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<橋梁レポ-16>華厳渓谷と鵲橋 にて
主役であるはずの鵲橋を完全に食ってしまった感のある
「滝壷道のじーさん」こと「星野五郎平翁」は
忘れがたい強い印象を与えてくれましたが
先日たまたま購入した「英国人写真家の見た明治日本」という文庫本に
華厳の滝を望む平場に立つ老人の写真が掲載されておりまして
著者にして写真撮影も手がけた「ハーバート・G・ポンティング」氏
(Herbert George Ponting)の来日が明治34年〜明治39年の間で
滝壷道の開通が明治33年ということなので
写真の人物は星野五郎平翁である可能性が高いと思われます。
が しかし
残念なことに日本語版では、翻訳者によって原著の半分もが
この「日光」のくだりを含めてバッサリと省略されてしまっており
著者も歩いたであろう滝壷道の描写を見ることができません。
写真家らしい細やかな視線で切り取られた各地の記述を見るかぎり
滝壷道に触れていないとは考えにくく、大変残念なことです。
原著を見るすべもありませんし
私は外国語が苦手ですので ショボーン であります。
それはそうと、レポートではあいにくの天候不良でしたし
この写真の「滝壷道のじーさん」と同じ立ち位置を探して
天気のいい日に再訪してみるのも面白いかもしれませんね。
スキャン画像を添付しようと思いましたが Internal Server Error
とやらが出ますね