http://yamaiga.com/tunnel/kimen/ の公開中コメント一覧

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コメント
60,0282026-05-20 08:49:22/tunnel/kimen/main4.html10
洞内のアドベンチャー感だけでも結構楽しかったですが、奇跡の証言で一気に大興奮してしまいました。
洞内の写真を見た時に誰もがある想像をしたと思いますが、やはり邪な観光開発の動機があったようですね(そして天罰が下るというオチ付き)。
60,0122026-05-18 17:03:23/tunnel/kimen/main4.html10
面白かった!証言者は私の母と同年齢ですが、都電で市ヶ谷まで通学してた母と同じ年にこんなアクロバティックな通学をしていたJKなんて面白過ぎます
なんでも聞いてみるもんですねえ
59,9462026-05-04 19:20:42/tunnel/kimen/main4.html10
絹掛けの滝の向こう側にこんな素敵なものがあったとは、気が付きませんでした。
国道180号ですが、昭和47年水害のあと、かさ上げ工事が行われています。
渡し場のあった谷合の辺りでは、元々は川向うの道と同じくらいの高さであったようです。(県道50号ではない川沿いの道の方)
また、水害までは谷合は国道の両側に商店などが立ち並んでいたようです。藤井商店のお姉さんがご健在であるなら、お話が聞けるはずです。
また、井倉トンネル横の崖に道を造ろうとしたと聞いたことがあります。ちょうどそちらも記事化されているようで、これから読むのが楽しみです。
59,9072026-04-22 16:49:58/tunnel/kimen/main4.html10
昭和40年頃まで新見市に住んでいましたが、鬼女洞のことは聞いたことがありませんでした。当時、すでに井倉洞が整備されていて、そちらには行ったことがありましたが・・・
59,8622026-04-11 21:41:31/tunnel/kimen/main4.html10
当時観光としての利用が終わったのに出口に渡し船が残ってたのも変ですな。おばあちゃんの証言にも多少の思い違いがあって,当時も細々と観光洞として利用されてたけど朝だし雨だし観光客もいないし地元住民でもあるから営業時間前の真っ暗な中を無料で通して貰ってたとかあるのかも。
59,8612026-04-11 13:19:53/tunnel/kimen/main4.html10
中学生位だとまだちょっと怖かったのかな。高校生ならそれなりに度胸もついてきて通れるようになったのでは?
59,8482026-04-09 18:25:15/tunnel/kimen/main4.html10
聞き取り調査が傑作ですね
59,8422026-04-08 15:02:07/tunnel/kimen/main4.html10
唐突な
「えっちだなぁ。」

それを見て出鱈目で邪な観光開発を目論み、「天罰」を受けた先人がいたとは
59,8362026-04-07 10:38:19/tunnel/kimen/main4.html10
「随分と“わい”方面に尖っていて」と文献調査編に至ってからおっしゃってますが
道内探索時にも「えっちだなぁ」と感想を抱いていたり、そもそもレポート全編から
貫通貫通言ってるヨッキさんもたいがいですぞ!
廃道の神からの天罰で骨折しないように気を付けてくださいね!
59,8342026-04-06 10:55:13/tunnel/kimen/main4.html10
良い!
59,8332026-04-06 05:01:10/tunnel/kimen/main4.html10
おもしろかった!
59,8292026-04-05 15:42:27/tunnel/kimen/main4.html10
AI画像、リアル〜
59,8282026-04-05 06:06:09/tunnel/kimen/main4.html10
しかしこの証言者の方のかつての通学が
まず家から井倉駅、4.5kmなら普通は1時間以上かかってしまう
それこそ「タタタタター」ともっと短時間で駆け抜けたのだろうか
そこから鉄道で井倉駅--備中高梁駅が30分ぐらい?
高梁高校(コメントを参照)は駅から徒歩で20分以上とか?(自転車デポあり?)
なんかんだ2時間とかかかりそう。偉すぎる
今ならトレランの選手とかになれたのではないかという勝手なイメージが
59,8272026-04-04 23:57:45/tunnel/kimen/main4.html10
よい証言が得られてよかったですね。
サイコー
59,8262026-04-04 17:21:01/tunnel/kimen/main4.html10
素晴らしいレポ! よっきれんが時空を超えて通学女子高生とニコニコ顔で歩いている画像も最高です!
59,8252026-04-04 14:32:55/tunnel/kimen/main4.html10
AI(Gemini)氏。画像の生成具合が中々のツボつく仕様
ヨッキさんは落下傘で場違いのところへ降りてしまい、たまたま通りがかりの女学生に、掘り出し探索物件を案内してもらってご満悦 って顔している
59,8232026-04-04 09:35:13/tunnel/kimen/main4.html10
最後の写真。
JK「だれやこいつ きっしょ。」
ヨッキとヌッコ「うふふふふふ(隧道に対して)」
59,8222026-04-04 07:36:20/tunnel/kimen/main4.html10
聞き取りの話がインパクトありすぎです。キャラも立ってるし
今回のレポの陰のタイトルは「鬼女洞のターボババア伝説」だと勝手に思いました
あ、当時はバアアじゃなかったか
59,8212026-04-04 02:41:07/tunnel/kimen/main4.html10
「洞内景観が観光に適さない」のは、お子様に見せられないという趣旨をぼかして(文字通り)表現されたものではないか?
それを踏まえるとなお女子高生(最強古老)スゲーってなる。
あと4人同類さんが居たらハイスクール鬼女組だな。←
59,8202026-04-04 00:35:05/tunnel/kimen/main4.html10
鉄火場→通学路→観光洞という意味不明すぎる来歴
59,8192026-04-04 00:29:44/tunnel/kimen/main4.html10
洞内にガイシ引きで配線されていたのは、黒っぽいのが活線で白っぽいのが接地線の電灯線なのでしょうけれど、
表面の被覆の質感がわかるくらい接写した写真って撮っていませんか?
昭和20年代の施工ならば布の被覆で覆われた銅線なんじゃないかと思いますが、
今となってはあまり見る機会がない物ですのでちょっと興味があります。
59,8182026-04-04 00:13:13/tunnel/kimen/main4.html10
お婆様のお話が衝撃的すぎます!まさか通学路として使われていたとは…通り慣れているし汽車の時間も把握しているとはいえ、山道を歩くのに危険を感じるほどの雨の中の濡れた鉄橋を含む線路通行はさぞ恐ろしかったことでしょう。
洞内の歩道を破壊した水害とは恐らく…というかほぼ間違いなく、天草大水害や繁藤災害など全国に大災害をもたらした『昭和47年7月豪雨』(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C47%E5%B9%B47%E6%9C%88%E8%B1%AA%E9%9B%A8)ですね。今回の探索エリア周辺でも山腹崩壊や橋梁破損などの大きな被害が出ています(https://www.bousaihaku.com/wp/wp-content/uploads/library/b5658d8f82d2ab3994b9204fb95c24ea.pdf)。
あと、線路沿いに下りる道の途中にあった木製電柱ですが、『加圧式 K-CCA1号』の表記があるので国内でCCA(クロム・銅・砒素系防腐剤)注入処理が実用化・JIS規格化された昭和38年以降に設置されたものということになります。お婆様のお話ではその頃にはもう照明は使われていなかったそうなのでそれ以外の目的…小型で腕木が見当たらず、線も1本しか無いので電話線でしょうか。残念ながら観光洞窟時代の生き証人というわけにはいかないようですが、CCA木柱自体が木製電柱の需要激減であまり生産されなかったらしいので地味に貴重な発見かもしれません。
59,8172026-04-03 22:21:16/tunnel/kimen/main4.html10
凄い証言ですね。
私も淡路島のヒヤリ隧道を探しに行った際に、地元のおばあさんに隧道を通って通学していたというお話を聞いたことがありますが、全然段違いのレベルのワイルドな通学ルートですね。
しかも女性。凄い方に会えたのも大収穫ですね。
59,8162026-04-03 21:29:56/tunnel/kimen/main4.html10
岡山県民でしたが、この洞窟の件はしりませんでした!!勉強になりました!!ところでこの伯備線ですが、それこそ法曹の近くに廃止になった「壮の宮隧道」が残ってます。「動くトンネル」と言う事で、トンネルが地滑りで段々横にズレて行き、最終的には新しいトンネルを掘り返しました。もうすでにご存じの内容かもしれませんが、ここに記させて頂きます。あと不動滝の近くの180号線に、昔隧道があったそうですが、今は切り崩して石碑だけが残っているそうです。
59,8152026-04-03 20:58:53/tunnel/kimen/main4.html10
おおらかな時代という表現に隠される本質的にはサバイバルの時代ですね…。仮乗降場もなかった感じなのは、裏を返せば当時はこういう通学をしている人が相当に多かったのかもですね。
59,8142026-04-03 20:27:08/tunnel/kimen/main4.html10
自分の祖母(故人)が、おそらくこの古老が通学していた高梁高校がその前身の高等女学校の時代にそこで教師をしていました。年代的に教え子ではないと思われますが、親近感を覚えます
59,8122026-04-03 18:07:46/tunnel/kimen/main4.html10
まだ、観光通路があったとは言え、なかなかスゴい女学生ですね!洞窟もだけど、通学路全体が今では考えられないよう状況ですね。
59,8112026-04-03 17:29:43/tunnel/kimen/main4.html10
すごい!!!!
59,8102026-04-03 14:49:33/tunnel/kimen/main4.html10
素晴らしい!
59,8092026-04-03 14:28:53/tunnel/kimen/main4.html10
自称唯一の(そしておそらく最後の)通行利用者にピンポイントで出会えるとは
とてもラッキーなことでしたね。

https://yamaiga.com/tunnel/kimen/101_1.jpg
"杉ぼら"(ここを超える道もあったという)

赤色立体地図で見ると、杉ぼらの峠に切り通しがあり、
その下の斜面につづら折れの道らしきがうっすらと見えますね。
杉ぼら道の峠まで登る労力と、つづら折れを繰り返す冗長さに対して、
鬼女洞の道は圧倒的に楽で景色も良さそうですが、
新聞の松明や豆電球の懐中電灯で地中を行くのは度胸が要りそう。

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