2008/9/8 15:37
出発から30分、現在地点は起点より1kmほど入った小白川付近だ。
最新の地形図で道の表示が破線に変わるのはもう少し先からだが、ここまでも既に廃道同然だった。
いまから40年も前の、しかも一夏だけとはいえ、天下の国道迂回路としてバスも通った記録のある大白川林道の状況は、ますます危ういのである。
私は、無事に国道の迂回を全うすることが出来るであろうか。
100%自己満足の大迂回を。
小白川をわたる橋は、これ以上簡易な橋があるかというようなごくごく単純な桁橋だった。
親柱も欄干もないので、当然橋の名前も分からない。
まあ、小白川橋以外の名前である可能性は低いだろう。
前回最後に見たプレハブ小屋の前を通る。
近づいてみるとそれは、予想以上に荒れた廃墟だった。
小屋の前の道はひときわ広く、かつては伐り出された材木が山を成していたのかも知れない。
しかし、もう二度とここまで車がやってくることは無いだろう。そんな気がする。
沢を離れると、道は再び斜面を削り取っただけの荒々しいものに戻った。
すでに国道との高低差も50mを越えている。
路肩を見下ろしてみてもその姿はもう見えない。
路上には水が流れた痕が深く刻まれ、もはや路盤などと呼べる状態ではない。
大量に散乱している瓦礫を不注意で路外に落とせば、それは弾丸の速度を持って国道を撃つかもしれない。
急な斜面の林はあくまでも疎らであり、その危険性は大いにあると思うだけに、私も普段以上に慎重にペダルを漕ぐ必要があった。
特に、路肩には出来るだけ近づかないようにした。
またしても、変わり種の道路標識が現れた。
それは、
白い落石注意?!
補助標識を見てピンと来た。
この“白い”落石注意の言わんとしていることは、雪崩注意ということなのだ。
これは、おもわず座布団一枚と言いたくなるような上手い改造である。
しかもよく見ると、標識本体にもなにやら元の落石注意の標識には無い文字が書き加えられている。
「注 意」の二文字は読めるものの、下の4文字は解読できなかったが。
ちなみに、その後ろに見える傾いた標識は、普通の「左カーブ」警告標識だった。
完・全・廃・道!
林道がこういう状態になっているのって、近年の林業の荒廃を思えば決して珍しい光景ではないんだろうけど、実は久々に見た気がするのである。
自称「チャリ馬鹿」だった時代には、無名の林道にこんな場所を見付けては必死に辿っていたものだけど、最近は林道に入り込むこと自体少なくなっていた。
きっと、世のオブローダー的にもあまり注目度はないだろう。
私だって、本で見た「国道の迂回路になった」という記録、特に「上高地線よりも怖かった」という松電社長のコメントが強烈過ぎたからこの道に来たのだ。
それがなければ、きっと知らずに終わった林道だった。
またオリジナル標識だ。
でもこれは、ストレート過ぎるような…。
路肩
注意
異論はない。
十分過ぎるほどその“意図”は伝わってくるから、道路標識としての機能は全うしているといえる。
ただ、文字だけの手抜きデザインを心情的に認めがたくないというだけである。
標識自体が既に路肩から滑り落ちかけているのも、必死さがあって良い。
手を変え品を変え…
そんな感じである。
またしても見慣れない標識が現れた。
内容はまた「路肩注意」だ。
路肩注意を表す標識は、この道に入ってもう3回目の登場だが、全て別のデザインだった。
そういえば、営林署お手製のオリジナル標識を見るのは、古い林道の楽しみの一つだった。(その楽しみを忘れていた)
そのなかでも、この道は特にポイントが高いと思う。
同じ標識が二度と現れないというのも、立てた傍から落石や路肩崩壊で次々標識が失われていった状況を想像させる。
これも林道らしい発見。
路傍に立つキロポストである。
これまで標識類は全て谷側にあったなかで、これだけが山側に立つ。
おかげで基部は深く瓦礫に埋もれていた。
道は、まさしく「ロックガーデン」と呼ぶに相応しい現状を示している。
尖った瓦礫が道路を埋め尽くしており、「部分」を見ればどこも激しく凹凸している。
しかし、その瓦礫のおびただしい重なり合いが、今度は「全体」として曲線の美しさを顕しているのだ。
まさに、直線的人工物が曲線的自然物に変容しようとする、その最も活発な変化の場面に私はいる。
これは美味しい。
MTBを足とするオブローダー「ヨッキれん」が、最も食べ頃と感じる廃度は、この辺にある。
ひり付くような命がけは、実は好きじゃない。
それは避けがたいと言うだけだ。
なんか、楽しくなってきた。
一林道に期待していた以上の楽しさだ。
なんといっても、私はこんな幅広の廃道が好きである。
草ではなく、倒木と瓦礫の積もった路盤にもグッと来る。
そして、香ばしい落ち葉の林床を遠くまで見通せる疎林が心地よい。
絵になる廃道だ。
大好きな「明治道」の石垣をコンクリートに置き換えて、単調になりがちな部分には、各種オリジナル道路標識というスパイスを加えたような味がする。
それって美味しそうでしょ?
現在、国道や旧国道より約120mも上部の斜面を横断している。
そしてちょうどこの辺りが、昭和41年に大崩壊して旧国道を一撃に葬った山腹の真上である。
一夏だけの国道。その要だ。
路肩を覗いてみても崩壊した山腹は見えないが、迂回通行中に今度はこの道が崩壊した可能性もあったに違いないし、その場合も人は為す術なく呑み込まれていっただろう。
松電の運行責任者は常に見回っていたと言うが、気休めだったと思う。
辺りは、すべてが梓川へ向かってお辞儀をするような急斜面だ。
そこを通る人間もまた、山の機嫌を伺うように頭を垂れ、または頭上を仰ぎながら、不安な気持ちで先を急いでいた。
それが一昔前までの、“正しい”交通風景であった。
意識が先へ飛んでいた証拠だ。
気付けば、宴の終わりが思いの外に近づいていた。
より黄味を増した太陽が、私を正射した。
上の写真の地点で、道の様子が変化した。
反対側より立ち入っただろう轍がある。
そして、この轍の主によって監視されている銀色の電柱がある。
時計を見ると、16:02。
小白川から25分で、700mほど進んだ。
少し名残りのある“廃道脱出”だった。
物足りないというのとも少し違う、名残惜しさ。
ミカンの箱に手を突っ込んで一つ食べたら思いがけず甘くて、もう一つと思ったら実は空になっていたときの気持ちといったら分かるだろう。
橋だ。
橋がある。
沢なんてありそうもない膨らんだ山腹に、小さな橋が現れた。
橋の上にも柔らかい夏草が育っているが、それは確かにコンクリートの橋だった。
銘板にある竣工年度は、昭和52年11月。
国道迂回路の時代には無かった橋である。
うお。
下を見れば、抹茶のような湖水に向かって一直線に銀管が落ちている。
上を見れば、小さな黒い穴から真っ逆さまに銀管が落ちている。
ここは「大白川発電所」の直上で、橋が跨いでいるものは高低差250mを越える鉄管路だ。
大白川の上流から強制的に連れてこられた水が、この鉄管の中でギュウと電気を搾り取られている。
ちなみに橋の名前はこれ。
鉄管路橋
…潔い。
ちなみに今【ここ】
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今いる辺りも地形図だと点線でいかにも廃道のようだが、実際には鉄管路から先には新しい轍があった。
まあそれでも結構荒れ気味ではあるが、廃道ではない。
また、周囲の地形は相変わらず急峻であるが、はじめからずっと続いてきた上り坂は終わって、今はほとんど平坦だ。
自然に進行のペースも上がり、風を切っての爽快な林道走行となる。
16:15
行く手に広場が現れた。
反対側から来た車がここで転回する場所らしい。
この先はますます轍が多くなっている。
よっしゃ!
また1本廃道攻略したどー!(笑)
さらに進むと、道が二段に分かれた。
どっちも直進に違いないが、上段が(おそらく)大白川林道の本線である。
地図を見ると、山中にある行き止まりの終点まではもう5kmくらいあるようだ。
その途中に大白川発電所の取水施設がある。
で、私が進むのは、かつて迂回路として下段の道。
こっちは支線だと思うが、どちらも大白川林道に違いはない。
今回は迂回路を辿る目的であるから、下段へ行く。
200mほど下っていくと、入ったとき違って頑丈そうな鉄門が現れた。
「通行止」である。
「大白川林道」である。
懐かしの「林道交通安全」の旗が揺れている。
しっかり施錠されているうえ、脇を抜かれないように両側に大きな自然石が積まれている。
人だけならどうということはないが、なかなかいやらしい塞ぎ方で、チャリを通すのには少々苦労した。
16:43 【現在地(別ウィンドウ)】
大白川に下りると、丁字路になっていた。
背の低いカーブミラーが見守る無名の交差点は、直進すれば大白川を渡って入山(にゅうやま)へ。
右折すると川沿いを国道へ下ることが出来る。
どちらの道も舗装されているが、さてどっちへ行こうか。
一夏の迂回路は右である。
ここはやはり右へ行くべきか。
呼んでいるよ…。
真っ直ぐの道には、立入禁止と落石注意のバリケードが置かれている。
この先は蛇足というか、オマケである。
大白川〜入山間の名称不明の道路(通行止)をさくっとレポる。
なお、右折して国道へ下るのはすぐだ。
舗装されているし、勾配は急だが特筆すべきものはない。
そして、【ここ】へ下り着く。
通行止めになってからまだ半年と経っていないのではないだろうか。
廃道ではなく、落石の目立つ舗装路だった。
大白川林道よりも道幅は狭く、とてもバスが迂回通行できる感じではない。
相変わらず地形も急峻だ。
つか、この赤い岩がよほど崩れやすいらしい。
ポロポロと、いろいろこぼしすぎだ。
思わず唸った巨岩の露頭。
自転車と比べてみて欲しい。
あえてレポを少し延長したのは、この景色を見せたかったからでもある。
廃道だったら、最高だった。(不謹慎だが)
500mも進むと、あっという間に大白川がこんなに低く。
沢の下流方向へ進行しながら山腹を上ったせいで、谷底比高の増大ペースがすごいことになっている。
いやー。
それにしてもいいね、信州の山は。綺麗だ。
すぐ先にまた簡単なバリケードがあって、それを越えると入山集落に着いた。
にゅー!
ダム湖を望む西向き斜面にへばり付いた入山集落。
これだけ高いところにあれば、いくら周りにダムが出来ても水没移転とは無縁である。
ダムが出来る度に足下が涼しくなるだけだ。
この立地から、宿命的に景色の良い集落。
雲さえなければ、乗鞍岳なんて真っ正面だろう。
そして、集落眼下に広がる、巨大ダム。
昭和44年完成の奈川渡ダムだ。
このあと、私はダムへ下り、そして…
あの問題の…
…転落……
「廃遊歩道」に、行っちゃったんだよな…。