http://yamaiga.com/rail/hasiba/ の公開中コメント一覧

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コメント
11,9432013-02-24 20:17:48/rail/hasiba/main2.html10
いろんな廃線・廃駅に行っていますが、ベストの状態でいけば最高ですね。
なかなかこんな廃駅はないと思いますよ。
全遺構発見もなかなかできるものじゃないです。
11,7642013-01-23 19:26:02/rail/hasiba/main2.html10
最後にうるっときちゃいました・・・。
11,3582012-12-17 22:43:29/rail/hasiba/main2.html10
雫石のしずくちゃんに教えてもらって調べてたどり着きました!
素晴らしいレポートをありがとうございます!
自分でも行ってみたいとおもいます。

いなモチ
10,7282012-09-26 17:08:09/rail/hasiba/main2.html10
ロマンありますねー
10,6942012-09-19 22:19:10/rail/hasiba/main2.html9
>ホームからレール面に降りる階段などは設置されておらず
二番線ホームの雫石側末端と正対する位置に階段がありましたよ
あと階段付近のコンクリ基礎から察するに手すり程度ではなく木造の覆いが作られていたのではないかと
10,6432012-09-14 19:52:53/rail/hasiba/main2.html10
新しい情報ありがとうございます、なんと転車台は盛岡方向にあったのですか・・・。
ちなみに俺は、10年くらい前の春先に橋場駅跡に行って綺麗なプラットホームが見られました。
10,0162012-06-21 15:48:10/rail/hasiba/main2.html8
この種の手動式転車台、輸送量の少ないローカル線には各地にありました。現在でも使用されている現役の転車台が明治村に存在します。ここでは駅に到着した機関車の方向転換は職員が人力で行っています。
10,0042012-06-20 11:04:20/rail/hasiba/main2.html9
 駅構内の線路の配線が一部不自然に思えます。
本線から貨物側線を引き込む場合、他線路を横切ることがないよう配置するのが普通で、橋場駅のこの配置から考えると貨物側線は1番線から直接分岐し、この図にあるように2番線から分岐して1番線を横切る配置は考えにくいのですが、駅の配線は実際この図どおりになっていたのでしょうか?この図のままの配線とするとポイントが二つ余計に必要になり、入れ替え時のポイント操作も複雑になって事故の原因になりやすいのでこのような配線はしないと思うのですが、、、
8,9912012-01-02 12:54:46/rail/hasiba/main2.html10
筆者様の廃駅に対するアプローチが僕と本当に良く似ていて、偶然辿り着いたのに読み耽ってしまいました。
これからもどうぞ探索を続けてワクワクするレポートをお願いします。
8,8432011-12-13 21:41:38/rail/hasiba/main2.html9
哀愁漂うオブ物件に心が動いた・・・
あっ 私は鉄だったのだ
8,6562011-11-14 16:24:30/rail/hasiba/main2.html7
葛野川ダムのときのように潜ってみては!?
ゴーグル装備で水中も是非(汚い?)
8,6542011-11-14 07:39:09/rail/hasiba/main2.html9
橋場駅あとは知人数人が探しにいってみんな見つからないで帰ってきたのですが、本物の廃線跡を巡ってる方には超簡単なお題みたいですね。
次は同じく永遠に廃止できない休止線である国鉄有馬線(そんなもんありません!とも言うらしいですが)を巡ってください
8,6442011-11-10 22:14:46/rail/hasiba/main2.html5
橋場駅の転車台ですが、最初から実在しなかったのではないでしょうか?元々橋場駅は東北横断線の計画途中の駅だったはずなので、なるべく簡易に作られていたように思います。おそらくこの線は、転車台の必要な大型機関車(テンダ式・・・機関車と炭水車が分かれているもので基本は正位運転)が運用されていたとは思われません。おそらくタンク式と呼ばれる石炭と水が機関車にすべて付いているタイプが運用されていたのではないでしょうか?(C11あたり。大井川鉄道で走っているタイプです)このタイプだと逆向きの運転が普通と同じようにできますので、転車台も必要ありません。当時の橋場線の輸送力を考えてもテンダ式では非効率だったように思います。
では、あの丸い池は何か?というと推測ですが蒸気機関車用の補給用の水池だったのではないでしょうか?その池の手前にくみ上げようの貯水タンクがあったようなレイアウトに思えます。
8,6412011-11-10 13:58:00/rail/hasiba/main2.html10
”新配備?”の中型猫の横っ腹の模様がニャンコ顔に見えるのは私だけ?
8,6402011-11-10 12:51:38/rail/hasiba/main2.html9
犬の写真も撮ってきてください
8,6392011-11-10 00:03:59/rail/hasiba/main2.html10
峠を越えられなかった線路には当時の人々の大きな想いが感じられますねぇ。宮城から笹谷峠を越えて山形に行こうとしていた秋保電鉄を思い出しました。笹谷なんて車でも厳しいのに越えようと思う時点で凄いと思ったものです。
8,6382011-11-09 22:39:00/rail/hasiba/main2.html9
駅構内のアニメーションすごくいいです。機関車の矢印も気が利いてます。あとは転車台が回転する様子を作り込めれば完璧! と思っているのは僕だけでしょうか。 ってそこかw

アニメを見てふと思いましたが、転車台は接続される軌道が2本(以上)あるか1本かで駅構内のポイントの配置とかも変わってきますね。
今回発見された転車台はコンクリートの補強部分の幅からしても一本のタイプということですかね。
8,6372011-11-09 20:03:27/rail/hasiba/main2.html10
とても面白かったです(^_^)
8,6352011-11-09 01:02:41/rail/hasiba/main2.html10
かなり昔に読ませていただいて好きなレポだったので今回の再検証はかなり興奮しました。
8,6342011-11-09 00:01:54/rail/hasiba/main2.html10
岐阜県犬山市に明治村という施設がありますが、そこでは人力の転車台で蒸気機関車をくるくる回しています。残念ながら現在は休止中です。
8,6332011-11-08 23:16:58/rail/hasiba/main2.html9
転車台とは、また熱いネタを持ってきましたね!
8,6322011-11-08 23:11:21/rail/hasiba/main2.html10
おもしろかった、転車台の探索。小生も国土地理院の昔の航空写真を時々見るけど、よくこんなところまで撮ってたなと思うくらい辺鄙な場所の写真も結構あるもんだ。この点については米軍よくやったと思う、とても貴重な史実写真だと思う。...まてよ、当時は鉄道があるところなんて辺鄙な場所じゃなかったのかも。
8,6312011-11-08 21:46:09/rail/hasiba/main2.html10
>橋場発の出征列車で村の大勢に見送られた兵士が、遂に故郷へと戻ってきた日。
>車掌は雫石が終点だと言った。
>橋場駅は、故郷にありながら、同じ戦争を共に戦っていたのだ。

誰
上手
8,6302011-11-08 19:33:27/rail/hasiba/main2.html10
現在は車扱貨物がないので実例を目にする機会がありませんが、この貨物ホームの配置は至って通常通りです。
 通常混合列車というのは機関車の直後に貨車が、その後ろに客車が連結されます。これは、途中駅で客車をホームに止めたまま、貨車の入換をするので当然です。
 終着の橋場駅についた混合列車は、ホームに客車を残し機関車が貨車を牽いて入換をすると、この貨物ホーム位置が極めて便利な場所にあることがわかっていただけるかと思います。
素晴らしいレポートありがとうございます!!
8,6282011-11-08 18:36:13/rail/hasiba/main2.html10
>使いにくそうな貨物ホーム(中略)スイッチバックしなければならない。
ですが、赤渕駅に向かって下り勾配気味だったら、もしかすると転動事故対策(留置中の貨車のブレーキがうっかり緩んで〜本線に飛び出して〜盛岡に向けゴロゴロまっしぐら〜、的な・・・)の可能性もありそうですけどね。
8,6262011-11-08 14:25:58/rail/hasiba/main2.html10
転車台跡の水を抜いてみたい…
8,6252011-11-08 12:41:29/rail/hasiba/main2.html10
前回のも素敵でしたが今回も面白い
締め方がまたいいですね
8,6232011-11-08 05:04:42/rail/hasiba/main2.html10
日本交通公社「時刻表復元版<戦前・戦中編>」を調べてみました。

大正14年4月号から昭和17年11月号まで、橋場線は盛岡〜橋場間1日5〜6往復。
大正14年4月号からずっと「二、三等車」でしたが、昭和9年12月号からは「三等車のみ」となっています。
戦前最後の全国版時刻表となる昭和19年5号では、雫石〜橋場間が休止となり、盛岡〜雫石間のみとなりましたが、列車本数は6往復のままです。
基本的に、盛岡を起点に一列車が往復する形で、線内での交換は無いダイヤです。
昭和5年10月号掲載のダイヤのみ、午後の一部列車が続行となり、橋場駅に2列車が滞留する時間ができましたが、その後また一列車が往復する形に戻っています。
8,6202011-11-07 23:34:10/rail/hasiba/main2.html9
美作河井転車台
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E4%BD%9C%E6%B2%B3%E4%BA%95%E9%A7%85
ここの転車台が、直径12m程度で外周の大きさも同じ程度
しかも手動ですね。
 但し、ここのはコンクリート枠の円形ですが、、、

40フィート転車台となれば、多分 輸入品?どこかの不用品を移設した可能性があると思います。(小さい40フィート品は明治期に導入と思いますので)
50フィートなら、昭和初期設置 国産かもしれませんね
8,6192011-11-07 23:27:48/rail/hasiba/main2.html7
ローカル線のターンテーブルはちっこいです。
只見駅には人力のターンテーブルが健在ですし、SL会津只見号が走るときは、抽選で回す作業に参加できたかと。
山寺駅にも小さいほどよく朽ち果てたターンテーブルがありますが・・・山寺行ったとき見ませんでしたか?

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