| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
|---|---|---|---|
| コメント | |||
| 37,468 | 2021-01-26 19:00:43 | /road/abura/main5.html | 9 |
| 蝦夷親不知を拝読しました。驚異的な探究心と行動力に感動覚えました。 | |||
| 37,225 | 2020-12-31 20:51:17 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 主人がせたな町の出身で、30年ぐらい前には国道229号に写真のような覆道があったとのことです。今でも高波で海沿いの道は通行止めになる事があるそうです。相変わらず厳しい環境にあるようですね。 | |||
| 37,104 | 2020-12-08 09:37:33 | /road/abura/main5.html | 10 |
| とても楽しく読ませて頂きました!とあるyou tubeで見たのですが木橋の後のきりとおしに虻羅1号2号トンネルがあったそうです! | |||
| 37,028 | 2020-12-01 17:43:22 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 非常に興味深く読ませて頂きました。私は虻羅地区からトンネルを通って北方向の島歌で生まれました。虻羅トンネルが開通したのは小学校1年生だったと記憶しています。トンネルが開通するまではバスでクズレを通るのが怖くて怖くて!赤い覆道と小さな滝と橋もなんとなく覚えています。それにしても凄い調査能力ですね。私の知らないことばかりです。感服致しました。 | |||
| 36,828 | 2020-11-11 17:49:27 | /road/abura/main5.html | 10 |
| >それらに赴き、最後の一人になるかもしれない“記録者”となること。ヨッキさんの探索・レポートした処なら、きっと(私のような)後継者が絶えずに赴くようになりますね。最後の一人になることだけ杞憂かもしれませんね。(とにかくこう信じたい) | |||
| 36,708 | 2020-10-27 19:28:17 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 以前より廃道の探索を拝見させていただいておりました。岩内からせたなまでのくだりは大変おもしろく拝見させていただきました。当方、父の実家(生家)が、現在のせたな区字島歌三区であり、母の実家も、岩内という関係で、子供のころ、父の運転でまさに、クズレを結構頻繁に(年3回から5回)通り、子供心にもすごいところだ!という思いでがあります。また雷電海岸も自分の運転で比較的最近まで覆道の連続と、刀掛トンネルを通過しておりました。 | |||
| 36,690 | 2020-10-24 01:35:16 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 現地で聞き取り調査しないなんて。。。 | |||
| 36,246 | 2020-09-23 17:09:58 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 2020/9/2にここを通りましたが、島牧側入口にあった「熊注意」の看板は海側に斃れていました。熊にやられたか潮風に限界を迎えたか | |||
| 36,191 | 2020-09-18 21:30:01 | /road/abura/main5.html | 10 |
| ドラム缶の中の空き缶をラベルデザインで年代判定するとファンタオレンジ 1988 - 1994年頃HI-Cアップル 1990 - 1993年頃フルーピーオレンジ 1991年頃カルピスウォーター 1991 - 1993年頃アクエリアス 1992年サッポロ黒ラベル 1992 - 1993年頃ちょうど堀淳一氏が探索した頃に捨てられたんですね | |||
| 36,189 | 2020-09-18 16:08:58 | /road/abura/main5.html | 3 |
| カッコつけ過ぎ | |||
| 36,019 | 2020-08-28 19:53:07 | /road/abura/main5.html | 10 |
| トンネルで美谷1号から10号って資料に記載があるけど、今どのような姿になっているか興味ありますね。229号は廃道好きな人には宝の山かも。 | |||
| 36,015 | 2020-08-28 15:06:12 | /road/abura/main5.html | 10 |
| “景勝というよりは天険である”の一文にシビレましたここに挑んだ先人達に畏敬の念を抱きます | |||
| 35,999 | 2020-08-27 20:18:01 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 堀淳一さん亡くなっていたんですね。北海道に住んでいた時に図書館で氏の著書を読み漁りました。 | |||
| 35,989 | 2020-08-27 08:35:32 | /road/abura/main5.html | 10 |
| すごいよかった | |||
| 35,987 | 2020-08-27 07:06:49 | /road/abura/main5.html | 7 |
| 北海道南西沖地震も影響しているかもしれませんね。 | |||
| 35,986 | 2020-08-27 02:29:06 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 景勝というよりは天険である。この一文を見て、つい大関貴景勝を思い出した | |||
| 35,985 | 2020-08-26 23:20:05 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 最終回のネコのくだり、めちゃくちゃ笑いました。内容もさることながら、こういう小ネタも好きです。 | |||
| 35,983 | 2020-08-26 20:26:37 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 12年ほど前の記事ですが、こちらでも「蝦夷親不知」のレポートがあります。ろ紙先生の記事との比較ももちろんあります。 http://web.archive.org/web/20111012055433/http://www.hokkaido-douro.net/other/010-abura/intro.html | |||
| 35,982 | 2020-08-26 20:08:05 | /road/abura/main5.html | 7 |
| 30年も前に先人が…。 | |||
| 35,980 | 2020-08-26 19:24:04 | /road/abura/main5.html | 10 |
| サイコー😃⤴⤴ | |||
| 35,977 | 2020-08-26 17:27:16 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 先人である堀先生に対する畏敬の念が見えて、ヨッキ連の真面目さに好感なり! | |||
| 35,975 | 2020-08-26 11:38:19 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 広大な地形での探索は圧巻ですね。 | |||
| 35,969 | 2020-08-26 04:35:30 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 素晴らしいの一言 | |||
| 35,968 | 2020-08-26 03:23:15 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 素晴らしい廃道レポートありがとうございます。行ってみたいけど、自分の足では厳しいので、こうやってレポートしてくださることで行った気になってます。昔の人もヨッキさんと同じように命がけで旅をしていたのでしょうね。 | |||
| 35,963 | 2020-08-25 21:17:11 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 糸魚川の親不知のように、むかし波打ち際の浜を歩いていた事による親不知かと思った | |||
| 35,958 | 2020-08-25 18:00:49 | /road/abura/main5.html | 10 |
| とんでもない場所を自動車が通行していたのですね。間違いなく死傷事故が起きていそうな気がしますが。 | |||
| 35,957 | 2020-08-25 17:44:28 | /road/abura/main5.html | 10 |
| こんな悪路僻地にも人の生活と歴史が綴られていることに驚嘆させられる山いがの真骨頂みたいなレポ | |||
| 35,952 | 2020-08-25 07:35:43 | /road/abura/main5.html | 10 |
| 正直なところ「崩」の付く地名は意外と多いと聞いていたので、地名そのものにはあまり関心を曳かれていませんでした。このレポを読み始めたのは、以前にまとめていただいていた須築への道のりの続きであり、かつての瀬棚線への追悼然とした気持ちが有った故のことでした。ですが、やはり信用はするものです。本当に、凄い崖を見せていただきました。そして凄い崖に挑んだ先人たちの苦闘の跡と、離れていても離れずにその後を辿ろうとするヨッキれんさんの覚悟も見せていただきました。 | |||
| 35,951 | 2020-08-24 23:53:25 | /road/abura/main5.html | 10 |
| さすが沿岸バスの祖先(?)、石が降っても走ります。 | |||
| 35,950 | 2020-08-24 23:14:26 | /road/abura/main5.html | 10 |
| こういった天険を仰ぎ見ながら通っていた危険から解放されてまだ半世紀、快適な交通は現代人にのみ供されている特権なのだとしみじみ感じます。しかしこうしたインフラは維持費も莫大で、果たして持続可能なのでしょうか?人口が減り、経済が縮小してインフラが元へ戻ることがないことを希望します。 | |||
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