http://yamaiga.com/road/momonoki/ の公開中コメント一覧

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コメント
47,3372021-03-26 22:05:42/road/momonoki/main.html10
壮大なレポートになる予感。
47,3362021-03-26 20:39:55/road/momonoki/main.html9
「三島街道を復元する会」は、会員のみなさんのご高齢により閉会されてしまい、とても残念です。コメントへのコメントになりますが、>広域的な目を持って交通体系・輸送体系のグランドデザインを描ける人が、政府に・・・鉄道省〜国鉄では、だめでしょうか。ヨッキ氏も廃道ライフ(グランド)デザインを考えてみなければならない年頃ですね。復元する会の方々も、閉会する時に、70代半ばのようでしたから、そこからすると、現場に臨む残り時間の30年で何をして、何を残すのか、そして、それはその後もずっと残るのか。技(techne)は長く、道(odos)は短し。
47,3352021-03-26 20:25:31/road/momonoki/main.html10
う〜、本編が楽しみ!
47,3342021-03-26 18:08:31/road/momonoki/main.html10
しかしこの道どっかで聞いたことあるなあ、と思っていたら、塩那道路の工場道路のレポでほんのちょっと触れられてた道だったんですね。思い出してあっちも読み返しましたが、やっぱりあれも熱っちいレポですね。時代が違うとは言え、熱っちい道がクロスしてるなんて、ホント、道の世界って面白いですわ。
47,3332021-03-26 16:56:59/road/momonoki/main.html9
いつも楽しく読ませていただいています。明治道というべきか、塩那道路というべきか…。
47,3322021-03-26 16:52:10/road/momonoki/main.html10
いつもながら盛り上がる仕掛け満載の導入部ですね。固唾を呑んで探索編を待たせて頂きます。
47,3312021-03-26 16:29:02/road/momonoki/main.html10
まだ知られていない廃道があるのかもしれない。「私と三島の対決が、そんな雑なものであって良いはずがない。」のくだりがいいですねw
47,3292021-03-26 09:16:42/road/momonoki/main.html10
13年近く前の探索リポートなのに滾る。期待も込めて満点。(お)
47,3262021-03-25 22:37:42/road/momonoki/main.html10
やはり三島の道には魅力がたっぷりですね期待を込めて
47,3232021-03-25 14:33:35/road/momonoki/main.html10
(リライトとは言え)大物が来ましたね。それも超大物の予感!?こちらも腰を据えてじっくり慌てず読ませていただきます。楽しみです!
47,3222021-03-25 14:25:24/road/momonoki/main.html6
そういえばいつの間にかトップページから 日本の廃道 のへリンク消えてたなあと思って見てみたら 仕事実績 執筆物一覧 からも跡形もなく消去されててちょっと引いた……怖いっスね インターネッツは
47,3202021-03-25 07:17:05/road/momonoki/main.html9
>この計画変更により、旧計画と較べて距離が2里(8km)も伸びたという。>小縮尺の地図(右図)で見る限り、この計画変更で距離の短縮はあっても、逆に8kmも伸びるわけがないと思えるだろうが、記録では確かにそういうことになっている。当初の計画では、尾頭峠を越える区間だけ新道を建設して、そこから先は既存の会津西街道を利用するつもりだったのでは?会津西街道の当時の整備状況が全く分からない外野の意見ですが
47,3192021-03-25 01:38:16/road/momonoki/main.html10
尾頭峠の改良で現在に至るってことは桃ノ木峠区間はまるっきり無駄だったみたいですね。昔の大らかな時代なので仕方ないですが。
47,3182021-03-25 01:18:53/road/momonoki/main.html10
みっちー
47,3172021-03-24 22:25:52/road/momonoki/main.html10
最近塩那の天空街道をおさらいしていた俺感激
47,3152021-03-24 21:39:30/road/momonoki/main.html8
一度も県会に出ないって理解されようとしてないだろ三島。それはともかく目的はすごいな。
47,3142021-03-24 20:09:58/road/momonoki/main.html10
イヨッ!待ってました!塩那道路工事用道路で序盤にチラッと触れていた桃の木峠が気になって気になって、夜も寝られず昼寝してました。出だしからもう夢中で読んでます(笑)。三島氏とは因縁浅からぬ会津人としては非常に楽しみです!
47,3122021-03-24 17:57:51/road/momonoki/main.html10
〉三島の常套手段である地域住民からの【献夫】も携わったが、 ← 久しぶりに聞いた言葉w長野県トヤ
47,3112021-03-24 16:16:27/road/momonoki/main.html7
イントロの事前解説でこれだけ力が入ってるのにヨッキさんの意気込みを感じますが探索時期がずいぶん前なのは、レポとしてまとめるのが大変すぎる道だったということなんでしょうか?あるいは読者の興味を引くに足りる目玉の少ない道だった?隧道や橋梁がなくとも、干支一回り前のヨッキさんの探索追体験を楽しみに読ませていただきます
47,3102021-03-24 15:33:25/road/momonoki/main.html10
残念ながら、こうした広域的な目を持って交通体系・輸送体系のグランドデザインを描ける人が、政府に誰もいないのである。昔も今も。
47,3092021-03-24 15:24:30/road/momonoki/main.html10
導入からすでに清水新道レポートを彷彿させて期待感が爆盛り上がりです
38,5432021-06-12 20:49:09/road/momonoki/main5.html10
このレポを読ませていただいて、何日も何日も経って、それでも全く分からないことが一つあります。地域の骨格的な道筋を通すのに際し、三島はなぜ、既存の街道筋を拡充することをしなかったのでしょうか?そうすれば県会から猛反対を受けることも無く、苦心して道筋をひらくことも、それがあっさり捨てられることも無く何より地元ではただ悪名だけが後世に受け継がれる結果にもならなかったでしょうに。現場作業的な「道作り」という一点では凄い仕事をした人でしたが、もしかすると道作りの根本理由である「地域開発」については、何故それが必要か? 何を目標とするべきなのか? そうした哲学やグランドプランなどの点を明確に絞りきれてなかった。それが意外なほど細かな路線選定の甘さにつながってしまった…。そういう事なのでしょうか?ヨッキれんさんの三島愛にもっと素直にお付き合いしたい(苦笑)と一応考えているのですが、私の場合は、乗り越えるべき別の峠がまだもうちょっとだけ有りそうです。…などと言いつつ、第二次探索にも凄く期待しているのですがw
38,3972021-05-23 20:24:44/road/momonoki/main5.html10
栃木県民です、続き待っています
38,2952021-05-06 09:18:54/road/momonoki/main5.html10
日本の近代化に従事した明治の人々のロマンと苦労が、道路建設とその痕跡を通して伝わってきます
38,2922021-05-06 07:21:25/road/momonoki/main5.html9
途中のイラスト(峠に挑むヨッキれん氏と対峙して佇む三島)が何とも言えない味があって面白い。今後他のレポートでも見てみたい。
38,2822021-05-05 17:58:07/road/momonoki/main5.html10
会津若松の63になる爺さんです。感動しながら読みました。三島への評価は様々あるにせよ、近代国家の根本に土木(特にこの時期は幹線路)があるという強い信念が近代日本を作ったという事実は厳然としてありますね。この塩原新道は東北の骨格道の最後の仕上げだったのですね。連載当初の地図を見て納得しました。彼の執念を感じます。特に高橋由一が描いた木橋は圧巻ですね。30年くらい前にバイクで抜けた塩那道路の下にこんな道があるとは思いませんでした。これは雄弁かつ歴史上重要な近代化遺産であると思います。
38,2752021-05-05 04:03:18/road/momonoki/main5.html10
執筆未定ですかいw
38,2612021-05-04 06:44:51/road/momonoki/main5.html10
こういう難所に通した高架道路やトンネルを日本人は未来永劫維持できるのだろうか。
38,2362021-05-02 17:33:25/road/momonoki/main5.html10
塩原の里物語の著者は郷土史家として三島街道のことを当然知っているわけで、「尾頭峠越えは塩原と日光を繋ぐ道。桃ノ木峠越えは塩原と会津を繋ぐ道。 よって、秋田致文は桃ノ木峠から塩原を攻めたに違いない」という思い込みがあったんじゃないかなぁ。根拠を示さなかったというのは、恐らくは単なる思い込みってことでしょうから。記述自体は著者の思い込みに過ぎないと思うんだけど、郷土史家の脳裏に三島の意図はしっかり刻み込まれているって証左じゃないかな。
38,2292021-05-01 22:32:25/road/momonoki/main5.html10
第二次探索も読みたいです。

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