廃線レポート 千頭森林鉄道 奥地攻略作戦 第7回

公開日 2017.05.29
探索日 2010.05.05
所在地 静岡県川根本町

昨日の自分を越えていけ!


2010/5/5(水) 6:00 

さて、もう2日目の探索が始まっている。
小根沢の造林宿舎を出発して12分が経過した午前6時現在、私は昨日の最後に正面突破を断念して引き返した【決壊地点】へ向かっていた。

もっとも、一晩寝たからといって正面突破が出来るようになるわけもなく、昨日引き返す途中に考えた迂回計画にチャレンジする。
その内容とは、今いるこのガレ場から旧河道へ下り、本流を少し遡ってから、決壊現場の先の路盤に上ろうというものだ。



(←)
豪快に下ってきたガレ場斜面を振り返って撮影。右上に見えるのが路盤だ。
見ての通り、ガレ場は路盤のずっと上から続いていた。

(→)
昨日は見下ろしただけだった旧河道の谷底へ初めて立ち入った。
まったく水は流れておらず、流木も見られない。完全に浸食の止まった死河川であるようだ。
大量の落石が堆積しており、路盤以上に足場が悪いので、慎重に進んだ。



6:04 《現在地》

旧河道を通って本流に到達した。
相変わらず渓流が騒々しい。水量も昨日と変わっていないと思う。晴天続きなのに減らないというのは、既にこれで低水量なのかもしれない。

これから進むべきは寸又川の上流だが、写真は反対の下流方向を見ている。
すぐそこにあるのは小根沢の合流地点だ。
そして私はこの眺めの中にあるものを見つけ、大いに興奮した。
それは何か。

赤い円の内側に注目してほしい。

おわかり、いただけただろうか?




橋が見える!
それも、とんでもない高さに!!


息を呑む圧巻の眺めだが、これは新しい橋を見つけたというわけではない。
あの橋は、昨日も、そしてついさっきも渡ったばかりの、小根沢のIビーム橋(小根沢橋梁)だ。

あの橋の上からこちら側を見下ろした眺めは昨日も紹介したが、【このように見えた】
橋のすぐ下に、とても高い滝と、とても狭い回廊峡谷があるのだ。
上から眺めても滝の高さが実感できず、またこちら側から見ても、谷が酷くねじれているため滝は見えないが、激しい音は聞こえてくる。

小根沢と寸又川が持つ下刻力の圧倒的な差が、合流地点にこのような景観を作り出したのだろう。
ここから見る小根沢橋梁は、地形の妙との組み合わせにおいて、千頭林鉄の誇る一大景観と評されるべきだろう。
いやはや、朝っぱらから凄いものを見てしまった!

気を取り直して……


これが今から進む上流方向の眺めだ。
右奥に見えているガレ場の上部が、昨日の断念地点である大欠壊と思われる。比高を度外視すれば、距離としてはもう100mくらいしか離れていない。
もくろみ通り、上手く突破できると良いのだが。

ところで、この写真にも変なものが写っている。
フレーム外の上空から地面に垂れる、いくつもの細いケーブルが見えるだろうか。
こいつの正体は、チェンジ後の画像を見ていただきたい。

チェンジ後の画像は20mほど上流から振り返って撮影したもので、上空に注目だ。吊橋の残骸が谷を横断している。
この吊橋は完全に踏み板が失われており、数本のボロボロのケーブルだけが辛うじて両岸を結んでいる状態だった。
左岸の林鉄路盤辺りから対岸へ渡る人道橋が架かっていたようで、行く先には造林地でもあったのだろうが、もう永遠に訪れる人はないのかもしれない。




昨日の撤退地点へのアプローチが近づいてきた。
問題のガレ場の下に立って見上げてみると、確かにこの場所だ。上に路盤の崩れた石垣が見えた。
と同時に、崩れた石垣の高さに驚かされた。
今からこれを上っていくことになるわけだが、かなり大変そうだ。

路盤との比高は30m…、あるいはもう少しあるかも知れない。
無理ではなさそうだが、大変そう。
特に上の方はガレ場ではなく、ゴツゴツとした岩肌をよじ登らねばならないようなので、滑落にも注意が必要だろう。

それにこれは単純に出来る出来ないの問題だけでなく、重い荷物を背負っての登攀はスタミナの消耗がとても激しいので、探索の先がまだ見えないこの状況においては、その行為の“コストパフォーマンス”も慎重に判断する必要がある。

なんとしてでも避けたいのは、苦労して登った先の路盤がすぐに進めなくなり、谷底との往復を何度も繰り返させられるような展開だ。
これは典型的な失敗パターンで、嵌まれば時間と体力を猛烈に消耗することになる。
探索の全体計画に照らしても、前進できるのは今日の午後3時くらいがリミットで、今夕から明日にかけては帰還に充てられねばならない。時間は少しも無駄に出来ないのである。



まさにここ!

ここでの選択は重要で、この後の探索を大きく左右する予感があった。

私が上ろうとしている路盤の行く手には、昨日歩いた場面のどこよりも凄まじい、切り立ちまくった絶壁の路盤が見えていた。

なんとも凄まじく、恐ろしい、そして、格好いい林鉄風景!!




しかし、もしもあそこで進めなくなったら、上記で述べた失敗パターンそのままだ。
しかも、いま見えているその先にも、大きなガレ場の斜面がありそうだった。
路盤欠壊、絶壁、ガレ場のそろい踏み。本日の探索を占う序盤の展開としては、これ以上ないほど不安な立ち上がりに胸が痛かった。

やはり慎重さを優先するならば、ここでは路盤へ上がらず、谷底を遡行しながら行く末を確かめた方が良いのだろうか。

この決断は容易ではない。
なにせ、谷底を迂回し続けて得られる楽さがあるとしても、それは訪問の主目的である林鉄探索の楽しみとのトレードオフになるかもしれない。
既に谷底から路盤の全てを見渡せる程度の比高ではなくなっており、ここからだと岩や樹木の陰になった橋や隧道を見逃す恐れもある。

ううむ……。





結局選んだのは、ここで路盤に復帰するという選択肢だった。

重要な選択にはなるだろうが、さすがにまだこれが最後の選択になるというほど
時間的にも体力的にも追い詰められているわけではない。ここでは慎重さよりも、
遺構発見確率の上昇と、路盤踏破への満足感を優先した選択を採ったのだった。

果たして、その顛末やいかに。



これ、凄くない?

昨日の断念地点を下から見ているが、こんなに高い丸石練積みの石垣はとても珍しい。
途中に犬走り(段差)もないから、一度にこの高さで作ったようだがが、なぜこんなにも高くする必要があったのだろうか。

もとはこの高い築堤の下に暗渠を通して谷を渡っていたのだと思うが、既に中央部は暗渠ごと大決壊しており、跡形もない。
谷の規模を見る限り、普通に橋を架けた方が安泰だったのではないかと思うが、何か事情があったのだろうか。
それとも、現在残っている両岸の石垣は、短い橋を支える橋台の残骸なのだろうか?
であったとしても、こんなに橋台を高くするくらいなら、橋を伸ばす方が楽そうだが…。




それはさておき、ここからが本日一発目の頑張りどころだ。

頭上に見えるこの石垣の残骸が、目指す路盤である。
あそこまで、最後はこの岩場をよじ登らねばならない。
手がかりになる表面の凸凹が多いのと、岩質が堅牢で崩れにくいので、見た目の印象ほど難しくはなさそうだが、それでも難しい場面なのは間違いない。




昨日の私は、あそこに見える路盤の先端で為す術なく引き返したのだ。

あそこに立って撮影した【写真】だと、「正面突破は無理」と判断したことへの説得力が不十分だったかも知れないが、このアングルの写真さえ見ていただければ、私の判断もご理解いただけるだろう。

正面から見れば十二分に堅牢そうな石垣だったが、実態はこんなハリボテなのである。
崩れた部分から裏込めの土砂が全て流出してしまったことが、この状況の原因だろう。
どれだけ石垣が路盤を支える重要な役割を果たしていたのか分かろうというものだ…。



6:18 《現在地》

祝!路盤復帰!

迂回開始からおおよそ20分、昨日の撤退地点を越えた先の路盤へと初めて足を踏み入れた。
小根沢停車場からは0.4km、軌道の終点とされる栃沢まで3.7kmの地点である。

これでようやく昨日の続きができる。
当初の計画では昨日のうちにたどり着くつもりであった大根沢までは、あと1.5kmほどだろう。
大根沢は千頭林鉄の一大拠点といわれており、林鉄時代の情報がほとんどない大根沢以奥の栃沢や柴沢よりも多くの発見が期待できる場所だ。そのため、今回の探索で必ず訪れたかった重要地だ。

まだ見ぬ発見たちが、この路盤の先に待っているのに違いない。
というか、そうであってくれ!
とりあえず、上る前に谷底から見てしまった“この先の不吉な光景”が虚仮威しであらんことを!!


新たなる領域へ進行開始!



――で、その 2 分後――



6:20 《現在地》

凍る時間を凝視する。



さっそく、先ほど遠望したばかりの絶壁が眼前に広がった。今度は見るだけではなく、私の番。

視界に占める灰色の多さに身体が凍るが、祈るような凝視の末の判断は、

大丈夫。とりあえず、進めなさそうなほどの崩れ方はしていない。

まずは良かった。心臓がバクバクいっているが、今見える範囲は進めそう。



6:24

次はこれだ。

先ほど谷底からは、「絶壁の向こうにあるガレ場」として遠くに見えていた場所が近づいてきた。

……………

………

きつくねぇか? これ………。




ガレ場っつうか、修羅場だこれ……。

やっぱり、ここは無難に谷底から見送った方が正解だったか……。



栃沢(軌道終点)まで あと.6km

柴沢(牛馬道終点)まで あと12.0km