http://yamaiga.com/rail/iida_sakuma/ の公開中コメント一覧

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コメント
37,5792021-04-10 20:17:02/rail/iida_sakuma/main1.html8
茨城県にも廃線や険道があるのでしょうか…道路は整備されている印象がありますが
37,5392021-03-31 05:14:17/rail/iida_sakuma/main6.html10
恐ろしかった。
ダムという居住空間を埋めることがどんな結果をもたらすのか、また廃道の理由と結果を見て、自然ではなく文明が失われた光景にただただ恐ろしかったです。
37,3802021-03-04 17:48:44/rail/iida_sakuma/main6.html10
とあるyoutubeのお勧めで紹介されていたのですが
非常に見応えのあるレポートでした。
たのしかったです
37,2142021-02-14 20:19:04/rail/iida_sakuma/main1.html10
佐久間隧道の北側の釜谷橋梁は、右の地形図から読み取ると、標高360m位かと。一方、佐久間ダムの平常時最高貯水位は260mらしいです。従って、佐久間隧道の北側は水没していないと思われます。山へ分け入ると、遺構が確認できそうですね!
37,1222021-02-07 22:34:59/rail/iida_sakuma/main6.html10
いつも夫婦(義理の父が上小阿仁村出身です)そろって楽しく拝見しています。
大嵐の旧ホーム跡ですが、昭和29年の写真に写っています。
「秘蔵鉄道写真に見る戦後史 上」の130ページに大嵐旧駅の俯瞰写真が載っており、本来の旅客ホームと貨物側線が山側にあり、それとは別にご指摘の旧ホームが写っております。
ここからは推測ですが、昭和17年の崩落の際、しばらくのあいだ崩落箇所の前後まで列車を運行させ、崩落地は徒歩連絡した…と「飯田線百年ものがたり」に記載がありますので、その際に使われた臨時ホームかもしれないですね。裏付け資料が見つかりましたらご報告したいです。
36,8672021-01-07 12:14:33/rail/iida_sakuma/main6.html10
昭和55年頃.佐久間ダムに父親に連れて行かれた記憶があります。展望台からダムを見上げたのと、電力館?に行ったと思います。
それより北には大人になってから、平成元年頃に県道1号を南下して浜松の実家に帰るときに通りました。険道というだけあって特にトンネルの中が堀跡があって怖かったです。
36,4062020-11-12 21:39:39/rail/iida_sakuma/main1.html10
本日、天竜峡駅より電車の乗って中部天竜駅まで見学に行ってきました。魅力尽きない飯田線とその沿線風景ですが、先人の皆様の鉄路に懸けた情熱には感嘆するばかりです。
いつも素晴らしいレポートに感謝し読ませていただいています。ありがとうございます。
36,3672020-11-08 20:19:58/rail/iida_sakuma/main6.html10
このレポートは何度読み返してもエキサイティングです。
35,5232020-08-18 21:22:26/rail/iida_sakuma/main6.html10
佐久間ダムには2回ほど行ったことがありますが、その先にはこんなに過酷な廃道が存在していたとは...
行き止まりで自分は行くことを断念してしまいましたが、見ることができて面白かったです!
探索、とても大変だったとは思いますが...
お疲れさまです...!
35,4792020-08-12 02:59:35/rail/iida_sakuma/main5.html9
スマホで見るとマウスオーバーの表記が表示されないのが残念です
35,1302020-07-07 23:05:21/rail/iida_sakuma/main1.html10
楽しく読ませていただいております。
佐久間付近の切り替え部分ですが、1〜2年以内に発売された鉄道ジャーナル紙にて記述がありました。橋梁の特集のついで程度だったと思います。(号は失念してしまいましたが)
お時間があればぜひご覧ください
35,0402020-06-29 22:31:28/rail/iida_sakuma/main5.html10
先日も水窪まで県外からソロツーリングへ行き、帰宅後佐久間ダムが気になり こちらのサイトを本日見つけて読んでいました
自転車を使った探索もなかなかだなと感じましたし地元鉄道廃線跡を同級生と地域住民訪ねて辿ったのを思い出しました
次回佐久間ダムへツーリング行く時は飯田線乗ってみたいと思いました!

無事帰還されて安心しました
35,0212020-06-25 10:49:18/rail/iida_sakuma/main6.html10
読み応え最高でした。
YouTuber東海オンエアの動画でこの付近(愛知の端っこ)が出てきて、親近感を感じました。そのダム湖の対岸どうなっているのだろうとわたしも気になっていました!

真っ直ぐにのびる大嵐隧道の先に何もないはずがないと…!!
こんなことになっていたとは!
探索、お疲れ様でした。
大変大変おもしろかったです!
34,5602020-05-15 04:50:42/rail/iida_sakuma/main6.html10
飯田線はよく利用するのですが、大嵐駅付近にこれほどの物語があるとは思っていませんでした。筆者様の身体を張った調査には敬服しました(自転車などを意地でも回収する点も含め)
33,7812020-02-01 13:05:46/rail/iida_sakuma/main5.html10
2006年に小和田駅に下車し、大嵐駅に戻って、ダホンで中井侍駅まで走った記憶があります。夏焼隧道の存在を知らず、今思えば残念です。いつも楽しく拝見しています。無理せずお体にお気をつけください。絶対に死なないでください。
33,7292020-01-16 01:48:11/rail/iida_sakuma/main5.html10
いまさらですが、夏焼隧道前の幅2.0m標識は廃道区間に向けたものではないのでしょうか。県道288号レポの第6回に同じ標識があり、両者で対になっているものと推察します。
廃道区間側では補助標識を「この先180m」と解読し、その地点にある切り通しは2mより広いとコメントされていましたが、こちらも1.80mと書かれていたのであろうと思います。

既にお気づきなのかとも思いましたが、なぜかコメントもなくレポートにも記載されていなかったのでご参考まで。
33,5662019-12-29 19:18:00/rail/iida_sakuma/main6.html6
、あんまり危険なこととはそろそろお別れされたほうがいいのでは。最近では、山野で鹿や猪が繁殖し、それに伴いダニなども蔓延しているようです。噛まれたら高い確率で死亡することもあるらしいので注意してください。
32,3942019-08-12 19:03:48/rail/iida_sakuma/main6.html10
以前から地図をみて佐久間湖畔のこのルートには興味津々でしたが・・・このレポートでその全貌が明らかになりました!!!命がけのレポートお疲れ様でした&ありがとうございました(^O^)
31,3302019-03-17 23:48:18/rail/iida_sakuma/main5.html10
一昨日、夏焼側バリケード付近まで行ってきました。
夏焼隧道の傍にある幅員2.0m制限の標識はこちらの写真よりもさらに倒れて木の葉に埋もれるような状態になっていましたが、今、撮ってきた写真を確認すると支柱にうっすら「静岡県」の文字が見えるので県道の標識(隧道または廃道区間に対するもの)ではないかと思いました。
31,3272019-03-16 23:58:01/rail/iida_sakuma/main6.html10
飯田線 旧線を探してたどり着いた者です
めっちゃくちゃ!面白かった!!
すごい歴史的資料ですよ
30,7312018-12-24 19:50:34/rail/iida_sakuma/main6.html10
災害時の短期間だけの船車連絡と聞いて、御殿場線の横浜-清水仮設航路を思い出しました。
30,5052018-11-25 19:22:47/rail/iida_sakuma/main5.html10
夏焼集落、遂にほぼ廃村化した模様。
夏焼隧道も荒廃が進んでいるようで、遠くない未来に廃隧道化しそうです。
30,4742018-11-22 14:41:56/rail/iida_sakuma/main6.html10
愛知県は地元だが、三遠南信は別世界。国道152号の雰囲気が好きでよくドライブします。拝見させて頂いてつくづく奥三河含む三遠南信は秘境だと感じました。この地で、人の生活があった、名残を、良くここまで辿ったものだと感心しております。これからも楽しく拝見させて頂きます。
30,3202018-11-06 10:17:14/rail/iida_sakuma/main6.html10
大嵐駅の写真に写る蒸気機関車は構内入れ替え用の機関車なのでしょうね。
随分小型のタンク機関車に見えますし、連続20‰超えの急勾配での貨物列車の牽引は難儀だと思われますし。
また、隧道内のトロリ線は極めて簡素な直接吊架だったようで、
隧道の断面は国鉄規格に準ずるとしても一回り小さかった可能性があります。
レールセントルで更に一回り小さくなった箇所では電車も最徐行で恐る恐る通過したといった話もあります。
29,9072018-09-06 01:41:08/rail/iida_sakuma/main6.html10
以前はありませんでしたが、この道、googleストリートビューで辿れるようになっていますね。撮影担当の方、山行がをご覧になったのでしょうか。
水位はレポートよりもさらに高いようです。
29,7762018-08-23 03:15:46/rail/iida_sakuma/main6.html10
(´Д`)ノ 読み応え有り過ぎ、甚○さんも大喜び!

途中から水没のトンネルなんかどうでもいいから早く帰り支度した方が・・・なんて思っていましたが、翌日ちゃんと残りも調査しに行く几帳面さが頼もしいです。
29,1502018-06-14 17:13:49/rail/iida_sakuma/main6.html10
とても読み応えがありました。廃道の様子、度重なる崩壊現場の乗り越え、旧飯田線隧道群の出現、自転車と荷物の回収譚など、どの場面も臨場感があり探索(冒険)を追体験することができました。
28,3012018-03-23 01:07:11/rail/iida_sakuma/main5.html10
9代目ルーキー号「出先で果てて申し訳ない。」
28,2742018-03-21 11:04:21/rail/iida_sakuma/main6.html10
いつも楽しく読ませていただいております。
さて、私が昨年オートバイで現地に行ったときに大嵐駅前駐車場でお会いした方に聞いた話では、当該階段は船着場に至る道との事でした。今回の記事で、さらに深い事情を知ることができ、感動しております。また、ダムができる前の同地は、現在の湖面より遙かに深く、鷹巣橋の100m以上下に川面が有ったそうです。
27,7382018-01-23 06:59:58/rail/iida_sakuma/main6.html10
お疲れ様でした。大嵐駅脇の点滅通行止め標識をサークルKと見間違えて背筋が凍った記憶があります。ご愛嬌の缶ビールは昭和60年発売のペンギンズメモリーバージョンですね。

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