隧道レポート 釜トンネル 第1回

所在地 長野県松本市安曇
探索日 2008. 7. 2
公開日 2008.10.18

十数年前には、私も旅行で訪れたはずの「釜トンネル」。
“釜トン”として親しまれ、また恐れられてもきた隧道は、見ないうちにすっかり様変わりしていた。

そこにあったのは、一見して何の変哲もない、近代的な坑門であったのだ。
だが、それと同時に気付いたのである。

新装なった釜トンネルは、新釜トンネルとでも呼ぶべき新たに掘削されたものであることに。
あれだけ悪名をふるった“釜トン”は、廃止されていたのである。

正面側から進入しようとするも警備員に制止されてしまい、やむなく裏口へ向かう事になった。
上高地側の坑口へ向かうには、当然「新・釜トンネル」を通らねばならない。

そして、この通過点に過ぎないはずのトンネルが、またトンデモない代物だったのだ…。

特に、我々のような自転車にとっては。

腸が口から出て来そうなほどに …ハード…。



 新・釜トンネル戦 


2008/7/2 17:02 【周辺地図(別ウィンドウ)

現在の釜トンネルは、この銘板の通り2005年(平成17年)に開通した。
延長は1310.0mと相当に長い。
また、狭隘で知られた釜トンとは一変し、2車線+両側に歩道が設置されている。
高さも、従来は決して上高地を踏むことが出来なかった2階建てバスを通すに十分なものになった。

なお、銘板の一番下にオマケのように書かれている「施工延長705.0m」の意味は、このときまだ分からなかった。



ここで新旧釜トンネルの諸元を単純に比較してみよう。

数字からだけでは見えてこないものがいろいろあるのが釜トンネルなのだが、それでも新旧の数字の違いは明確だ。
(ちなみに、旧の数字は昭和40年代はじめのもので、平成時代に入る頃にはもう少し改善されていた)


新・釜トンネル旧・釜トンネル(釜トン)
全長1310m513m
7.0m2.3m
4.7m3.7m
竣工年平成17年昭和12年
備考銘板より『道路トンネル大鑑』
(土木通信社刊 昭和42年)より


なお、坑口前のあまり目立たない場所には、ご覧のパネルが設置されている。
これは実は物凄く力作で、これ一つあればレポートするのに他の情報収集が要らないくらいなのだが、悲しいことに我々。
警備員に「制止」を受けたばつの悪さから、パネルの撮影をするのが精一杯で、じっくり読んでいる暇がなかった。




17:02

それでは、

旧釜トンネルの裏口目指し、新釜トンネルへ GO!!






う わ…。


すげー登ってんな…。


旧釜トンが凄い上り坂だったのは何となく憶えがあるが、それより倍以上も長くなった新トンネルについては、その分勾配も大幅に緩和されているものだろうと、…何となくそう信じ切っていた。

しかし、 こ れ は …。




なんか、もの凄いカーブしてるし…。

路面に流れるほどに水も湧出しているし…。

意外に暗いし…。


なんか、やっぱり釜トンは釜トンだという感じがしてきたぞ。

もっとも、自動車にとっての走行性は、旧釜トンとは較べるべくもないのだろうけれど。
ちゃんとこうやって舗装されていて、2車線があるだけで。

でも、チャリにとっては… これはこれで… きついでないかい?




100m〜200mほど進むと、照明の色が今風の白に変わった。
だが、ちょっと… こ れ 。

勾配がキツイぜ!

長年チャリを漕いできたが、トンネルの中でこんなに急な坂道に喘いだ事があっただろうか。
いや無い。

しかも、一般車は入ってこないにもかかわらず通行量が結構多いので、急勾配に抵抗する“セルフ九十九折り走行”も不可能。
道の端っこを淡々と、本当に淡々と上り続けるより無いのである。



勾配がキツイうえ、トンネル内だけに、景色にもほとんど変化がない…。
強いて言うなら、数百メートルごとに道が広くなった待避所が現れたり、数十メートルおきに非常電話や消火設備があってみたり。
あとは、最近のトンネルとは思えぬほど、右に左に蛇行しているという事くらいが、変化なのである。


おいおい… マジ疲れる。

それに、

いつまで経っても勾配が緩む気配がない…。



しかし、実はそれもそのはずだったのだ。




これが、新釜トンネルの全貌である。

トンネル全体が、何かから「いやいや」するように蛇行している。
そしてこの蛇行もさることながら、なんと言っても最大の特徴は、旧釜トン譲りというよりほかに無い急な勾配である。

我々が進入した中ノ湯側坑口は海抜1315m。
一方の出口は、なんと1460mもある。
その差は145m。
一本のトンネルで145mも高低差があること自体、既に珍しい。
そして、これを計算すると勾配は約11%ということになる。

実際、この新釜トンネルの勾配設計値は全線10.9%なのである。

1km以上も10%を越える坂が続く道は、野外でもあまりない。
それが地下にあるというのだから、一般道路としては間違いなく 日本唯一 である。



ちなみに、トンネル内に11%の勾配というのは果たして良いのかという疑問が湧いたのだが、道路の物理的な形状(線形)を規定する「道路構造令」において、これは問題がないことになっている。

トンネルについては、必要に応じて換気設備や照明があればよいと言うことしか規定が無く、勾配については明かり区間と同様の制限が適用されるのみなのだ。
ゆえに、普通車道の上限である12%がリミットとなる(上限ギリギリではある)。




既に入洞8分を経過。

だが、ようやく半分…。

壁面に取り付けられた出口までのカウントダウンは、ようやく700mを切ったところだ。

破滅的にペースが上がらない。
この急勾配では無理からぬ事だが…。

【車がエンブレだけで降りてくるトンネル動画】




残り600mという地中の真っ直中である。

S字になったカーブの途中に、横坑らしきものが存在する。




まるで業務用冷蔵庫のような重厚な引き戸の金属扉だ。

「 ⇒ 引く 」

…って書いてあるが…


 うぐぐぐぐ…

鍵が掛かってやがる。




どうやらありがちな避難坑ではないらしいが、それでは何なのだろう。

現在地は、この辺である(→)


地図を見る限り、外へ繋がる横坑っぽい。

旧道にヒントがありそうだ。




ふひぃー。

ひぃー ひぃー。


マジ辛いぜ。
チャリにとって、景色に変化が無い中で1300mも続く11%上りは、拷問以外の何者でもなかった。

壁面にある50m刻みの標識(写真に写っている)ごとに止まり、息を整えながら登っていった。

もう二度と来たくない。

帰りは光の速度になりそうだが…。




入洞から18分を経過して、ようやく出口が現れた。
言葉が悪いが、本当に馬鹿の一つ覚えのように最後まで同じ勾配であった。


17:21

釜トンネルをやっと通過。

一挙に標高は、秋田県での車道最高所をも超越する、1460mに達している。

それでも、周囲は2500mを越える山並みであるから、谷底にいることに違いはない。




生まれ変わった釜トンネル。

はっきり言って、味もへったくれもない、拷問のようなトンネルであった。

もし自動車であれば、毒にも薬にもならないだろう。


確かにこの開通は、上高地へ誰しもが安心して辿り着ける便路を切り開いた。
年間200万人という通行量を思えば、むしろ遅すぎたくらいの改良である。

だがそれによって、上高地を俗世と隔絶した楽園地として印象づけていた釜トンのカリスマは、消滅した。

釜トンは、厳しくも饒舌なイベンターから、無言の通路に格下げされてしまった。


道路の多様性を心から愛する者として、残念に思う。 (その残念な気持ちは、nagajis氏の仕種にありありと現れている。)





…まあ、いいや。

済んでしまったことは、仕方がない。



それに…

オブローダーにとって、

まだ、釜トンは終わっちゃいない!!


我々だけの世界へ、参ろうぞ…。




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