http://yamaiga.com/tunnel/itijo/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.23点 / 投票回数 1375人)

2ページ中 1ページ目を表示(合計38件)    1 | 2    [次のページ]  
▼番号書き込み日時書き込みURL点数
コメント
28,9232018-05-16 02:05:22/tunnel/itijo/main3.html10
こんな貴重そうな隧道が知られずに(?)残っているのは何か勿体ない気がします。
21,8212016-02-12 23:30:43/tunnel/itijo/main3.html10
「ローソンが“山崎春のパン祭り”で可愛い小皿をプレゼン トするなら、我がモーソンは“山行が春の廃祀り”でこん な情念混じりの小皿を差し上げたいわ。」


いらないよ!
16,7702014-09-11 07:11:22/tunnel/itijo/main3.html9
凄いエネルギー
10,7862012-10-08 02:49:31/tunnel/itijo/main3.html10
これは、農業用の水路トンネルじゃないでしょうか
こういう形状は一段高いところが、管理用通路になっていて、低いところが水路部分で、段差の切り欠き部分はせき板を設置する箇所かと思います
窪地は溜池部分か、そこから水路の向きを変える為の桝でも設置してあった感じですね
石積みは開水路の勾配を保持するために低いところに盛り土して開水路か樋管のためのように思います
地形図の等高線の感じでも一条川の支流から、この尾根を横断して毛倉野地区にかんがい用水を引っ張ったような感じですね
隧道というと交通用利用が一般的ですが、こういった山の中には農業用の水路トンネルが結構存在してますよ
9,1972012-02-15 15:51:46/tunnel/itijo/main3.html10
何も知らない素人ですが、面白く拝見しました。
この隧道、戦国時代とかとは関係ないでしょうか。石垣なんかもあるみたいだし、西からの勢力に対して砦とかあったんじゃ?なんて思ったりして・・・。
8,0822011-09-11 08:55:05/tunnel/itijo/main3.html10
青市には子どもを思いやる強い意思があったようですが、こちらにはどのようなバックストーリーがあったのでしょうね?@まっせき
7,1672011-05-26 17:19:51/tunnel/itijo/main3.html5
古本屋で見た塔文社発行のレジャーマップに、コレだと思われるトンネルが描かれてました。確か平成2年ごろのものだったと思います。そんな情報、どこで仕入れたんでしょうかね。
4,5252010-08-19 12:58:11/tunnel/itijo/main3.html10
とても珍しい形状の隧道ですね。
中はサラッと乾燥していて、イメージと合わせて、爽やかな感じがします。
これも後世の残して行きたい隧道ですね。
とても素晴らしいレポートです。
ヨッキさん、ありがとうございます。
3,5752010-06-27 22:49:21/tunnel/itijo/main3.html10
石工の見習いによる修行の跡という説はいかがでしょうか。
親方にここを掘り抜いたら現場でも掘らしてやるみたいな経緯で。
内向きの角を削る修行、外向きの角を削る修行、上に向けて削る修行、溝を掘る修行と、あの形はなかなか理にかなっている気がします。記念に名前を掘ったが、後に本人または親族が恥ずかしくなって消したと。恨みを買ったという線もあるかもしれませんね。
1,8062010-02-12 13:41:48/tunnel/itijo/main3.html8
鍋皿の類はゴミ説に賛成。
昔は(今でも)ゴミ収集などという概念が無いところでは、山家の人は場所をだいたい決めて家のそばに捨ててます。
山で作業をする時、小屋を掛けてしばらくそこを根拠地にしたりもしたようです。生活用具で放置された物もあると思います。
1,6682010-02-01 09:55:43/tunnel/itijo/main3.html10
mtbのテレインとして最高の雰囲気ですね。ただ、遠い・・・・。
1,6542010-01-31 23:59:40/tunnel/itijo/main3.html10
扁額の面が平滑に仕上がっているのが気になりました。
当時どうやって滑らかにしたのだろう?
今ならディスクグラインダー(建設現場ではサンダーって言う)のダイヤモンドホイールの一種、カップを使えば簡単ですけどね。
1,6242010-01-30 21:48:06/tunnel/itijo/main3.html10
えっ?これより古い隧道?すっごく楽しみにしてますよ。
隧道の生い立ちを示す文字だけでも、色んな背景を想像してしまいますね。
まぜ、石工の名前が読めなくなっていたのか・・・とか。
その当時、その隧道に係わった人たちの気配が僅かばかりでも感じられるような気がします。
不思議な隧道のレポ、楽しかったです。
1,6232010-01-30 19:06:02/tunnel/itijo/main3.html9
ワクワクですな〜、そして、ウキウキですなぁ〜。その上にまだ「穴」があるのですとぉ〜???…。ぷはぁ〜、たまりませんなぁ〜(…あんたもすきネェ〜ンbyⓒ加ト茶)。ところで(真面目に)ヨッキさん!!、今までにいろいろと焦らしているブツを、早く出してネェ〜ン(いや、真面目です)。
1,6212010-01-30 17:01:26/tunnel/itijo/main3.html9
掘り残しはベンチですかね。近くに丁場があったとか。
または後年に掘り下げて、電力線を通した?そのために排水溝まで付けたとか。丁場があったとしても、電灯は現地で発電だし、削岩機もエアーでしょうから違うかな。道床に置きたくない何かがあったのか。
1,6192010-01-30 01:29:15/tunnel/itijo/main3.html10
おそらくヨッキさんも考えていらっしゃると思いますが、私の考えでは、この隧道はもともと石丁場として開削を始めたけれども、途中で放棄することになり、結果的に隧道として利用することにしたのだと思います。

理由としては以下3点です。
1:かなり山の上のほうから開削していること。
  石丁場はどこでもそうですが、石材を下に下に切り出していくために上から始めるそうです。下から上に切り上げるのは難しいですからね。
2:歩道のような段差が残っていること。
  これはまさしく石材として切り出している途中の姿です。以前、ほかの石丁場で見たことがあります。
3:特にこの地に隧道を掘る積極的な理由が見当たらない。
  今の地形図を見る限りですが、街道筋からも外れていますし、村落の連絡に使うようにも見えませんし、林業で使うにしても馬や牛が木材を牽いて通れないサイズではあまり意味がありません。
  周辺の村人が通るだけならすぐ近くの切通しで十分でしょう。

石丁場だったとすると銘板があることに違和感がありますが、石材の切り出しをやめてから隧道として整備したときに作ったと考えれば特に問題ないかと考えます。

ここからはかなりの妄想ですが、石材の切り出しをやめた理由の一つに『石材の品質が悪いから』という可能性が考えられます。
ヨッキさんの写真を見るとかなり大きい礫が混ざっていますし、あまり均質ではないように見えます。
もし。もっと石材の切り出しが進んでから放棄したら、それこそ旧城山隧道のようになっていたかも知れませんね。
1,6162010-01-30 00:04:59/tunnel/itijo/main3.html10
「当区九番地」と読めますが
1,6122010-01-29 21:04:07/tunnel/itijo/main3.html10
謎の多い隧道ですね。解明されることを望ム!
1,6092010-01-29 20:25:55/tunnel/itijo/main3.html10
前回の見てからキリズシ隧道が浮かんでました・・・w
でもあちらとは随分雰囲気違いますねぇ・・・
実際には半分しか入ってないけれども
確かに壁際の突起部分は気になるところ・・・
ん〜・・・隧道内に雨水等が侵入して歩きづらくなったときの為の歩道とか・・・?
1,6082010-01-29 20:21:37/tunnel/itijo/main3.html8
ながーい腰掛ではないですか?
一休みしてもらおうと。
1,6042010-01-29 18:38:04/tunnel/itijo/main3.html8
>今いる東側の峠が古くからの本道であり、次に西側の「謎の凹み」の位置に隧道を掘ろうとして工事に取りかかったが、何らかの事情により中止。
>代わりに東側の峠の下に掘ったのが現在の隧道。
西側の峠道は現在の隧道を工事していた間の迂回路
ではどうか
東側の峠が前後を隧道に切り取られているなら隧道工事中は峠自体が全面通行止めになってしまったのでは
隧道が完成するまで峠が全面通行止めでは困るから作ったのが当初作りかけた作りかけ隧道への道を流用した西側の峠道、と
1,6002010-01-29 14:38:38/tunnel/itijo/main3.html9
隋道の歩道のような出っ張り尾ですが、元々の高さがそこであり、後から何らかの理由で掘り下げたのではないでしょうか。よっきさんの推測とおり、車両の通行を考えず人が通れる幅だけ必要なら、掘り下げ幅が狭いのも頷けます。
あくまで写真を見た推測に過ぎませんが・・。
1,5992010-01-29 14:03:08/tunnel/itijo/main3.html9
石工 賀○次郎?
1,5982010-01-29 13:08:08/tunnel/itijo/main3.html9
途中の急坂と言い、峠部分との標高差と言い、見れば見るほど、必然性の薄い隧道っすね。道の重要性にもそれ程の感じを受けるわけでもなし。
明治31年(西暦1898年)か、、、110年も時を経たにしては不思議と綺麗なままだね。通行路以外としても、最近まで使っていた様でもあるし。。。

近場のもう一つの明治隧道ってのも早くみたいです。
1,5972010-01-29 12:30:58/tunnel/itijo/main3.html10
一番最初の写真、サイズが分からなかった。縦横数十センチの排水溝にも見えた。
1,5962010-01-29 10:16:48/tunnel/itijo/main3.html10
これは、いくっきゃないですね〜(笑) 今回も一緒に探索した気分にさせていただきました。ありがとう! それにしても。未成の隧道跡? 反対側が掘られていたら、さらに面白かったんですけどね〜
1,5952010-01-29 09:48:20/tunnel/itijo/main3.html10
民家の犬に吠えられませんでした?ワンワン
1,5922010-01-29 08:34:39/tunnel/itijo/main3.html9
一行目は「于時」(時に)ではないでしょうか。「時に、明治卅一年二月下旬、工成る」と。
伊豆はよいですね、
1,5662010-01-27 23:41:24/tunnel/itijo/main2.html10
く、矩形・・・。伊豆のキリズシですか?
1,5552010-01-27 21:39:29/tunnel/itijo/main2.html10
大発見!!!ですね。
「なんでこんなところに隧道が?」と思うくらい土被りの少ない隧道ってありますね。
でも妙に整った隧道ですね。
現役のようでもありますね。
私も、こんなの発見してみたい!

2ページ中 1ページ目を表示(合計38件)    1 | 2    [次のページ]  

この画面の説明