http://yamaiga.com/road/fpr209/ の公開中コメント一覧

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コメント
31,6482019-05-04 00:12:52/road/fpr209/main3.html10
今まで謎に思っていた脇道の秘密が明かされ、最後までじっくりじっくり読み入ってしまいました!!
28,8762018-05-13 12:40:37/road/fpr209/main3.html9
最初の狭さにビックリですが、実はものすごい歴史がありそうなところがいいなと思いました。
現在、通り抜けできなかったり通り抜けしにくい道ほど実は歴史があるんじゃないかと思えてきてしまいました。
28,6222018-04-17 23:55:27/road/fpr209/main3.html10
この道路に多少近い福井県の者ですが、
今日の国道8号の偉大なるご先祖様「北陸道」だったという視点はありませんでした。
これは、確かになるほど!です。
26,4212017-08-25 02:29:25/road/fpr209/main3.html9
(´Д`)ノ お地蔵さまがとても素敵です。そしてとんでもなく古い歴史の道が、当たり前の様に存在している事に感動です。
26,3812017-08-22 19:48:56/road/fpr209/main3.html9
「ウロロギ峠」から、オロロかなぁ〜と思っていたら知っておられて驚きました。
オロロ説は無いとは思うんですが、その言葉を知っておられるほうが謎ですw
25,6102017-05-07 14:55:47/road/fpr209/main3.html10
太古の街道を現在の国道のバイパスに転生させるなんて胸熱な展開ですね。
24,8742017-02-09 20:28:22/road/fpr209/main3.html9
滋賀県でトラックを乗っています。
東北・北陸の方に行くときはよく通る道なんですが、本当に通過するだけなんで気にも留めてなかったような道ですね(笑)
長距離便で全国廻ってますので思い出した時には、探してみようかなーと思います
23,6622016-09-09 04:35:16/road/fpr209/main3.html10
お隣石川県に住んでいて、8号線の今回のレポに出てきた区間も何度も通っていますがこの県道の存在には気づきませんでした。
というわけでつい先日訪問してきました。ええあの激狭の県道起点に圧倒されましたとも。
といっても柳ケ瀬隧道、小刀根隧道(ご存知だとは思いますがこの隧道もよっきれんさんの好きそうな隧道です。明治14年生まれの当時日本最長の隧道が県道として現役バリバリという。信号で交互通行してるとことか好きそう。そしてその隣にある小刀根隧道は現役当時の姿で保存してあるとかもういたれりつくせりすぎて・・・)の見物に行ったついで寄っただけなので、時間もあまりなく、夕暮れ時ということもあり奥までは行くのは断念しましたが、次行くときは峠まで行って古道の雰囲気を味わってきたいですね。
あと完全に余談ですが『オロロ』が方言というのを恥ずかしながらこのレポで知りました。あの虫の和名はオロロだと思ってました。
それについて色々調べてたらこんなキャラクターが・・・
http://www.yurugp.jp/vote/detail.php?id=00001446
https://www.toyama-ebooks.jp/pages/view/30
利賀村にもゆるキャラがいたんですね・・・
23,5742016-08-29 02:32:49/road/fpr209/main3.html9
五幡交差点付近の狭い区間は県の道路パト車なんか絶対入れませんよね。

数年前、県の臨時職員だった時に黄色いいすゞビッグホーンのハンドルをにぎり、
車幅一杯の狭い県道を走ったりしましたが
今回のレポ程の狭い道路は
無かったので徒歩による点検はありませんでした。
23,5222016-08-24 11:35:47/road/fpr209/main3.html10
県道ウツロギ線、
古道の部類・・ですか(;´Д`A
22,6312016-05-05 15:21:04/road/fpr209/main3.html10
峠に入ってから、
「この道相当ヤバい株だな」
なんて思っていたら、
本当にヤバかったですね。
この道の風情は、法隆寺や
厳島神社にも通じるようなものが
感じられました。
素晴らしい道を発掘していただき、
ありがとうございました。
22,3572016-03-31 23:21:45/road/fpr209/main3.html10
「今も連綿とその徳が慕われていた」
すばらしいです。こういう道、大好きです。
(やまいがを読み始めてから初めての「自分でも通れそう」な道路レポでした)
22,0502016-03-05 00:43:25/road/fpr209/main3.html10
学術的価値も相当高いですね。
ありがとうございました。
21,8982016-02-16 19:51:08/road/fpr209/main3.html10
あの未成道、できるとかなり便利になるかもしれませんな。
21,8272016-02-13 17:08:33/road/fpr209/main3.html10
こう言う穏当で、暖かみのあるレポート
いいですね
21,7992016-02-07 18:55:10/road/fpr209/main3.html10
古いお地蔵さまや道しるべのある古道っていいですね
21,7632016-02-04 19:57:33/road/fpr209/main3.html10
いつもレポートありがとうございます。これを国道8号のバイパスとする、という計画が本当にあるのですか?衝撃です。
21,7472016-02-03 21:05:11/road/fpr209/main3.html9
道路からの絶景はとても気持ちいいですよね〜!
14歳より
21,6802016-01-31 20:53:51/road/fpr209/main3.html7
林道や登山道を自転車で探索するのが好きですから、今回のこれには興奮しましたが…

前から思ってたのですが、冒頭の地図。その道の範囲や探索区間は描かれた線で判るのですが、肝心の道が…どこのどれなのかが“地図そのまま”なので、さっぱり判りません。
特に今回のような“薄い道”だと全く。

範囲とか示すのはそのままでいいと思いますが、肝心の探索道路は薄い色とかでトレースした地図を掲載していただきたいものです。
まず!どこを探ろうとしてるのかが、パッと見でサッパリ解らないですし。

21,6532016-01-30 18:25:41/road/fpr209/main3.html10
小ネタと思いきや、とんでもない歴史道?!
1000年を越えて人々に踏み締められた道は本当にしぶとい(笑)んだね
「ポッと出の林道」←この表現いいw
21,6492016-01-30 13:35:42/road/fpr209/main3.html10
廃道だけでなく、このような険道のレポートも好きです。
機会があれば、またお願いします。
21,6452016-01-30 09:18:15/road/fpr209/main3.html10
歴史のある道だったんですね。面白かった!
21,6422016-01-30 02:19:35/road/fpr209/main3.html9
>別名として挙げているウロロギ峠となると、皆目見当が付かない。

洞の木(うろのき、洞がある木)から訛って”うろろぎ”になったのではと考えます。
21,6412016-01-30 00:45:44/road/fpr209/main3.html10
歴史を紐解くと、単なる峠道も奥深いですね
21,6402016-01-29 21:31:44/road/fpr209/main3.html10
昨年の夏に国道476号を自転車で走りました。
こんな道があったのですね。

476号の木ノ芽トンネルの怖さは忘れられません。交通量がほぼ無い中、換気ジェットファンが……
21,6392016-01-29 21:02:30/road/fpr209/main3.html10
「角川日本地名大辞典」の「JR北陸本線の開通後は五幡から新保駅へ向かう道として利用され」のくだりは、おかしいですよね(「国鉄北陸本線」であるべき)。国鉄からJRへの移行時に、文中の「国鉄」を「JR」に機械的に置き換えてしまった結果でしょうか。
21,6362016-01-29 16:05:56/road/fpr209/main3.html10
このあと今庄へ、どの道を選んだか、すごく気になります。
1 急ぐから国道のトンネルを通る←いちばんあり得なさそう
2 やはり林道で峠越え←自転車には定番ですが、ちょいきつい
3 北陸線跡地の県道で山中峠越え←普通すぎるような・・・
4 木の芽峠越えて旧街道←徒歩道で、もともと車道じゃなかったし・・・
5 実は隠れた抜け道があったりするのかしら・・・
ぜひ、ミニレポにでもしてください。
21,6312016-01-29 11:11:12/road/fpr209/main3.html10
このような小道に柴田勝家が通ったかもしれない。織田信長が撤退に使ったかもしれない。そう思ったらわくわくしてきました。
てんぱっぱ
21,6292016-01-29 02:51:36/road/fpr209/main3.html10
県道杉津停車場線には立ち寄っていないのでしょうか(時間なくスルー?もしくは行ってみたがボツ?)。
国道8号と北陸自動車道杉津PAとのアクセスにも使われてる風景的には
面白みに欠けるつづら折れの急坂舗装路ではありますが、
国道8号側入り口付近のヘキサはまだ残存していると思います。
21,6272016-01-28 22:01:43/road/fpr209/main3.html9
明治42年測図[大正2〜3年発行]の5万分一地形図(と思われる)に「里道」と補入されていますが、明治42年図式の一本破線ですから「小径」または「徒小径」と記すべきでしょう。また、大正6年図式から達路・聯路などの概念的区分ではなくて、幅員の区別(半間以下・一間以上など)が明確になるので、本文中の「里道(連路)」の記述も、精確には「里道」とすべきでしょう。そして幅員については、県道指定による拡幅ではなくて、山間部でも近世から1間の幅員があったのではないか、という感じがします。
幅員の大小はさておき、この峠道は今日まで自動車道だったことはなく、(或いは古代から)徒歩道または荷車道としての機能を貫いてきたのではないでしょうか。(ポッと出の林道が無視しがちな)地形の緩やかさや安定さもあると思いますが、ヨッキさんが「道の地力が高い」と感じられた要因は、非自動車道の機能を全うしてつづけてきた道の歴史にもあると思います。実際、「自転車にとってはちゃんと使い出のある道といえるだろう。通行がただの道楽に終わらず、国道を迂回して進むよりも短時間で今庄へ向かう事が出来るのだ」と称えごとを述べられることで、この道が徒歩道の機能をいまだ全うしつづけていることを、しっかり裏付けています。
県道=自動車道というまなざしに泥んでいるかぎりは、みすぼらしく廃れて見える道も、道の本質である徒歩道の本領を数百年にわたって常に発揮しつづける堅固な道なのであり、もはや存在しない鉄道駅への連絡路という県道指定の冠は、この道にとってはほんのお飾りの一つなのかもしれません。願わくば、この峠道はそのままに、計画中のバイパスは新道を延長して、なんとしても隧道で超えてほしいものです。そして、道の神に憑かれた嗅覚の鋭い往来者の称讃を、沿道のさまざまな祠や石像がこれからも変わらず聞き続けることを祈るばかりです。

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