な形をした木組みのようなものを見つけた。
ここからでは、それが人工物であるかは分からない。
しかし、それを確かめに行くのはあまりに危険な行為と思えた。
今はまだ、目の前の道へ辿り着くことに専念したい。
はっきり言うが、この道だけで私の処理能力は一杯いっぱい。
こんな信じがたい道のさらに上に何かがあっても、そこまで手は回らん!
いまの私は、最大の正念場に達していた!
おそらく、ここさえ越えれば“死亡遊戯”。
その先どこまで行けるかは分からないが、ともかく伝説の一端へ足を運ぶことが叶う。
ここが、最後の難関。
崩れた土砂が、岩場に切り取られた道を覆い隠し、そのまま崖下へと一繋がりの斜面を成す、最恐斜面。
説明は不要。
万が一足を踏み外せば、露出した石灰岩の大岩盤に嫌と言うほど体を打ち、膾のようになった私が日原川に浮かぶだろう。
ここから先の岩場は、あまりに無防備だった。
対岸で操業を続ける奥多摩工業の大露天採鉱場から、丸見えだった!
私は、またしても雑念に苦しめられた。
ピーッ ピーッ ピーッ ガラガラガラ…
巨大なショベルカーがかき集めた砕石を、ダム工事現場にいるような重ダンプの荷台へと、砂埃をまき上げながら落としている。
気持ち悪いほどその光景がよく見えるのだ。
それに悪いことには、今日の私は真っ赤な服装。 いやん!目立ちすぎる!!(涙)
無心! 無心! 無心! 無心! 無心! 無心!
13:19
えー。
なぜか動画では小走りになっていた私だが、それは決して遊んでいたわけではなくて、目立ちたくなかったというだけのこと。
数秒間、空中浮遊のごとし高揚感と恍惚を味わった私は、恐怖を感じる暇もなく、“死亡遊戯”のただ中である灌木の林へと到達した。
ここで身をかがめ、まずは一旦全てをリセット。
身の回りを確認した。
大丈夫。
ちゃんと命は繋がっている。
うん。 何てことはない。
見た目ほど怖くはないのだ。
行ける行ける。
これならば、トリさんも来られるに違いない。
あ、 やっぱ向かってきてる yo ピヨ
トリ氏、来ました。
流石に怖かったと語る。
当たり前だ。
これが楽勝だと言われたら、私はこの崖を飛び降りなければならなくなる。
怖くて当たり前。 でも来た。
えぐ来たな…。
それにしてもこの“死亡遊戯”。
現地に立つと、ちゃんとした道になっているから驚く。
幅1.8mあったっぽい。
対岸から見ると、石垣なんて下が歯抜けになっていてもの凄く恐ろしげなのだが、とりあえずそこに立つと安泰な気持ちになってしまう。
イカンイカン! いま地震でもあれば二人とも石垣と一緒に谷底へ落ちるかも。
■動画■ “死亡遊戯”の眺め
灌木帯は、我々を恐怖という呪縛から守ってくれる、とてもありがたい外套だった。
その中にいれば、とりあえず高度による恐怖からも、工場の視線からも身を守れた。
ともすれば、出たくなくなるほどの居心地である。
だが、もうここまで来ている!
あと100mかそこいらで…
日原古道が我が手に!!!
最後の前進を再開!
とぼう岩の第2波!
オーバーハングした石灰石の露岩が、本当に天を突く勢いでそそり立つ。
道はその中腹に崖を取り巻く帯のようにして掘られている。
先ほどの“死亡遊戯”の石垣も、一体どうやったらこんな場所に施工できるのかという異常さだったが、この辺りの岩盤に道を築いたのもまた、天外の所作である。
伝えられるところによれば、この道は大正4年に開通した、第4期の日原みちである。
既に東京府道となっていたこの道だが、荷車が通れるように改良したのは日原の住人自らの手であったという。
さらに改良前の道は、江戸時代に日原の開祖原島氏の子孫により拓かれ、「とぼう岩の下腹部を伝う道」だったという。
おそらくは対岸から見ることの出来る崖を横切るもう一本のラインが“それ”なのであろうが、我々普通の人がたどり着けるのはせいぜいこの大正時代の“新道”までであろう。
崖を辿る道は、おおむねご覧のような状況になっている。
幸いにして道幅がそれなりにあるのと、痩せた土地でもちゃんと根を張った灌木のお陰で、法面にへばり付きながらであれば、さしたる恐怖を感じることもなく歩ける。
もっとも、これはかなり神経が麻痺った上での感想だ。
ガードレールなどといった気の利いたものは一切無いから、欲を出して路肩で“良い”写真を撮ろう等とは思わないのが吉。
山側が高く川側が低い。
そんな場所は廃道ならごまんとあるが、ここほど「ミス」→「クリティカルな結果」を確信できる場所はそうそう無い。
絶対に崖に近づきたくはない。
神の橋…
思わず、そう呟いた私がいた。
元ネタは当然、未だ踏破なし得ぬ“神の谷”…。
橋自体は、何てことのない小さなコンクリートの桁橋。
だが、その存在している場所が異常。
こんな場所で型枠を組んで、コンクリの打設をやってのけたのは、超人か狂人か。
だって | ここだよ |
立木を頼りにして、崖に身を乗り出して撮影。
こんな無茶な橋を架けた先人に敬意を表すなら、このくらいはしなければなるまい。
…なーんて。
ふざけんな!
この橋の姿を撮影するには仕方なかったんだよ!(涙)
こえーにきまってんべしゃ!
日原川が幾年月を経て彫りあげた垂谷。
江戸時代と大正時代の日原の人々が、きっとたいした装備も持たずに挑んだ谷…
とんでもない場所だ。
“見えてしまったもの その1”
谷底に転がる、巨大なガーダー橋の残骸…。
カメラの精一杯の望遠で覗いてみると、かなり立派なものだと分かる。
墜落した橋は、なぜ回収されることもなく谷間に落ちているのか。
その答えは明瞭。
回 収 不 能
“見えてしまったもの その2”
谷底に落ちたガーダー橋が架かっていた場所も、すぐに見つかった。
50mほど上流の対岸中腹に、誰もたどり着けない絶対領域と化した坑道が見えていた。
吐水を続ける絶壁の坑口はそのまま橋台の形となっており、おそらくは此岸直下にも同様の坑口が存在しているのであろう。
よく見ると、坑道からはレールも出てきていて、飴細工のようにぐにゃりと曲がって谷底へ引きちぎられている。
消えたガーダーは、ここに架かっていたに違いない。
もはや並大抵のことで驚きはしないが、一体何所までふざければ気が済むのか日原は。
こんな穴、近づきようがないではないか!!
幸いにもこの探索を終えて無事に帰宅した私は、この穴の正体を求め資料を探した。
結果、鉄道ファンの“裏バイブル”こと『トワイライトゾーンマニュアル』のV巻に、奥多摩工業の所有する鉱山鉄道線を題材にした記事があった。
それによれば、ここにガーダー橋を設けて日原川を渡り南岸のとぼう岩直下から石灰を採掘していたのは、奥多摩工業日原鉱区運鉱路「戸望2号線」である。
私も見たことはないし、本に書いてあった以上のことは知り得ないが、氷川から日原の鉱業所を結ぶ曳鉄線は日原川北岸の地下駅となっており、周辺で採掘された石灰石がベルトコンベヤやトロッコによって集積されているらしい。もっとも、この情報は昭和40年代のもので、現在はトロッコの多くが廃止されている模様。戸望線も然りだ。
そして、このガーダー橋はなんと、現在の地形図にも堂々と記載されている。
前書によると、戸望線は昭和36年に開通した。また、昭和50年代の航空写真でガーダー橋は健在だった。
地上にはまともな道一本通さぬ“とぼう岩”の露頭だが、地下には想像を超える鉄道網が存在している可能性が大いにある。
大いにあるが… 我々の知り得る世界ではなさそうだ。
…前進再開…。
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