隧道レポート 国道42号旧道 旧高浜隧道 緊急再訪編

所在地 和歌山県串本町
探索日 2016.1.09
公開日 2016.1.14

「緊急再訪編」などという物々しい題目を付けたのは、ワケがあってのことである。
次の新聞記事をご覧頂きたい。



熊野新聞」2015年10月1日号より転載

これは2015年10月1日付けの地元紙「熊野新聞」の紙面で、当サイト読者のさまちみ氏が、記事掲載の翌日に送って下さったものだ。(他に複数の読者さまからも同様の情報をいただいた。皆さまありがとうございました。)

誌面に大きく掲載された写真には、見覚えのある光景の見覚えのない“惨状”が、写し出されていた。
見出しにも、「高浜隧道そばの崩落進む 町文化財「通り穴」も閉塞」と、これまた記憶にある名前が。
言うまでも無く、私が2年前の2014年3月26日に現地を探索し、去年2015年7月末に前後編でレポートした国道42号旧道「旧高浜隧道」および熊野古道に属する半天然の隧道「通り穴」の崩落を伝える記事であった。

私の探索からは1年半後、レポートの完結からは僅か2ヶ月後の出来事であり、これらの旧隧道が“新しい”方でも明治末頃の貫通から100年以上、“古い”方に至っては天和2(1682)年の紀行書にも出ているくらいだから、実に300年以上も重力に逆らって形を保っていた石門地形であったわけだから、自身の行動とのタイムラグの少なさに、何か数奇な運命を感じてしまったとしても、自意識過剰と言わるかもしれないが…許して貰いたい。(とある私の友人は、「また店長の死神法則が発動したのか」などと、微妙に発言者が特定される綽名で私を指し笑ったが、笑えないからヤメテクレ…)

肝心の記事本文も要点を転載させて戴こう。以下の通りである。(太字は引用者による強調)

串本町高富地内の国道42号高浜隧道そばの法面崩落が進み、町指定文化財『通り穴』にも影響が及んでいる。近隣では『先週末にも崩落があった』との声もあり、裏付けるようにしおれた枝葉が岩塊に混ざり見られる状況だ。
現場は高浜隧道を二色側から見て左の法面。切り落としたように崩落が進み、岩肌が驚異的に露出している。
海岸管理者の県東牟婁振興局串本建設部によると9月26日と28日に相次いで通報があり状況を確認。崩落は海岸線に向かってほぼ垂直に進んでいて、国道側には既設の防護ネットがあり法面との間に設けられた土砂だまりにもゆとりがある点から、にわかな支障は考えにくいとしつつ30日には現場への立ち入りを制限して警戒を強めている。
『通り穴』は高浜隧道が出来る前の旧県道トンネルと並ぶ形で海岸に位置する洞窟。古く大辺路街道の一端として往来があり、町文化財に指定された平成22年3月までは通れたが現在は二色側が岩塊で閉塞している。

とりあえず、隣にある現国道への即座の影響は無いらしいということに、安堵すべき記事なのであろう。本来は。
掲載された写真を見る限り、私がレポートのなかで「落石や高波から国道を守る構造であろうが、その不動の存在感は、“壁の向こう側にあるもの”の最早覆らない立ち位置をはっきりと示していて残酷だ」と評した、はっきり言って大袈裟だと思っていた擁壁が、崩土を抑えて存分に仕事している事が分かる。
記事にはなっていないが、この道の管理をしてきた国土交通省のガンリキは改めて評価されて良いように思う。
本当にこうなることを知っていたのだとしたら、大仰な翼壁は見事な先手だったといえるだろう。

…という記事から3ヶ月経った2016年1月9日、本年1発目の探索の初日に再訪したので、古き隧道の最新の状況をお伝えしよう。



前回と同じように、西側から旧隧道へアプローチ


2015/1/9 15:00 《現在地》 

記事でははっきり書かれていなかった旧隧道群の安否を確かめたい私の再訪は、まず遠景観察から。
本日晴天のうえ、この季節にしては珍しく枯木灘の波も穏やかであって、絶好の高浜隧道日和だった。

写真は現場から西に400m離れた串本海上公園駐車場付近から撮影したものである。
少し望遠にすると、目当ての隧道群が簡単に視認できた。
とりあえず西口については2本とも現存が確認が出来て一安心。
ただし問題の崩落現場は東口である。



実は私、レポートした2014年3月の後にも、この場所から旧隧道群の写真を撮っている。
それは最初の崩落が通報されたとされる日のちょうど2ヶ月前、2015年7月26日である。
仕事の最中にここを通りかかった際、ちょっとだけ私用の撮影を致したのである。

で、その時の写真を今回(2016年1月9日)撮影したものと比較してみると…

一見、あまり変わっていない、無事であるように見えた西側の坑口風景であったが、こうして比較すれば一目瞭然に、やばかった。

まず、山の形が明らかに変わってる。
そして、見えなければおかしい旧隧道の向こう側が、全く見えなくなった。

これは、やばい…。やばくないはずがない。 マジ、逝っちまったのか、お前!






15:03 《現在地》

現高浜隧道の西口脇から、1年半前と同じように徒歩で侵入する。
とりあえず、この部分には変化は無いようだ。
記事には崩落に伴って「現場への立ち入りを制限」云々とあったが、そもそも1年半前だって、実質的に立ち入りが制限されていた気がする。
記事になるまでは、ほとんどの人がそこに旧隧道があることは知りつつも、等閑視を決め込んでいただけのことだろう。

2度目なので、変化の無い部分は省略してどんどん進む。




おおっと! 落とし穴!

前回の探索時にもあった護岸擁壁の欠壊が倍くらいに拡大し、旧道を全幅にわたって消失させていた。(ちなみに、2015年7月26日の遠望写真でも同程度まで崩れていた)
前回は山側に迂回できる路面が僅かに残っていたが、それも失われ、ここを超えるためには、45度に傾斜した護岸擁壁を伝って渚に降りるという、荒天時には困難な迂回が必要になった。

また、荒天時にはこの欠壊部分に波が入っているようなので、引き続き路盤の流失が歯止め無く進行するおそれが高い。
旧隧道同様、正確な建設時期の明らかではない護岸擁壁ではあるが、間違いなく戦前ではあろうし、串本周辺では恐らく唯一となる旧県道時代の道路護岸遺構であるだけに、大規模な消失が予感される状況は残念だ。



さて、穴を乗り越えて旧隧道西口へ接近。

前回の同アングルの写真と比較すると、隧道が掘られている山の形に変化があるのが分かるが、現場ではそこまでは気付かなかった。
現場で気付いたのは、以前ここに置かれていた草臥れかけたA型バリケードが、さらに2年近い風波にさらされて、蕩けるように形を失っていたことだった。

ちなみにこのAバリは隧道への侵入を防ごうとしていたのではなく、前出の欠壊に対するものだったのだが、旧隧道が通れなくなったとしたら、もうここにバリケードを置く意味もないだろう。

さあ、どうなってる旧隧道?!






ぐしゃぁ…

でも、でもでも! 辛うじて“貫通”は保ってるようだ!

これは、考え得る限りの最悪の事態は免れたようだ。

もっとも、理想としては、坑口前の法面が崩れただけで、隧道の坑門や内壁には影響ない
というパターンだったわけだが、果たしてそこはどうなのか。
これよりチェックに入ります!



定点観測的に、前回との比較。

こうして見ると、隧道そのものの出入口を含む内壁の形に、変化は無いっぽいかな?

あれだけ見通しが良かった向こう側が見えないので、なんだか自然と壊滅的な気分にはなるけれど。



ぎゃあぁぁ…

とはなるけれど、これ、隧道そのものは今のところ、大きく崩れていないようである。

信じられないほど大きな岩(というか岩山の一部)が、もともとの隧道の壁を圧するように出口を塞いでいるので、
見馴れない人が見たら、崩落ではなくて、もともと未貫通の隧道のように勘違いするかも知れない。

また、一応“貫通”はしているとはいえ、貫通部が天井付近であるうえに、オーバーハングしているので、
もはや人がこの隧道から向こうへ抜けることは出来ないし、将来的にも、この一軒家ほどある大岩を退かされることはないだろう。

そして、通り抜けの可否を隧道の生死であると見做すならば、永久に再“開通”の期待できない本隧道は、
構造物としては原形を残しているのだが、もう「死んだ」と言わねばならないだろう。



かような“天井窓”から、人は出入り出来ない。

しかしそれでも、洞内に微かな光と風をもたらしてくれる有り難さは、
今後末永く、多くの訪問者によって語られ続けてほしいと願う。



もはや説明がなければ、「定点撮影」だと信じてもらえなさそうな画像(苦笑)。

ここから見る限り、旧隧道のすぐ下にある“通り穴”も、それそのものは無事であるようだ。
そして、記事の見出しにもあった通り、あちらも「閉塞」しているようである。

また、旧隧道と通り穴の間は、かつて東口坑口前の“地上部”だった、現在は崩落岩盤の下にある“地下部”を通して連絡できるのだが、どちらの穴からも東口地上へ貫通することは、出来なさそうなのである。
2つの隧道の坑口をまとめて地上から地下に押しやってしまうほどの大岩盤が、落ちて来たことになる。
過去の著名かつ悲惨な道路トンネル災害を彷彿させる、なんともおそろしい事態である。

なお前回の写真にも、東口の前には結構な量の最近に落ちてきたばかりらしい岩塊が写っている。
結果論から言えば、これは兆候だったのであろうが、このくらいの崩落は廃道なら珍しいものではないし、よもやこの結末に結び付くとは(私は)思わなかった。



いったん西口に引き返し、すぐ足元に口を開けている“通り穴”への侵入を開始する。
既に大要は把握したが、一応は坑口から立ち入って確認するのが、礼儀であろうと思ったためだ。

そしてこの行動が、意味のある成果を生むことになる。




“通り穴”の洞内。

見ての通り、東口付近に膨大な崩土が積み重なり、閉塞してしまっている。

以前は荒天時に高波が侵入して貫通し、東口の旧道路面を削り始めていたのだが、その浸食については、これで食い止められることになった。
浸食以上におそろしい事態になって仕舞いはしたが…。



“通り穴”の閉塞地点(即ち元来の東口)から望む、かつては外であった部分だが、西日が射し込んでいるだけで、東口からはほとんど外光が届いていない。
左上にここよりも広い空洞が見えるが、それは旧隧道だ。
前述の通り、2本の隧道が1つの崩落により叩きのめされてしまった。

という風に、結局貫通は出来ないと諦めかけた私だったが、よくよくここで目を凝らして見ると、右奥の方にぼんやりと青っぽい光が見えることに気付いた。
それは旧隧道の天井から射し込んだ外光ではない。
つまり、“通り穴”のある低い位置にも、落盤に閉塞されなかったスキマが有るらしいことが分かった。

生々しい崩落土砂の隙間を縫って、さらに奥へ進む。
念のため言っておくが、この辺りは本来なら既に東口地上だったはずの場所だ。




光の元へ身を低くして進むと、確かにそこには東口から射し込む光があった! すなわち…

貫通できる!

この頭上を圧しているのは、もはやそういう地山であったのだとしか見えないような、巨大すぎる岩塊だ。
何トンというようなレベルではない。何百トンのクラスであろう。
今の私はその下に潜っているのであり、ここで再崩落があれば、踏まれたありんこの最後を迎えるのは明らかだったが、これだけ大きいと逆に、気軽には動くわけがないという安心感があった。
崩落翌日とかならそれも危ういが、3ヶ月もの間、これだけの重量物が静止形へ自然に移行した結果である。



15:08 《現在地》

まるでゾンビのように、このスキマから一体のオブローダーが這い出してきた(笑)。

ちなみに、この開口部は地上(=旧道路面)よりだいぶ低いが、落盤の衝撃へ凹んだわけではなく、
もともとは“通り穴”を貫通して押し寄せていた高波が削っていた空間である。
あんなものが、まさかここにきて私の貫通の役に立つとは。
結構大きな開口部なので、旧隧道よりも遙かに古い“通り穴”のほうが、現状では通行に適する状況になった。
やはり、300年以上の歴史を誇るものだけあって、 し ぶ と い な!!



定点観測(笑)

って感じになってしまっているが、大体同じ位置で撮影したとは思う。

山のシルエットを変えてしまうほどの大崩落は、なぜ起きたのか。

それはオブローダーより、真っ当な土砂災害の研究者に考究して戴きたい問題だが、
素人目に観察する限り、なるほど、崩落1年半前の時点で、今回落ちただろう巨大な岩盤と、
落ちなかった地山との間には、非常に長大かつ明瞭なクラックが発生していたことが分かる。

貴方の周りの隧道…つうか、道路や裏山の岩盤は大丈夫か、みんなもチェックしてみよう。



はたして、この崩落はこれで安定してくれたのだろうか。
流石にそれを予測することは、私の範疇では無いし、何も言えない。

現状では、国道のトンネルを守る為の格子状の擁壁が、これ以上国道側に崩壊が伸びるのを食い止めているのだが、さらに地山が崩れると、この擁壁も端から崩れてしまいかねない。
そうならないよう、遠くない未来に今露出している岩盤も、コンクリートで固められてしまうかもしれないとは思った。
流石に旧隧道の保全より、国道42号の死守が重要であることは、私にも分かることだ。

国道を守り切った“功労擁壁”を脇からパスして、脱出。
ふりかえると、なんか山がさっぱりしてた。

また、外へ出ると足元に「がけくずれのためたいへんきけん」とか書かれたポスター付きのコーンが、いっこだけポツンと置いてあったが、3ヶ月間の監視者は、こいつだけだったのだろうか?
だとしたら、関係者にはますます、「現道が無事ならよし! 旧道?旧々道?知らんがな。誰も入ろうなんてしないでしょ。」って思われてる気がして、オブローダーとしては複雑だ(笑)。




今回最後の定点観察写真。

旧隧道にとっては、本当に大変な事になってしまったが、
現道に被害が出なかったのは、本当に良かった。
グッジョブ! 管理者!! 感謝してます。
崩れちまった老兵たちも、この結果には納得してると思うぜ。



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