ミニレポ第119回 甲武トンネルの末端廃道 <後編>

所在地 東京都檜原村〜山梨県上野原市 
探索日 2007.5.23
公開日 2007.5.31

山梨側にも末端部が存在


 長さ209mの栗坂トンネルと、県境を貫く長さ954mの甲武トンネルが、間に50mほどの明かり区間を挟んで連続している。

この2本のトンネルを潜り抜け、山梨県上野原市へ進む。

私の目的は、ただ一つ。
甲武トンネルの山梨側坑口付近にも、もしかしたらまた、未使用の末端部分が存在するかも知れない。その発見だ。
もしその存在が確認できれば、そこには、大胆な仮説も生まれてくる。



 外へ出るとそこは山梨県である。
まだ見慣れない県章が描かれた標識が出迎えてくれる。
ここから最初の人家がある日原までは、大曲りの下り坂を約3km。集落である棡原までは5km。甲州街道に合する上野原までは10km強である。

隣接する東京と山梨だが、県境はいずれも山地にあり、結びつける車道は数が少ない。
その割に甲武トンネルは、それほど利用度の高くないルートのようだ。
こうやって写真を撮っていても、殆ど通りすぎる車はいない。



 平成2年に開通した甲武トンネルの、山梨側坑口。
見たところ、その周囲には“末端部分”の存在を匂わせるものはない。


 …これは、しくじったか?




 ニャ!

なんだこれは?
朝露にぐっしょりと濡れた路傍の草むらに、一筋の踏み跡を発見!

もしやと思い、靴やズボンが濡れるのにも構わず突入すると…。
トンネルよりも高い位置に、コンクリートの吹き付けられた壁が見えてきた。
まさか、本当に道路か?!



 そこには、コンクリートで固められた法面のよって確保された、30m四方くらいの平らな敷地があった。
現道とは直接繋がってはおらず、急斜面の踏み跡を介している。
まだ道であるとは言えないが、何か気になる。
壁の近くへとさらに進んでみる。

 なお写真には、右奥に弓なりを描く稜線が写っている。そこが昔日の浅間峠である。



 うむむー…。

やはり、どこにも続いてはいないのか…。

しかし、どうにもこの敷地は不自然だし、それに、向かって右手の杉林の方へと、まだ微かに踏み跡が続いているのが気になる。
コンクリートの壁も、杉林の方向へと緩くカーブし、その先で崩れているようだ。
崩れた壁から溢れた土砂と、その上に生えた植生によって、杉林の見通しは悪い。



 杉林の方へと、昔は踏み跡があったようで、少しだけブッシュの浅い部分がある。
そこを辿って進んでいくと、林に入る手前で、2mほどの段差が出来ていた。
段差は明らかに盛り土によるもので、斜面上も激しいブッシュとなっていた。
そして、この斜面を登って、杉林へ入る。



 道だ!

いやはや。
こんな事もあるのか。
これは面白い。
本当に道が隠されていた。
しかも、今度は現道と直接結びつかない、段差の上にある道だ。
単純なズリ捨てのための作業道路ではないだろう。
しかも、ズリ出しならば谷の下方へと向かうところだが、この道はむしろ、その逆。沢沿いを峠の方向へ進んで行くではないか。



 さらに面白いのが、この一面杉の植林によって覆われ(文字通り、路面上も植林されている、まだ幼木だ)た道は、その幅が十分に広いという事だ。
上の写真からも、その広さが感じられるだろう。

 そして、ここが確実に道路跡だと言えるのは、コンクリートで固められた法面が続いているからだ。
林の入り口では崩壊していた壁だが、林中ではまた復活しており、不自然な存在となっている。
やはりここは、かつて道路として用意された土地に、杉を植えたのだ。
要らなくなったのだろう。

…きっと、計画が変わったのだ…。




 「あったら面白いな」と思っていた末端廃道は実在した。

だが、その規模はレポートにするのも恥ずかしいほどに、小さなモノであった。
こちら側の道路跡も、檜原側同様、100mほどで終わっていた。またしてもその終わりは唐突だった。
それは、法面のコンクリートが途絶えたことでも、自然と理解された。



 ここまで、幅6m以上もあった平坦部は、法面のコンクリートと一緒に消失。
地面すれすれまで笹や夏草が覆い被さる、物凄く深い藪が、その先を覆っていた。
それでも5mほどは進んで様子を見たが、目の前には小さな小川が流れており、道はそこで完全に潰えていた。

かつてここまでは工事が進められたのだろう。
そしておそらくは、トンネルもここから掘り進める予定があった。




 現在の峠のトンネルの前後に、対になるように発見された、同年代のものと考えられる道路痕跡。
その正体は、やはり……。


右の図に示した赤い太線は、今回確認された“末端部”の道路痕跡である。
それらはいずれも、2車線の車道を意識した幅であったし、コンクリートによる近代的な施工が見られた。

昭和40年代の地形図には、既に現在の峠道の大半が現れていた。
それは私に、トンネルだけを掘り残したような未開通道路が、長く存在していたことを印象づけた。
そして、昭和末にになってようやく工事が再開され、そこに完成したトンネルの、2本連続という、やや変則的な構成を見たとき、私はうすうす感じたのだ。
「昭和40年代にイメージしていた完成形は、もっと古くさい、おそらくは、一本の長大トンネルに絞ったものだったのではないか」と。

そして今回、そのような私の想像を裏付けるともとれる発見が成された。
ただ、確信には至らないし、至れない。
机上を中心とした、さらなる調査が必要と感じている。

 皆様は、どのような推理を楽しまれるだろうか?



 (おまけ) 檜原役場近くの未成橋


 この景色があるのは、同じ県道33号上野原あきる野線上。甲武トンネルから約10kmほど終点寄りの地点、檜原村役場の傍である。
本宿と笹野の間は、狭い秋川渓谷の右岸に沿って、ぎりぎり2車線の県道がうねうね続いているのだが、ここを起点方向へと進んでいくと、谷の上に架かる一本の橋が見える。


(拡大して)よく見ると、その橋にはまともな欄干が無いようだ。
もちろん、上を走る車の影もない。
そもそも、地図にも記載がない。

こいつは、紛れもない未成橋である。
しかも、あるはずの工事の音もない。




 橋が架かっている傍の県道は、ご覧のような急カーブの続く道である。
しかも、巨大な石灰石採掘場が沿道にあり、日中はひっきりなしにダンプが往来する。

どうやら、この区間を短絡する新道の計画があるようだ。
そして、一部は着工したようなのだが…。



 先ほど怪しい橋を見た、その袂。
ひときわキツイカーブがあって、もし真っ直ぐ正面に橋が架かっていたなら、運転はどんなに楽だろう。
そう思う。

目の前のバリケードの向こうに、未完成の新道はある。
遠方の斜面には石灰石鉱山の一角が見えている。




   現道カーブの外側に続く、怪しい平場。
そこは、ガードレールとバリケードによって隔てられ、さらに目指す橋までの間には別のバリケードもあるようだ。

それに、やはり工事は止まっているようで、夏草が現場を覆い始めている。
雑多な資材が散乱しているようにも見える。



 2枚目のバリケードには、都の名で立入禁止が明示されていた。
そして、その向こうにはいよいよ橋が見えている。そこだけがコンクリートなので、夏草の海に映える。
だが、なんと厳重なのだろう。
橋の袂には、まださらに別のバリケードが見えている。
無人のバリケードの列は、私にとってただの時間稼ぎにしかならないが、常識的に考えれば、そこに見えている橋の上へと、そこまでして立ち入ろうとする人もないのだろう。抑止力としては十分そうだ。




 立て続けに現れたバリケードも、これで3重。
いい加減辟易していたところだが、ようやく橋の上に立てそうだ。

それにしても、“良いところ” で工事が止まっているなぁ。
もう、完成間近じゃないか?




 橋は、深い峡谷を一跨ぎに出来るよう、方杖ラーメン形式である。
その高さ故に現道からも目立つ存在であるが、それでもこの地味な色合いは幸いしているのだろう。
欄干は設置されておらず、代わりに木製の支柱とトラロープが転落防止の重責を担っている。
こんなロープに寄っかかったらどうなるか、火を見るよりも明らかで、橋が厳重すぎるほど封鎖されている理由だろう。

その他、親柱や照明、それに舗装の施工もまだで、橋の本体工事が終わった段階で止まっている。




 静まりかえった橋の上。
対岸へ向けて緩やかに下っている。
橋の向こうにも、バリケードが見えているが、果たしてその向こうはどうなっているのだろうか。



 谷は深い。
風の強い日には、訪問したくない場所だ。



 これは、下流側の谷底の眺め。
上流側(上写真)と同じように何もないのだと思われたが、緑に紛れて一棟の廃屋が!
屋根は抜け、壁にも大きな穴が。軒の内外の区別も付かぬほどに、深い森に侵されている。
そして、この場所には他に一軒の家もなく、地図にも地名は無い。
だが、実際に人が住んでいたのだ。

地図を見ると、ここは蛇行する秋川によって、他の集落や、あらゆる道から隔てられた、陸の孤島なのである。
そこに、ただ、一本。


 ただ一本だけ架けられたのが、この橋。

しかし、橋は架かっても、人は通れるようにならなかった。
未だ、あの廃屋は孤島にある。



 橋の南側には、険しい斜面があるばかり。
岸に来ても、上陸することは出来ないのだった。
大きな段差があって、どこへ行くことも出来ない。当然、下へ降りることも。

新道の工事は、この橋だけを残して中止されているようだ。
なぜなのかは分からないが…。



 現地の地図は左の通り。

おそらくこの新道は、W字型の秋川の蛇行を二本の橋と間の切り通しで克服する計画なのだろう。
その為にはもう一本の橋が必要だが、それが着工された形跡はない。

ともかく、村役場のすぐ傍に、こんな怪しい物件が公然と存在するとは、檜原村恐るべし! である。
この道について何かご存じの方は、ご一報下さい。





 いつか、開通の日を夢見て。

甲武を結ぶ期待のトンネルが、より便利に活用されるためにも…。

今のままでは、あまりに橋は寒そうだ。











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