道路レポート 国道229号キナウシトンネル旧道 第3回

所在地 北海道古宇郡神恵内村
探索日 2018.04.24
公開日 2024.09.24

 “溺れる覆道”の突破口を求めて


2018/4/24 9:50 (←この時刻を基準に今後は経過時間を表示する)

旧道入口から約450mの地点にある大きな岩山の根元で、覆道が損壊していた。
山崩れで押しつぶされているのではなく、地面が洗掘されたことで、支えを失った覆道が沈下しているようだ。
今までいろいろな道路の崩壊現場を目にしてきたが、覆道がこのように沈み込んでいるのを見るのは…………2度目であろうか。

なお、これだけ激しく地面を洗い去った犯人は、立地的にも、高波以外は考えられまい。
幸い、今日の海は大変穏やかで、海水が入り込んでいる様子はないが……。
それでも、破壊され傾斜した覆道の存在自体が、私の進路を妨害する大きな障害となっているのは一目瞭然だった。

さあ、どうしようかね。



ここで現在の状況を地図上で再確認だ。

キナウシ旧道は、一連の覆道とトンネルが途切れずに連続しており、現役当時はこの全体を称して「キナウシトンネル」と呼んでいた。
私は旧道の北口から覆道内の道路を自転車で辿ってきたが、予想に反して覆道が途中で塞がれていたため、やむを得ず閉塞地点直前の窓から地上へ出て進んで来た。
そしてこの覆道の崩壊現場と遭遇した。

なお、仮に覆道を最後まで辿ることができ、そのまま旧トンネルへ入ったとしても、その南口が閉塞していることを事前に確認済みなので、通り抜けは出来ない。なので、貫通している可能性が高い旧旧トンネルを利用するつもりであったが、旧旧トンネルはおそらく旧トンネルより山側に存在しているはずで、途中で覆道から出て、その山側へどうやって行くかという問題もあった。

このようにいろいろ解決しなければならない問題を先に秘めた中で、予想外の崩壊現場にぶつかったのだった。



9:52 (2分経過)

【海側】へ迂回して先へ進むことは明らかに無理だったから、進める可能性があるのは前方だけだ。

なお、ここまで自転車を持ち込んだ経過を踏まえると、とても口惜しく思ったが、この時点で、自転車はここに残して行くことにした。
身一つでも先へ進めるか分からないこの状況で、自転車のことまで考えるのは無理があった。
本当に、非常に、不本意だったが……。

地面という支えを失って沈下している覆道だが、各ユニットごとにバラバラに不同沈下しているため、ユニットとユニットの隙間が大きくなっている。そこから封鎖されたはずの覆道内部へ再侵入出来るのではないかという期待が持てた(→ルート@)
また、このまま覆道の脇を通って先に進める可能性も、まだ完全に閉ざされてはいない(→ルートA)

まずは、ルート@。



9:53 (3分経過)

これ、意外に無理だわ……。

結構隙間は大きく見えたんだが、その隙間がある高さまで登る方法がなかった。
覆道全体がこちら側を下に傾いているせいで、オーバーハングの傾斜がついてしまっている。そして、そもそも人工物であるため、足掛かりとなるような突起も少ない。
ここから中に入るのは、高い足場を調達してこない限りは難しそうだ。
流木とか、足場を探せば、どうにかなる可能性はあるが(自転車を足場に仕立てることも考えられないことはない)、それでも大変そう。

しかも、無理をしてここから中へ入った場合に、その後どこかへ通り抜けられるのか、また最悪それが叶わぬ場合も、ここから外に戻れるのかという、非常に重大な問題があった。
さすがに、先を見ずにここから突入するのは、リスクが大きすぎるだろう……。

一旦、却下せざるを得ない。

となると、次は、ルートAである。



9:54 (4分経過)

狭っま!!

こんなところに身体を入れるなんて、私が大嫌いで大好きな“阿彌殻断層の怪”の二の前になるぞ!

支えを失って転倒した覆道が、岩山に支えられている……のか?
パッと見た感じ、ギリギリで接触はしていないな感じだが、根元の部分で支えているのかも知れない。
いずれにしても、狭すぎる。



9:55 (5分経過)

だが行ける!

我ながら、ルート選択にタブーがなさ過ぎて笑ってしまったが、地面が洗掘され空洞となった部分には下りていける隙間があり、そこを使って岩と覆道の狭い隙間を通過しうることを見出したのである。

画像は振り返って撮影した。
直前までいた地面から3mは高度を下げている。当初の路面の高さと比べれば5mは低いであろう。これでいよいよ海面との高度差は皆無になっているかと思う。
事実、ここにいると海の匂いと波の気配を間近に感じるが、幸い海水は入ってきていない。

まるで裏技のような隙間を潜って、なんとか岩山の向こう側に抜けると……



9:56 (6分経過)

海が間近だ!

やはり、海面すれすれの高さに来ている。
もし今日が少しでも波の高い日であったら、ここまで来られなかった可能性が高いだろう。
この確実に幸運と呼べる状況が、苦境の突破口へ繋がる道であることを願うよりない。

数メートル先にも覆道の隙間が出来ているのが見える。
今度はここから中へ入れないかを点検する。



9:57 (7分経過)

が、ダメッ!

微妙に狭い! 人体を潜らせるには、ちょっと足りていない!

あとやっぱり、足場も足りない。
足場がないところで、この微妙な高さが邪魔である。
脚立でもあれば、人が入れる広さの隙間となっているのだが……。
それはともかく、普段我々が何も疑わず車を走らせている覆道の裏舞台を見るようなこの状況自体は、なかなか楽しい。

ここからも中へ進めないので、さらに覆道沿いを先へ進む――



9:58 (8分経過)

進めない!

覆道の海側は地続きではなくなっていて、覆道の床下まで海水が侵入していたのである。

また、ここで初めて先を見通したが、4か5か、そのくらい先のユニットまで覆道の沈下が起きていた。

私の想像を遙かに超えるレベルで覆道の崩壊が進んでいたのである。



9:59 (9分経過)

凄まじい崩壊の仕方をしていて、圧倒された。

先ほども書いたとおり、今日はとても海が穏やかなのであるが、現代土木技術が作り上げた国道をここまで破壊したのは、全てこの海である。

前方の覆道の激しい壊れ方を見るに、出入り出来そうな隙間はまだまだありそうだが、さしあたって、

目の前の海を越せないと、先へ進むことが出来ない。


さて、どうしよう?



ここで撮った全天球画像を見ながら、次回更新まで、私になって考えて(↓)。



あなたならどうする。




 “溺れる覆道”の突破口を求めて その2


2018/4/24 10:01 (11分経過)

さすがは当サイトの精鋭たる読者達だ。前更新の最後のシーンで、この先どう進むかを問うたところ、多数のコメントによる回答があり、その多くが、背にしている岩山を攀じ登り、そこから覆道の屋根裏へ乗り移るというものであったが、この回答、現地での私と全く一緒である。

実はもう一つ、私が実際に行った進み方の回答があるが、そちらについては、現時点(2024/9/24 19:00時点)での正答者はゼロである。
これは現地という圧倒的有利な場所にいる私自身も当分思いつかなかった方法だから、それだけ常識の外にあったといえるだろう。
ともかく、今は多くの読者が「やってみたい」と思ってくれた方法を実際やってみる場面である。
というか、もうこの全天球画像の時点で既にそれを始めていて、“最初の中継地点”まで上っている。



“最初の中継地点”としたここは、防波堤の上だ。

本来は、海面の向こう側に見える“片割れ”と地続きになって、覆道を支える人工地盤(盛土)を波から護る要であったろうが、設計の想定を上回る高波か、単純な老朽化か、地震など突発的な災害によるものか、無残に破壊されている。この防波堤の破堤が、一連の覆道の沈下・崩壊の原因となっているはずだ。
ここを“最初の中継地点”として、次に目指すべきは、振り返り仰ぎ見る――



この岩山登りである! そして、ファイナルジャンピンッ!!!

岩山は覆道天井の高さを上回っているが、この道ならざる地形を克服し、上手く覆道へ飛び移れる場所があるかどうかがポイントだ。
直前に覆道と岩山の隙間の底を【通過】しているので、飛び移る瞬間に私はループの軌跡を踏む。



10:03 (13分経過)

ここまで上れば、さすがにもういいだろう……。



おおお〜!!! 完全に屋根よ〜り〜たか〜い〜〜♪

足下で、見慣れた覆道の列が、脱線事故を起した列車みたくに踊り狂っている……。

なんて禍々しい眺めだろう。

でも、探索という意味では、あと一歩でここを突破る局面に迫っているのを感じられる。

あとは、覆道の屋根に飛び降りることさえ出来れば……!



10:04 (14分経過)

ここから一世一代のジャンピンっ!!!

FLY 廃!!!




……ゴメン、 まだ跳んでない。

ちょっと怖いんで、ギリギリまで崖を詰め下りてます。

ここからなら……。



( 意を決し )

( そっと 小ジャンプ )





10:05 (15分経過)

ッしゃぁあああ!!!

(当たり前に)成功。



この時、すぐ足下には、15分前に突き当たった“行き止まり”があった。
残してきた自転車とザックが寄り添っているのが見える。
直線距離ならほんの数メートルのこの前進に15分も使ったうえ、結局自転車と一緒に進むことは到底不可能な突破ルートもなってしまったが……、どうにかこうにか私だけは先に進めそうである。

もうしばらく、ここで待っていてくれ……。先を見てくる…。



おっとこれはなんだ? なぜか仮設階段の残骸が落ちていた。
覆道の崩壊が始まってから、工事関係者が出入りしたことがあったのかも知れない。そうでなければ、ここにこんなものがある道理がない。
なお、この覆道の崩壊自体は、現役時代の出来事ではないらしい。これは本編執筆開始後に寄せられた読者情報による。

そして、このような天井裏の大きな隙間のお陰で……

いま初めて覆道の内部を目撃する!

そこは、50m手前に設えられた【閉塞壁】裏世界となる……!



10:07 (17分経過)

……さすがに、荒れていらっしゃる……。

覆道の壊れたところから、高波が度々浸入しているようである。

もはや平成を共に生きた道路の面影は、ここにはない。

あるのは、三途の河原のような異郷であった……。



10:08 (18分経過)

沈下した覆道の山側に、大きな空間が存在している。
現役当時、覆道を通行した誰一人として、これに気付いた人はいないと思う。ここには全く窓がないから、外が見えないので。

そしてこの空間の山側は、高大な崖地を背後に控えた巨大な崖錐斜面となっているが、その末端の部分には、護岸を思わせるコンクリートの擁壁が埋没している。そればかりか、埋没した擁壁の上面には、路盤を思わせる平坦なコンクリート面すら存在しているのである。

覆道の外側に人知れず眠り続けていた、これらの人工物の正体は――



旧旧道の遺構である!

ここを撮影した平成5(1993)年と昭和51(1976)年の航空写真を比較すると、覆道に護られた旧道が整備される前の旧旧道は全体的に陸寄りを通じていて、特に「現在地」の周辺では、山側へ引っ込んでいたことが分かる。
明らかにそれは、埋没したコンクリート擁壁のある場所と一致している。

また、こうして航空写真を見較べると、この場所の旧道がいち早く大波で壊されたのも肯ける気がする。
もともとここは小さな入江のように湾入した海だったのである。
それを防波堤で遮って、入江を埋め立て、覆道を建てたが、旧道廃止後ついに人工地盤の弱さが露呈したのであろう。
自然の地形より強固な人工物を造る難しさを、我々は十分に理解しなければならない。



旧旧道の路面は、信じられないほど膨大な土砂によって、地表から深く埋没している。
もともとは、覆道内の旧道に近い高さに路面はあったようである。
このように隣接している旧旧道だが、その存在は覆道内からは絶対に認識できないし、覆道の屋根に立つことで認識は出来ても、その路面に立つことは依然として出来ない状況であった。

旧旧道がこれほどまで深く埋没している原因は、人為的な客土によるものと考えている。
前掲の平成5年の航空写真だと、覆道と旧旧道の間に“空間”は見られず、一面に平坦な草地が広がっているのが窺える。
そうすることで、落石が覆道の側面に衝突することを防ぐ狙いがあったはずだ。

“空間”を埋めていた膨大な客土が喪失し、旧旧道の擁壁が再び露出するようになったのは、破壊された覆道を貫通した高波がことごとく持ち去ったからだろう。柔らかな盛土を持ち去るくらいのことは、たとえそれが小さな体育館を埋めるくらいの大容積だったとしてお、荒れた海にとって、造作もないことだと思う。



10:09 (19分経過)

脱線列車の如く波打つ覆道の列を伝って、海に突破された入江部分を遂に横断する。

穏やかな海が、私を無言に威圧していた。

絶対に敵わない相手だと、人は幾たび思い知らされるのか。

いや、そんなことはない。現代人類は、ここを克服して現道を手に入れている。負けて終わっていない。



これが、最後の大きな段差だ。

ここを攀じ登れば、覆道崩壊による一連の障害を攻略できる。



10:11 (21分経過) 《現在地》

よっしゃ! 越えたぞ!

とはいえ、この先もしばらく先まで、覆道の沈下が起きている。
海水に溺れるほどの沈下量ではないだけだ。
端から数えてみたところ、全部で13連にわたって目に見えるレベルの沈下や傾斜は起きていた。
覆道の1ユニットの長さを10mとして試算すると、おおよそ130mに及んでいることになる。

前進継続! 当然、このまま屋根の上を進むぞ。



10:13 (23分経過)

陸に近い海上を跳ねるように進む一隻の小型漁船に一瞬で追い越された。
おそらくは、これが密漁のパトロールだと思う。
このような立地において、探索中しばしば目撃した。



10:15 (25分経過)

あの“大岩”も、だいぶ遠ざかった(振り返って)。
しかし、まだ足下の覆道の沈下と傾斜は続いている。
ときおり、路肩によって覆道内部へ立ち入れる“窓”がないかを見ているが、全くなかった。
全て闇の底か。



10:16 (26分経過)

ここ部分の旧道を見下ろす海食崖の高さは、おおよそ250m。

その全部が一枚の落石防止ネットで覆われていた。

ほんの30年くらい前まで、これと頑丈な覆道の組み合わせは、概ね安全なものだと信じられていた。

実際、概ね安全だという実績があったが、“概ね”という言葉の認識を改めるような悲惨な事故があって、道路管理者はその考えを改めた。

その事故を境に、これは安全じゃないものへ変わってしまったのである。



10:17 (27分経過) 《現在地》

道とは呼べない人工地形を歩き続け、既に足下の覆道も平穏を取り戻していた。
この間、旧道の路面に戻る機会は全く提供されず、自然と屋根裏の鼠であり続けることになった。
そしていよいよ、この区間の終点であるキナウシ岬の黒く異様な岩稜へ近寄っていく。
その一部が髑髏の眼窩よろしく落ち窪んで見えるのが、酷く不気味である。

なお、ここまで山側の盛土は絶え間なく続いていて、地中の旧旧道が地表に出現してきた様子はない。

……この先にあったはずの“旧旧キナウシトンネル”の坑口が、ちゃんと地上にあるのか、とても不安になってきた……。




10:19 (29分経過)

!!!

格好よすぎる…。






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