http://yamaiga.com/road/mpr263/ の公開中コメント一覧

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コメント
42,6212019-11-04 01:08:55/road/mpr263/main3.html10
1991年から10年余りこのエリアの近く(ニュータウン)に住んでいた者です。紫山は宮城県に多数開発されたニュータウンの中でも(当時)新しく、又高級分譲地だと記憶しておりましたので、このサイトをの情報で初めてこんな山の中に無理やりねじ込まれた特異なエリアである事を知りました((笑))大変有り難く思います。当時子供だった事と、新興住宅地に他県から移って来たという地域外の情報接点が少ない環境でしたので、親戚でもいれば割と知っていた事だったのかもしれません。ただ、子供の記憶ながらこの263号の紫山側と似たような状態の道路は他地域のニュータウン外れにも存在していた様に思います。私が住んでいたニュータウンにも、片側2車線中央分離帯と広い歩道付きの完璧な都市型道路が、突如ぶっつりと切れてバリケードでT字路にされ、その50m向こうは造成する計画があったのか、中途半端な状態で放置された荒山(荒岡)という場所があり、「いずれ向こう側と開通する予定だが放棄されている」と聞かされました。又、通っていた高校周辺も熊が出ると言われながら、田舎道と近代道路が交差し、山と新旧住宅地と開発途中地帯を短距離で行けてしまう地帯でした。机上調査編の内容は、ニュータウン開発地域全体に共通していた現象であったことは間違いないと思います。泉区のニュータウンはどこも、陸の孤島を思わせるような、町の外との交通網の脆弱な、しかし町内の道路整備だけは近代的かつオーバースペックな造りです(笑)なぜそのまま隣町につなげてくれないのか、子供でも違和感を感じるような露骨ぶりです。どうやら最近になって、そのぶち切られた近代道路をようやく繋ぎ始めた場所もあると聞きました。1978年辺りに完成したニュータウンなんかはもう老朽化が始まっていますから、他のエリアとの行き来が現状のままでは町に次の世代が入ってこない事にようやく気が付いたのではと思いつつ、ただ263号の様な道があることで、そこを面白がって来てくれる方がいることも事実なので、いまさらこれ以上開発せんでもよいではないか、との思いもあり複雑です。長くなってしまいましたが、道についてここまで経緯を調べてまとめているサイトだとは思いもせず、たまたま知人が遭難しかけ一夜を車中泊した「酷道」とやらがどんな場所なのか検索していてたどり着いた所で、自分の古巣の情報に触れることができ、読み応え十分で楽しく為になりました。お礼のつもりが自分の思いで話になりここまで読んで頂いたのであれば時間泥棒で申し訳ないかぎりですが、他の道の話も面白く読ませて頂きました。これからも更新されれば又有り難く読ませて頂きます。
45,0202020-07-27 12:28:29/road/mpr263/main3.html10
銅谷ため池のハザードマップが出てましたので、ご参考まで。https://www.city.sendai.jp/norindoboku-sebi/kurashi/shizen/norinsuisan/tameike/documents/douya_tameike_hm.pdf
46,5802021-01-03 22:19:10/road/mpr263/main3.html10
 こんにちは,ヨッキレンさん。仙台市泉区の道路神社そばに住んでいるものです。かなり以前に道路神社のレポートに投稿したことがあります。さて,私はこのレポートに出てくる根白石中学校に,ヨッキレンさんが調査した頃勤務していました。この日が平日だったなら,写真の校舎の中に私がいたと思います。雨の中森に消えていくヨッキレンさんが見えたかもしれないと思うとぜひ会いたかったものです。あの林道付近は,私も春先に何度か歩き回りました。林道ともいえないような細く人が入った跡の少ない道でした。いずれ県道として生まれ変わる前の姿とは,びっくりです。山向こうの団地は令和3年現在造成工事中です。どのような道で団地と根白石がつながるか,それとも断絶したままになるか,楽しみです。
49,1442022-01-26 15:53:55/road/mpr263/main3.html10
県道263号(泉ヶ丘 熊ケ根線)の、泉パークタウン西端部ですが、新規宅地造成により、廃道になり、造成地も当初の図面と別物になりましたよ。*詳しくは、Google Mapで確認を。
51,3302023-01-22 00:18:04/road/mpr263/main3.html10
初めまして。
根白石は旧奥州街道のさらに前、言うなれば古奥州街道の宿場町だったようです。この街道はさらに北側の宮床地区まで繋がっていました。現在で言うと県道264号〜上谷刈〜七北田川に比定されます。宮床は伊達藩の重臣が配され、万が一の時の脱出路でもあったそう。

いまは使われなくなったという意味では廃道としても楽しめますよ。
51,9992023-07-05 20:11:22/road/mpr263/main3.html10
およよ!の結末ですなあ。もう自転車では行けなくなっているのでしょうな。(2023年7月記) 徒歩道として整備するにも需要なくば、あらざらむ。溜池をもば
おしむなん。

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