http://yamaiga.com/tunnel/kissaka/ の公開中コメント一覧

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コメント
27,5022018-01-01 02:46:53/tunnel/kissaka/main2.html10
間違いだらけの公文書などに振り回されてたいへんでしたね。ご苦労様です
27,4242017-12-22 09:36:14/tunnel/kissaka/main2.html10
すぐそばの有名な元道路鉄道併用トンネルには寄らなっかたのですか?
27,4212017-12-21 20:14:30/tunnel/kissaka/main2.html10
吉坂隧道の福井側坑口はあのよととさんでも見付けられなかったそうですね
話が変わってドイツのクリスマスのお菓子シュトレンの語源って坑道の意味があるのですね
何でも形がトンネルに見えるからだとか
シュトレンと命名した人はもしかしたらオブローダーなのかも知れませんね
27,4202017-12-21 15:06:16/tunnel/kissaka/main2.html9
隧道の状態には似合わない良い話になりました。
27,4182017-12-21 09:50:28/tunnel/kissaka/main2.html10
舞鶴側の坑口にある倉庫の前に慰霊碑等の石碑がありますが、数年前に撤去されています。
27,4172017-12-21 05:11:52/tunnel/kissaka/main2.html10
松籟洞の「籟」の文字、ヨッキさんが「松」「?」「洞」と書いた時点で「籟」だな「籟」と思って、読み進めて「ほら当たった」と
あとで、「あれ? なんで自分『籟』だと思ったんだ?」と考えたら家の近所に「松籟公園」って名前の公園が有ったのを思い出し
ヨッキさんの説明で縁起のいい言葉と知り、逆に公園の名前の由来もそのあたりなんだろうな、と思い至った次第

山行がは勉強になりますね
27,4152017-12-20 18:20:07/tunnel/kissaka/main2.html10
この隧道に限って、なぜここまで揃いも揃って情報が錯綜しているのでしょう。不思議です。

以前に調べ物をしていた時、警察署の方に
「昭和27〜8年頃に大火が有ったのだけどその時に古い資料はいろいろ焼けてしまったらしい」
と教えていただいた事が有りました。
ここでも、記録が混乱してしまうような何かが当時有ったんでしょうかね…。
27,4142017-12-20 15:30:53/tunnel/kissaka/main2.html10
京都生まれですが全く知らない隧道の話でした。現在のトンネルは何度か通っているのですが、旧道があったとは。
27,4132017-12-19 13:19:59/tunnel/kissaka/main2.html10
奥深い解釈が随所にあり感服しました。劣悪な材料しかない戦時の技師や、関係者の思いをすくい取ったレポート、久々に堪能しました。不正隠しに奔走する諸企業はこれを忘却している。
27,4122017-12-19 12:29:47/tunnel/kissaka/main2.html8
舞鶴市のカントリーサインは、舞鶴港と赤れんが倉庫群(赤れんがパーク)ですね。
http://www.maizuru-kanko.net/brandbook/#akarenga
27,4112017-12-19 08:03:47/tunnel/kissaka/main2.html10
コンクリに接するの型枠の材料は「せき板」と言うのが一般的かも
ただこれだと材質や形態は問わない呼び方かな
27,4102017-12-19 02:14:39/tunnel/kissaka/main2.html9
東側坑口が見当たらないのは、そもそも無いという可能性はないでしょうか? 例えばこちらの例
http://haisentn.s78.xrea.com/natori/1.htm
のように坑口は同一で途中から洞内分岐させたとか。
27,4082017-12-19 00:48:52/tunnel/kissaka/main2.html9
本題とは全く関係ないので恐縮ですが……西口旧道に群生しているブラシ状の植物は、いわゆる「猫じゃらし(エノコログサ)」ではなく、チカラシバではないでしょうか? ヨッキさんの描写“ノーマルの猫じゃらしに較べて妙にチクチクするのが嬉しくない。ひっつき虫のようにべとつかない”と、手のひらとの対照写真(穂はエノコログサより2倍以上大きい)から判別できます。いわゆる「ひっきつき虫」の一つです。花言葉は“気の強い”“信念”で、チカラシバにまみれて廃道を探索するヨッキさんに合うかも
27,4072017-12-18 21:03:57/tunnel/kissaka/main2.html10
ブツが発見できなくても,やはり机上調査部が多いレポは面白い。膨大な時間を費やして調査し,書かれているのは調査内容の10%も無いのかもしれない。それほどのもの労作をわずか数十分で読み終えてしまうのは勿体無いな。

が,オラも短命隧道の在りし日姿を見てみたいぞ!(ぜ
27,4062017-12-18 20:07:51/tunnel/kissaka/main2.html10
戸倉軍用トンネルも使っているコンクリートが悪いから終戦後そのまま放棄されたのでしょうか。
27,4042017-12-18 19:34:33/tunnel/kissaka/main2.html8
プロの目から見ても完全に消失していれば,どう仕様もありませんね。お疲れ様でした。資料も乏しい様で…あとは現地人の記憶だけが頼りか?
27,4032017-12-18 17:29:46/tunnel/kissaka/main2.html9
“逆パラペット”という表現ですが、パラペットは屋根に設けられた手摺りの様な装飾や壁状の立ち上がりの事を言うので、坑口が他より張出している事をそう表現するのはおかしな事ではないでしょうか?
27,4022017-12-18 15:50:55/tunnel/kissaka/main2.html10
素晴らしい!
27,4012017-12-18 12:25:28/tunnel/kissaka/main2.html9
「舞鶴市」の案内標識に描かれているトンネルのようなものは、下まで煉瓦模様が回っていることを考えるとトンネルではなく赤レンガ倉庫の窓でしょうね
27,4002017-12-18 11:48:18/tunnel/kissaka/main2.html9
青葉トンネルの入り口に県名や市町村名があるのが面白いですね。
普通はトンネルを抜けた先に県名や市町村名の看板があるんですけどね。
この地域の特徴でしょうか。
27,3992017-12-18 09:39:05/tunnel/kissaka/main2.html8
これは大変でしたね、机上調査が。
物資欠乏があったにせよ、地質さえ盤石ならば素掘りでも
成立するはずのトンネルがそれだけ崩れたという事は、
良くない場所を掘ってしまったのでしょうが、
それでも工事を強行して結局全てを無駄にしてしまったという事実は
狂った時代の狂った判断の当然の帰結であって、
「松籟洞」の美名で糊塗など出来る物ではそもそも無かったのでしょう。
そうした教訓がまともに伝えられていない現状に
蟻の一穴をほじくるこのレポが、
閉塞を打破する風穴を吹き抜ける松風とならん事を。
27,3982017-12-18 09:21:05/tunnel/kissaka/main2.html10
相変わらずの緻密な考察に感服しました。不幸?だった隧道も喜んでいると思います。
27,3972017-12-18 07:54:59/tunnel/kissaka/main2.html9
まさかの東口見付からず!(;´Д`)昔松尾寺の貨物設備見に行ったけど此処にこんな経緯があったとは。
27,3962017-12-18 03:12:27/tunnel/kissaka/main2.html9
「本当の高浜隧道の姿」は筆の滑りだと思いますが、それはさておき、
「松籟」は近くの名刹松尾寺と三松海岸にちなんだ名称だというのが、いちばん無難なところではないでしょうか。
27,3952017-12-18 01:22:14/tunnel/kissaka/main2.html10
舞鶴市民です。ワタクシもこの隧道は知っており、気になっておりましたが、舞鶴の図書館で史料を観ても、手がかりがありませんでしたが、福井県側にはいくらか文献があるのですね。我が街舞鶴を取り上げてくださり、ありがとうございます。
27,3942017-12-18 00:27:53/tunnel/kissaka/main2.html10
舞鶴市のイラストですが隧道ではなく、レンガ倉庫の窓だと思います。下に描かれた長方形の石もそれらしい感じです。
27,3932017-12-17 21:28:37/tunnel/kissaka/main.html10
型枠の跡が戸倉軍用トンネルとそっくりです。
27,3872017-12-17 12:16:19/tunnel/kissaka/main.html7
>昭和20年代のトンネルらしく、内壁の一面に長方形の格子模様がついている。
>これは打設したコンクリートが固まるまで抑えていた矢板の模様であり、
>トンネルの工法を見分けるバロメータの一つだ。

トンネル覆工を含む古い現場打ちコンクリートの表面に見られる模様は、
矢板ではなく“さね板”(実板)の跡ではないでしょうか。

トンネル工事における矢板というと、
工事途中における掘削面からの土砂・岩石の剥落を防ぐために
支保工の裏側(外側)に挿入する板のことで、
覆工後には洞内から全く見えなくなる部材のはずです。

杉などの細長い板であるさね板を並べて面を作るコンクリート型枠は
合板のコンパネや鋼製型枠が普及する前の古い工法ですが、
近ごろはあえて木目の転写をデザインとして取り入れる
“杉板本実型枠”(すぎいたほんざねかたわく) などと呼ばれ、
化粧型枠の一種として使われることがありますね。
27,3852017-12-16 21:42:50/tunnel/kissaka/main.html9
う〜ん、坑口の画像が一部分だけ写したものばかりで全体像がよくわからん。
引きで撮った写真はないのか……と思ったら、ちょっと下がっただけで「もうこの有様」なんですね……。うむむ。

> 残っているのは分かるのに、画像として十分に記録することが出来ないのである。これは非常に口惜しいことだ。
全くです。反対側の状況に期待。
27,3842017-12-16 21:41:31/tunnel/kissaka/main.html9
他の未完レポはよ!と思いつつ
古い隧道ネタがあれば探索して少しでも目に触れてほしいというヨッキさんの気持ちもわからなくもなかったり、、、

もどかしい!とりあえず反対側坑門もアップして!

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