2011.1.2 14:07 《現在地》
この期に及んでこの道は、まだ私の願いを聞き届けてくれないのか。
「この隧道からは一歩でも進むことは許さない」と言わんばかりに、この眺めの状態から踏み出す一歩には路盤がなく、崩れた斜面へと落ち込むことになる。
さあ、どうするか。
眼前の斜面を静かに眺めていると、ルートが見えてきた。
まずは、ここから3mほど岩場をへつり気味に水平移動して、赤矢印の地点へ。
そこから奥の浅い切り通し(黄矢印)までは、2mほど下の浅く土を被った斜面をトラバースすれば、辿り着けそうだ。
早速、行動を開始した。 今さらこの程度で、私は止まらない。
あっという間に、中間地点と見なしていた、“崩壊地に挟まれた島状の路盤”に到達した。
第2号隧道は長さこそ30mばかりであるけれど、これがなければとても人間には越えられない岩峰を突き抜けている。
その絶対的に険しい地形が、ここから振り返ると手に取るようであった。
思うに、2013年10月現在までに私が辿りついた全ての隧道の中で、ここは(時限的な水没物件などを除けば)三指に入る“接近が難しい隧道”であろう。
そして今後、前後の道が一層崩壊することはあっても回復の可能性は皆無なので、本隧道は遠くない未来には生身の(特殊技術を持たない)人間が辿りつけない “絶対的な不達の領域”(絶対領域) に入ると予想される。
さて、もう一頑張りで (→)
次の風景を我が物とする事が出来る。 超がんばれ俺!
14:09 やった! クリアした!
見たか、こいつめ!!
…でも、後でここを戻るのかな………。
「お疲れ様でーす!!」
―と、私は心の中で声を張り上げた。
少々寒々と見えはしても、実は温かな生気が通う道路の景色を、憧憬の眼差しで見下ろした。
1時間と少し前に自転車の私を一瞥して合図をくれた警備員の姿が、とても遠かった。
もちろん、上空100mから注がれる私の熱視線に、彼は気付く由もない。
しかし、もしも彼がここで振り返って見上げていたら、崖に取り残された私の頼りない姿が確かに見えたことだろう。
私はちゃんとあの世界に戻らねばならない。
今はいわば夢の世界みたいなものだ。
日常から睡眠という名の薄い扉を潜ればすぐにある、非日常の“夢”の世界。
私にとっての廃道は、それとよく似た、“日常近接の非日常”である。
日常を象徴する眼下の県道と、とびきりの非日常感に彩られた眼前の廃道。
この二つの道が一眼に収まる爽快な歩廊が、数十メートルにわたって続いた。
ときおり小さな崩壊はあるが、もはやそれらを一つずつ採り上げる気にもならない。
ただただ今は、“青崖”という誰もが悩まずに断念出来るゴールを目にして、
満足の気持ちのうちに、撤収を始めることが目的になっていた。
そのついでに、道の風景を成果として記録しておくまでである。
見れ! この景色を!
早川(南アルプス)の本気を!!
この足で今日のうちに辿りつくことはないだろうが、見えない道のラインが、ずっと目線の高さに続いているはずだ。
正面の山腹をぐるりと回り込み、その向こう側に広がるささやかな人里…新倉の地まで。
…今日を無事に終えることが出来たならば、明日は、向こう側に挑むことになるのだろうなぁ。 あはは…。
……つうか、
もう、
見え始めてるな。
ゴール(青崖)が。
なんつー べた塗りの灰色なんだ…。
この場所からでも、草木一本生えない絶壁の灰色が透けて見える。
まだ、道の残骸が見えてこないのは救か? 隧道の可能性も………。
と も か く、
あと200m内外で、私がいる路盤は、あそこに辿りつくだろう。
――感じる。
刻一刻と、終わりの時が近付いているのを。
どんなに鈍感な人間だって、これは感じるはずだ。
だって、視界の中で灰色の壁が占める面積が、
みるみる広がっていくのだもの。
事前のアノ眺めが仮になかったとしても、
隧道という逃げ道が供されぬ限り、
終わりは約束されたものと考えて良いだろう。
わっ! こんなとこに、人間の文字が!!
なんか、このような場所で唐突に出会った“人跡”の妙な生々しさに、ちょっとだけギョッとした。本当ならば嬉しいはずなのに、背筋を冷たい物が触れた気がした。
“1600米”
岩盤に直に認められた白ペンキの擦れた文字は、そう読み取る事が出来た。
もちろん、「米」とは「メートル」である。
しかし、“1600m”というのが何を意味しているのかは、この一回だけでは何とも言えない。
どこかからの距離を測っていることは、間違いないであろうが。
(メートルを「米」と書くのは現在でも辛うじて通用しているが、だいぶ古風な表現である)
正体不明のペンキ文字を脇目になおも進むと、久々に樹木の多く茂る斜面が行く手に広がった。
うっかり、“緩斜面”などと言い出しそうになるが、それは今までと較べればと言うだけで、現実には岩混じりの急斜面に違いなく、スリップすればだだでは済まない崖の一つである。
だが、とりあえずホッとしたのは確かだった。
この斜面をゆるゆると乗り越えれば、今度こそ……
と、心は少し急いて、先の方へと勝手に進んでいた。
が、この左に見える岩を回り込んだ次の瞬間、
めっちゃ間近に大変なものを見つける!
!隧道!
こっ
こっ ここ
こっこっ この…ッ!
この場所は――!
アノ行き止まりだった隧道(未成隧道?)の、
真裏ではないか?!
み、未成隧道説が、いよいよ真実味を帯びてきたぞっ!(←未成ネタ大好き!)
もちろん、即刻侵入開始だッ!
――似ている!
“片割れ”と思しき、先ほどの未貫通隧道とそっくりだ。
高さ、幅、洞床の様子、そして閉塞しているということ… そっくりだ。
違いと言えば、こちらの方が少しだけ長いと思われることと、
(向こうは15mくらいだったが、こちらは25mくらいある)
いくつかの遺留物が存在している事だ。
隧道内の遺留物は…
の3点であった。
どれもありきたりなアイテムで、この隧道の素性に直接繋がるほどのインパクトは無いと思われつつも、セメント塊の肉感が、しきりに私の想像を駆り立てた。
おそらく当初は麻かなにかの袋に詰められたままだったのだろうが、袋は長い月日の間に風化したのか消滅し、中身だけが袋の微妙な凹凸を表面に残した状態で、まるで出来の悪い石膏像のように転がっているのである。
こんな超然の境地に重いセメント袋を持ち込んだのは、人間であろう。
そしてそれを残してこの地を立ち去ったのも、人間。
彼らは、なぜここに袋を一つだけ残して消えたのか。
未成隧道説を裏付けるアイテムの可能性はあるが、いかんせん、この連想ゲームはハードすぎる…。
もう一つ、この隧道にはこれまでの隧道にはない特徴があった。
垂れたモルタルが不定形に固まったような跡が、洞床の数か所に残っているのだ。
しかもその表面には、何か丸いパイプ状の物を隧道の進行方向に並べていたような凹みがある。
(レールの跡では無さそうだ)
この遺留物が、本隧道の建設の為に持ち込まれたモルタルの垂れた跡なのか、その後に何か別の用途で隧道が用いられた際のものなのかは分からない。
この写真には、珍しく私の足先が写っている(カメラの蓋も)。
この日私が履いていたのは、愛用の金属スパイク付き雪国仕様ゴム長靴である。
今回の踏破では、このスパイクによるグリップ力増強に頼っている部分があると思うので、あまりいないと思うが、この道にチャレンジする人がもしいたら、足回りが何よりも重要であると言っておきたい。
ゴム底のトレッキングシューズや登山靴では、ここまで来ようと思わなかったかも知れないのだ。
“片割れ”同等、唐突に隧道は終わっていた。
この壁を人間が目にしたのは何年ぶりだろうかと思ったら、また怖くなった。
なお、最後まで断面の形に少しも変化が無く、勾配も一定していることから、
これは倉庫や機械室などの小部屋を設けようとしたものではないと思う。
では結局、これらの行き止まり隧道の正体は何か?
可能性は、次の二つに絞って良いと思われる。
位置的には、かなり高い確率で2本の未貫通隧道は、1本に繋がりそうな位置にあると思う。
これが未成隧道説の最大の根拠である。
あと根拠としては少し弱いが、既に見た第1号隧道の“行き当たりばったり”を思わせる奔放な線形は、こうした未成隧道をも生みうる計画上の精密性の欠如を感じさせた。
私としては未成隧道説が“好み”だが、「2」の説も棄てがたい。
これまでの発見から、この道に工事用の軌道が敷設されていた可能性が高いと考えているが、森林鉄道などと較べて短区間での頻繁な往復運転が行われる工事用軌道の場合、単線だと要所要所に離合のための待避設備が必要になる。
これらの未貫通隧道は、地形急峻のため地上に設けられなかった待避線なのかもしれない。
(第1号隧道の西口にあった“旧道?”を疑った部分も、待避線跡とすれば辻褄が合う。)
もっとも、待避線程度ならば崖の上に張り出した桟橋程度でも十分な気がするから(隧道工事は格別の時間とお金がかかる)、ここについては未成隧道説を推したい。
14:15 《現在地》
久々に土の斜面だが、傾斜がちょっと笑えないくらいきつい。
何か踏み跡のように落ち葉が凹んでいるのは、実際に踏み跡だと思うが、人間ではないのだろう。
道中の随所で、小さな玉の糞を沢山見つけている。
どうやらこの道は、シカたちの通路になっているようだ。
人間より遙かに山河跋渉に優れた彼らとはいえ、絶壁に刻まれた一条の坦道(だったもの)は、自然と足の安らぐ場所になっているのだろう。
しかし、少なくとも人間にとっては、一つの凡ミスでも取り返しのつかない結果になる場所が大半であり、隧道の外は本当に心安まらない。
そしてまた、直前の風景とは落差のある、温存された坦道が出現。
この日はGPSこそ携帯していなかったものの、眼下に見える道の形と手元の地形図を照合すれば、現在地は相当狭い範囲に絞られていた。
ほぼ間違いなく、この小さな岩尾根が最後だと思われた。
青崖(ゴール)に至る、最後のカーブであるはず。
そして、時は満ちた。
私の左岸道路における前進距離が、既定の数に達した。
命がけの問い掛けに、道が遂に応える。
これで、
やっと帰れる。
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