廃線レポート 上信鉱業専用軽便線(未成線) 第6回

公開日 2015.5.05
探索日 2015.4.08
所在地 群馬県長野原町〜嬬恋村

芦生田の住宅地で発見された“隧道”の内部へ


2015/4/8 10:03 《現在地》

さすがにこれは話が出来すぎているような気がしてしまった。もう残るのは町中の探索だけで、大きな遺構の出現は無いと思っていただけに、自分で言うのも何だが、大どんでん返しともいえる隧道発見に、興奮を通り越し笑いが込み上げてきた。

…なんて御託はもう良い。
目の前に現れた、この巨大な穴。
大きさだけでなく、坑門の“面”の綺麗さなど、かなり手が込んでいるのが分かる。
最終的にはこの平に均した素掘の“面”をコンクリートの擁壁で抑えて坑門を作る予定だったのかも知れないが、戦後70年をほとんど崩れもなく耐え抜いた素掘の壁には、そんなものが必要なかったと事後的に証明していた。

もう一つ目を引いたのは、坑口の傍の線路脇になる位置に生えた樹齢数百年を経ていそうな大木だった。
こいつは70年前の慌ただしい出来事を全て見ていたに違いない。



まじかよ!

って驚いても、これはちょっと写真だけでは伝わらないよな。
が洞内を吹き抜けていた。悴んだ頬をより冷たくする風が、私の心を熱くする。

「こいつは抜けてるぜ。」

洞内は緩やかに右へ向かってカーブしているのが見えており、
その奥に光は見えないが、外へ抜けているのは間違いない。



凄い隧道だ…。

軌間762mmの軽便鉄道用の隧道であるはずだが、同じ軌間の林鉄跡で目にするものよりもでかい気がする。
サイズを計ったわけではないが、普通鉄道のものに匹敵するのではないか。
特に素掘でこんなに天井が高い隧道も珍しいし…、長野原で見たのもこんなだったか? 確かにあれも天井は高かった気がするが。

このサイズについては、いくつかの解釈が出来そうだ。
将来の電化を考えて天井を高くしていた可能性。
この後で巻き立てをする予定だったから、その厚みの分だけ大きな断面で掘った可能性。
何もおかしくない普通のサイズであり、私が気圧されていて変に印象を違えた可能性。

そんな断面の大きさもさることながら、どんな測量をして削り出したのか不思議な、素掘らしからぬ滑らかな壁面のアーチカーブも見事で目を引く。
これも将来の巻き立てを意識しているという解釈も出来るし、施工者(トンネルの佐藤)の拘りや矜持であるとも解釈可能だ。

さすがに洞内には崩落もあるようだが、なんか落ちている石が砂糖みたいに白くて綺麗だった……。



蕩けた表情のままで洞内へ。

もう季節の上では春だというのに、まるで冬に逆戻りしたような嬬恋村の白と黒の景色が綺麗だった。
長野原からここまで2年越しの探索(まあそうは言っても実際は1年空けて2回目の探索をしただけだけど)の末に、11kmという未成線の全貌が、もう間もなく明らかになろうとしているのである。

それもこれも、読者さまの大きな協力があってこそだった。
2度目の探索の強い動機付けを作ったのは、読者さまからの情報に他ならなかった。
実は最初の探索で長野原の未成隧道を見たことに私は満足しており、他に遺構があるとも考えていなかったから、2度目の探索も予定していなかったのだった。

…まあなんというか、みんなありがとうです。



やっぱり抜けてやがる! 光だ!

風が教えていたとおり、緩やかにカーブした壁面の向こうの方に、出口からの光の反射が見えていた。
長野原で見たのは無念にも地中で行き止まりの未成隧道だったが、今度はちゃんと貫通しているばかりでなく、断面も途中に掘り残しの狭窄部などを持たない、完成形を思わせるものだった。

前記の通り、最終的に巻き立てを行う計画があったか否かは不明だが、戦時中の突貫工事を思えば、この段階で労務者達は完成を歓び、次の現場へ駆けていったような気もする。
確かにこの地質は70年を素掘のまま無傷で耐えるほど堅牢ではなかったようだが、閉塞するほど悪くもない。戦争終結まで鉱石を運搬する程度には十分と判断されたと思う。



数十年分の落葉と崩土のためフカフカとなった洞床を踏みしめて、最も暗い洞央へ。天井に穿たれた歪な穴の量だけ洞床に土の山が出来ていたが、まだ閉塞するような圧壊を予感させるものではなかった。なんというか崩れる度に通路が上部に移っていくだけだろう。崩土の山が砂糖の山みたいで美味しそうだった(笑)。

果たしてこの集落近くに掘り抜かれた隧道には、道路等への転用歴があるだろうか。重要な判断材料であるべき路面が洞内全域にわたって少しも見えないので判断しがたいが、すぐ近くに村道が通じていることを考えれば、車道転用の需要は薄かったように思う。何かの倉庫や投棄の現場になっていた様子も見えない。全てが綺麗。

ほんとうに、異様な白さである。
隧道が掘り抜かれている地中は、写真映りだけでなく、実際に白い色をしている。地質のことはよく分からないが、浅間山の火山灰なのだろうか。
また透水性が低いのか、土被りも大きくはないはずなのに、洞内は乾ききっていた。




白亜の隧道。

おそらく、私がこれまで目にした素堀隧道の中では、最も美しい1本だ。

壁の白さのためだろう。全長100mを下らないカーブもある隧道だが、
両方の坑口から届く光が、壁に反射しながら洞央まで届いており、
照明が無くても歩けるくらいの明るさがあった。



これほどのお宝隧道との遭遇に、夢の心地を憶えたまま、まだ見ぬ東の外を目指す。
この東の外は、村道から見たときに様々な敷地に阻まれ、一旦接近を諦めたエリアだと思うが、
そこにいかなる坑口が口を空けているのか本当に楽しみだし、一体どこに通じているのか。

どうでもいいが、私はたまに探索をしている夢をみるが、
決まって夢の中では「あり得なさそうな好探索」と「夢と見紛うばかり良遺構」に遭遇し、
ああ帰宅したらレポートを書くのが楽しみだと思いながら、夢から覚めるのだった。
そんな“夢の展開”と、今回のこれは似ていた。




なんだこりゃ。

出口に近付いた私は、またしても驚きの光景に遭遇する。

状況的に何かの工場の敷地に出てしまったことは分かるが、とりあえず人目がないのと、目に見えて封鎖もされていないようなので、このまま進もうと思う。
それより驚いたのは、出口付近の洞床が数メートル掘り下げられていて、地上との間に段差が生じていたことだ。
お陰で、ただでさえ高いと感じられた天井は、最後の最後で石切場もかくやというような異様な高さを手に入れていた。




どういう目的があったのか分からないが、坑口から約5mの位置まで、洞床が2m程度掘り下げられている。
また、この洞床の掘り下げはおそらくさほど古いものでは無く、隧道工事とは無関係に後年なされたものだと思う。
段差の部分にショベルカーで掘ったような溝が付いていた。

段差の部分には梯子が設けられていたので、勝手に使わせて貰った。
そして今度こそ、地上へ。




















それはそうとして、どうやら私は「佐藤工業(有)」さんという建設業者の敷地にお邪魔しているようだ。
全くの偶然だと思うが、この専用線を建設したのは、富山に本社を置いていた佐藤工業(株)さんであった。


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遂にしっぽを掴んだ(ニャー!)、山際の未成線跡  


10:11 《現在地》

少しの間地上に出た場所に身を潜め、GPSの測位を待った。
そして現在地が判明した。
川沿いの村道から見て80mほど山側の土地で、村道からは見えない位置にある建設会社の敷地内だった。
当然、隧道も村道から見えるわけがなかった。

また、隧道という衝撃的な出会いではあったが、ようやく吾妻川の南岸で具体的な専用線の位置を知る事が出来たことも大きな収穫だ。
後はこれを吾妻川橋梁へ向かって辿って行けば、一旦は諦めたこの区間のルートの位置と現状を、今度こそ解明できるのではないか。



敷地内にはさすがに未成線の路盤跡は残っていなかったが、おそらく直進していただろうと考え、その通りに進んでいった。
前方にももう一山見えているのが気になったが、その近くまで行けば、手付かずの路盤跡が残っているかも知れない。

なお、少し離れてから振り返ると、先ほどの隧道は倉庫などの建物にほとんど隠されてしまっていた。




坑口から100mほどまっすぐ東に進むと、建設会社の敷地の端に辿りつき、それより先は雑木林になっていた。

このまま直進して突入する!




林に勇んで突入した私だったが、残念ながら期待していたような鉄道工事の痕跡、例えば築堤や掘り割りのようなものは見あたらなかった。
地形的に緩やかで、そんなものを要さなかっただけかも知れない。
ただ、この雑木林で未成線の痕跡が見出せないとなると、またしても私は奴の“しっぽ”から手を離して取り逃がしてしまった可能性が出てくる。

ぐぬぬ…。

一筋縄ではいかないか。間に建設会社の広い敷地が入ってしまったのが、ルートの想像を難しくしているな…。



雑木林もまっすぐ突っ切って、さらに50〜100m進むと、今度は大きな工場のような建物が現れた。
ここはその裏手で、建物の中からは盛んに機械の駆動音がする。

この大きな建物の出現によって、雑木林の地形は再び攪乱を受けていて、ますます未成線のルートを知る手掛かりが薄くなったと感じる。

もう諦めて左に出る(工場敷地を経て村道に出られるだろう)か、駄目元で工場裏をこのまま直進するかの選択肢があったが…。

とりあえず、ちょっとカメラの望遠で工場の先を覗いてみるかな。
 ↑こんな前振り、出来すぎだろwwww いやマジなんだって。




で、こんなものを見付けちゃう。

今日はマジでオブ運がハンパ無いかもな。

そして当然次の瞬間には、獲物を見つけたヌコのように疾駆した。



10:16 《現在地》

先ほどの隧道と見較べれば、だいぶ状況が悪いような感じがするが、
地質は似ているはずだから、多分洞内はスッキリしていることだろう。

また、先ほどの隧道よりもさらに長野原寄りで隧道を見つけたことにより、
仮の名前もこちらを「第2号隧道」、さっきのは「第3号隧道」と改めたい。

さあ、中はどうなってる?!



こ れ は !



遅かったか! orz…




次回、
最 終 回。