http://yamaiga.com/tunnel/azuma/ の公開中コメント一覧

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コメント
31,5102019-04-11 01:12:36/tunnel/azuma/main5.html10
イイハナシダナー
30,5882018-12-07 03:26:47/tunnel/azuma/main5.html9
main4.html の【空中写真】リンクが切れています
29,2262018-06-26 06:55:18/tunnel/azuma/main5.html10
少々酷いかもしれないですが、大地震がなければ顧みられないままに埋もれてしまっていたかもしれませんね。
こういった埋没しかけた歴史は何か劇的なきっかけがあって初めて露出を始める性質のものかと。
世の中、あまりに平凡陳腐な地域故に、埋もれてしまっている物件もまだまだ多数あるものと思われます。
27,0192017-10-25 22:19:09/tunnel/azuma/main5.html10
東隧道も、ヨッキれんがチャリで通ってしまったがゆえに(??)地理院地図に復活(これは初登場ですか)してしまった隧道の1つですね。書類上現役でも実質廃道状態の道に、通行の記録が出ると復活するんでしょうか(笑)。
21,2922016-01-03 20:46:32/tunnel/azuma/main5.html10
大変に面白く興味深く読ませて頂きました!
分かり易いレポートと取材に頭が下がります
筆者様、ありがとう!
15,3032014-03-26 00:28:43/tunnel/azuma/main5.html10
記念館の写真に感動しました。
写っている人々の笑顔が胸を打ちました。
15,0682014-02-15 12:44:29/tunnel/azuma/main5.html10
いつも楽しませて頂いてます。こちらにおじゃまするようになって、生まれ育った地域の近隣の地理や歴史を調べるのが好きになりました。
昭和57年11月の広報やまこしに、昭和8年七曲トンネル開通との記載がありました。長岡市の合併市町村広報紙が見られるサイト・eライブラリーにpdfであがっています。木籠の区長さんのコメントがたまらないです。
http://www.e-net.city.nagaoka.niigata.jp/elibrary/kouhou/index.cgi?area=yamakoshi&year=s57&month=11
9,7522012-05-21 23:05:36/tunnel/azuma/main5.html10
【隧道レポート 東隧道 フィクション編】
私は、嘗て訪れた彼の地の感動が冷めぬまま、本能の趣くままに、神奈川県横須賀市に向かったのだった。トリ氏に導かれるまま(しつこいか?)。国道16号線に程近い、駅海側の丘陵方面に出向いた私。目の前には、平穏な住宅街が広がっていた。老紳士が犬を連れてお散歩していて、子供達が笑顔で駆け抜けて行く…。此処は普通の優しい街なのだろうか…。「レポ失敗したか?」と思い始めた頃、徐々に細く、そして急になり始める登り坂。気付けば私の目が、すっかり猫の瞳に変わっていた。「や・が・て」現れたね、「坑門」! 異様な気配は、私にとってはこれが週末のご馳走なのだ。いつもの事のように銘板を確かめた私はフムフムと…。「平六隧道」昭和14年竣工、全長90m、高さ1.5m、幅28cmと、一般的な猫サイズ!とりあえず入ってみた。広いと思ったが、それは間違っていた。私は興奮(緊張)して、迫り来る素彫の様相を確認した。碍子はどこへ?猫車も残念ながら、横穴も無い…。でもでも、語りつくせないような、にゃんという威圧感、このような経験は猫に変身した私にも経験が無い。出口はどこ?
隧道の反対側には、小学校がありました。浦郷小学校というそうです。趣深かった隧道は残念ながら、近年改修を受けたとか…。
短いレポの間でしたが、この隧道がこの土地に根付いた掛け替えの無いものである事を感じたのでした。
だが、次回!その先にもっと!!変な隧道がある事を知る(了)…。
9,7032012-05-12 23:23:48/tunnel/azuma/main5.html10
今日、山古志に行ってきました。郷見庵にも立ち寄りました。予習でこのレポを見てから行けばよかったと後悔。あの対岸の道が元隧道だったなんて。
その後、中山隧道へも行ってきました。
そこにあった看板に東隧道の所在が描かれていました。
これもヨッキさんの活動の賜物でしょうか。
それにしても、中山隧道、通り抜けようとしたのですが、蛍光灯の所から少し行ったところで真っ暗闇になり、恐怖心がもたげてきて、結局引き返しちゃいました。
現役当時も灯りは無かったんですかね?
9,0092012-01-07 18:28:41/tunnel/azuma/main5.html10
心温まるレポートでした。
8,9302011-12-23 21:31:30/tunnel/azuma/main5.html10
山古志はすごく雪が多くこうした雪中隧道が数多くあります。
また中越地方は災害が多く
2003 7月大豪雨
2003 10.23中越地震    震度7   M6.8
2007 7.16中越沖地震   震度六強 M6.8
2011 3.12県境地震(長野県栄村)震度六強
        (津南町・十日町市)震度6弱M6.7
2011 7月大豪雨
このような感じになります
ぜひともまたきてください
そして山古志などのよさを紹介してください    
8,8512011-12-15 00:21:00/tunnel/azuma/main5.html10
隧道を掘るというのは、親の愛。
廃道から温かさを感じました。
8,1392011-09-16 16:27:17/tunnel/azuma/main5.html10
いつも探索を興味深く拝読しております。今回は補足で歴史を説明していただいているのがさらに良いです。今後も期待しております。
7,7582011-08-10 11:48:12/tunnel/azuma/main5.html10
ヨッキさんのレポはただの廃道探索におわらず歴史や住人の思いにふれるところが最高です。本当に道を愛しているのですね。
7,7422011-08-09 00:42:11/tunnel/azuma/main5.html10
(´Д`)ノワクワク・ドキドキとは違う引き込まれ方が心地よかったです。親やお爺さんの世代が掘った隧道を通学路にしていた小学生たち(ほぼ私と同年代)がまた次の世代のために復興に汗を流した事でしょう。
7,6582011-07-30 21:26:03/tunnel/azuma/main5.html10
初めまして、小千谷市真人町に住む20代の男です。
母が山古志の出身ですが、知らないことばかりで驚きました。
中越地震もそうですが、今回の水害(平成23年新潟・福島豪雨)でまた故郷の様子が変貌しました。
道や風景は廃れようとも、記憶だけは廃れてはならない。このレポートを見て改めてそう感じました。
いつか、再び新潟に来てください。そして、観光では見えない故郷の息吹を広く紹介してください。
7,4002011-06-25 11:16:43/tunnel/azuma/main5.html8
新しい民家と治山工事はすべて地震後のものです。
川べりの家などが土砂災害で廃墟化したものがまだ村内に残っています。
旧山古志村役場で展示パネルなどを置いていますね。
7,3322011-06-18 01:50:27/tunnel/azuma/main5.html10
役所に陳情して予算が付いて業者が来てという工事ではないですから。村人自ら作業に従事するわけなので、万が一落盤事故という事態になったとき、一家の大黒柱を失った家族はどうやって生きていけばいいのかと、危惧する声が上がっても不思議ではありません。工事費用が予定内に収まるか、負担や危険に釣り合う計画かという議論は、むしろ現代よりシビアだったとも思います。
現代を生きる私達の感覚で反対派を問題視するのは拙速かなと自省もしたり。
7,3022011-06-11 16:29:04/tunnel/azuma/main5.html10
廃隧道の探索記に終わらず丁寧に歴史を紹介した点が良かったと思います
7,2882011-06-10 00:36:59/tunnel/azuma/main5.html10
通学用トンネル・・・こういった場所柄特有のものなのでしょうね。
大都市周辺なんかだと、鉄道線路とかをアンダーパスする道路の歩道部がこんな佇まいになっていることがありますが、不審者が出没するから通学時にひとりで通るのはやめましょう・・・なんて注意喚起がされたりしますし。
7,2602011-06-04 11:04:13/tunnel/azuma/main5.html10
うまく表現できませんが、素晴らしいレポートでした。
最後の写真、最高です。
かつての腕白たちにトンネルの思い出、聞いてみたいですね。
7,2452011-06-02 21:34:47/tunnel/azuma/main5.html10
>それはまるで、とてもこの山村には似つかわしくない、住宅展示場のような家並み。

これはある種の現実を語っていると思いますね... 邪推かもしれませんが、新潟県中越地震は災害が巨大でかつ注目を集めた割に被害者数と地域が小さく、結果として一人当たりの復興予算や義援金等がかなりの額あったのではないかと...
一方、今回の東日本大震災では被害者数と地域が途方も無く大きいので、一体どうなるのかと... 国の予算の規模が激増することはないでしょうから、世界中からの大きな注目で何とかなればいいのですが...
うがったものの見方かもしれませんが。
7,2402011-06-02 16:11:51/tunnel/azuma/main5.html10
内部が美しいトンネル。
7,2362011-06-01 23:56:02/tunnel/azuma/main5.html10
 しょーじき、危険への不感症をウリにするような挑戦よりは、こういう記事の方を読みたいと思う。なんていうの、あちこちに仕事で旅行に行きいろいろ取材ができる立場って貴重なものなんで、インディペンデントな立場で旅行をし取材ができる立場を生かすんだったらこっちなんじゃないかという気がする。もちろん、必要ならばいつでも危険を甘受するという姿勢は堅持しつつそれがやれれば、いちばん望ましいわけだけど。
 おれが10点をつけるのって珍しいんだけど、今回は文句なしに10点です。
7,2352011-06-01 23:29:53/tunnel/azuma/main5.html10
浩司君って誰?学校内の有名人?
7,2332011-06-01 12:26:32/tunnel/azuma/main5.html10
単なるトンネル探索で終わるのではなく、そこに住む人達の生活と絡めた本レポートは今まで以上に読み応えのあるものでした!
7,2322011-06-01 03:09:05/tunnel/azuma/main5.html10
すべてのものには、そこに生きた人の営みがある、ということを改めて感じさせられました。そういう歴史が時を隔てても透けて見えるからこそ「廃」なものが愛おしく感じられてなりません。
7,2312011-05-31 23:42:25/tunnel/azuma/main5.html10
何事においても、歴史的背景を知ることは改めて大切だと感じました。これからもバンバン歴史をほじくり返してということです。ぼちぼちトリあつ子同伴も見たいね。 トッキりん

7,2302011-05-31 23:30:39/tunnel/azuma/main5.html10
 ジーンときました。年長・年少の年齢の息子たちがいる私には、子どもたちの通学のために隧道を掘ろうとした彼ら・彼女らの気持ちが、痛いほどよく理解できます。
 それは、きっと悲願に近いものであったのだと思います。子どもたちがコルゲートパイプの上で笑顔で写っているモノクロ写真を見たとき、思わず涙が流れてきました。
 こちらは仙台からコメントしていますが、山古志の方々の温かいお気持ちも、こみ上げてくるものがありました。同じ東北人のヨッキ氏の、優しさがにじむレポートでした。 LP
7,2292011-05-31 23:13:52/tunnel/azuma/main5.html10
一連のルポで、今回が最も興味深く読ませていただきました。

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