http://yamaiga.com/road/wpr230/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.49点 / 投票回数 777人)

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コメント
26,7612017-09-26 09:52:17/road/wpr230/main3.html10
懐かしい〜。ここによく泳ぎに行った思い出があるな。
その時、旧道は現役でした。
26,7602017-09-26 04:03:51/road/wpr230/main3.html10
区長のコメントがいいね
26,7592017-09-26 00:27:37/road/wpr230/main3.html8
明治以前の道すごいなー
こんな道を頼りにどんな生活をしていたのか
しかし「荷車の通せざる里道」が後のトンネル付近から
ものすごい等高線密集地帯を直登してるところは
どんな道だったのだろう
何かの間違いなのだろうか
26,7582017-09-25 23:02:16/road/wpr230/main3.html10
R418達原廃道より酷いかも・・・。但し達原は完全に路盤が流されているので、高巻き(但し約2mあるコンクリート擁壁を昇り降り)しなければ踏破できないと思われます。
26,7562017-09-25 22:27:11/road/wpr230/main3.html10
S33と現在の地図を比較して・・・r230とR168の分岐点から、R168地図で北のほうに進み、道が西に向かうあたり。S28とS33の地図だとトンネルがありますが、現在の地図だとないように見えますね。
26,7542017-09-25 20:12:57/road/wpr230/main3.html10
決壊箇所を落石防止ネットを伝わって通過していたらと思うと・・・旧石垣とは逢えないままだった可能性が・・・ナイス判断でした!
26,7532017-09-25 18:41:47/road/wpr230/main3.html10
県議会での質疑を読むと、佐野には新宮市の拠点病院やレジャー施設もあり、新たな都市開発の中心とみなされていることも、県道230号延伸の大きな理由に挙げられているが、
現状では佐野方面への林道整備も、崩落事故が多発したりして中断し、ままならない、という。
そんななか、26,708氏が参照された紀南新聞の記事にあるとおり、佐野への延伸についての二階俊博議員の「手を緩めることなく一気にやりましょう」という発言には、とても力強い言霊が込められている、といえるだろう。
二階氏が中央政局で頑張っている姿の心(うら)には、このような地元の代表としての、譲れない気持ちの強さがひしひしと感じられる。
現存の、道路に強い政界の大物である二階氏に、ヨッキ氏が面会したら、どんなことがおきるだろうか。県道213号線のレポート以来、ますます興味をそそられております。
26,7522017-09-25 16:44:42/road/wpr230/main3.html10
その碑は材木商の「玉置藤太郎」氏関連っぽいですね。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/911430/151
26,7502017-09-25 16:12:26/road/wpr230/main3.html10
https://ameblo.jp/hiho-haiko/image-12069509153-13415691925.html

残念ながら、学校だったようですな……

少し離れた相賀八幡神社に「開通記念」という石碑があるみたいですが

http://www.henari1.jp/sps-30-001.files/image005.jpg

高田相賀線とは関係なさそうですねぇ……
26,7492017-09-25 15:19:24/road/wpr230/main3.html10
旧旧道の石垣には鳥肌でした。紀伊半島大水害を受けた那智川でも、ある箇所ではコンクリート製の堤防部分が基礎から流出し、隣り合う明治以前の石垣が崩れず残っていました(いまは全てコンクリートで覆われました)。 塩見峠、20年前に遠足で歩きましたが、当時健在だった製紙工場の植林地でもあり、整備が行き届いていました。
…年末帰省の際、他の方がまだ行かれていないようでしたら、石碑見てきますよ。
26,7482017-09-25 15:11:12/road/wpr230/main3.html10
文字通り道路の中の道路出タ━━━(゜∀゜)━━━
東京から2泊3日の行程で訪問するのに丁度良いか
26,7422017-09-24 18:04:42/road/wpr230/main2.html9
>>今ここに露出しているゴツゴツとした川岸の岩場は、人が手を加える以前の天然の風景を思わせるものだ。美しいが、道の姿とは相容れない。
>>人は長い年月の間に、石垣やコンクリートの擁壁でもって岩場を埋め立て、その上に道幅を確保してきたのだが、数日の洪水が全てを取っ払ってしまった。
橋があったと思しき辺り川が削ったのは人が土木の力を以って作った道だけなのだろうか
人に分捕られた領域を削って取り返すに削り過ぎたのではないだろうか?
26,7362017-09-23 10:51:13/road/wpr230/main2.html10
道路探索の鉄則
「川沿いの旧道があったら崩れていると思え」
レポート中でヨッキれんはとぼけてるけど、内心ちょっとは期待してたでしょ(*^_^*)期待以上のものだったでしょうが
26,7342017-09-23 00:56:04/road/wpr230/main2.html10
後編への引っ張りかたがうまくて悔しい!10点!!
26,7302017-09-22 20:35:07/road/wpr230/main2.html10
凄ぇな…。
26,7292017-09-22 19:48:29/road/wpr230/main2.html8
感想を2点、
1、ヘキサ周りが妙にきれいな気がしましたが、何故?
2、苟且(かりそめ) <- これ何かの意図があって使用されているのでしょうか?読みにくくなるだけなので使わない方がいいような気がしますが。まあ知らなかった字を知ることができてありがたい面も無くは無いですが。
26,7282017-09-22 18:58:16/road/wpr230/main2.html10
紀伊半島に馴染みのない皆様に,この機会に,当時の状況を知っていただくべく,他人さまのサイトをお借りする失礼をご容赦下さい。

2011年9月の紀州豪雨の雨は,台風12号にまつわる1週間程の長雨で,紀伊半島部の多いところで1時間で130mm,24時間で870mm,72時間で1650mm,一週間で1800mm超えという雨だった。写真のような雨が1時間程度なら珍しくはない紀伊半島南東部地域だが,半島中部でこれだけの勢いで,しかも継続的に降ることは流石になかった。写真の勢いで1時間降り続くと100mm位になる。
https://yahoo.jp/box/z9Q_Nr


コメント番号26.724の方に投稿して頂いた長殿発電所を被災1ヶ月後に通った時にはあまりに生々しくて写真を撮らなかったが,建物や機材は完全に流出し,3基の発電機だけが裸で残っていた。その後まもなく3基の発電機は写真のようにブルーシートで保護されていた。写真は半年後の翌春である。後に建物の再建とメンテの為に発電機は一時撤去されたが,先月通った時には建物もすっかり綺麗に再建されていたので,そこに発電機は戻されているのだと思う。右を走るのが,現道のR168。旧道ではない。
https://yahoo.jp/box/SWwU4g


天ノ川水系の九尾(つづら)ダムから導水され,発電所上部から150m一気に落とす圧巻の導水管は無事だったようだ。落差150mの滝も凄いが,150mの導水管のある光景も感動ものである。筋力さえあれば誰でも脇の階段を登れる。
https://goo.gl/maps/hTkMe4QPXk52


発電所から200m程南隣の谷沿いの山体崩壊の様子。既に崩壊時点では旧道となっており,通行も制限されていたので,実質的な影響はなかった。この区間は,当時から長く幅の広い2本のトンネルと3本の橋でバイパスされており,写真はその最北の小休場橋上から撮影。
https://yahoo.jp/box/KlSoLU


先の方のロックシェッドの写真はここだと思われる。上記の1本南の田長瀬橋からの同じ側の山を見たもの。左奥に少し見えている禿山が上の写真の場所。治水の為か,どちらも既に復旧工事が行われており,今年現在ではかなり綺麗にんなっている。
https://yahoo.jp/box/2-B736


ちなみに,傍には旭ダム(コンクリートアーチ)と瀬戸ダム(ロックフィル)という双子ダムがあり,前者のほとりには奥吉野発電所がある。後者には一般者用の道路がなく,行き着けないダムとして有名だが,年に何人かの好き者が辿り着いているらしい。


この周辺では壊滅した集落もあり,R168からは直接は見えない近隣の山々で非常に大規模な山体崩壊も含め数十箇所で発生している。既に6年になるが,まだまだ完全復旧には程遠い。日本各地が次々と災害に襲われる近年では,報道されなくなると完全復旧したかのように錯覚するが,現地ではどこもまだ災害は継続している。東日本震災も,2014年の広島の土砂災害も,熊本の地震も,朝倉の洪水も同様である。


地盤の脆いこの地域では,線形の良いバイパスの必要性がかねてより叫ばれており,ようやく徐々に新道化が進みつつある。先述の通り,和歌山県境地内は進みが早く,ほぼ完了している。道路の歴史を知るには,やはり時の政治家とのつながりや地元の有力者を知る必要があるようだ。

R168の旧道はほぼバリケードが設置され,4輪での侵入は出来ないよう規制されているが,2輪車や徒歩では侵入可能なところが多い。生まれたばかりの廃道だらけである。十津川・本宮を越えて新宮側に出ると,現道沿いに複数の廃隧道があるので,身近に廃道を楽しむには良い路線かも知れない。言うまでもなく滑落・崩落・ハチ・マムシ・熊などに関しては覚悟の上自己責任でお願いします。

山がの本来の趣旨と異なり暗くなる話題で長々と失礼しました。 (ぜ
26,7272017-09-22 18:15:27/road/wpr230/main2.html10
久々に『完全廃道!』の雄叫びが聞こえそうなくらい、完膚なきまでにやられてますね…。
26,7262017-09-22 16:57:53/road/wpr230/main2.html10
下記のサイトに旧道の通行記録がありますね。

http://natsuko482.blog78.fc2.com/blog-entry-866.html

https://blog-imgs-27-origin.fc2.com/n/a/t/natsuko482/2008102908.jpg

夜に通られたようで周辺の詳しい状況は分かりませんが、少なくとも2008年までは旧道も通行できたみたいですねぇ……
26,7252017-09-22 08:41:36/road/wpr230/main2.html10
は・や・くぅ〜!
26,7242017-09-22 08:31:01/road/wpr230/main2.html8
破壊が凄すぎて逆に災害の痕跡を感じさせないレベルというのは驚きですね。
このロックシェッド↓とか
http://www.panoramio.com/photo/56677482?source=wapi&referrer=kh.google.com#
この発電所↓とかが
http://www.panoramio.com/photo/56677512?source=wapi&referrer=kh.google.com#
跡形もなく消えてしまったというのだから、当時の状況は想像を絶します。
26,7232017-09-22 06:39:52/road/wpr230/main2.html10
この道路の行き着く先には,雲取温泉高田グリーンランドという施設がある。1988年から1989年に掛けて,バブルに浮かれた自民党が大盤振る舞いした「ふるさと創生事業(全市町村に1億円ずつばらまいた)」を覚えている世代の方もおられると思う。それを資金とし,当時の温泉ブームに便乗して誕生した施設だ。

開設から間もない1993〜4年頃に一度だけ訪れたことがあるが,当時はなんの変哲もない無色のアルカリ単純泉(あるいは含ゲルマニウム泉)であったが,2004年9月に起きた紀伊半島南東沖地震(三重県南島沖地震)後,乳白色の湯に変わったという。

調べてみると,紀伊半島沖地震は三度の大きな揺れがあり,前震がマグニチュード7.1で,最大震度は奈良県下北山と和歌山県新宮で5弱,約5時間後の本震はM7.4で上記地域に加え,三重県津市でも震度5弱を観測している。また,その2日後にも余震の震度4が該当地域で観測された。京都・大阪もそこそこ揺れた比較的大きなこの地震であったが,この県道を含め,周辺の道路へのダメージは殆どなかったと思う。

これら2本のトンネルは,奥に作った温泉施設への容易なアクセスの為に行われた道路改修の一貫である。何と言っても和歌山県は自民党二階氏という大物道路族議員がいるので,用地所有者に反対者が居なければ,兎に角道路の新設は非常に迅速である。

本題に入ると,この県道は行き止まりなので,2度程しか通ったことがない。一度は先に書いた頃,もう一度はトンネルが出来た直後辺りだ。新物食いなので,新しく出来た道にはすぐに行く。否,作っている最中から行く。当時は旧道としてまだ通れたので,現状がこれほど酷くなっているのはこのレポで初めて知った。

1990年代には,川沿いの県道(現廃道)だったが,レポにある通り険道という訳でもなく,ちょっと走りづらい程度の,この辺りではよくある道路で,面白みがある線形や景色でもなかったので印象が薄い。なので,橋があったかまでは覚えていない。

しかし,当時既に温泉施設付近は施設設置に伴い造成したセンターラインのある広い道路だったが,国道168号から集落までは,センターラインのない道路だったと記憶している。「この道では温泉目当てで,都会からの観光客は来ないだろう」という印象を得たことは覚えている。その後暫くして改修が始まった。

2011年の紀州豪雨では温泉施設も浸水したという。あの豪雨の被害は想像を絶するもので,中域でもかなりの川幅がある新宮川の水位があれ程まで上がるとは平時では想像すら不可能である。よって,逆にこの高田川のような支流の河岸がこの程度の被害で済んだのは奇跡的だと思われる。近辺では大小の山体崩壊で新たな滝が何本も出来ている。

下のリンクの橋の路面に至る水位であった。当然この画像の範囲に見える建物はほぼ水没した。電柱の中ほどに車が引っかかっている惨状だった。東日本大震災の津波にも驚いたが,その水位も容易に信じられるものではない。想像するだけで空恐ろしい。

https://goo.gl/maps/T8Qpj8VpL8M2


と,道路には直接関係ない情報ばかりになったが,そう言った地で生まれた廃道である。なお,トンネル間と旧道との接続があったかどうかについては記憶がない。(ぜ
26,7222017-09-22 02:50:04/road/wpr230/main2.html10
「自転車に別れを告げ、裸の姿となった」
さすがボッキレン!いくら人がいないからって・・・
26,7142017-09-21 01:45:40/road/wpr230/main.html9
川沿いの旧道を廃止してトンネルで地中に迂回=川沿いは危険なわけで……。
26,7132017-09-20 23:37:11/road/wpr230/main.html10
子どもの頃、新宮に住んでいましたので、高田にあったフィールドアスレチックや川遊びによく行ったものです。おそらく今や旧道となっているこの道を通ったのでしょう。
大規模な旧道ではないはずですが、ミニレポではなく正規の道路レポということで、何か特筆すべきものがあるのでしょうか。期待しています。
26,7122017-09-20 20:31:03/road/wpr230/main.html7
oh〜 3連休の前か途中にうpされていたら近くに居たから見に行けたのに〜
この高田は奥にある水力発電所の手前でGoogleストリートビューが
途切れているのが気になっていたのでいつか行こうと思ってましたが、
楽しみが増えたかも。

関係無いですが、ここから遠くない釣鐘隧道の旧隧道本宮側坑口へ下る
スロープ状のアプローチ道が、
最近残土処理場に転用されて埋められちゃったんですね。
坑口自体は埋まってませんが、直前まで盛土の急斜面が迫っているので
数年で緑に埋まって近付きにくくなりそうです。
26,7112017-09-20 20:26:07/road/wpr230/main.html10
確かに…。
26,7102017-09-20 19:50:29/road/wpr230/main.html10
これは、なんとも…。
1.4km分の高低差で、隧道より下流は辛うじて難を逃れたというところでしょうか。
いや、あるいは新旧3本のトンネル内部もバイパス水路と化してしいたか…。
26,7092017-09-20 19:17:37/road/wpr230/main.html9
新道、早めに造っておいて正解でしたね・・・・・・。
最初、災害復旧系の旧道かと思いましたが。
26,7082017-09-20 18:39:42/road/wpr230/main.html10
「和歌山県道213号 白浜久木線」にも出てきましたが、ココでも「二階俊博衆議院議員」が登場していますね。
http://www.kinan-newspaper.co.jp/history/2015/7/29/04.html

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