主要地方道小出奥只見線 <シルバーライン> 第四回

公開日 2006.08.28
探索日 2006.08.24

隧道連鎖

13号 湯の沢トンネル


 ここまでで最長の12号トンネル(1602m)は、洞内に何箇所もの急カーブと急勾配、電気室や換気所を有する、名実ともにシルバーライン隧道の象徴的な存在であった。
やがて外の光りが見えてきたが、そこにあったのは、全ての車を次の隧道へと自動的に誘う、破れ傘のようなスノーシェルターだった。
どこか退廃的な、光りと影のコントラスト。
地上でありながら、それを感じさせぬ、シルバーラインなりの地上風景。

 そして、再び私は地へと“戻って”行く。
13本目の隧道は、更に長い2252mという延長を持って、私を待ち受けていた。



 車はこのシェルターから出ることが出来ない。
しかし、歩行者はその限りではない。
外から見るシェルターは、継ぎ接ぎだらけで、長年の風雪に耐え続けた疲れが見て取れた。



 外へ出ても、どこへ行けるというわけでもない。
ただ、地形図にも記載のない道路の跡が山裾に沿って伸びているのを認めた。
完全に夏草に覆われてはいるが、その道幅は車道だった事を感じさせる。
やはり工事用道路であろうか。
これは時期を改めて再訪する必要がありそうだ。



 時間は刻一刻と経過している。
やっと起点から5kmを来たが、1時間を要している。
全線が登りであることもあるし、とにかく撮影したい箇所が多く、長時間前進し続ける事が出来ないのも大きかった。
午前7時半を過ぎ、通行量は更に増えてきた。
制止を求められるリスクも高まる。

 銘板の見当たらない13号トンネルに入るも、初めはシェルターの延長である。
入ってすぐに、湯の沢電気室があった。



 シェルターから、本来の隧道へと切り替わる地点。
僅かに漏れ来る外光が無くなるので、それと分かる。
ここもまた、そろそろシルバーラインでは見慣れてきたとはいえ、大変な急カーブになっている。


 静かに明滅する赤ちょうちんが、消えた後も眼底に黒い痼りのように残って見えた。



 カーブの側壁とシェルターとの継ぎ目の段差には、土埃にまみれた夥しい量の車の破片が散乱していた。
それは、紛れもなく破損した車の一部で、バンパーが特に多かったが、他にライトも見られた。
一台分では有り得ず、事故車達が置き去りにしていったパーツらしかった…。
一見して危険そうな特殊な隧道群が、実際に危険であることを、これら残骸はなによりも雄弁に語っているようだった。



 また、各隧道のそこかしこには、これと同じプレートが取り付けられていた。
これは、文面にも見えるとおり「トンネル補強工事」の銘板である。
戦後間もなく建設され、築後半世紀を経た各隧道が、それなりに老朽化していない訳もなく、万一に備えた整備は常時行われているようだ。
プレートが取り付けられている箇所の多さが、経年による綻びの多さを感じさせた。



 最初のカーブには見るべきものが特に多い。
まだここも初めのカーブだ。

 今度は、それ自体が蛍光灯で光る、全線中一箇所だけの標識だ。
なんか、凄く直接的な描写だ。言いたいことはよく分かるが。


 危ない! と。

 この現場は隧道出口に面した急なカーブであり、標識も自然と目に留まる外壁に取り付けられている。
ドライバーからこの標識が、脇見せずとも見えるほどの急カーブだと言っても良い。

 ちなみに、この道は全線の制限速度が40kmである。
しかし、通りすぎる車を見ていると、とても守られているとは言えない。
どう見ても60km以上がデフォルトで、明らかに100kmくらい出ていそうな車も、真っ直ぐのトンネルの中では散見された。
さらに、追い越ししている光景を目撃したことも…。(気持は分かるけどね、この道は全線追い越し禁止だけど、越せるような場所は隧道の中しかないし…)



 通行量が増えてきている。
追い越し禁止なので、一台の車に大勢の車が追従して走っている光景が多い。
ゆえに、一台来ると暫くは隧道内に噪音が長らく響くことになる。
うんざりするが、どうこう言える立場にない。


 直線に変わると間もなく、前の隧道の中で「2km先」と予告されていた「大型車転回所」が500m先に接近している事を、再び現れた標識が教えてくれた。
そう言えば、さっきの12号・13号の接続部分には、普通自動車でさえ駐まるようなスペースはなかった。
実質的に、ここにあるのは、前隧道(更に言えば11号も繋がっていた)と一体になった、全長4km近い一本の隧道と言える。
近代的な保安設備が充実した、大断面の4kmトンネルではない。
やはり、シルバーラインは他に類を見ない… …特殊な道だと思う。



 上の写真には、天井に取り付けられた、奇妙な標識が写っている。
それを拡大したのが、右の写真だ。

 暗い隧道の中にあったせいか、上手く撮影できなかったのだが、奥只見ダムの写真が使われている。
この標識が何を意図しているのかよく分からなかったが、この先16kmの地点にある目的地奥只見ダムの美しい景色をドライバーに見せて、隧道ばかりでうんざりした気持を少しでも和らげようというのか。
…そんなことしか思い浮かばないが、個人的には、黒と赤しか色のない隧道内にあって一服の清涼剤になるどころか、ますます不安になる。
だって、なんかさ、地下収容所に収容され、もう一生外界を見れないきまりの囚人に対する、せめての慰み物のような感じがしたんだもの。
観光を全く連想させない景色の中に、取って付けたような異様な鮮やかさが、怖い。



 洞内保安設備たち、非常電話と避難設備。
ここに案内されている避難所は、手前方向「3400m先」が12号トンネル内の津久の岐避難所だ。
それからもう3.4kmも来ていたのか。
1.6km先にも、また避難所があるらしい。
ちょうど出口付近になるのかな。
しかし、5kmに一箇所だけの避難所(非常口)とは、かなり冒険的だ。
万一の時、煙が充満する洞内を5kmも歩ける猛者がいるのか。



 前の隧道に較べれば、13号は長さこそあるが大部まともな線形で、殆ど全線直線で構成されている。
その長い長い直線の途中にある、大型車転回所。
ここだけは白い蛍光灯が用いられており、遠くからもそれと分かる。



 短い横穴となった転回所の奥。
幅奥行きとも5m程度ある。
隧道本体の広くなった横幅と合わせて、横穴の奥の壁から隧道反対側の壁までの距離は15m程度だろうか。
一様に大型車と言っても色々あるが、トレーラーのような車は転回出来まい。
何もない転回所の中はなんとも殺風景で、隧道の中にあって殊更に寒々としている。

 ちなみに、私は驚いたのだが、この道は大型車通行止めなどは一切無い。
元々が大型ダンプや工事車両のための道だったのだから当たり前かも知れないが、観光道路となった現在でも、規制はない。(ただし高さ制限3.7mはある)



 この先は殆ど隧道ばかりしかない道なので、必然的に標識や青看といったものも隧道内に見られる。

 奥只見ダムまでは15kmとなった。
途中唯一の経由地である銀山平は、あと7kmだ。
こうして走っている時も、銀山平へ向けて登りは一時も休まず続いている。
この写真でも、勾配が変化する隧道の様子が分かるだろう。



 こんどは、「尾瀬」の美しい写真が点灯している。

 尾瀬へは次の銀山平から国道352号線へ移って進むことで行けるのだが、まだ40km以上も離れている。
ただ漠然と尾瀬と言われても、シルバーラインとどう関係するのか分からない。
とにかく、ドライバーの気を紛らわそうということなのか。



 隧道内は、常に雨。
大雨の日のように、側溝には溢れんばかりに水が流れている。
雨の日と違うのは、その側溝の水が、自信を持って飲めると言えるほどに透き通っていること。
吹きつけの壁にも、夥しいコンクリート鍾乳石が成長している。
隧道の中には、常に川の流れる音がある。
以下の動画は、音に注目して欲しい。車などは一切近付いていないが、これだけの音が響いている。

 必聴!
■動画:13号トンネルの音…1.0MB



 今度は、反対車線に待避所が現れた。
普通車だったらここで十分転回も出来るだろう。
シルバーラインは、隧道内を含め全線駐停車禁止だが、夏場など車中泊するにはいいだろうな〜。
気温はおそらく15.6度で安定しており、クーラーいらずだ。

 それにしても、長い直線だ。
天井に連なる照明が誘う視線の先には、オレンジ色の靄が見えるばかりで、まだまだ長そうだ。
地図を見ると、この直線は1800mくらいあるようだ。



 ところで、地図によってはこの13号トンネルの最初のカーブに洞内分岐があって、外の工事用道路に続いているように描いているものがある。
しかし、探してみたがそれらしいものは見当たらない。
電気室の傍だったと思うのだが…。

 いずれ、時期を改めて外側から再調査する必要がありそうだ。
シルバーラインの魅惑は、内から一回。
そして外からも、やがて。



 これはその穴ではないだろうが、小さな扉は厳重に閉じられていた。
上には「13T換気所」の表示がある。
なんか、前の換気所に較べ、異常に物々しい雰囲気だ。
手も足も出ない。  通過。

 行く手には、久々に明滅する赤い灯りが見えてきた。
また、カーブがあるようだ。
実際にそこへ近付くまで、数十回の点滅を見ることになるので、意識すると、何とも言えぬ焦燥感を感じてしまう。

 さきほど、この隧道に入って最初の頃に、1.6km先の避難所として予告されていた避難所「泣沢避難所」が、近付いてきた。
これは、野外なのか、はたまた隧道内なのだろうか。




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インターバル 泣沢避難所


 うおっ! 車駐まった?!

 しかも、目の前で車から男性2人が下りた。
 やばいやばいやば …終わったか。
叱られるのか、通報されるのか?! 
はたまた、タイーホなのか?!

 硬直する私を尻目に、一瞥さえせず2人は、壁際へと歩いていった。
な、なにかあるのか? そこに。
天井には、「緊急時避難所」の文字。


 2人は、慣れた手つきでこの壁際の鉄製のシャッターを閉めた。
そのまま何も言わず車へ乗り込んだと思ったら、Uターンして背後へと消えていってしまった。
開けっ放しだった扉を閉めに来たのか? まさかわざわざ?
よく分からなかったが、ともかく、ここが泣沢避難所である。
そして、ドライバーの皆様には大変残念な?お知らせですが、
次の隧道へ黙って行ってください。
またしても、普通の車は退出不可能。(ただし、シャッターは手動で開くので、開ければ出られる)
これで、次の隧道、第14号とも繋がってしまった。
14号も銘板はないのだが、黒又トンネルという名前があり、その全長は…1430.7m
足し算が得意なら、11号+12号+13号+14号を計算してみて欲しい。
約5400mにゃ。

 ……いつになったら、まともに外へ出られるのか…。



 シャッターの方を指して、雑な文字が矢印付きで書かれている。
そこには、「←未丈岳」の文字。
この山は、地図にも記載があり、正式には未丈ヶ岳(海抜1552m)という山だ。
地形図を見ると、確かにこの泣沢に登り口があるようで、このゲートを各自が開けて外に車を停めて行くようだ。



 危うく見逃すところだったが、そのシャッターの20mほど起点よりに、小さな口が開いていた。
これまで見てきた電気室や換気所のような表示もなく、ただ闇を覗かせる穴。
シャッターと同じ方向を向いているので、出口なのだろうか?

 歩いて入ってみた。



 案の定、その口を通ると、その先には外の光が待っていた。
緑の反射が愛おしい。
しかし、見れば見るほど、不思議な構造だ。
人が通れるだけの狭い口の向こうには、車が優に通れる十分な広さの通路がある(写真右は振り返って撮影)。
そして、この通路を5mほど進むと、そこには「非常出口」と書かれた木製の扉があるのだ。
扉には通用口があって、通用口だけが開いていた。
「開放厳禁(扉を開けた方は元通りに閉めてください)」とも書かれている。



 木製の扉をくぐると、淡い光に包まれた静かな坑口があった。
出てすぐには短い舗装路の跡があったが、長らく通る者もなかったようで、土が堆積していた。
そこに広がっていたのは、目の前に年間15万人が通う地底の街道が通っている事などを微塵も感じさせない、日常から隔離されたような自然の姿だった。

 おそらく現在のシャッター付きの大きな避難所通路が出来る前までは、この狭い出入り口が避難所だったのだと思う。
そのための木製扉であり、車が通れる幅の通路だったのだろう。


 非常口から外へ出て少し歩くと、登山口にもなっている現在のシャッター付き避難口があった。
一台だけ駐まっている車は、登山者のものだろうか。


 ここは、泣沢という印象深い名の沢だ。
これまでのシルバーラインの隧道坑口や出入り口は全て南側を向いていたが、この泣沢から暫くは北側が外向きとなる。
長らく隧道を潜っている間に、分水界を越えていた。
この付近の尾根の北側には泣沢や明神沢などの谷が深く刻まれ、やがてそれらは黒又川を生じ、破間川に注いでいる。
南側は斜面が急峻で大きな沢はないが、津久の岐沢や湯の沢が谷を下り佐梨川を生じて、起点である湯之谷温泉を流れている。
破間川も佐梨川も、やがてはおおきな信濃川に合流するのだが、谷が複雑に交錯する地形のなかを隧道達は、阿賀野川水系只見川最奥のダムを目指し、貫いている。

 なお、この泣沢沿いには車道はなく、下流20kmにある黒又ダムまでは山人だけに許された領域となっている。



隧道連鎖


 14号トンネル(黒又トンネル)もまた、延長1430mの長大隧道である。

地図を見ると、一直線に山を穿ち泣沢と居守沢を結んでいる。
しかし、例によってはじめのうち出口は見えない。 それは、隧道内部が左の写真のように、不可思議とも言える緩急を付けながら勾配を変化させているからにほかならない。
また、ここまでの隧道はいずれも登り一辺倒の片勾配だったが、この14号は中程より平坦、或いは緩い下りに転じている。
地形図を見ると、泣沢避難所の海抜が約640m、居守沢の隧道出口付近で約670mであり、銀山平の約700mという標高にかなり近付いている。
どうやら13号までで本格的な上り坂は終わったようだ。
実際に探索のペースもこの辺りから増進した。



 14号は入ってすぐの左側に、泣沢電気室がある。
少し奥まった場所に扉があったが、厳めしい配線に睨まれながら扉を揺らしてみた。
案の定、施錠されていた。



 真っ直ぐな隧道で、中程からは勾配もゆるいので走行ペースが上がってくる。
車が通り過ぎるのを見計らって、一挙に距離を稼ごうとする。
これまでが時間掛かりすぎである、既に出発から100分を経過したが、いまなお半分も来ていない。
中間地点を少し越えた銀山平まで、もう4kmほどの地点である。



 素堀とコンクリ覆工をランダムに繰り返すような、雑然とした隧道。
しかし、それが見慣れた景色になり始めたこの頃から、だんだん目に優しく思えるようになってきた。
変化のまるっきり無いコンクリ張りの隧道よりも、断然気持ちいい。
写真は、1470mのちょうど真ん中付近。
行く手で勾配が下りに転じていくのが、照明の線の変化から分かるだろう。
ますますペースは上がった。



 午前8時11分、14号を通過。
わずか7分しか要しておらず、勾配の変化の影響は大きかった。
また、14号には、これまでの隧道にないような大きな見どころはなかった。
慣れって怖い。
これだけ長い素堀とコンクリのハイブリッド隧道など、この地を除けばそうそう見つけられるはずもないのに。

 ともかく、脱出!
しかし、またしてもお天道様の元を走るのはお預けなんですか。
もぅ、どうにでもしてくれー。



 黒又川筋、泣沢より更に奥地の支流明神沢の枝である中居守沢を暗渠で跨ぎつつ、まるで空きビルのようなスノーシェッドで15号トンネルへバトンタッチする。
左には退出路があるが、道はどこにも通じていない。
また、右には窓があるだけで、唯一の扉は閉じられ出られない。
隧道から出られないというか、正直、出ても行く場所が無いようなシチュエーションが、ずっと続いている。


 スノーシェッドとともに、近年改築されたと思われる、まだ綺麗な15号トンネル坑口。
15号(蕨)トンネルは、銘板こそ付いていないが、その延長は659.3mである。
決して短くはないが、これまでを踏まえれば、これはほっとする長さだ。
ただ、これが終わったからと言って、果たして空は待っているのかどうか…。
厳しい右カーブで始まる坑口へ滑り込む。


 15号トンネルに入ってすぐの場所にある通報装置。
このようなものは非常電話と共に無数にあるのだが、管理番号らしい記号が面白い。
「泣2−4」と書いている。
泣沢の“泣き”だろうが、普段地名に使われにくい字だけに、こうして見るとインパクトがある。



 この隧道は、全体が緩やかなS字カーブを描いており、行く手はなかなか開けない。
しかし、勾配はほぼ平坦で、ペースは相変わらず良い。


 居守沢とだけ書かれた横穴と扉があった。
おそらくはここも電気室だろう。
たくさんの配線が吸い込まれている。



 相変わらず、この不思議な空きスペースは隧道内に点在していた。
どこも何かに使われている様子はなく、朽ちかけているようであるが、気になる存在だ。
なんとなく、気持ちの悪い雰囲気がある。
昔、子どもの頃にテレビで見せられた、南米かどこかの地下廟(カタコンベとか云ったか)の、ドクロやミイラが散乱している場所に気配が似ている。
光の色合いも、ナトリウムネオンの色と、ランタンのぼうっと燃える色とは、重なるようだ。



 よし、順調に次の隧道が見えてきた。

 もう、いつまで経っても外に戻れなくてもいいや。(笑)
隧道も、なかなか涼しくて居心地が良いし、車が来るのにも慣れて来ちゃったし、ちゃんと目的地だけは近付いてきているようだし、ね。



 いよいよ中継地点銀山平が3km先に近付いてきた。
青看の後には、隠されるようにして16号トンネルの銘板があった。
次の16号トンネル(居守沢トンネル)は、延長339.0mである。
13号トンネルをピークに、進むほど短くなっていく隧道の長さ。
見直してみると、13号を中心として、その前後には対照的な規模の隧道が並んでいるのも、面白い。
それは、ここまでの区間が黒又川と佐梨川との分水界山嶺を越えるための一連の隧道群であった事を暗示している。
(そしてこれは並行する国道352号枝折峠のバイパスとして機能している)

 車窓からは、ただただ隧道が連なるようにしか見えにくいシルバーラインだが、地形に対するアプローチの仕方としては、起点から16号トンネルまでが、一つの峠越えであった。


 この沢は上居守沢である。
隧道間の短いスノーシェッドからは徒歩以外ではどこにも出られないが、上流側には小さな滝(砂防ダム)があり、これが緑を忘れかけた目に優しく写る。
車道などとは全く縁が無さそうな黒又川源流部の谿々に、コンクリートに覆われた体躯だけをポツポツと覗かせるシルバーライン。
その接点はきわめて少なく、お陰で自然環境は良好に保たれているという。
確かに、どの渓も堪らなく美しいではないか。



 ほぼ直線の15号トンネル。
再び上り坂基調となっている。
しかし、最初の頃のような、隧道内なのに喘ぐような勾配はもう、ない。



 また現れた、左カーブの明滅矢印。
天井の電光掲示板も、「対向車注意」のほか、繰り返しで色々な表示を切り替えている。
「急カーブ」とか「速度注意」などとも表示されていたと思う。



 明るいぞ。

 こんどは、今まで以上に、光り充ちてくる感覚がある。

 もしや、こんどこそ。やっと。

まるでもったいぶるように、長い左カーブはなかなかその光の全容を私に見せようとしない。



 出た…

 長かった〜。

 ほんとに長いモグラ生活だった…。
殆ど1本の隧道のようにシェッドをとおして連なっていた11号から16号までの6隧道。
その総延長は、約6400mにも及んだ。
もしこれが一隧道だったとしたら、日本国内の無料で走れるトンネルの最長なのである。(高知・愛媛県境の寒風山トンネルが延長5432mで、無料トンネルとして日本一長い)
高速道路のトンネルを含めても、第6位というトンデモナイ長さだった。
ほんと、途中退出が出来ない車にとっては、実質的にこれは一隧道だと言っても違和感がないだろう。



 トンデモ日本最長クラスの複合隧道群の坑口。
何気ない姿をしているが、これに入っちゃうと…
長いんだなーもう。
今を遡ること1時間12分前に、なんとなく予感を感じながらくぐった11号トンネルの坑口も、この坑口と同じ電光掲示板が付いていたことを思い出す。
一度入ると、めちゃくちゃ連チャンしちゃう、爆裂隧道群だった。

 いやはや、凄いものを体験した。
シルバーラインは、やはりスゴカッタミタイ。



 …… しかし

 シルバーライン、
   残り10キロには、

    更なる存在が待ち受けていた!

  日本のトンデモ道路伝説に君臨する、

   とてつもない存在が!!




シルバーライン 残り、10km