| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
|---|---|---|---|
| コメント | |||
| 42,800 | 2019-11-24 15:48:00 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 「京都学・歴彩館」での資料調査は・・まだまだですよね | |||
| 41,692 | 2019-07-20 02:37:52 | /tunnel/kissaka/main2.html | 9 |
| 廃隧道を見に行ったり、現地に開通までの話が書かれた看板があったりして読んでみるとどこの隧道も地元の人々のそれまでの苦労と隧道開通への思いが感じられるものでした。最後の記事でも同じ印象を受けたのですが、それが短命であり、現在はあれだけしか残ってないと思うと切なさを感じました。 | |||
| 39,758 | 2018-11-10 02:40:26 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 続報はよ | |||
| 39,447 | 2018-10-01 17:37:48 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 謎の東の坑門ですが、まさか新坑門と共用ではないでしょうか。何の根拠もありませんが・・・。 | |||
| 39,441 | 2018-09-29 22:13:40 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 高浜町側のラブホ跡確認されてると思いますが、あの道が旧道と聞いてますが。 | |||
| 37,112 | 2020-12-09 11:48:06 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| いつも素晴らしいレポートをありがとうございます。現役時代の吉坂隧道の写真が、いずれの坑口か穴のあくほど写真を眺めていましたが、ポータルにしみついた苔が、明らかに向かって左側に多く、反対側の右側に少ないので、日照方向は向って左から、つまりこれは福井県側坑口とみて間違いないだろうとの考えに至りましたF生 | |||
| 37,059 | 2020-12-03 19:56:15 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 吉坂隧道にこんな歴史があったとは。近くの高専で5年学びました。もう40年近く昔のことです。隧道両側のホテルも健在そうですね。懐かしい。そして松籟洞のネーミング。ありし日の写真が発見され、完結してよかった。すごく良い記事でした。 | |||
| 36,915 | 2020-11-21 14:09:11 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| これは良い完結編。巻き立てはコンクリブロックなのかブロック風の場所打ちなのか。大きくて立派な坑門ですね。 | |||
| 36,907 | 2020-11-20 11:55:57 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 執念の追求お疲れさまでした次の理由で、福井県側坑門だと考えます・扁額の文字がなんとなく四文字に見える・扁額の上の土被りが、京都側よりも深く見えるでも、念押しには、京都側坑門の向かって左半分のコンクリブロックの刻みを検証すれば、結論は出ると思います。よっきレポでは、現状京都側の右半分しか掲載されていませんが、当時の写真ではこの部分が木炭ガスの排煙で良く見えません。検証お疲れさまでした。 | |||
| 36,906 | 2020-11-20 08:15:22 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 素晴らしい完結です。ネットの力はすごいものですね。情報が集まりレポートもどんどん素晴らしいものになっていく。まさにこのサイトはそういうことです。 | |||
| 36,905 | 2020-11-20 01:21:22 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 正に悲劇を象徴する隧道。埋もれた歴史を掘り返す、これもまた冒険。追加の写真は出口から左方向にカーブしているのがわかります。青写真等の位置関係から、福井側の可能性が高いような気がしますね。 | |||
| 35,451 | 2020-07-03 13:18:42 | /tunnel/kissaka/main2.html | 7 |
| 松籟(まっだ?)トンネル!死語ではありませんか。 | |||
| 33,885 | 2020-01-06 11:58:02 | /tunnel/kissaka/main2.html | 6 |
| 「旧トンネルの完成間近を伝える地元紙の記事が発見された」の下の1行から11行の「問題のある戦時中のセメントを「後から取替え工事をしたこともあ」った」になっている | |||
| 33,801 | 2019-12-23 23:58:56 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| >表紙を見ると、「昭和28年度〜30年度 建設省委託 吉坂隧道復旧工事設計書」とあり細かいですが「仝」(「同」の異体字)が抜けてると思います。「昭和二十八年度〜仝三十年度」と書いてある。 | |||
| 33,511 | 2019-11-25 22:05:38 | /tunnel/kissaka/main2.html | 8 |
| 凄いですね。 | |||
| 33,510 | 2019-11-25 20:06:41 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 「※リンク先の内容を安易に真似しないでください。」😻左下の拍手しましたw | |||
| 33,508 | 2019-11-25 17:59:29 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| クボティ ☆G J! | |||
| 33,505 | 2019-11-25 15:03:20 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 窪田教授 ⤴ ⤴ | |||
| 33,502 | 2019-11-24 23:27:17 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 今日の追記で1点だけ修正点が。災害復旧工事実測平面図(最終改訂版)の、カーソルオンで表示される拡大の中で、基礎(桃色)としているのは設計図上の「旗揚げ」です。すぐ下にあるB型基礎、A型基礎の記載と同じ扱いのものです。この場合は、2号石積7mの真下にC型基礎7mがあるという意味になります(B型・A型基礎も延長を足すと1号石積の24.4mになります)土木設計図を見る機会の多い人間ですので、ちょっと気になった次第です。 | |||
| 33,501 | 2019-11-24 22:10:57 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 公文書館というものが、如何に重要か、また、必要な物なのか大変理解できる追記ですなあ。小洒落た名前になってしまいどうなったのかと思いましたが、生の史料と言うものの力と説得力を感じました。地元民としては、もっと使わないとイカンなあと思いました。 | |||
| 33,499 | 2019-11-24 20:12:15 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 窪田教授、ファインプレー! | |||
| 33,497 | 2019-11-24 16:52:45 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 私も図面を書く仕事をしているのですが、社内のデータベースからpdfで参照できる、CADの無かった時代の手書き図面には、本当に畏怖すら覚えます。 | |||
| 33,495 | 2019-11-24 15:48:00 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 「京都学・歴彩館」での資料調査は・・まだまだですよね | |||
| 32,387 | 2019-07-20 02:37:52 | /tunnel/kissaka/main2.html | 9 |
| 廃隧道を見に行ったり、現地に開通までの話が書かれた看板があったりして読んでみるとどこの隧道も地元の人々のそれまでの苦労と隧道開通への思いが感じられるものでした。最後の記事でも同じ印象を受けたのですが、それが短命であり、現在はあれだけしか残ってないと思うと切なさを感じました。 | |||
| 29,097 | 2018-06-07 22:16:21 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| >同じ場所「舞鶴市字吉坂」にあることになっている とありますが、大鑑では「舞鶴市吉坂」と「舞鶴市"字"吉坂」と表記が異なります。 これ、「誤記」でないのならば、違う場所を示しているんじゃないでしょうか。 前者は「住居表示」の町名「吉坂」、後者は「地番」の字名「字吉坂」と思われ、 地域の一部だけ住居表示を実施した場合こうなることがあります。 こういう場合、住居表示「○○市□□1番1号」と地番「○○市字□□1番地の1」は違う場所です。 まあ実際は大鑑編纂時に、 新トンネルの住所は最新の住居表示で表記したが、 旧トンネルは「住居表示に関する法律」が施行される前に放棄された為、 住居表示がわからなかったので現役時代の古い地番で表記しただけ とかそんなところだと思いますが。 | |||
| 29,032 | 2018-05-30 00:25:19 | /tunnel/kissaka/main2.html | 8 |
| 調査途中なので8点。 細かいことですけど 〉国境の山上に建つ松尾寺へと上る県道を左に分けて 「府道」ですね。 〉国道情報連絡所 耳慣れない用語なのでググったら「それについては平沼義之氏の文庫『国道? 酷道!? 日本の道路120万キロ大研究』をぜひご覧いただきたい」という文が出てきた(笑)。 http://tenere.blog.shinobi.jp/%E9%81%93%E8%B7%AF%E5%85%A8%E8%88%AC/%E9%81%93%E8%B7%AF%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%80%A3%E7%B5%A1%E6%89%80 | |||
| 28,974 | 2018-05-20 02:49:10 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| (´Д`)ノ 限られた予算、物資、人員の中で誕生した旧トンネル。短い期間の役目を終え静かに眠る、合掌。 | |||
| 28,874 | 2018-05-13 00:00:05 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| ぞくほうまだかなー | |||
| 28,570 | 2018-04-15 10:22:40 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| 現地調査もさることながら机上調査編が最高です 乏しい手がかりを追って真実に迫ろうという姿はまさに一級のドキュメンタリーでした | |||
| 28,485 | 2018-04-08 15:26:06 | /tunnel/kissaka/main2.html | 10 |
| レファレンス記録出てますね↓ http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000228233 | |||
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