道路レポート 林道鹿曲川線 最終回(前)

公開日 2016.7.08
探索日 2015.4.23
所在地 長野県佐久市

日本一高所にある「都市」に足を踏み入れる!


2015/4/23 9:59

出発から5時間近くも要したが、今私は約6kmの鹿曲川林道閉鎖区間を走破し、八ヶ岳連峰蓼科山北側の標高1750mという高所に辿り着いた。
長く続いた渓谷の眺めから一転して眼前に展開したのは、空を間近に感じる高原と、その一角に聳え立つ幾つものマンション的な高層建築物だった。
今回の探索において私の「見たい!」の筆頭にあった「仙境都市」の下の端に、遂に辿り着いたのだ。




右図は最新の地理院地図だが、この「都市」に所属するとみられる無数の建物が、かなり広い範囲に描かれている。
その中で最も標高の高いものは、標高2000mの計曲線(太い等高線)より上にまで及んでいる。
これは実に驚くべきことで、参考までにわが国の47都道府県のうち、標高2000mよりも高い地点を有しているのは16都道県しかない。

もちろん、「都市」を名乗ってはいても、これが一般的な意味での都市とは違うだろうということは私も勘付いていた。
これは、いわゆる別荘地というものに違いない。
そこにこれを経営している企業が付けた名が、仙境都市というのである。
住所としての地名は、佐久市大字春日字富貴の平というそうである。

だがそれを差し引いても、人がある程度まとまって定住している土地としての標高の高さや、都市を名乗っている事実という二点については、やはり特筆ものだと私は思う。

それでは本編の終盤戦、私が生まれてはじめて踏み込んだ仙境都市の実態を見て貰うことにしよう。 



うん、大丈夫。 さすがに酸素は薄くないな。
…そんなことを冗談で考えたが、帰宅後に念のため調べてみると、実際はだいぶ薄かった(苦笑)。おそらくは地上の80%くらいしかなかったのである。2割も少なければ体に全く影響が無いことは無いだろう。
オブローダーは登山家ほど高所には慣れていないので、この後で私が妙に疲れやすく頻繁に休息していたのは、そのせいだったのかも知れないし、単純に疲れる行程だっただけかもしれない。

鹿曲川林道の通行封鎖バリケードを越えたことで、ここは普通に解放されている区間であるはずだが、今のところ人や車に出会う事は起きていない。
林道もまだ終わってはおらず、約1.5km先の蓼科スカイライン合流地点まで続いている。

傍らには現代的な電信柱が現れ始め、「都市」に居るということを感じさせたが、良く見ると電信柱に「送電するな」というテープが巻かれていた。理由は不明。



第一“建物”を発見!!

「都市」なのだから建物を見たくらいで騒ぐのもどうかしていると思ったが、やはり驚きは隠せなかった。
これまで目にしていた建物は、だいぶ遠い所にある大きなマンションのようなものだけだったので、地形図に沢山描かれているサイズの家屋はここで初めて見た。
具体的な場所は、バリケード地点から250mほど進んだ所にある切り返しのカーブの所だ。

標高云々は写真では分からないことだが、それでも普段目にする住宅地の家屋とは明らかに違う雰囲気を醸している。
ひとことで言えば「別荘っぽい」で片付けられるのかも知れないが、山の斜面を均してそこに建てるのではなく、斜面の上に鉄骨で土台を組んで、その上に高床式の要領で家が乗っかっているのが特徴的だ。自然環境との共存云々か、豪雪に対する備えなのか、或いは常に住む人ばかりではない別荘の場合、湿気った地面に接さないほうが長持ちしやすいのか。家のことはよく分からないが、全体的に瀟洒なイメージなのは統一されていた。



一軒目が現れてからは、道の両側に様々な個性的な家の姿が、途切れずに現れるようになった。
とはいえ、そこらの住宅地のように軒を連ねている訳ではなく、どの家も道から50mは離れた山腹に散らばって建てられていた。
このときに道と家を繋ぐのは、写真のようにタイルで鋪装された綺麗な通路であったり、コンクリート製の階段であったりしたが、とにかく道と家は離されていた。

そして、このことを書かないわけにはいかないだろう。

これまでに目にした家は、全て雨戸が閉め切られた状態で、人が中に居る様子は無かったということを。
屋根や壁が壊れていて、露骨に廃屋らしいものさえあった。
そもそも、全ての家が道路から奥まった所にあるので、住人の自家用車は路上に駐車されるはずだが、封鎖区間を出た後、一台の車もまだ見ていない。
このことから、ここまでのエリアは、この日完全に無人だったと判断して良いだろう。



10:11 《現在地》

バリケードの地点から700mほど前進した地点には、ひときわ大きな敷地を持った研修所風の建物があった。
しかしここもまるで人が出入りしている様子が無く、踏み跡のない残雪の山が出入口を塞いでいるばかりか、道路から見通せる通路上に何かの獣の白骨が転がっている有り様だった。

ここに至るまで、道は二度切り返しながら順調に高度を上げ続けており、遂に1800mにまで届いた。
だが、「都市」としてはまだまだ下の方である。これより上に果たして人気のある建物があるのかどうか、不安になってきた。
いや、もしかしてこの「都市」は、冬季には完全に無人になるのだろうか。季節集落というのは聞いたことがあるが、季節都市?
別荘地というのは、そういうこともあるのかな? 
…だとしても今はもう4月末だし、そもそも蓼科スカイラインは通年で仙境都市まで開通しているはずだ…。




地形図には、ここから分岐して南へ向かう道が描かれている。
そして現地にも確かに、その道は存在していた。

だが、そこは「私道」として、部外者の通行が禁止されていた。
そのうえで一方通行にもなっているようだ。さらに信号機も設置されていたが、点灯しておらず正体不明である。
まあ、私道なら何でもありだが。

なお、地形図には多くの枝道が描かれているが、林道鹿曲川線と蓼科スカイライン以外の全ての道が、私道として通行を禁止されていた。
「都市」が紛れもなく別荘地であることの証明といえるだろう。



左右の写真は、別荘地内で見つけた看板たち。

どうやら仙境都市を分譲しているのは東京の富士コンサルという会社であるようだ。価格は300坪で110万円というが、高いか安いかは、私には全く判断出来ない。

「カーサ・アラモアナ」は、集合住宅の名前らしい。他にも「スカンディア」とか、日本離れしたネーミングばかりであった。仙人は洋風かぶれ?



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その後も続々と現れた「都市」を構成する建造物達。

これは看板のあった「カーサ・アラモアナ」の(何号かは忘れたが)どれかだ。

堅牢なコンクリートの建物は、別荘というよりは都会にある普通の集合住宅のようで、同じカタチのそれらは10棟以上も建ち並んでいた。
しかしそのどこにも、明かりや洗濯物や車や人は、見えなかった。
笹と白樺の海に呑み込まれた建物群の風景は、ゴーストタウン以外の何ものも想像させなかった。




こちらは、「スカンディア」と名付けられた建物群だ。

先ほどの建物とは打って変わって、明るいログハウス風の集合住宅だ。
徹底的な高床式で、家にアクセスするまでが結構大変そうだった。
なお、人気がまるでないのは、他と一緒。




遂に標高1850mに到達。
あの塩那道路の最高所を完全に越えたのだ。やりました。
「日本の屋根」と呼ばれる地方は、やはり凄かった。

バリケード以降はずっと日当たりの良い南向きの斜面だったので、残雪に行く手を阻まれることが無くなっていたが、ここに来て久々の残雪だった。
注目すべきは、残雪の量が残り僅かだというのに、車や人が踏み越えた跡が全然ないこと。
今まで見てきた「都市」は、やはり冬の間完全に無人だったらしい。
…夏も、そうかもしれないが。

鹿曲川林道の終点に、いよいよ迫った。




前方に分岐地点がみえてきた! 終点である!

が、その直前の路上に小さな東屋が建っていた。
近寄ってみると、そこには「バス待合所」と書いてあり、中には綺麗なベンチがあって、外装にはクリスマスでもないのに電飾が施されていた。

しかしここにバスが発着している様子は無い。
待合所はあるのに、バス停は存在しない。
送迎バスが走っているのかもしれないが、それ以前に、まず分岐地点が封鎖されていた。



10:28 《現在地》

出発から実に5時間半という長い時間をかけて、麓の湯沢集落から12kmを自転車で走破した。
標高1860m、林道鹿曲川線の終点である。

この道はこれで終わりだが、私の旅はまだもう少し続く。
さらに上へ、標高2000mよりも上の世界を目指すのだ。
ここからの舞台は、蓼科スカイラインというお洒落な名付けを与えられた、実態はやはり林道である道となる。

分岐を振り返って見ると、そこには林道の起点で見たのと同じデザインの青看が立っていた。有料林道時代のものと思われる。
書かれた行き先は「望月宿 春日温泉 春日渓谷」とあり、全て私が今朝から通ってきた地名だった。
山盛りの残雪と共に「全面通行止」と「通行止」の看板が置かれていて、いままで見てきた「都市」が、もう公には見棄てられているらしい事を示していた。



ここからは、この見違えるように鋪装の綺麗な道を行くことになる。
蓼科スカイラインは、林道鹿曲川線に代って仙境都市や大河原峠へのアクセスルートの役目を担っているのだ。
ちゃんと除雪もされていた。
仙境都市も、ようやく今までとは違う生きた表情を見せてくれそうだ。

と、その前に、この場所はこれまでで最高の展望台になりそうだった。
「なった」ではなく「なりそう」と書いたのは、この日は天気は申し分なかったものの、かなり霞が出ていて、佐久平と呼ばれる下界の広い盆地でさえも十分には見通せず、その向こうに聳え立っているはずの浅間山などは影さえも見えなかったのである。
史上最高級の展望を期待出来そうな立地だけに残念だったが、それはまたいつかの楽しみということにしておこう。




下界の景色は少し残念だったが、

振り返って眺めた仙境都市の景色は、別の意味で凄過ぎた!

一体何を考えてこんなものを作ったんだろうか。
↑こんな書き方は失礼かも知れないけど、別荘を持とうなんて考えたことのない私には、本気で理解に苦しむ景色だった。
山が好き。だから山に住みたいという需要は確かにあるのだろう。だからこれだけの分譲が成立し、沢山の家が建ち並んだのだろうが、とにかく出来上がった景色が異様である。良い悪いではなく、異様。
山という緑の下地に、何の脈絡もなく家々が置かれていて、それは昔の性能が低いゲーム機の中に再現された街の景色みたいだった。




次回「最終回(後)」では、あの一番高くに見える家よりももっと上、

この界隈の道路が辿り着きうる“てっぺん”を目ざします!

仙境都市の核心部には、何があるのか。