
本編にて何度も登場した木馬(きんま)という運材手段および、これを通すことを前提として整備される運材路である木馬道(きんまみち)について、皆さんはどのくらいご存知だろうか。
これ(→)のことでしょって思った人はもちろん、林鉄やトロッコなら馴染みがあるけど木馬となるとあまり分からないなと思っているそこのアタナも、ぜひこのあとの解説で木馬について詳しくなって欲しいと思う。
ちなみにこれ(→)は木馬(もくば)であり、木馬ではない。
というわけで木馬についてのお勉強だが、あいにくこの運材手段が今日行われている現場というのは目にしたことがない。本当に全く行われていないかは確かめられないが、大規模な木馬運材は既に前時代の技術となって消滅したものと考えられる。林鉄についても国内ではほぼほぼ廃絶してしまっているが、木馬もレガシーな運材方法という意味で近い存在であるとともに、技術的背景にも近い部分があった。
そんな失われた技術である木馬について、それがメジャーな運材手段として利用されていた時代に編まれた林業関連の文献を頼りに説明を進めたい。

木馬道の構造図 (『森林工学 〔本編〕』より)
木馬道は木馬運搬に要する道であって道幅1.2mから2mまでとし、その構造は図に示す如く盤木と称する丸太を路面に横に並列してこれを小杭で留めたものである。盤木は木馬の大小に従いその木馬が常に2本また3本の盤木に跨がるような距離に敷設する。その盤木は堅牢なる質の木材で長さ1mから1.2m、末口3cmから7cmくらいの丸太とする。盤木には常に油をさして木馬との摩擦を少なくしないと円滑に木馬を牽くことが困難である。
木馬道と云うものは極めて便利な道であって、林産物搬出には最もよく適した道である。木馬道は適当な勾配さえあれば木馬自身の下降力で降り、ただ屈曲の所で楫(かじ)を取る位でほとんど人力を要せず多量の木材等を搬出し得るものである。また山へ帰るには木馬を肩にかついで帰れば良いのであるから大いに便利なものである。
しかし勾配の工合が悪いと非常に力を要して搬出し得る分量も極めて少なくなる。勾配は約6分の1より20分の1までの間がごく良いのである。これより急では木馬が走り過ぎてこれを留めつつ下降するのに随分骨が折れ、またこれより緩では木馬が非常に動き難くてこれを牽くに多くの力を要してよろしくないから、木馬道は全線是非共以上の勾配の範囲内になるよう設計に努めなければならぬ。勾配さえ良ければ軌道と同様の搬出力があって木馬に2000kgくらいまでを積みてよく牽き得るものである。逆勾配を設くることは絶対に宜しく無い。屈曲は適宜なるも長材搬出の場合には10mの半径位を急屈曲とすべきである。
上記は、戦前の代表的な林業技術書『森林工学 〔本編〕』(昭和5年刊)にある木馬道の解説文をほぼ全て引用した。
木馬道を利用した木馬輸送が、非常に便利な運材手段であることが、その理由と共によく述べられている。
また、木馬道の標準的な幅員(1.2〜2m)や勾配条件(6分の1〜20分の1=17%〜5%)、曲線条件(10m程度以内)、1台あたりの輸送量(2t)などの技術的基準も簡潔に示されている。
特に興味深いのは勾配についての内容で、今日の林道と比較しても相当に急勾配といえる17%近い勾配を「ごく良い」としているくらい、(軌道運材と比べて圧倒的に)勾配に強かった。そして、勾配の適応範囲もとても広かったのである。
今回紹介したトロ道について、当初は木馬道であったという情報があるが、木馬道をトロ道にするのは勾配的にどうなんだろうかと思った。だが、5%くらいの勾配ならばどちらにも適応できるらしく、実際に現地の平均勾配を地図上から計測してみてもこのくらいの数字であるから、大きくは手を加えずにトロ道への改築が出来たのだろう。
一方、本編中でいままさに登場している右岸の木馬道については、現地の印象としては非常な急勾配ではあるものの、それでも17%が「ごく良い」勾配なのであれば、こちらもまずまず適応しているといえるのだろう。 ……たぶん。
このように便利な木馬は、実際に日本中の林業地でとても広く普及した技術であり、かつ利用された期間も長かった。
以前こちらで国有林林道の種別の変遷を解説したが、国有林林道の種別として軌道や車道、牛馬道などと共に木馬は明治35(1902)年から既に制度化がされており、昭和48年の改定で軌道関連がなくなってからも木馬道は残ったほどだ。(現在はなくなっている)
さらに民有林での運材手段としては、国有林のように大規模な軌道運材が少なかったこともあり、より多く木馬は使われていたきらいがある。
次に、前出書や、戦後の林業技術書である『林業労働図説 [第2編] (素材生産編)』(昭和28年刊)を引用しながら、木馬道を走る車である「木馬」の構造や、実際に木馬を利用した運材風景を見ていこう。

木馬の構造図(例) (『林業労働図説 [第2編] (素材生産編)』より)
木馬は、木馬運搬に使用する梯子状のもので盤木の上を辷らし人が牽く土橇(そり)にして、樫(かし)やミネバリなどの硬木で造るものである。(中略)大小様々ありて一定しないが、親骨2本、横貫4〜5本からなるもので、親骨の長さは1.5〜2.4m位、幅10〜14cm位、厚約4cm位のものを使用する。
ようするに木馬輸送とは、注油で滑りをよくした丸太(盤木という)を杭(留木という)によって等間隔に並べた滑走路(木馬道)を、梯子状の木製ソリ(木馬)に荷を乗せて人力で牽引する輸送方法である。道と車の間の摩擦力を軽減させ、位置エネルギーの有効活用によって省力的に運材を行う点で、軌道を利用した乗り下げ運材とよく似た、そのより原始的スタイルと言えると思う。
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これらは木馬運材の実際の風景である。
ドライバーが車を身体の一部のように思うままに操作する「人車一体」という言葉があるが、これはもはや、人体そのものが車のエンジンとなって、ハンドルとなって、ブレーキとなって輸送に従事する、別の意味での人車の一体だ。
どの写真も労働強度的に凄まじいものがあることを真っ先に感じるが、1枚目と2枚目が木馬を使った運材風景である。
1枚目で男が抱きかかえている車体の前方へ長く引き出された木材が“楫”であり、即席のハンドルである。車としての木馬の一部ではなく、荷の一部をこのように引き出して使う。
2枚目は山盛りの短材の上に高射砲のような長材を乗せて車のバランスを取っている。そして分かりにくいがやはり“楫”が出ている。これは木馬をワイヤーで制動しているシーンなのだが、実際に何を行っているかは、このあと改めて解説したい。
3枚目は、運材を終えた木馬を背に乗せて木馬道を登り返す姿である。
こんな服役よりも重い労働を、朝から晩まで、ほぼ毎日続けることが、山村に生まれた男子の普通であった時代が長らくあった。
ここで今回の探索に関係して重要な事柄を説明したい。
それは、木馬道と思われる周辺で何度か登場した、謎のワイヤーの正体に関わるものである。
既に察せられた方も多いと思うが、あのワイヤーはおそらく、元は木馬道の制動装置として敷設されたものだったと思う。
実は私もこれまで木馬について今回ほどは深く考えたことがなく、木馬というものを下り坂でどのように制動していたのかをあまり知らなかった。で、調べてみた。

制動ワイヤーの巻き替え (『林業労働図説 [第2編] (素材生産編)』より)
『中部地方の民具』(昭和57年刊)によると、信州では木馬道の急な下り坂を「タテミチ」と呼び、そこを通る時の基本動作として、「積み込んだ木材を両肩にあて、両足に力を入れて踏ん張りながら一歩一歩力をためておりてくる」という。
だが、これで止めきれない坂道では、初期には「テコあて」という制動方法が使われた。これはギザギザの刻みを付けた長さ60〜75cmほどの「テコ」という棒を「タテミチ」の始まりの位置に予め置いておき、下りながらこのテコを木馬と盤木の間に挿し込むことでギザギザ部分の摩擦力で制動を試みるものだったという。
だが、昭和15年頃から次第にワイヤーを用いた制動方法が普及したという。
具体的な制動の方法は、予め「タテミチ」の開始地点の頑丈な立木などにワイヤーの一端を縛っておく。木馬が差し掛かると、このワイヤーを“楫”に2、3回巻き付けて先端側を手に持つ。そして、ワイヤーの先を少しずつ手で送り出すようにしごきながら、ゆっくり進んだ。これによってワイヤーが外れたり切れたりしない限り、木馬の暴走を止めることが出来、大変安全性が高まるとともに、それまで木馬を設置できなかったような急斜面にも設置が可能になったという。
このメカニズムは、懸垂下降に用いるラペリング装置に似ていると思う。
先ほど紹介した3枚の写真のうち、制動シーンとした写真をよく見ると、“楫”に巻いたワイヤーの先を手で握り込んでいるのが分かる。これは引っ張っていたわけではなく、ブレーキ操作だったのである。
また、右の写真は“楫”にワイヤーを巻き直している場面である。
ワイヤーの長さよりも長い坂を通過するときには、複数のワイヤーを途中で巻き替えながら下ったという。
今回、木馬道の周辺で目撃したワイヤーの正体も、このように利用された制動ワイヤーであったと考えている。

木馬道の勾配 (『伐木運材経営法』より)
右図は、木馬道の種類や制動方法ごとに適応できる勾配の範囲をまとめた表である。
ワイヤー制動装置を持たない従来式の木馬の場合、標準勾配10%で、最大でも12.6%とされているが、ワイヤー制動を用いることで標準勾配が16.7%まで増強され、最大で36.4%という、もはやインクラインのような勾配でも木馬を用いたことが分かる。
以上のように、木馬の仕組みを知ることで、探索で目にした風景をより合理的に解釈する術を得たのであるが、この“お勉強タイム”の最後は、木馬という装置の最大の問題点に焦点を当てたい。
もしあなたが何らかの事情で異世界転生を果たし、そこで様々な職業を自由に選べたとしても、木馬夫になるのは、よほど山が好きで体力自慢であってもやめた方が良いという話だ…。少しでも生き残る確率を上げたいなら……。
木馬最大の問題点は――
危険すぎたことである。
「だろうね」 って思った人も多いとは思うが、具体的な数字や事例を挙げながら、どのくらい危険だったかを紹介しておきたい。こういうデータはあまり知られていないと思う。
最初に紹介した昭和5年刊の『森林工学 〔本編〕』では、木馬というのは至極便利なものだという内容が強調されていて、ネガティブな面についてはまったくと言って良いほど触れられていなかったが、戦後の代表的な林業技術書である『伐木運材経営法』(昭和27年刊)だと、「普通木馬」の解説文の冒頭は次のような記述となっている。
木馬運材は我が国各地に極めて広く普及しており、現在では集材や林内小運搬の作業として最も普通に見られる作業である。しかし木馬そのものも、木馬道の構造も地方によって著しく相違するから、運材コストもまた千差万別といってよい。在来の木馬曳きは橇運材と共にその技術の習得に多年の体験を要する特殊技術であって、中年以下の優秀な木馬曳きは漸次消滅しつつある。しかも木馬曳きは林業労働中最高の重労働であり、従って他の職種にはこれに匹敵するものが見られぬ程の超人間的筋肉労働である。その上災害率の最も高い非常な危険作業であるから近代林業の作業の中にこの種の運材法が残存していること自体がそもそも不思議という外はない。従って近年次第に他の運材法に改変されつつあるとはいえ、なおかつ山岳地においては少額の資本で相当弾力性のある運材を行い得る強みによって将来もまだ相当用いられるであろう。
この林業の教科書にある表現は、本当に凄いと思う。
「林業労働中最高の重労働」
「他の職種にはこれに匹敵するものが見られぬ程の超人間的筋肉労働」
「災害率が最も高い非常な危険作業」
「残存していること自体がそもそも不思議」…………
昭和22年に労働基準法が公布され、あらゆる労働における人命の最尊重が法によって徹底されるようになった。
林業のシーンでも、例えば軌道運材については、脱線転覆事故の最大の原因である保線の徹底のため、機関車が入線する線では9kg/m以上のレールを用いることを決め、そのため全国で相当量のレールが交換されたりしている。
木馬についても改良が行われ、主に高知営林局管内で普及が進んだ単軌木馬という、木馬道に単線のレールを敷設して脱線を防ぐと共に、自転車のブレーキのようにレールを握る制動装置を用いて暴走を防ぐことで、大幅に安全性を向上させた木馬が登場したりもした。(これの登場により従来の木馬は普通木馬と呼ばれるようになった)
だがそれでも全国的には最後まで普通木馬が優勢であった。コスト面の優位性が圧倒的だったからだろう。
ワイヤー制動の普及などで戦前よりはかなり安全性が向上していた昭和30年当時でさえ、木馬の死亡事故発生率は次の統計の通り、とても高かった。

(『林業労働とその安全』より)
右表は、『林業労働とその安全』(昭和32年刊)に掲載されていた、昭和30年の作業別死亡災害分布表である。
全部で461件の死亡事故が発生しており、最も死亡事故が多く発生しているのは、68件(全体の14.7%)の木馬作業である。
これと高所作業が多い架線作業と、伐倒木の下敷きになりやすい伐木作業の3つが、飛び抜けて死亡事故率が高い3大危険作業であった。
こうやって数字を見ると、一見危険そうに思える軌道運材作業の4.3%という数字はそう高くないし、林道工事なんかも絶対に危なそうなのに、実は1.7%とほぼほぼ死なない作業(でも死ぬ)だったようだ。作業ガチャで、上記3大危険作業にあたったら、マジで念仏を唱えるレベルだな…。
同書には、直近1年に発生した作業ごとの死亡災害実例も多く掲載されているが、木馬作業は凄く多い。
試しに見出しと発生場所、死亡者の年齢、死因を列記してみるが、見出しを見るだけで、その危険さや、命を守るための訓戒が感じられると思う。
- ワイヤブレーキが緩み木馬が逸走 [山口県民有林―21歳男―胸腹部打撲]
- 木馬の制動ワイヤに袖がからみつき急停止し後部が振れて転覆下敷きとなる [鳥取県民有林―21歳男―頭蓋骨骨折]
- ロープの切れ目が命の切れ目 [静岡県民有林―30歳男―打撲圧死]
- 橋脚沈下し木馬と共に転落 [埼玉県民有林―25歳男―頭蓋底骨骨折]
- 重すぎた木馬の荷により制動ロープ切断 [静岡県民有林―23歳男―頭蓋底骨骨折]
- 木馬道の急カーブ、急勾配は危険である [宮崎県民有林―48歳男―直腸挫滅、膀胱挫滅]
ここにある6件のうち、4件は制動ワイヤーの切断が直接の事故原因である。
「ロープの切れ目が命の切れ目」という見出しがあるが、その通りである。
ワイヤー制動という便利な手段が発明されたことで、それありきの急勾配の木馬道が増えたことも、死亡事故率の高さと関係があるのかもしれない。
また、全部が民有林の事故事例であったが、これは一般に国有林の現場の方がより防災意識が高く、かつ新人育成が充実していたことによるかもしれない。実際、死亡者の多くは木馬作業を始めて数日目という初心者が多い。
最後に、6番目の事例「木馬道の急カーブ〜」の本文にある、「対策」の欄を紹介して項を閉じることにしよう。
記述された場面を想像しながら読んでみて欲しい。
木馬作業の危険性については何回となく知らせているが、なかなかその災害は減少しない。
背に六石の荷を受けて、十度の傾斜を降りる。足はまばらに置かれた丸太の上、それに荷の向きも変えねばならない。どう考えても安全な作業とは考えられない。
桟道の勾配は標準の六度程度とし、カーブは設けるべきではない。盤木と盤木の間は盲(めくら)盤木とすべきである。労と費用を惜しんではならない。このような安全な木馬道にするに要する労力と費用は決して人間の生命より高価なものではない。遙かに廉価なものであろう。
毎年々々多くの木馬夫の血汐が、木馬道に流されている。業者の猛省を促す。
木馬作業の安全の最大の前提は、安全な木馬道の作設であった。
危険な木馬道では、安全な木馬作業は出来ない。
これは木馬に限らず、道を利用する全ての輸送に言えることだが、木馬や軌道運材というものは意図的に道を滑走しやすく、制動しづらい環境においているものだから、不適切な道があると、運行者の意志や技術だけでは克服ができない危険をしばしば惹起したのである。
止まりたいときに止まれない。そんなことが根本的に起こりやすいメカニズムであった。
もしあなたが明日からの木馬作業を命ぜられたら、何が何でも木馬道を安全なものに整えておくことを心してほしい。
Let's KINMA!!!
木馬用のワイヤー制動の詳細 2025/3/18追記
木馬の制動ワイヤーの詳細について、『林業労働とその安全』に掲載された木馬作業中の死亡災害事例紹介より、「ロープの切れ目が命の切れ目」の項の「対策欄」に、次のような解説があった。

気紛れな暴れ牛の鼻綱は丈夫なものを用い、牛の鼻にしっかりとつないでおかなければ危険であると同様に、木馬の制動ロープも、制動力に十分耐える強度を有し、(十九本線六つより、径九ミリメートル以上のものを使用)、かじ棒に巻く部分に継目があるとか或いは素線のきれ曲がったひげがあったりしてはならない。止め杭は強固に固定し、ロープの末端は結目より二十センチ以上余裕を持たせ、解けないように確実に止め杭に結んでおかなければならない。
というわけで、制動ワイヤーは径9mm以上が推奨されていた。
だがこれはコメントでいただいたのだが、私が現場で見たワイヤーは太すぎるように見え、これだとかじ棒に巻くことが難しいのではないかという意見があった。
言われてみればそうかも知れない。
このワイヤーの径を計っておくべきだった。
もし実測値が9mm程度だったら、制動ケーブルと判断できると思う。