道路レポート 栃木県道62号 今市氏家線 風見不通区 前編

所在地 栃木県日光市〜塩谷町
探索日 2015.5.9
公開日 2017.3.9


【周辺地図(マピオン)】

栃木県道62号今市氏家線は、栃木県日光市とさくら市を結ぶ全長28kmほどの主要地方道だ。
路線名が示すとおり、旧今市(いまいち)市と旧氏家(うじいえ)町それぞれの中心地を、ほぼ最短距離で東西に連絡する経路は、鬼怒川およびその支流である大谷川に沿っており、概ね平坦である。

県内有数の交通量を誇る日光街道(国道119号)と陸羽街道(国道4号)を短絡するルートであり、それなりの需要がありそうに思えるが、全線のほぼ中間で鬼怒川を渡る辺りに、約2kmの【自動車交通不能区間】未改良道路(供用を開始している)のうち幅員、曲線半径、勾配その他道路状況により、最大積載量4トンの貨物自動車が通行できない区間をいう。が存在しており、現在も解消していない。

交通不能区間の周辺を道路地図帳で見ると、鬼怒川北岸の塩谷町上沢(うわさわ)から風見地区にかけて、ぷっつりと県道の途切れている。ここが自動車交通不能区間である。
この手の大きな河川を横断する県道の不通区間は、橋の未架設を原因としたものが多いなか、この路線は既は橋が開通しているにも拘わらず、その先で途切れているところが変わっている。
なお、この区間の北側に隣接して、1車線ではあるが鋪装済みの手頃な町道が通じており、迂回して通行すること自体は可能である。


さて、先ほど私は、この県道には「自動車交通不能区間」があると書いた。
ゆえに、慣れた読者諸兄は既に理解したはずだ。

県道は供用済み(=未開通ではない)ということを。

事実、詳細さに定評のある地理院地図を見てみると、道路地図帳には描かれていなかったごく細い道が、鬼怒川の河川敷じみた場所にひょろひょろと描かれており、そこに県道の色が塗られていることに気付く。

地理院地図とて万能ではない。
間違いを犯すこともあるので、(探索後ではあるが)万全を期して、現地を管轄する栃木県矢板土木事務所に直接問い合わせて、県道のルートを確認したところ、地理院地図の通りのルートが県道として供用済みで、かつ自動車交通不能区間であるとの言質を得た。

この鬼怒川の河川敷じみた場所にひょろひょろと描かれた道は、間違いなく、現行の「主要地方道今市氏家線」だというのである。


今市側より、現地レポートを開始する。





県道62号今市氏家線は、JR今市駅前の国道119号小倉町交差点という、旧今市市の中心部から始まる。最初の青看の行き先は「下今市駅」で、すぐにそこを過ぎると次は「塩野室(しおのむろ)」という大字レベルのローカル地名が案内されるようになる。最初の4kmほどは市街地だが、その先は田園と集落が交互に現れ、道幅も1.5車線と2車線を織り交ぜた、バイパス化の進んでいない地方色のある平凡な県道風景だ。起点から10kmで「塩野室」を通過すると、ようやく青看の行き先が「さくら」となる。さくら市の中心地が、この県道の終点である氏家だ。

左の写真は、行き先表示に「さくら」が初めて現れた青看である。起点から10kmまで、この行き先は一度も現れない。

2015/5/9 6:59 《現在地》

そして起点から13km地点の日光市小林に、右写真の青看がある。
間もなく現れる丁字路交差点を、県道62号は左折する。だが、その行き先は表示されていない。
良く見ると、何かの表示をシールで隠した痕跡がある。

直進するのは、この交差点が起点である県道159号小林逆面(さかずら)線で、そちらには宇都宮などの行き先表示があるが、「さくら」へ行きたいドライバーは、ここでいきなり放り出された感じである。
宇都宮へ迂回して「さくら」へ行けということなのか。

さっそくの濃密な不通区間ムードに、総ヨッキが起立した。
地味に左折方向には、「1.2km先 大型貨物自動車等通行止」の標識もあり、「自動車交通不能区間」の前触れを感じさせる。



青看のすぐ先にある小林橋南交差点の風景がこれで(←)、左折するとこんな感じだ(→)。

とりあえず、まだ普通の2車線道路が続いている。
少し傷んでいたが、栃木県標準デザインの補助標識を従えたヘキサもあった。
これまでの道に較べて路面の白線が薄く見えるのは、気のせいではないだろう。



交差点から500mほど沿道に変わった景色はなく、淡々と進むと、前方にまるで跨線橋でもあるかのような登り坂が見えてきた。
いよいよ市境の鬼怒川を渡る、小林橋のお出ましのようだ。
暴れ川として今も怖れられている鬼怒川だけに、周辺の低地と河川敷き隔てる堤防がとても高く、橋を渡る前に堤防へ登るワーキングが必要だった。

書き忘れていたが、今回も小林橋南交差点からは、自転車で探索している。




なっがい橋だ!

これが県道62号が誇る、おそらく同路線中最大の構造物である、小林橋。

緒元は不明だが、地図読みで約500mもの長さがあり、道幅も2車線プラス片側に広い歩道を持つ、堂々たる大橋である。

主要地方道の橋として、白線の薄れや高欄および照明器具の塗装の禿げに目を瞑るならば、何も見劣りするところはない。
現状では、交通量に見合わない立派な橋になってしまっているが…。



なお、本橋の銘板にはなぜか竣工年を刻んだものがなく、「小林橋」と「鬼怒川」が2枚ずつの4枚で構成されていた。
そのため、竣工年を現地で知る事が出来なかったが、後日「県道今市氏家線「小林橋」災害復旧工事について(pdf)」という日光土木事務所公開の資料によって、昭和58(1983)年の架設であることや、全11径間の綱箱桁橋であること、平成23(2011)年9月の台風15号で橋脚が沈下する大きな被害を受けたが翌年に復旧されたことなどが判明した。

昭和58年竣工とは、思っていたよりは古い。
常識的に考えれば、この橋の建設は、橋の先に現在も残る不通区間の解消とセットで計画されていたと思うが、既に30年も解消されずにいるのだから、どこかで計画に綻びが生じてしまったのだろう。




写真は、約500mある橋の途中から下流方向を眺めたもの。

非常に広大な河川敷の中を、川は幾筋かに分かれて流れているが、水面の幅より遙かに広い河原があり、その大部分は氾濫原や森になっている。
源流からの長い山岳地帯より、ようやく関東平野の北縁へ解き放たれた流れは、平時にこそ、このように広い川幅を持て余しているように見えるものの、稀な大雨のときには、これでも足りないくらい増水するのだろう。
貪欲に肥沃な土地を求めてきた人間が、これだけの川幅を許している事実が、その証拠と言えた。

間もなく始まる県道の不通区間は、向かって左側(すなわち左岸)の山際にある。
地形的には特に道を通すのに困難を感じさせるような凹凸は見られず、適当に木を伐採し護岸と盛り土をすれば相応の道を開通出来そうだが、そうなっていないのが現実である。



7:09 《現在地》

橋の中央ではなく、かなり左岸に寄った辺りに日光市と塩谷町の市町境がある。
ゆえにこの橋までは、日光市側を管轄する日光土木事務所の管理下にあり、橋の先からが矢板土木事務所管轄になっている。

橋を渡りきると即座に丁字路で、県道62号は「一時停止」をしてから、右折する。
左折は町道だが、これは瑕疵なき2車線道路として近隣の集落を結んでおり、おそらくだが小林橋の利用者の過半数が、町道の利用者ではないかと思う。

正面のコンクリートブロックの擁壁に、余り管理が行き届いているとは思えない感じで、青看やデリニエータなどの道路付属のアイテムがいろいろ取り付けられているが、特に青看がちょっと印象に残るレベルで酷かった。




そろそろこの青看さん、寿命なんじゃないですかね…?

もともとの表示内容のうち、左右の矢印と、右の矢印の上に乗せられた「大型貨物自動車等通行止」と「最大幅3.0m」の規制標識、そして左の矢印の「佐貫」という行き先が(傷みながら)残っているが、それ以外の表示は全てシールで隠されたり修正されたりしていて、その修正の色合いもまちまちなために、全体としてとても見苦しい。
青看自体も背後の山の緑に隠されつつあるし、5月でこれなら、8月にはこんな風になってしまうのも当然…。

青看には、県道の表示自体はないものの、右折の(シールで修正された)行き先として、小林橋南交差点ではなぜか隠されていた「さくら」が復活している。
一緒に表示されている「大宮」は、それより手前にある塩谷町内の大字である。

鬼怒川を横断し、塩谷町へ渡ることには成功した県道の迷走は、このみすぼらしい青看から始まるといえる。



小林橋の袂を右折すると、県道は白線の消えた2車線なのか1.5車線なのか微妙な広さで伸びていた。
これまで繰り返し予告されていた「大型貨物(ry」の規制区間も、ここから始まる。「積3t」の補助標識付きで規制されていた。
道路地図帳だと、ちょうどこの辺りまでしか県道として表示をしていないが、おそらくここからが、「自動車交通不能区間」扱いなのだろう。

また、ここには栃木県の標準デザインの樹脂製キロポストがあった。
「14」kmの表示であり、これはちょうど今市の起点からの距離に一致している。
全線のほぼ中間地点でもある。
立派なキロポストの存在からしても、この地点までは至って平常な県道として整備済みである。問題は、この先だ。




塩谷町上沢地内の道。
道路地図帳では無色の表示だが、地理院地図は県道の色で塗っている。
実際は、引き続き県道である。

なお、写真では行き交うクルマが全く写っていないが、朝のラッシュに入っているせいか、それなりに交通量はあった。
今市から氏家まで通しで利用しているクルマがどのくらい居るのか知る術もないが、抜け道として利用するドライバーには、県道であるかどうかなど全く重要ではない。

しかし、この先でいよいよ県道は、一般利用者から見放された区間に突入する。



7:12 《現在地》

橋から250mほどで、この写真の分岐地点が現れる。

草臥れきった青色矢印の反射板が、一生懸命に左の道を薦めてくるのだが、県道は右の道である。
これまでの経路上で青看が「さくら」へ行けるとして案内してきたのは、左の町道である道を担保としてのことだったようだ。

分岐の右側の草むらには、矢板土木事務所の文字が入ったA型バリケードが、いくつも置いてあった。
とりあえず、このバリケードでは封鎖されていないものの、その先にオレンジ色の邪魔者が見えている。




右の道…という表現は相対的なもので、実質的には直進すると、すぐにこのオレンジ色のネットで作られたバリケードに行く手を阻まれた。

そのすぐ手前に、真夏になれば草に覆われて見えなくなってしまいそうな看板が取り付けられており、こう書かれていた。

この土地は 道路予定地であり 無断使用・ゴミ等の 不法投棄を禁ずる
栃木県矢板土木事務所

どうやらこのバリケードの先にあるのは、未開通の県道バイパスであるようだ。
冒頭で述べたとおり、一応県道は「自動車交通不能区間」として開通済みらしいが、別にちゃんと自動車の通れる道を作ろうとしているのだろう。
直前にあった小林橋の立派な作りを見れば、当然のことだと思う。

そして、この未完成の県道バイパスに対する現県道は――



こちら(右)である。

私は、出発前に地理院地図に描かれたこの県道を見て、

「河川敷じみた場所にひょろひょろと描かれた道」 だと思ったが、

現実の光景もその通りで、現在いる堤防から河川敷内へ下っていた。

“河川敷内県道”とか、なんかその時点で怪しいなぇ…。



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まずは先に、バリケードで塞がれていた県道バイパスの行く末を確認してみることにしよう。
地理院地図にはこの道も現県道と同じ太さで描かれており、おおよそ750m先まで続いているようだ。

砂利の路面には多くの轍が刻まれており、最近も通行量があるようだった。
ということは、奥の方で現在進行形の工事が行われているのかもしれない。
もし現場の気配が強くなってきたら、大人しく撤退することにしよう。



入口から緩やかに右カーブしながら、広い堤防と一体になっているらしき道を150mほど進んだが、相変わらず無人である。
ときおりクルマの音が近くで聞こえるのだが、左側の森の中を先ほど分岐した(抜け道である)町道が通っているせいだ。
対して、現県道があるはずの右側の河川敷内からは、何の音も聞こえてこない。

そんななか、見覚えのある看板と、新たな内容の書かれた看板とが、山門の仁王像を思わせる配置で現れた。

未供用道路につき 一般車両の進入を 禁ずる
栃木県矢板土木事務所

「未供用区間」。つまり、県道としての供用開始の告示をうけていない、一般には「未開通」と呼ばれる状態ということだ。
既にバリケードの奥であるのにも拘わらず、色々と教えてくれる親切な矢板土木事務所だ。



県道バイパスから見下ろす、河川敷の森。

この緑の森の中を、県道が通っていることになっているのだが、……不安だ。

なんか、動植物の楽園化している予感が……。



なっげーな…。

さきほど、このバイパスは750mほど描かれていると書いたが、最初の200mばかりを過ぎると、あとは最後まで一直線のストレートになっている。
この写真は、300m地点辺りで撮影した。

アップダウンも何も無い直線で見通しがよすぎるうえに、路面は未舗装で凸凹があるために、自転車だと実際以上にのろのろ走っている感覚になる。
ましてや、この道を往復しなければならないのだろうと思うと……、正直、かったるかった。




入口から600mほど進んだが、路面状況に大きな変化は無い。
ただし、道の両側に白色のセーフティフェンスが現れた。
セーフティフェンスは、歩行者や自転車の転落防止を目的に設置されるもので、自動車の逸脱を防ぐ目的で設置されるガードレールやガードケーブルとは根本的に違う。ゆえに、車道の路肩にセーフティフェンスがあることも、未舗装の道にそれがあることも、大いに場違いである。
将来的には、これらのフェンスを活かした形で車道と歩道を作るのかも知れないが、その前に藪でボロボロにされてしまいそうだ。

にしても、長い。
依然として終点らしきものも見えて来ず、このまま(未舗装で未供用だというだけで)貫通しているのではないかという気がしてきた。



7:22 《現在地》

う〜ん。 まだ続くのか…。

GPSで現在地を確認すると、入口から既に700mを進んでおり、地理院地図に描かれた道は、この辺りで終点になっている。
また、大字の境がこの辺にあり、道は上沢から風見に入った。

しかし、実際の道には、まだ終わる気配がないのだ……。

道端に大きな土盛りが出来ていたが、その正体は小さな立て看板により知れた。
曰く、「矢板塩谷線 残土置き場」だそうだ。

この県道の工事で出た残土じゃなく、他の県道工事の尻ぬぐいかよ…。




さあ、ここからは一切の地図に描かれていない区間だ。

どこまで続いているのか分からないが、永遠に続くことはありえない。

終わりまで行くぞー! ォ〜…。




7:26 《現在地》

終わった?!

実に、入口のゲートからは1kmも進んでいた。

そこには、見覚えのある2枚の看板が揃い踏みで通せんぼする広場があり、その先には、これまでは判を押したように続いてきた道形が見えなかった。
車の轍も、この広場でみな引き返している。

予想以上に長引いたが、やっと終点に辿り着いたらしい。




はい。

これは確かに終点のようだ。

この先は猛烈な密度を持った笹藪で、地形的にも手が入った様子がない。

見通し皆無で、藪の向こう側がどうなっているのかは分からないのだが――




なんとこの場所、GPSの画面に見る現在地としては、風見集落を囲む既存の堤防の隣である。
地理院地図では、この堤防上にも道があることになっており、その通りなら、目の前の激藪の中にそれがあるはずなのだが、実際には道はおろか、堤防の存在が実感されない。

激藪に突入して確かめることも考えたが、どうせこのあと“河川敷の県道”を通って風見集落へ行くつもりなワケだから、ここで苦労して堤防の有無を確かめる必要性は低いと判断した。ここは潔く撤収だ。

それにしても、未舗装の道形だけとはいえ、ここまで風見集落の近くまでバイパスの工事が伸びているとは思わなかった。案外、全線開通も遠くないのか?




……遠くまで来たなぁ …ゲートまで戻るの怠いなぁ……苦笑。


次回は、“河川敷の主要地方道”へ。