http://yamaiga.com/road/mituno/ の公開中コメント一覧

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コメント
60,5002026-07-16 18:51:44/road/mituno/main5.html10
オチイ沢の歴史を見ていて
ここに辿り着きました
知らない歴史があるんですね
時代の流れに埋没しそうな事実を静岡新聞に載せたいです
そう言えば千頭ダムの手前の法面に小さな慰霊碑があり朝鮮人の方、3名の名前が彫ってありました
57,4162025-08-22 19:52:18/road/mituno/main5.html10
索道の配置図、興味深いですね。盤台跡の位置は確定ですが、山頂駅は石仏の右上の小高い当たりではないでしょうか。ここを索道終点とすると、石垣すれすれを索道が通ることになり、竹竿などで搬器を引き寄せれば、これに乗せた石材を下すことができそうです。導水トンネルのオイチ沢側の開口部は石仏の近くのはずで、この近くを索道終点とするのは合理的です。逆に、このような形に索道があったから、あの位置に石碑が建てられたではないでしょうか。
52,9822023-12-01 22:40:11/road/mituno/main5.html10
いつもお疲れ様です。突貫工事のかつての工事現場は、とんでもない労働環境だったんでしょうね。殉職者45人というのも、ヒラの労働者は入っていないのかもしれませんね。現在の国家公務員でも、キャリアの役職者以外は名前もないヤツ同様に扱われるように…
48,6992021-11-22 15:54:14/road/mituno/main5.html10
国道が大井川右岸、静岡県道が大井川左岸ということは国道が遠江の東端を、静岡県道が駿河の西端を走るということなんですね。面白い棲み分けですね!!
44,0332020-04-28 16:33:57/road/mituno/main5.html10
大変参考になりました。
41,9652019-08-18 08:43:19/road/mituno/main5.html10
川根が勤務地だった頃に、三盃の道が気になっていましたので、とてもよい記事でした。私は三盃あたりを自転車で回りたいです。
41,7312019-07-25 02:06:15/road/mituno/main5.html10
「道が整備される事は、人生の自由に使える時間を増やすこと…それは寿命を延ばすのにも等しい行為である。」また一つ名言が!昔はそのためにたくさんの犠牲を伴ったのであり、それでも暮らしのためにとの気迫が見える古い廃道は特に好きです。お地蔵様がいるような。もちろん今でも、電力マンさんはじめインフラ整備は危険な重労働だと頭が下がりますが。ところで、今度お賽銭する機会のために令和元年の100円玉持って行きません?次に見つけたオブローダーがびっくりしますよ(笑)
41,6692019-07-17 13:48:41/road/mituno/main5.html10
ストックとかピッケルのようなものを持ち込みましょうよ〜
41,0682019-05-01 21:08:23/road/mituno/main5.html10
いつにも増して、文章も良かったです。
40,7492019-03-15 19:54:00/road/mituno/main5.html10
ただただ合掌
40,4362019-02-09 03:50:16/road/mituno/main5.html10
千頭の辺りはたまに行きますが、こんな場所があるとはまったく知りませんでした。何気なく通っている道路にも、当然のように使っている電気にもこんな歴史と人々の苦労が積み重なった重みがあることが実感できました。無事の生還なによりです。この辺りは現役の道路でも落石等で通行止めになったりもするので、忘れられた古道は尚更なのではないかと読んでいて思いました。他の地方の方にはわかりにくいかもしれませんが、この辺りでこれだけの雪が降るなんてまずないのではないかと…。ちなみに先週、旧春野町から千頭までの酷道362号を通ってきましたが、暖冬なせいか山を見渡しても雪らしきものは一切見かけませんでした。道中のお地蔵様も、慰霊碑も、今なにを思いそこにたたずんでいるのかと感じました。探索時は是非、お供え用?の草履持参で…。
38,6832018-07-07 11:48:20/road/mituno/main5.html10
とても興味深かったです。本編の手に汗握る展開、そして机上調査編で明らかになる思いがけない石碑の由来。北海道以外でもこのような労働使役があったことを思いかけず知りました。時間を忘れて読ませていただきました。労作をありがとうございます。
34,7282020-04-28 16:33:57/road/mituno/main5.html10
大変参考になりました。
32,6602019-08-18 08:43:19/road/mituno/main5.html10
川根が勤務地だった頃に、三盃の道が気になっていましたので、とてもよい記事でした。私は三盃あたりを自転車で回りたいです。
32,4262019-07-25 02:06:15/road/mituno/main5.html10
「道が整備される事は、人生の自由に使える時間を増やすこと…それは寿命を延ばすのにも等しい行為である。」また一つ名言が!昔はそのためにたくさんの犠牲を伴ったのであり、それでも暮らしのためにとの気迫が見える古い廃道は特に好きです。お地蔵様がいるような。もちろん今でも、電力マンさんはじめインフラ整備は危険な重労働だと頭が下がりますが。ところで、今度お賽銭する機会のために令和元年の100円玉持って行きません?次に見つけたオブローダーがびっくりしますよ(笑)
32,3642019-07-17 13:48:41/road/mituno/main5.html10
ストックとかピッケルのようなものを持ち込みましょうよ〜
31,7632019-05-01 21:08:23/road/mituno/main5.html10
いつにも増して、文章も良かったです。
31,4442019-03-15 19:54:00/road/mituno/main5.html10
ただただ合掌
27,7432018-01-23 21:52:15/road/mituno/main5.html10
石碑を目にできて良かったです。
27,7132018-01-20 20:00:45/road/mituno/main5.html10
榛北の希少で貴重なレポをありがとうございます。
27,0882017-11-03 21:01:55/road/mituno/main5.html9
いつも読むヨッキさんの苦闘を綴る廃道とその風景は、写真の上からはいつも通りに見えるのですが、その「寂しい」という一文で、とたんに違ったものに見えてくるのですね。
それはにわかに降り始めた雪のせいだけじゃないような気もします。
忘れないで欲しい、思い出して欲しいという思いが行間から伝わってくる秀逸なレポートでした。
26,9612017-10-20 03:50:22/road/mituno/main5.html10
川根本町のあかみちと申します
昭和の終わり頃オチイ沢にアマゴ釣りに入りました。水道は稼働、橋は健在上流に登る道がありました。
あかみちのブログ
25,6922017-05-21 22:05:33/road/mituno/main5.html10
この導水路トンネル、寸又川ダムの取水口も、横沢川の貯水池も、いずれも海抜380mにあります。ということは、オチイ沢をクロスする地点でも導水路トンネルの海抜は380mである公算が高い。

オチイ沢で海抜380mの地点は、ちょうど橋のあった場所。これより低いところに水道橋はありませんでしたので、これより高い地点の地下で導水路がオチイ沢とクロスしていた可能性が高い。

慰霊碑や作業場跡の存在から、この付近にも導水路トンネルへの入り口があったはずですが、その入り口は導水路が地表からさほど離れていない箇所に設けられていたはずで、橋よりわずかに上流に、その入り口があった可能性が高いのではないかと思います。

地理院地図の導水路は、情報がない部分は直線で結んで描かれた、ということではないでしょうか。最終回の地図に示された導水路は、オチイ沢とクロスする場所で折れ曲がっていますが、これが正しいのではないかと思います。

もう一度行かれることはまずないとは思いますが、万一その機会がありましたら、橋から少しだけ上流側を探査されたら良いのではないでしょうか。
25,6682017-05-17 14:31:41/road/mituno/main5.html10
朝鮮人が強制徴用工ではなく、募集に応じて日本へ出稼ぎにきていた事実がこんな僻地の町史でも見て取れるなんて。また、現代に連なる当時の建設会社が人死にも記載された朝鮮人の手記をそのまま残すという公正さがにじむ記録主義を履行していたことにも驚きです。
良い話でした。
追記。よっきれんさん、自身の命をお大事に。
24,7072017-01-23 01:30:42/road/mituno/main5.html10
いつも貴重な濃い内容をありがとうございます。
24,6822017-01-18 22:09:41/road/mituno/main5.html8
日常なにげなく使っている電力の確保は、開拓した先人たちと現代の電力マンたちの通う道と一緒なんですね。
24,6632017-01-16 00:32:24/road/mituno/main5.html10
地元が静岡中部で、川根地方にも温泉に入りによく行っておりました。
我々が生活するために必要な電気を発電するダムが建てられた背景にこのような悲しい出来事があったことを忘れてはならないと思います。
24,3852016-12-13 03:11:59/road/mituno/main5.html10
(´Д`)ノ 歴史の谷間に呑み込まれてしまったモノクロ写真みたいな道ですね。
23,1742016-07-18 13:39:11/road/mituno/main5.html8
自分と異なる意見を『ネトウヨ』なんて差別してる人が、朝鮮人差別について語っても価値なしですよ。

この道路については地元の人へのインタビューはしてないんですかね? いつ頃まで利用してたとか聞けそうですが。
23,0152016-06-19 06:30:49/road/mituno/main5.html10
忘れ去られた、オチイ沢の慰霊碑。
もう直接的な遺族も無いでしょうし、
会社的にも危険をおかしてまで、
慰霊には行かないだろうから、
今回、見つかって以降は
再び沢の奥地に眠るんでしょうね。

いつ来るともしれない
命知らずな冒険者を待ちながら。

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