国道45号 旧道 三陸峠 第三回

公開日 2006.09.12
探索日 2006.04.08

峠の流転を遡る

【旧国道】 先細ル旧国道 

 たどり着いた大峠(海抜390m)は、巨大な切り通しに守られた峠だった。
峠が現役だったと認められる最後の記録は、昭和36年に二級国道111号に三陸隧道が開通したというものである。
開通の裏で旧道になったのが、この大峠である。
また、平成4年には三陸隧道の遙か下方に新三陸トンネルが開通し、老いた三陸隧道もまた第一線を退いている。

 しかしこれでも、今回の攻略目標である3つの峠のうちでは最も新しい。
続いて、3つのうちで最も謎に溢れた新峠に挑む。
江戸末期に切り開かれたといわれる新峠については、少なくともネット上において辿り着いたという報告がなく、その現状は不明である。
2万5000分の一地形図には点線として描かれているし、峠の名前もそこに記されているのだが。
 地図を見る限り新峠の海抜は400m。
大峠とはプラス10メートルに過ぎないが、直接接近する道はなく、一旦海抜290m付近まで下る必要がある。




 午前11時23分、大峠を出発する。
大船渡側は最初から廃道である。

 いま通り抜けたばかりの巨大な切り通しを振り返る。
そこにあったのは、一本の道が寿命を終え、さらに長い時を経て熟成された景色だった。
森の木々も、植物も、何らかの意志の元に統率され、廃道となった道にいまなお進路を譲っている様に見える。
ここには、離れがたい感慨があった。



 峠の大船渡側は、越喜来側とはまるっきり違う景色を見せた。
遠くに見えるはずの大船渡の街は、海から湧き上がるような雲に隠されて見えない。
大船渡三陸道路は、さながら大河の如くゆったりとした蛇行を見せて眼下の谷間へ迫っている。
これと絡み合いながら、さらに足元近くまで登り来る国道が、つづら折れの様態を見せている。
それら両方のトンネルの上部に大峠(現在地)があって、私にこの広漠とした眺めを与えている。
 



 峠から三陸隧道付近まで、一面のススキ原野が広がる特異な景観。
いつ頃まで存続したのか不明であるが、手持ちの地図にはこの付近に「峠の茶屋スキー場」なる物が描かれている。
この原野は、その名残なのであろうか。
下るべき旧国道は、原野の右側の山の縁を辿っていく。



 おそらく斜面をなだらかに埋め尽くすススキの原野は、比較的近年に、かつて深かった谷を埋め立てて出来上がったものなのだろう。
古い道のりである大峠旧国道は、敢えてなだらかな原野を避け、山裾を蛇行しながら下っていく。
このことは、大峠誕生の頃と現在とで谷間の地形が大きく変化したことを予感させる。

 ちなみに、一面の広葉樹に覆われた大船渡側の旧道筋は、良好な廃景を有する隠れた名道であった。




 ススキの谷へと下る枝道の痕跡もあったが、本道と共に廃道となって久しい模様。
まるっきり轍の気配はなく、いずれも小さな倒木が散乱する廃道である。

 予想以上にお宝感のある峠道の景色には陶酔していた私だが、延々と降り止まぬ雨と、普段からの私自身の無精が祟って、ある重大なトラブルがいよいよ具体化しつつあった。

 まあ、一言で言えば…
ブレーキ不良。

 「…お前、またかよ…」
そう思った読者さん、あなた、山行が、長いでしょ(笑)。


 快調に下る旧道から、大峠鞍部を振り返る。
絵に描いたような鞍部と、自然の地形としてはあまりに不自然な斜面の様子。
右に聳えるのは標高600mを越える無名峰であるが、その上部が白っぽく見えるのは霧や雲のせいばかりではなかった。
この日の気温は日中になっても全く上昇しておらず、むしろ海寄りの冷たい風が陸を冷やし続けていた。
……私の体温と共にだ。



 鞍部を離れると、道はススキの谷を左に見下ろしながら、やはりゆったりとした勾配で下っていく。
そして、やがて一面の笹原となった。
風を遮る物が減って、吹き上がってくるような風雨がもろに私を打つ。
もう合羽を身につけている上半身を含め、濡れていない場所は殆ど無い状況で、体温も低下しているに違いない。
軍手でどうにか守っていた指先もかじかんできて、グリップを握りしめているのが痛くなってきた。
ブレーキ不良とこの雨、寒さが全て複合して、私を苦しめ始めていた。

 このあたりが、稀に見る苦難の始まりと言えただろう。



 直下に三陸隧道。
この先の旧道は、ススキの原ではなく、国道を見下ろしながらなお下り続けることになる。
まだ、かなりの高低差がある。

 鞍部から真っ直ぐ続いていたススキ原は、やはりスキー場跡で間違いなさそうだ。
リフトなどの施設の痕跡はなく、元々存在したかも不明である。
ただ、ナイター設備のようなものが残っている。



 再び雑木林の中へ下る旧道。
道の一段下の斜面に、井戸らしい一角があった。
周囲にはビニール製のパイプなどが通っており、それは下の国道の方へ伸びている。
おそらくは、スキー場の飲用水として汲み上げていたものだろう。



 また、この井戸の下流の沢部分には、沢水や井戸の余水を通す大規模な水路が掘られている。
まるで巨大ウォータースライダーのごとき滑らかな線形。
苔が密生し、よく滑りそうである。



 おお!

 思わずニタついてしまった。
小規模であるが、この道では初めて見る石垣が、かつての路肩の一部を支えていた。
いかにも歴史がありそうな、自然石の谷積み石垣である。

 写真で見て分かるとおり、大船渡側も越喜来側に負けずに険しい地形を拓いて道が通されている。
大峠として三代を経てようやく、峠をあまり意識せず通過できるようになっているが、かつての大峠はその名の通りの峠であったということを、実感する。



 共に下りつつも現国道との高度差は縮んでいく。
そして、旧道敷きが多少干渉してしまったのか、笹原の中の道の短い区間が妙に狭まっていた。
或いは、鹿除けらしいネットに囲まれているせいでそう感じただけかも知れない。
なお、ネットは張られているが、余り旧道が通られている気配はない。
むしろ、現国道へ鹿が勢いよく駆け下りないようにあるのではないかと思える。



 そこを過ぎてから、さらに国道のアスファルトが旧道敷きの真下に接近。
これはいよいよ危機感を覚える。
新旧道の接点付近で旧道が新道に削り取られてしまい、通行にとても難儀した峠がこれまでたくさんある。
一例を挙げれば同じ三陸地方の笹ノ田峠や、筆頭はなんと言っても主寝坂峠である。
相変わらず一面の笹藪のため路面が見えない状況のまま、道は寸断されてしまうのか。
この高低差は、ちょっとやばいことになるかも知れない?!



 そう思った矢先、恐れていた光景がまんま現実の物に!
現道によって旧道敷きは切り取られ、消失している。 道幅は限りなくゼロにに近づき、なぜかガードレールが設置されているが、見るからに下の現道を守るための物っぽい。

 まだ現道との高度差はかなりあり、安易に迂回出来る状況ではない。
突破の可能性を信じ、チャリを担いで更に前進を試みる。



 午前11時40分、ガードレールと現道の裏面コンクリート斜面との間の僅かな平場を前進中。
ぎりぎり人一人が通る幅はあるのだが、その唯一のスペースを塞ぐ呪わしい限りのツタ植物!
かなり強固であり、とても肉弾で引きちぎれる物ではないが、かといって武装はなく、ここは非常に時間をかけてじっくりと解し、その隙間にチャリを通そうとした。

 雨の中、びしょ濡れの地面に横たわり、チャリを抱いて引っ張る。
滅茶苦茶苦しい。
この異様な行動は、当然現道からも丸見えだったに違いないが、幸い通行量は激少であり、誰何されることはなかった。


 1m前進するのにまるまる5分を要したが、どうにかこうにかツタの檻を突破出来た!

 この写真の法面の部分、おおよそ50mに亘って旧道敷きは完璧に消失している。
歩きでさえ、夏場の通過はおそらく不可能であろう。
法面自体を慎重に横断した方が楽そうだが、チャリ同伴となればそれも出来ない。



 見た目以上に足元のコンクリートは滑り、また縁ぎりぎりまで植物が生えていて足場が見えないので、通行には緊張した。
こんな所で落ちたら大根おろしになってしまいそうだ…。



 午前11時48分、大峠最大の難所である路盤消失区間を突破!

 背景の山は今出山(海抜756m)。
湾奥の盛(さかり)地区を裾野にもつ標高のわりに雄大な山で、ツツジの名所でもある。



 再び平穏を取り戻した旧道。
だが、明らかに普通と思われる地点を突破しても、相変わらず一切の轍はない。
すでに現道との高度差はゼロに近いが、合流点はどうなっているのだろう…。

 まだ、不安だ…。

 それに、そろそろ新峠へと分岐する分かれ道があるはず…。
地図が正しければ、この旧道と現道との合流地点のすぐ傍から、新峠への道は端を発しているはずなのだが。


 最後の沢をカーブでかわし進路を変えると、行く手は現道とぶつかっていた。

 …ぱっと見で、他に分かれ道などはない。

 うむぅ……。
やはり、新峠は地図だけの古道なのだろうか。
もう、その痕跡は留めていないと言うことなのだろうか…。

 ここで発見できなければ、この探索はここで終わりとなってしまう。
まだ、目的の半分しか達成できていない。
新峠については、このようなこともある程度覚悟していたし、天候を考えれば、むしろ「助かった」と思うべきなのかも知れないが…。

 分岐地点を、発見できず。



 午前11時51分。

 大峠より約1kmにて、海抜290mの現道合流地点に到達。
そこは、道路同士の分岐点の体裁を持っておらず、ほんの2mほどではあるが急斜面で分断されていた。
これでは、旧道へ車で入ることが出来ないわけだ。
廃道も納得である。



 法面に切り取られた旧道と、現道を、分岐地点から振り返る。

 新峠の登り口を求めて、一向に弱まらぬ雨の中、周囲を再度くまなく観察した。
だが、その心境は複雑だった。
発見して先へ進みたいという気持は大なれども、余りの寒さと、ブレーキの不良という現実を前に、今回は打ち切りでも良いじゃないか…、そんな弱気を拭えなかった。

 いや、本当に寒くて寒くて、ぐっしょり濡れた軍手の中の五指はじんじん痛んだし、顔面はあかぎれ色。
食欲もなければ、何かを飲みたいと言うことももちろん無かった。
いま足元にある綺麗なアスファルトに身を委ね、一刻も早く乾いた着替えが待つ車に戻りたい…… そう願うのは当然だった。


だが…
 内心で発見をビクついているこんな時に限って、やっぱり見つけてしまうのだ。


 苔生した瓦礫が散乱し、いかにも車道では無さそうな急坂で始まる、されどなかなか味がある…

 峠への期待を煽らずにおかない、一条の道。


 次回は、いよいよ幻の峠にチャレンジする。
物語は核心へ。
そして、私の体はますます危険な状態へ…。