http://yamaiga.com/rail/jouban_1/ の公開中コメント一覧

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コメント
59,9132026-04-27 21:48:07/rail/jouban_1/main9.html10
2026年4月25日、3回目?のビューツーリズム主催「常磐線旧線隧道探検ツアー」で金山隧道を訪れるチャンスが提供されました。さすがに水没している富岡側までは行けませんでしたがあの特徴的なポータルを満喫してきました。現地までの藪をはらいしっかりと通路を確保してありましたから今後も公開される機会があるかもしれません。次回はあの「エンブレムを磨くツアー」?
59,1572026-01-18 18:05:41/rail/jouban_1/main9.html10
常磐線旧線の隧道群を1日で11本踏破したとのこと、筆者の行動力に感服いたしました!
私は30年以上前(1992年か?)に旧金山隧道の南北の坑口(もちろん「坑口」のみです)を訪れ、その模様を某鉄道雑誌に投稿したところ掲載してもらえました(その後、「鉄道廃線跡を歩く�検廚紡召諒�が投稿)。
東日本大震災とそれに伴う原発事故が発生し、長期にわたり常磐線は不通化、周辺地域も立ち入り規制がかかりましたが、現在はかなり収束しまた訪問している人もいるようですね。近代建築物が見直されつつある中、常磐線旧線の隧道群は放置しないで、文化財として整備・保存する流れになるといいのですが、、、。

なお、恐縮ですが文中に誤りを見つけてしまいました。
小高−桃内間の4隧道群の名称ですが、筆者は北から「泉沢−第三耳ヶ谷−第二耳ヶ谷−第一耳ヶ谷」と記載していますが、正しくは北から「泉沢−第一耳ヶ谷−第二耳ヶ谷−第三耳ヶ谷」となりますので、ご確認ください。
57,5652025-09-12 23:49:37/rail/jouban_1/main9.html10
やっこさんってまさか...
これ以上は言わないでおきます。
どちらにしろ「彼女」の機嫌取りは大切ですね。
56,1762025-02-19 06:29:04/rail/jouban_1/main9.html10
みました
53,7612024-03-20 18:51:59/rail/jouban_1/main9.html8
よかった
53,4172024-01-26 11:57:45/rail/jouban_1/main9.html10
帰りの仙台までの車中のお気持ち察します。大変ご苦労様でした。
52,5532023-09-19 07:41:30/rail/jouban_1/main9.html9
白地に緑帯の電車は交流区間専用なので日暮里や上野までは行かず
水戸以北が守備範囲ですね
まあその頃の水戸以南も
電車の型は少し違っても白地に青帯というものが主力でしたが…

竹梯子は架線に届く長さのものならば
架線に立て掛けて点検や補修時に使用するためのもので
保線作業のためか駅間の線路際などに数本寝かせて用意されていたりもしていましたね
おそらく立て掛けた架線への 当たり のやわらかさのためかと…

そこまでの長さでなくても色々な作業時にも少し短い竹梯子は愛用されていたようですが…

50,8512022-10-17 21:32:25/rail/jouban_1/main9.html8
隧道の意匠は素晴らしいが
管理人は遠くから見てる分には面白いが絶対に関わりたくないなぁ・・・笑
50,5532022-08-23 15:02:44/rail/jouban_1/main9.html10
ニコニコ動画にあったこのコメント。
「ヨッキれんさんが行ってるね」(金山隧道に)
ヨッキれん 金山隧道と検索して出てきたレポ。
このレポートのおかげで山行がにハマりました。
ネタ良し、レポ良し、オチ良し。文句なしの満点です!
48,1032021-08-14 21:51:40/rail/jouban_1/main9.html10
感動しました。
44,5462020-06-11 17:35:28/rail/jouban_1/main9.html10
当時複線だった夫沢付近のトンネル、今回の常磐線再開にあたって、単線になったようです。トンネルは残っていますが、除染の関係か、表面にコンクリート吹付がされて、見え方はずいぶん変わっていました。
44,1202020-05-08 01:46:22/rail/jouban_1/main9.html10
もしかしたら、魯迅もこの隧道群を通ったことがあるようです…魯迅の日本留学中、留学先を東京から仙台に変えたことがあります。仙台に行くとき常磐線に乗って、「日暮里」という駅名と朱舜水が生活していた「水戸」が特に印象に残ったと言ってます。この意匠に富んだ隧道群もきっと見たに違いないですね……いつか訪ねたいです!
41,3322019-06-02 14:56:39/rail/jouban_1/main9.html10
今ごろ、読みました。やはり、隧道ものと、林鉄ものは、読みごたえがありますね。
39,1212018-08-24 23:31:50/rail/jouban_1/main9.html10
スゴイです。尊敬します。興味があっても、ここまでできる人はまずいません。
35,2412020-06-11 17:35:28/rail/jouban_1/main9.html10
当時複線だった夫沢付近のトンネル、今回の常磐線再開にあたって、単線になったようです。トンネルは残っていますが、除染の関係か、表面にコンクリート吹付がされて、見え方はずいぶん変わっていました。
34,8152020-05-08 01:46:22/rail/jouban_1/main9.html10
もしかしたら、魯迅もこの隧道群を通ったことがあるようです…魯迅の日本留学中、留学先を東京から仙台に変えたことがあります。仙台に行くとき常磐線に乗って、「日暮里」という駅名と朱舜水が生活していた「水戸」が特に印象に残ったと言ってます。この意匠に富んだ隧道群もきっと見たに違いないですね……いつか訪ねたいです!
32,0272019-06-02 14:56:39/rail/jouban_1/main9.html10
今ごろ、読みました。やはり、隧道ものと、林鉄ものは、読みごたえがありますね。
29,2862018-07-01 01:57:16/rail/jouban_1/main9.html9
(´Д`)ノ 今から12年以上前のレポート、若々しいというか体力を前面に押し出したというイメージです。ここ7〜8年は事前の下調べや探索後の机上調査等が充実していて「円熟」の域に近付きつつある様にお見受けします。どちらにしても基本は体を張っての勝負、くれぐれも安全第一で更なる発展を期待しています。
27,8652018-02-10 17:52:11/rail/jouban_1/main9.html10
一昨年に亡くなった父がSLの機関士でした。新米の頃に金山隧道で操作を誤り、登り坂で機関車を止めてしまい、救援されたと話していた事を思い出しました。常磐炭は、ご指摘の通り不純物が多い低カロリーでしたが、タールの発生が少なく、詰まり防止に高カロリー炭とブレンドしてSLに使っていたようです。素晴らしいレポートありがとうございました。
27,0552017-10-30 22:07:19/rail/jouban_1/main9.html10
隧道には胴長、ちぃ、おぼえた。
22,6522016-05-07 15:12:52/rail/jouban_1/main9.html9
コメントさせて頂くのは初めてですが、いつも楽しく拝見させて頂いております。隧道内に付着した噴煙の量について、レポート内では蒸気機関車走行期間の長さやC62の大きなパワーが原因ではないなと推測されていますが、C62の構造も一因になっていると思われます。(最終的にはC62のパワーに繋がるのですが...)

従来の機関車では炭水車からカマの中へ人力で石炭を投げ込まなければならなかったのですが、C62では自動給炭装置が装備され基本的にこの作業は機械化されました。この装置のおかげでC62は他の機関車より多い蒸気を作ることができ、ハイパワーを得ることができました。しかしこの装置は石炭を小さく砕いてからカマの中へ送り込んでいたため、C62は燃えていない石炭の細かい粉を煙突から大量に噴出したと言います。その勢いは運転中にゴーグルを必ず着用する必要があったほどだと言うので、隧道内を真っ黒にしてしまうのに一役買っていたものと思います。
因みに人力で給炭する場合は粉炭が未燃焼のまま排出されるのを防ぐため、塊炭に粉炭がよく付着するように予め水を撒いた石炭をカマに投げ込んだようです。自動給炭装置を使用する場合は水を撒いてしまうと機械による石炭の散布が上手くいかないため前述のような事になってしまったということです。

またレポート内でも触れられている常磐炭の性能の低さも関連しているのは間違いなく、 1グラム当たりの発生熱量が低いため他の石炭よりもより多い量が必要となりました。これを補うために通常は人力で投炭を行うD51でも、常磐線で使用される個体には特別に自動給炭装置が装備された物があります。これらの自動給炭装置由来の通常より多い噴煙に加えて、他の機関車でも常磐炭の性能を補うためにより多くの石炭を使用した訳ですからトンネルに付着する噴煙の量は相当なものだったでしょう。
22,3342016-03-30 02:37:28/rail/jouban_1/main9.html9
いつも楽しく見させてもらっています。
トンネル内の竹製ハシゴですが、架線保全用のハシゴではないでしょうか?
昭和50年頃に架線検測による予防保全が始まるまでは、運転士の目視(火花・碍子欠損)を元に、通電した架線に竹ハシゴを掛け、架線の修繕をしていたように記憶しています。(当時の状況は、漫画「カレチ」に詳しく載っています)
つまり、昭和50年頃以前に、電化した現役線のすぐ横にあった廃隧道は、ちょうどいいハシゴ置き場になっていたのではないかと思料します。
そして、その後、架線の予防保全開始とともに、放置されたのではないでしょうか。
もしかすると、既にどなたかから意見いただいているかもしれないですが、ご参考戴けましたら幸いです。
21,7512016-02-03 23:39:10/rail/jouban_1/main9.html10
今行っても、レポートのようなトンネルたちは見られないかもしれませんね。いつになれば常磐線は復旧するのか………
21,2552015-12-31 13:30:04/rail/jouban_1/main9.html10
 そこは心霊スポットですか?ものすごい数のオーブのように見えますが。
17,5442014-12-18 22:24:55/rail/jouban_1/main9.html10
初めてコメント書かせていただきます。
いつも読みごたえのあるレポート有り難うございます。
以前鉄道関係の仕事していたので、第二耳ヶ谷隧道だけが汚れが少なかった事の推測を。
もしかしたら、桃内駅から小高駅にかけて、緩やかな下り勾配になってたのではないでしょうか?

下り列車は桃内駅から加速して、第一耳ヶ谷隧道抜けた辺りから惰行運転に。
上り列車は桃内駅に交換設備があったなら場内制限速度があったはずで、
当然惰行運転で第二耳ヶ谷隧道を抜けていただろう。
上下列車共に惰行運転で隧道通過していたのではないでしょうか?


16,9702014-10-09 10:33:19/rail/jouban_1/main9.html10
現在進行形かどうかはともかく、大事な彼女様のご機嫌がさほどひどく斜めにならなかったならば、あとあとこのレポも苦い思い出にならなくて良かったと思います。とてもお疲れさまでした。
16,6932014-08-30 23:49:02/rail/jouban_1/main9.html10
震災により未だ不通の常磐線…
ここらのトンネルはどうなったんですかねぇ…
13,4702013-08-08 15:41:03/rail/jouban_1/main9.html10
ありがとうby大阪府住在りゅうき11才
11,9542013-02-26 14:47:16/rail/jouban_1/main9.html8
最近このサイトを見つけたばかりで、毎日のように記事を漁っています。記事を読みながら隧道が出てくるたびに私にはある隧道が思い出されていました。そんな折、その私の知っている隧道が紹介されているではありませんか!?それは下郡隧道です!!しかし、記事には私の知っている昭和末頃の感じではありませんでした。少なくとも入り口に柵はありませんでしたし、変な質の壁もありませんでした。内壁は一面煉瓦でしたし、記事には出てませんでしたが、真ん中地点位に山側へ奥行き10m程の横穴があったと記憶しています。小さい頃、電車を眺めに行ったり、チャリで肝試しに行ったことを懐かしく思います!!
10,3532012-08-06 10:53:59/rail/jouban_1/main9.html1
途中で彼女の話が出てきて萎え萎え。
他人の介入は、家族か同業者だけにしてほしい。
と言っときながらですけど、別に彼女出てきてもいいんですよ。
だが大いに期待して、満を持して読み始めた金山隧道レポが、彼女を待たせてるから先を急ぐて・・・。
まだ途中ですけど、読むのやめた。

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