7:33 《現在地》
この区間内にあった「向皆外隧道」が着工されていたことは明らかだが、前後の路盤工事は完備されずに終わったようである。
周囲が鬱蒼とした杉林に変わっても、依然として路盤らしき平場は現れなかった。
中には腰よりも太い立派な成木も混ざる杉林だ。
本当にこんな場所で、半世紀も前とはいえ、鉄道工事が行われていたのだろうか。
俄には信じがたいほどの変貌であった。
私は脳内ジャイロを働かせ、のれんに腕押すような水平移動を続けた。
あわーッ!
わーッ!!
あるで。
絶対無いと思ったのに、唐突な感じで…、
斜面にコンクリートの巨大な物体が…。
まじかよ…。
マジだよ…
あったよ…。
今まで廃道と廃線と色々見てきたが、この鬼気迫りっぷりは、ただ事ではない。
もう全てが終わって半世紀も経っているはずなのに、全然均された感じがない。
今も崩れ続けているのではないかと思わせるような禍々しさがある。
路盤無き杉林に…、こんなものが残っていようとは…!
向皆外隧道南口である。
ほとんど口は閉じている。
というか、見るからに奥行きなどありそうもない。
本来の隧道から切断された坑門部分だけが、ここにあるような感じがするのだが…。
いや!
奥行きがある…!
嬉しいような、嬉しくないような、微妙な心境だ。
開いているとなれば、私はきっと入らなければ気が済まないだろう。
だが、この穴には夢も希望もない気がする。
坑口にいても、既に土臭さが鼻につく…。
長さは知らないが、絶対に貫通していないと断言できる。
7:33
斜面で、埋没同然となっていた坑口。
どうせ帰りもここを通るのだからと自分に言い訳し、洞内探索は後回しに。
そして先へ進むべく坑門脇へと回り込むと、そこには思いのほかに巨大な外壁があった。
外壁は10mほど先で、いよいよ崖の地中へ潜っていく。
これを見るだけでも、いかに土被りが浅く、偏圧の掛かりやすい不安定な隧道だったのかが伺える。
少し離れて見る。
でかい。
あんなに開口部は小さく、洞内だって狭く見えたのに、腐っても国鉄の隧道だ。
本来のガワはこんなにデカイのだ。
それが今や、ボロッボロ…。
こんなに堅牢そうな外壁なのに、巨大な亀裂が生じている。
新品のままこの様とは、本当に憐れな構造物だ。
不幸過ぎる。
同構造物が地中に潜り込んでいくところだ。
果たしてこの地下は無事なのだろうか。
元の形が分からないので想像するしかないが、外壁の左端の一部は欠けているように見える。
それが土砂崩れによる破壊なのか、それともこの隧道自体が動いて崩れてしまったのか。
この周辺には平坦な立ち位置が無いので、何が水平で何が傾いているのか、よく分からないのだ。
はっきり言えることは、この物言わぬ巨大な隧道外壁が、亀裂と苔とに覆われた無惨な姿を晒しているということだけだ。
そしてこの直後、私は川べりまで下らされた。
隧道を掘るほどの急斜面である。
山腹をへつって先へ進むことが出来なくなったのだ。