http://yamaiga.com/tunnel/kissaka/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.42点 / 投票回数 1133人)

3ページ中 1ページ目を表示(合計90件)    1 | 2 | 3    [次のページ]  
▼番号書き込み日時書き込みURL点数
コメント
52,6212023-10-01 00:25:56/tunnel/kissaka/main2.html10
読者の方々の情報ありがとう、遂にレポート完成ですね。土被りが少ないと壊れやすいから新しいトンネルは曲げてでも、長いこと保たせるようしたんでしょうね。粗悪なコンクリート、、では良いコンクリートは戦争のための、あの島で隧道に使用されたり、トーチカになったのやろか。戦争の遺物。。。
52,0172023-07-09 11:52:38/tunnel/kissaka/main2.html10
戦前から戦後にかけて着工、竣工した軍港隧道は、呉にもあります。
魚見山トンネルがそれで、吉坂隧道と同じ昭和18年着工、吉坂隧道より1年遅くて昭和26年開通かと。
トンネル旧道はトンネルではなく、呉線吉浦駅東の川沿いから呉線を踏切で渡り、沿岸を岬越えする経路です。
51,1272022-12-04 23:00:44/tunnel/kissaka/main2.html9
高校卒業(1989)まで舞鶴で育ちました。
現存のトンネルしか知らなかったのでとてもおもしろかったです。
48,6782021-11-18 03:59:23/tunnel/kissaka/main2.html10
舞鶴市のトンネルについて検索していて、たまたま貴サイトにたどり着きました。めちゃおもしろかったです。
48,4292021-10-05 17:16:25/tunnel/kissaka/main2.html9
坑口を人力で掘り返す勇者はいないのか?!(笑)
48,4162021-10-03 14:27:07/tunnel/kissaka/main2.html9
京都・福井県境にトンネル建設へ 国道27号で測量調査開始 冬季安定通行に期待https://news.yahoo.co.jp/articles/c3d217bd6c900a7fd3caedee108e8e0ce8751bb9現道の青葉トンネルですが、新たなバイパストンネルを掘る計画が有るようです理由は急勾配と急カーブによる線形不良で、2012年の豪雪時には立ち往生が発生したと新たなトンネルは、小浜線の南に掘られる予定との事です
48,2452021-09-03 01:23:10/tunnel/kissaka/main2.html10
始めまして、舞鶴に住んでいる者です。小さい頃から旧トンネルが見えているのを知っていていつかは行って見たいと思いながら、遠めに見ても埋まっているのは判っていたので行っていませんでした。このレポートを読みやはり埋まっていんだなと判りましたが、それが埋められたのでは無く崩落ししていたと言うのは驚きでした。また福井県側の坑口が何処に有るんだろうとずっと思っていましたが、まさか現道の直ぐ脇に埋められていたと言うのはこれも驚きでした。それから、これは予断ですが最初の方に記載された京都府、舞鶴市の標識のれんがアーチは、北吸トンネルでは無く赤れんが倉庫の窓の形では無いかと思います。
46,4172020-12-09 11:48:06/tunnel/kissaka/main2.html10
いつも素晴らしいレポートをありがとうございます。現役時代の吉坂隧道の写真が、いずれの坑口か穴のあくほど写真を眺めていましたが、ポータルにしみついた苔が、明らかに向かって左側に多く、反対側の右側に少ないので、日照方向は向って左から、つまりこれは福井県側坑口とみて間違いないだろうとの考えに至りましたF生
46,3642020-12-03 19:56:15/tunnel/kissaka/main2.html10
吉坂隧道にこんな歴史があったとは。近くの高専で5年学びました。もう40年近く昔のことです。隧道両側のホテルも健在そうですね。懐かしい。そして松籟洞のネーミング。ありし日の写真が発見され、完結してよかった。すごく良い記事でした。
46,2202020-11-21 14:09:11/tunnel/kissaka/main2.html10
これは良い完結編。巻き立てはコンクリブロックなのかブロック風の場所打ちなのか。大きくて立派な坑門ですね。
46,2122020-11-20 11:55:57/tunnel/kissaka/main2.html10
執念の追求お疲れさまでした次の理由で、福井県側坑門だと考えます・扁額の文字がなんとなく四文字に見える・扁額の上の土被りが、京都側よりも深く見えるでも、念押しには、京都側坑門の向かって左半分のコンクリブロックの刻みを検証すれば、結論は出ると思います。よっきレポでは、現状京都側の右半分しか掲載されていませんが、当時の写真ではこの部分が木炭ガスの排煙で良く見えません。検証お疲れさまでした。
46,2112020-11-20 08:15:22/tunnel/kissaka/main2.html10
素晴らしい完結です。ネットの力はすごいものですね。情報が集まりレポートもどんどん素晴らしいものになっていく。まさにこのサイトはそういうことです。
46,2102020-11-20 01:21:22/tunnel/kissaka/main2.html10
正に悲劇を象徴する隧道。埋もれた歴史を掘り返す、これもまた冒険。追加の写真は出口から左方向にカーブしているのがわかります。青写真等の位置関係から、福井側の可能性が高いような気がしますね。
44,7562020-07-03 13:18:42/tunnel/kissaka/main2.html7
松籟(まっだ?)トンネル!死語ではありませんか。
43,1902020-01-06 11:58:02/tunnel/kissaka/main2.html6
「旧トンネルの完成間近を伝える地元紙の記事が発見された」の下の1行から11行の「問題のある戦時中のセメントを「後から取替え工事をしたこともあ」った」になっている
43,1062019-12-23 23:58:56/tunnel/kissaka/main2.html10
>表紙を見ると、「昭和28年度〜30年度 建設省委託 吉坂隧道復旧工事設計書」とあり細かいですが「仝」(「同」の異体字)が抜けてると思います。「昭和二十八年度〜仝三十年度」と書いてある。
42,8732019-12-01 11:10:43/tunnel/kissaka/main2.html10
すばらしい。窪田教授GJ!
42,8442019-11-29 01:15:39/tunnel/kissaka/main2.html10
すばらしい。世の中狭いというかインターネット広いな。公文書大切。つい最近まで鉛筆書きの図面しか受け付けなかった役所が多かったですよ。
42,8162019-11-25 22:05:38/tunnel/kissaka/main2.html8
凄いですね。
42,8152019-11-25 20:06:41/tunnel/kissaka/main2.html10
「※リンク先の内容を安易に真似しないでください。」😻左下の拍手しましたw
42,8132019-11-25 17:59:29/tunnel/kissaka/main2.html10
クボティ ☆G J!
42,8102019-11-25 15:03:20/tunnel/kissaka/main2.html10
窪田教授 ⤴ ⤴ 
42,8072019-11-24 23:27:17/tunnel/kissaka/main2.html10
今日の追記で1点だけ修正点が。災害復旧工事実測平面図(最終改訂版)の、カーソルオンで表示される拡大の中で、基礎(桃色)としているのは設計図上の「旗揚げ」です。すぐ下にあるB型基礎、A型基礎の記載と同じ扱いのものです。この場合は、2号石積7mの真下にC型基礎7mがあるという意味になります(B型・A型基礎も延長を足すと1号石積の24.4mになります)土木設計図を見る機会の多い人間ですので、ちょっと気になった次第です。
42,8062019-11-24 22:10:57/tunnel/kissaka/main2.html10
公文書館というものが、如何に重要か、また、必要な物なのか大変理解できる追記ですなあ。小洒落た名前になってしまいどうなったのかと思いましたが、生の史料と言うものの力と説得力を感じました。地元民としては、もっと使わないとイカンなあと思いました。
42,8042019-11-24 20:12:15/tunnel/kissaka/main2.html10
窪田教授、ファインプレー!
42,8022019-11-24 16:52:45/tunnel/kissaka/main2.html10
私も図面を書く仕事をしているのですが、社内のデータベースからpdfで参照できる、CADの無かった時代の手書き図面には、本当に畏怖すら覚えます。
42,8002019-11-24 15:48:00/tunnel/kissaka/main2.html10
「京都学・歴彩館」での資料調査は・・まだまだですよね
41,6922019-07-20 02:37:52/tunnel/kissaka/main2.html9
廃隧道を見に行ったり、現地に開通までの話が書かれた看板があったりして読んでみるとどこの隧道も地元の人々のそれまでの苦労と隧道開通への思いが感じられるものでした。最後の記事でも同じ印象を受けたのですが、それが短命であり、現在はあれだけしか残ってないと思うと切なさを感じました。
29,0972018-06-07 22:16:21/tunnel/kissaka/main2.html10
>同じ場所「舞鶴市字吉坂」にあることになっている
とありますが、大鑑では「舞鶴市吉坂」と「舞鶴市"字"吉坂」と表記が異なります。
これ、「誤記」でないのならば、違う場所を示しているんじゃないでしょうか。

前者は「住居表示」の町名「吉坂」、後者は「地番」の字名「字吉坂」と思われ、
地域の一部だけ住居表示を実施した場合こうなることがあります。
こういう場合、住居表示「○○市□□1番1号」と地番「○○市字□□1番地の1」は違う場所です。

まあ実際は大鑑編纂時に、
新トンネルの住所は最新の住居表示で表記したが、
旧トンネルは「住居表示に関する法律」が施行される前に放棄された為、
住居表示がわからなかったので現役時代の古い地番で表記しただけ
とかそんなところだと思いますが。
29,0322018-05-30 00:25:19/tunnel/kissaka/main2.html8
調査途中なので8点。

細かいことですけど
〉国境の山上に建つ松尾寺へと上る県道を左に分けて
「府道」ですね。

〉国道情報連絡所
耳慣れない用語なのでググったら「それについては平沼義之氏の文庫『国道? 酷道!? 日本の道路120万キロ大研究』をぜひご覧いただきたい」という文が出てきた(笑)。
http://tenere.blog.shinobi.jp/%E9%81%93%E8%B7%AF%E5%85%A8%E8%88%AC/%E9%81%93%E8%B7%AF%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%80%A3%E7%B5%A1%E6%89%80

3ページ中 1ページ目を表示(合計90件)    1 | 2 | 3    [次のページ]  

この画面の説明