群馬県道63号水上片品線旧道 須田貝地区 前編

公開日 2010.12.17
探索日 2010. 8.24

【周辺地図(マピオン)】

利根川の源流は群馬県みなかみ町にあるが、この本流沿いの最も上流に位置する集落が大芦だ。
一帯は関東の電力需要を支える大電源地帯で、利根川の本流支流を問わず幾つものダムが建造されており、集落のすぐ上流に須田貝(すだがい)ダムが、下流には藤原ダムが控えている。

右の地図を見て貰いたい。
ここを通過する県道63号水上片品線は、須田貝ダムの脇を小さな峠で乗り越しているのだが、その下に一本のトンネルが描かれている。

一見すると峠を迂回する新道のように見えるのだが、この道、最新の地形図では別の描かれ方をしている。



敢えて左の地図中にはなにも書き加えなかったが、上の地図と比較して貰えば、どこに“トンネルがあるべきか”分かるだろう。


……

………


そう。

地形図にはトンネルは描かれていない。


「これは何かあるな。」

トンネルの消失という事態に強烈な廃の香りを感じ取った私は、今年のいちばん暑い最中に朦朧となりながら、このあたりをウロウロしてみた。




大芦集落から進入


2010/8/24 12:24 《現在地》

ここへ来るまでもイロイロあったが、とりあえずスタート地点。
みなかみ町藤原の大芦集落にある分岐だ。

この分岐を右にゆくのが現在の県道で、「ここから3.4km区間は連続雨量120mmで通行止めになる」旨が掲示されている。
しかし走ってみれば分かるが、現在はだいぶ改良が進んでいて“険道”を感じるような場面は、ほとんど無くなっている。

そして左へゆくのが、問題の道。
地図通りならば、両者は2kmほど先でまたひとつになる。
途中にトンネルがあるか峠があるかの違いだけだが、左の道がいきなり下り坂で始まるのは、現道に対するアンチテーゼのようで面白いと思った。




結構な勢いで県道から下ると、大芦集落の基準面とでもいうべき猫額の平坦地が現れた。
道の左側には数軒の民家とあまり広くない田んぼがある。
そして右側には、学校の校舎を思わせる大きな建物だ。

冒頭に書いたとおり、ここは利根川の本流沿いで最奥の集落なのだが、それでもまだ谷は大きく空は広い。
対岸の山の遠さに驚いた。
利根川の大河ぶりを感じさせる、一般的な源流付近のイメージとは異なる風景である。



2010/8/24 12:25 《現在地》

はじめの分岐から300mほど下ると、再び分岐が現れた。

地形図で確かめると、左は矢木沢ダムへ通じる道で、進むべきは右である。

なお、この分岐の右側に前出の“校舎のような”建物があるが、ペンキで消された看板を強引に読んでみると「水資源開発公団 奈良俣ダム建設所」と書かれていた。




この建物は“校舎”ではなく“公団”だったみたいだが、廃校よろしく広大な敷地も二棟有る多層階の建築物も閉鎖され、夏草の繁茂に任せている。

ちなみに奈良俣ダムは、須田貝ダムの奈良俣川上流約2kmにあるロックフィル形式の大ダムで、矢木沢ダムと同じく水資源開発公団が計画。 完成は平成2年で、これにより従来同音だった「楢俣ダム」(東京電力)が須田貝ダムに改称されている。
↑注)この色の文章は補足説明ですので、読み飛ばしてOK。




さっそく入ってみたら、夏草が激しい。

ススキの原野に篭もった熱気が、むふぁっと顔に来た。
風を切ってないとたちまち汗が垂れるくらい、この日は暑かった。

ここまで特に通行止めを予告するようなものも見あたらないが、
この雰囲気ではさっそく車で入ってくるには勇気がいるだろう。



原野を抜けると緑陰にいくらかの涼を得られるようになったが、依然として草の茂みが両側の路肩を覆い隠しており、舗装されているお陰で辛うじて全面藪化を免れている。
またここまで来ても道は全く登るということが無く、微妙に下り坂が続いていた。
トンネルで峠を越そうというのに下り坂とは、変な感じだ。

それはさておき、この路面状態を見る限りにおいて、もしこの先に本当にトンネルがあるならば、それは“廃隧道”だろうと予想出来た。

廃隧道は…、涼しいだろうか。

きっと、涼しいだろうな。

その考えばかりが頭の中を巡った。


…いまは廃道じゃなく、廃隧道カモン!




2つめの分岐から350mほど進んできたら、ちょっと開けたところに出たが、問題はその先。

黒っぽい緑の中に、道は真っ直ぐ突っ込んでいる。


これは、来たのでは?





OK!


柵で塞がれた坑口が、濃い日蔭の中に隠されていた!

ニュー・ダンジョンの出現だ!!




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須田貝隧道(仮)


2010/8/24 12:27 《現在地》

至るところにひび割れが発生した坑門は、1車線分の幅しかなかい。

夏なのに路面に大量の落葉が散乱した落葉と、背丈よりも高いバリケードが、隧道の死を主張している。

向かって左に見える箱状のものは電源ボックスのようであるから、当初は照明があったようだ。


隧道は結構長いようで、現段階で出口は見通せなかった。


まさか… ということも有るかも知れない。




コンクリート製の坑門のデザインはシンプルで、特に際立った特徴はない。
銘板も取り付けられておらず、未だに隧道の正式名は不明。
ここでは近くの地名をとって、「須田貝隧道」と呼ぶことにする。
銘板の場所にはかわりに碍子がひとつ、取り付けられていた。

鉄パイプを組み合わせた簡易なフェンスの高さは約2.5m。
そこに立て掛けられた看板には、理由を述べず単に「全面通行止」と書かれていたが、色褪せてほとんど文字は消えていた。
フェンスの目は荒く、隙間から○るのは簡単そうに思えたが、くぐるのは自重した。
自転車があったので。




それではいざ、自転車と一緒に洞内へ。

入ったら涼しくて思わず頬が緩んだが、緩みの原因はそれだけではない。

出口が見えたのである。

ただしそれは闇に浮かぶ光芒のように頼りなく、遠かった。

地図読みでは約330mと想定された隧道だが、確かにそのくらい有りそうだった。

また、洞床には大量の水が溜まり、より一層の涼しさを加えていた。

さすがにいつかみたく、出口が見えているのに溺れるような事はないだろう。 …さすがにな。
「廃隧道カモン」などと言っておきながら何だが、通り抜けられないのは勘弁だぜ。




柵の内側に向けて、もう一枚古びた立て看板があった。

もちろん最初は別の方向を向いていたか、そもそも別の場所にあったのだろうが、その内容はこの狭い隧道と関わりがありそうに思われた。

ワンマンバス通行にご協力下さい。

このすれちがいの出来ない隧道を、かつて路線バスが通っていた。
そういう風景が思い浮かぶ。
というか、現在も上の県道を湯の小屋温泉行きのバスが一日数本だけ通っている。




それでは少しの間、地上よさらば。

私は涼しき世界の住人となる。