http://yamaiga.com/tunnel/koiji/ の公開中コメント一覧

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コメント
37,4322021-03-13 09:19:57/tunnel/koiji/main.html10
文章のセンスがいいですね。
楽しく読めました。
37,0172021-01-28 16:34:58/tunnel/koiji/main.html9
これを言ったら元も子もないのですが、建造年が古すぎるためコンクリートなど調達できず、
最も手近な石材で間に合わせ、それこそブロック塀を積むような感覚で
あまり深くは考えずにサクッと施工してしまったような気もします。
また、建造の発想も単純で、上部の通路を寸断したくなくて、
深い切通にして通路を架橋し直す方がはるかにめんどくさいとか、
案外実に単純な思想で「地盤も良いし、なら穴を掘ろう」とか、
開削工法ではないにしてもカルバート的な考えだったかもしれません。
話をもりあげてくださるのはもちろん楽しいですが、
様々な隧道建造譚を見るにつけ、近代の隧道建造の発想は、
そんなに複雑怪奇な思慮はしていないのではと思ったりします。
それこそ猫車で持ってこれるような至近で安価な石材が入手出来たわけですし。
長々とすみません。また楽しみにしています。
35,8332020-09-22 21:33:24/tunnel/koiji/main.html10
すいません。残念なお知らせです。
私、先日35035で、珠洲市に、能登線の踏切り跡が残っている旨、記載しましたが、先日、ギロチンで、埋められました。線路を撤去せずに、アスファルトの上塗り舗装です。残念です。
35,0352020-06-28 12:56:06/tunnel/koiji/main.html10
 観音坂は、旧国道が海岸回りの時、遅い車の抜け道としてよく利用しましたが、トンネルの存在は知りませんでした。せっかく恋路までいったのなら、入口の200m先、恋路駅前の立派な雨宿り施設(一般にはロックシェッド、覆道というのかな?)も記載するべきでしたね・・・ グーグルで確認してください。
コメント欄の32632方へ、珠洲市正院町川尻の主要地方道県道12号蛸島港線(正院小〜ライスセンター間)にもまだレールが残っています。いつもの癖で一旦停止してしまいます。(笑)
34,5432020-05-12 13:11:02/tunnel/koiji/main.html9
石川県にまだまだ取りこぼし物件が〜久々に胸が熱くなりました。こそばゆい
34,0822020-03-15 12:28:40/tunnel/koiji/main.html9
鳥取市在住の北村と申します。
昨年石川県能登半島に友人とツーリングにいった際、恋路海岸のこのトンネルの側を通りました。まだこのサイトの存在を知る前でしたので、こんなトンネルがあり、かつての往来の記憶をひっそりと留めていたとは...と思っています。
自分は特に旧道や廃道など精力的に訪ねたりはしていませんが、旅先で見かけたりするとかつてはどんな風に使われていたのだろう?と調べてみることはあります。少しでも知っている場所だと、やはり興味を引かれます。

これからも、身体にお気をつけて調査、執筆にご活躍ください。
32,6322019-08-30 20:34:22/tunnel/koiji/main.html10
近所ですが知りませんでした。
関西在住の職人さんに貴サイトと共に教えてもらって
案内してもらいました。
彼には、お礼として松波駅近くにあって、レールが未だ残る(2019年夏現在では、保存された場所以外では恐らく唯一の)
能登線の踏切の遺構を案内しました。
32,2452019-07-23 20:04:58/tunnel/koiji/main.html10
いつも楽しく拝見しています。データーベース凄いですね。。本当にご苦労様です。
31,7522019-05-14 09:20:50/tunnel/koiji/main.html10
すみません、「釜清水隧道」について触れられているので…。
わたしの地元で、よく徒歩で通行したトンネルなのですが、石川県有数の古い歴史があるとは知りませんでした。
ちなみにこのトンネルは旧鳥越村、現白山市にあります。頭の上は加賀一向一揆の最期の地、鳥越城です。一時期能美郡だった歴史はありますが、小松市ではないです。よろしくお願いします。
31,3902019-03-24 14:50:46/tunnel/koiji/main.html10
私が通っていた大学の所在地である山口県山口市にも、恋路という地名があります。
だから恋路という地名自体はあまり驚きませんでした。
30,7552018-12-29 05:08:04/tunnel/koiji/main.html10
えっと……こいし隧道?(無意識)
30,5762018-12-05 23:43:06/tunnel/koiji/main.html10
ええ話や
30,5382018-11-30 02:40:46/tunnel/koiji/main.html10
近くに住んでいるなら是非見に行ってみたいと思いました。
そんなに古い隧道だったなら、観光地化はされなくてもいいですが文化財?みたいな感じで保存したり、由来を示す看板みたいなのがあったりすれば良いのではないかと思いました。
30,4862018-11-23 22:55:30/tunnel/koiji/main.html8
東京国分寺の恋ヶ窪にも鎌倉時代頃の悲しい恋の物語が伝わっている
胸糞悪い内容であることが共通している
そして恋ヶ窪にはJR武蔵野線のトンネルが通っている
30,4722018-11-22 11:56:27/tunnel/koiji/main.html10
隧道についての案内看板を設置するときに"強度的には弱い芋目地の隧道"として説明をしなければならないから放置状態になっているのでしょうか。
30,4302018-11-19 18:36:59/tunnel/koiji/main.html10
調査編ですっきりしました。コンクリ補強がされている坑口側のコンクリート壁のはみ出しが気になりますが、この隧道にそこそこ陽が当たる日が来ると良いですね。
30,4272018-11-19 10:55:08/tunnel/koiji/main.html7
現地レポにて隧道を通らない尾根超えルートとの比較が乏しいのが残念ですね。
すぐ近くで高低差もわずかなのに。
机上調査で隧道ルートが作られた理由を突き止められなかったのも残念。
隧道による荷車などの峠超え労力軽減効果はもちろん有ったでしょうが、
石造隧道を築く費用と労力に見合う効果があったのかどうか?
尾根上に古くから集落があったようなのでその生活道路に
通過交通が入り込むことを嫌ったバイパス道路だったのか?
色々と想像はできますが想像はあくまで想像に過ぎませんし。
30,4262018-11-19 10:03:51/tunnel/koiji/main.html10
明治隧道ーー!!
30,4252018-11-19 09:44:10/tunnel/koiji/main.html10
すげえ、石川県の土木建設史に残る文化遺産じゃないか!
30,4242018-11-19 09:19:58/tunnel/koiji/main.html10
nagajisさんがサイトで紹介もしている、兵庫県猪名川町の「くろまんぷ」も「日本最古級の石造りトンネル」という触れ込みでしたが、能登でそれより古いというのは驚き
30,4232018-11-19 03:05:24/tunnel/koiji/main.html10
能登半島には明治20年に石川県が行った麒山道の改修で誕生した2本の手掘りトンネルもありますよ。能登半島地震で破損後旧道化した八世乃洞門が昭和38年に開通するまで曽々木の生活道路だった素掘りの人道隧道です。
昭和32年公開の東宝映画のロケ地になったことで後に遊歩道化され、恋人の聖地として観光地化しているのでヨッキさんの好みからは外れて見落としていらっしゃるかもしれませんが......遊歩道化の時に一部舗装され、恋人の聖地として残念な通称を名乗らされ、残念な照明も設置されてはいますが、内部は往時の素掘りのままです。

ちなみに八世乃洞門も特殊な構造のトンネルです。
30,4222018-11-18 17:43:24/tunnel/koiji/main.html9
思っていたより古いですね!
これって明治車道のセオリーで、古道の「観音坂」の起伏を避けるために「恋路隧道」→「海側の(仮定)県道」と変遷してきたってことでしょうか?
徒歩道そのままの激坂が残る主要地方道があったりする中(笑)、明治の段階で車馬の通過が必須だった地域の幹線道路らしい歴史を持ってますね!

隧道が残りつつ半ば放置されているのは、やはり自治体(教育委員会)の台所事情でしょうか…
歴史的価値はわかっていて残してるんだけど、予算もないし、当面は崩れそうにないから整備は後回しで。手入れしていないから積極的な情報発信にもちょっと及び腰…という、わりとありがちな構図のように思いました。
史料の収集はしているんだけど、郷土史博物館や史料館を作る予算や専門人員が獲得できなくて薄暗い史料庫に埋もれてるといったケースは、比較的大きな街でもあったりします。
やはり隧道周辺にお住まいの方か、教育委員会で話をうかがうと地元での認知度やその辺の事情がわかったりするのかもしれませんが、それだと大掛かりな調査になっちゃいますものね(汗)
30,4182018-11-18 13:46:46/tunnel/koiji/main.html10
石川県在住の人間でさえも知らなかった道の来歴を解き明かす手腕は流石です。
金沢市の方にも来られているようですので今後のレポートも大変楽しみに待っています。
どうぞお気をつけて。
30,4162018-11-18 01:19:19/tunnel/koiji/main.html10
能登半島の内浦側には広範囲に珪藻土(堆積岩)の層の分布があり、恋路からすぐの珠洲では室町時代以来今でも珪藻土を切り出して加工する切り出しコンロが作られ続けていますし、かつては和倉温泉の辺りでも珪藻土を切り出していたそうです。さらに小木石もありますから、柔らかく軽い石を砕かずに切り出す技術は昔から高いものがあったのではと思います。ただその先の技術が追いつかなかった結果が芋目地だったのではないでしょうか?さらに言うなら、彼らの扱っていた石の軽いという特性に助けられ、稚拙な技術でも簡単な補強だけで完全に崩れることなく地震にも耐えてきたのかな、と。あとは素掘りでも耐える地質だったとか、いくつもの偶然が重なって今も在り続けるのでは?
30,4142018-11-18 00:29:24/tunnel/koiji/main.html9
いいね〜
こういうこじんまりとした隧道すきです。
30,4132018-11-17 21:15:28/tunnel/koiji/main.html10
「小木石」と「隧道」で調べていたらこんな記事が。

酒蔵の改修工事
http://sougen-shuzou.com/wordpress/?p=200

北陸初!隧道蔵貯蔵酒が発売開始
http://sougen-shuzou.com/wordpress/?p=1108

酒蔵の麹室で使用されていた小木石を、廃線になった「のと鉄道」のトンネルを買い取って作った「隧道蔵」の建材として再利用したそうで……

小木石の隧道をコンクリートで補修した恋路隧道と、コンクリートのトンネルに小木石の建材を持ち込んで改修した隧道蔵……
なんとも好対照ですねぇ……

るくす
30,4122018-11-17 19:52:57/tunnel/koiji/main.html9
面白かったです!
30,4102018-11-17 18:47:31/tunnel/koiji/main.html10
140年前のトンネルかぁ、おもしろかった!
それで、二人の恋路の邪魔をした源次は最後どうなったんですか?
30,4092018-11-17 13:56:12/tunnel/koiji/main.html9
廃屋の間を抜ける自然に飲まれかけたアスファルト路、逆から入っていたら印象がまた違ったでしょうね。調査編まってます。
30,4082018-11-17 12:51:20/tunnel/koiji/main.html10
昔廃道をゆく2で読んだ「細川柱本隧道」(仮称)を思い出しますね
あれも独立アーチの連続構造だったと記憶していますが…

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