大塩沢林道 〜五十里と塩原を結ぶ古い林道〜 第3回

所在地 栃木県日光市〜那須塩原市
公開日 2012.06.15
探索日 2009.07.31

緑過ぎる廃道に挑む! 3.7km地点〜


2009/7/31 11:11

現在地は五十里湖畔の起点から3.8kmの地点であり、全長(この林道は峠まで)のほぼ中間地点である。
1.3km地点から廃道の状態が続いており、徐々に悪化もしてきたのであるが、いよいよ峠があるのと同じ大塩沢左岸の山腹に取り付いたと思った矢先、視界が緑一色になるほどの崩壊現場に遭遇してしまった。

ここまでの所要時間は、既に1時間30分を経過している。
この間、600mから800mまで標高を上げてはいるが、峠の1050mという数字の前では、まだ道半ば手前と言わねばならない。

果して私の踏破…
いや、自転車同伴という長い間の「山行が」の王道であるはずの
走破 は達成されるのだろうか。
はたまた、これまで要した時間と同程度をかけて自転車を押し戻すという、虚しい後半戦が待ち受けているのだろうか。
ひとつ言えることは、

ここまで来てしまった以上、簡単なことで引き返すワケには行かないということ。
この辺りから、私は大きなプレッシャーとも戦わねばならなくなっていった。






ということで、

前回のファイナルポイント↓↓ であるが、

その正体は、

道を覆い隠す崩壊土砂が苗床となって出現した、若木の森であった。



一旦は道を完全に見失ったが、よくよく観察してみると、緑の斜面の内部にも微かな踏み跡が延びていて、自転車を押してそこを進むことも、さほど難しいことではなかった。

グリーンの鮮やかさに最初こそ戸惑ったが、ある意味虚仮威しのような物であったわけだ。

この横断の最中に下を見ると、先ほど渡ったばかりの大塩沢が、あのときよりも少しだけ遠くに見えていた。
その上流はいかにも魚が潜んでいそうな薄暗い淵で、両岸が険しくそそり立っているのが見て取れた。
この先、川と林道の高低差は増す一方になるから、これまで連れ添った大塩沢も、おそらく見納めである。




緑の斜面を突破する最中、気掛かりだったのはその先の路盤の状況である。
基本的に行き止まりの廃道では、ひとつ難所を越えるたびに、その先の区間は以前の区間よりも長期間放置されていたと考えられるのであり、その分、荒廃も進んでいる傾向がある。
したがってゴールが遠い廃道では、難所をひとつ突破出来たといって、喜ぶにはまだ早いのである。

それで今回はどうかと思ったわけだが、案の定、間隔を空けずに中規模の崩壊現場がもう2発、待ち受けていた。
この写真に手前と奥で2箇所の崩壊が写っている。

辛うじて路肩側に平坦な余地が残っていたので、ここもさほど苦労せず突破出来たが、今後の展開に不安を感じた。




完全に、不安的中だな…。

緑→中規模2発ときて、今度はまた「緑」が来た。

いや、これはただの緑ではないな。
かなり、岩石分の多い緑だ。
しかも、今度こそ路肩まで完全に呑まれている。

もう既に汗だくだが、まだまだ“かかされ”そうだ。

いざ覚悟を決め、自転車を小脇に担いでそこへ侵入する。





どぉりゃ〜!


と、豪快に押し上げる。


  この写真、MTBの広告っぽくない?
  「その走破性、廃道をも物ともせず」とか(笑)。

いざ岩山の中に入ってみると、崩壊の規模の大きさに驚かされた。
牛や馬ほどもある岩の塊が、ゴロゴロしていやがる。
これでは目に見える踏み跡などあろうはずもなく、岩山登山の気分で、適当な所を登っていった。

…さすがにこんなのを連発されたら、引退も考えなきゃならなくなるな。




しかしともかく、今回の難場は終わりが見えてきた。

後はこの岩山を慎重に下るだけだ。




11:27 《現在地》

「グリーン」から始まった断続的な崩壊は約200mの区間内にあり、ここの突破には16分という決して短くない時間を要した。

これでますます引き返すことへの精神的・体力的なハードルは高まり、この先どんなに荒れているか知らないが、地図の上では間違いなく繋がっている塩原の街までなんとしてでも突破してしまいたいという気持ちは、より固まった。

さあ、気持ちを切り替えて(切り替えられる展開を祈る…)、再出発だ。




あれから2分経過。

今のところは平穏に推移していた。

もっとも、もともと未舗装であった路面には落葉や腐葉土が厚く堆積しており、さらに上り坂ということもあって、乗車時間率はいよいよ1割未満である。
これではもう自転車の効用はほとんど無く、ただのお荷物同然であったが、今後の改善に期待しつつ、ただただ我慢するよりなかった。

写真には、路肩にあったコンクリートの土留めが写っている。
下には小さめのコルゲートパイプがあり、山側の沢水を谷側に逃す暗渠であった。
緑一色のコンクリートが怪しく美しい。




11:32

濃いな〜。

山が緑は当然としても、

道も緑、

さらに、空まで緑である。

なんだか良い気分になってきたゾ。
(そりゃあこれだけ緑光リラクゼーションすればなー)



この緑の濃さは、本当に前代未聞のレベルである。

この山の空気を吸っていたら、気付いたときには両手の末端辺りが緑化してるんじゃないか…、そんな怖い想像をしたくなるくらいの緑だ。
そして今のこの湿気を帯びた夏の空気こそ、緑が最もざわつく瞬間なのだろう。

この緑の圧力の前では、法面の長いコンクリートの擁壁だって、ひとたまりもなくコーティングされてしまう。
石垣だったらありがちだが、ここにあるのはそんなに古くも無さそうな、コンクリートブロックの擁壁だった。




そんな緑化コーティングの洗礼を免れ得るのは、こんなありがたくない崩壊現場だけらしい。

おおよそ12分ぶりに出現した、規模の大きな崩壊現場。
ここも多少の担ぎを要求されたが、問題無く突破した。




突破後少しだけ進むと、久々に一目で人工物だろうと分かる色が、目に飛び込んできた。

白いあれは…、ガードレールらしい。

ということは……。




11:46 《現在地》

久々の橋出現!

起点から数えて4.6km附近、奥大塩橋から約1kmの地点である。
進行のペースは前半戦からさらに低下し、直近の1kmを前進するのに1時間を要した。
正直、これほど荒れているとは予想外だったので、私の当初の計画だと、もうそろそろ塩原に着いてのんびり自転車を漕いでいるはずだったんだが…。

まあいい、とりあえず“成果品”のチェックを行おう。
本橋は、欄干や銘板を持つものとしては第8番目の橋であるが、これまで同様に際立った特徴のない、小振りなコンクリート桁橋だ。
そして注目が集まる銘板の存否であるが、またしてもまたしても1枚だけしか現存しなかった。
(5橋連続して1枚しか銘板が無かった。しかも、残っている銘板の種類は様々だという…)

で、その“1枚”がここで初登場となる「今市営林署」という内容だったわけだが、これは正直いちばんがっかりな“残り方”だったな…。




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さあ、出発すっぺと気合いを入れるも、
橋の先はいきなりこの有り様で、またしても私の出鼻を挫くことには余念がない大塩沢林道であった。

もういい加減、大人しく私を通してくれてもイイと思う。
私一人が通ったくらいで、誰もこの道を「便利だなー」なんて、復活させになんて来ないと思うぞ。
この地の緑は、もう未来永劫安泰だと思う。
いろいろ保護の対象になっている林分みたいだし、代替の道がちゃんとある今日、この峠越えは観光客にとって徒に厳しいものである。





そして繰りかえされる、緑の世界。

かなり険しい場所を通っているが、大抵の岩場が緑色をしているせいで、とにかく森が優越した印象。
コンクリートの高い路肩工や、その先に連なる無欄干の桟橋工も、みな緑になっている。
紅葉の頃であったら、また別の良い夢が見られそうである。

…ノーテンキなコメントをしているが、はっきり言ってもう疲れている。
廃道状態になってから、遠からず2時間になる。 相変わらず涼しいとは言えない気温だし、まだまだ峠に上り詰めていく雰囲気もないし、大変だなこりゃ。




前の“名知らず橋”からきっかり10分。

幅の広い切り通しを透かして、再び白いガードレールが見えてきた。

隧道はひとつも無いけれど、橋だけは事欠かないなぁ。



11:56 《現在地》

キターー!

今度の橋はどういう風の吹き回しか、銘板が4枚全て健在であった!

曰く、「清見橋」・「今市営林署」・「昭和38年11月竣功」・「きよみはし」という、この橋に関して欲しいと思える情報は全て手に入った。

注目すべきは、橋の名前がいよいよ“観光色”を強めていること。
そして、竣工年が次第に新しくなってきていることだ。
入口辺りの橋はみな昭和35年の完成だったが、2km手前では37年となり、今は遂に38年の終り際である。
この道の開通は昭和40年だとされているから、そこが「ゴール」だろうな。




清見橋から5分ほど進むと、今度は2段になったかなり高い石垣(丸石練積み)が現れた。

コンクリートブロックでさえああなのだから、凹凸が激しい石垣ともなれば、当然グリーンだよ。

わかってるよ。




それから15分もの間、特筆するような展開はなく、ただ緑の林を歩いた。

着実に先へは進んでいるし、高度も上がってきていると思うが、変化の乏しさからか、余計に疲労を感じる気がする。
さしもの緑光やマイナスイオンのリラクゼーション効果も、それを積極的に享受しようと言うだけの精神的な余裕がなくては、「終わりなき緑の魔宮」という禍々しいイメージへ転落していくのだった。

これでも、乗車出来ていたらまだ良いんだろうが、障害物(倒木や落石)が無い場所でも路盤がぐにゃぐにゃなんで、延々押しなのがキツイ。




この15分の景色の変化といえば、路肩からときおり見える風景にあった。

沢沿いであったはずの道も今や、この霧のかかった眺めから、かなりの高度にあることを窺わせた。

……。

この段階では、対岸の火事のように見ていたんだけどな。





12:19 

清見橋を出発してから23分後。
左岸に移って3本目、起点から数えて記念すべき10本目の橋が、やっと現れた。

今までの橋は単なるコンクリート桁橋だったと思うが、今度の橋は鋼とコンクリの合成桁橋だ。
次第に橋も近代化しているような印象を受けるのも、間違ってはいないだろう。
そして、これまでの中では最も高度感のある橋でもあった。

注目の(?)銘板の現存状況についてだが、本橋は3枚が現存していた。
それぞれ、「もみじはし」・「今市営林署」・「昭和39年11月竣功」という内容であり、なんとか橋名も確保出来た。
「清見」→「紅葉」という、完全に観光ネーミングのコンボだ。(次は「若葉」あたり来るかな?)
竣工年についても、順調に“時を重ねて”いる。




キターッ!

やっとキタ−ッ!!

あんまり来ないもんだから、不安になってたところだが、やっとキタ。

橋の上で斜面を見上げて気付いた、この道の近未来!

つまり、まもなく地形図にもある折り返しのカーブが迫っていると言う事だ。
清見橋の辺りからちょくちょく上を見ていたんだが、なかなか現れなくてずっと気を揉んでいた。




もう、見えているじゃないか!

紅葉橋を出発するかしないかのうちにもう、そのカーブは木々の奥に見え始めていた。

とりあえず、第2ステージの終りと、次なるステージの始まりに相応しい、“見応えのある”カーブを期待したい。




なかなか堂々たるヘヤーピンカーブだ。

この道を象徴するような“緑の舗装”が麗しく、それが明らかに道路と分かるような線形を象っている様は、人工物と自然物の合作的造形美として一見の価値がある。

カーブの外側に取り付けられた四半円のコンクリート擁壁も、必要十分でいいよね!

また、これまで妙に乏しかったと言わねばならない、この道を確かに車が行き来していた証のようなものも、緑の中に佇む不法投棄されたと思しき大きなバッテリーという形で、表現されていた。




12:23 《現在地》

良からう!

ここまでチャリを押し上げた心意気や良し。

《 Stage 3 》 への挑戦を認めん!