ミニレポート 第102回 太白山第二橋

所在地 仙台市太白区
探索日 2006.07.07
公開日 2006.07.08

杜の都の忘れ物 ふたたび

 以前、読者情報によって発見した「青葉山橋」は、東北最大の都・仙台の遠大な都市計画が置き残した、未完の道の名残であった。(→ミニレポ「青葉山橋」
それが、特に高速道路の上を跨いでいたために、多くの人の目にとまりながらも、長らく謎の存在として放置され続けてきたのである。

 今回、新たにもう一本、おそらく似たような経緯によるものと思われる、行き止まりの橋が発見されたので報告しよう。
場所は、青葉山橋から南にわずか2kmほどの地点だ。



 仙台市太白区は、政令指定都市仙台の南西部を、奥羽山脈に接する形で区域としている。
西部は秋保温泉や二口渓谷などの観光地として、東部は仙台市のベッドタウンとして開発が進んでいる。
紹介する太白山第二橋は、東部住宅地と西部の山地とを大まかに分かつ東北自動車道を跨ぐ橋である。
ただし、橋の西側には道がない。

 ご覧頂こう。



 七夕の日の早朝、前夜遅くまで仙台で仕事をした私は、この日一日のんびりと散策しながら秋田へと戻るつもりだった。
仙台市街地にあるこの橋の散策は、まだ車通りの少ない早朝が良いと思い、車中泊もそこそこに、初めて訪れる太白区の閑静な住宅地へと入った。
そこには、私が住む秋田市では見られないような、成熟した新興住宅地の空気が満ちていた。
あつく垂れ込めた朝霧が、夜明けを住人たちに気づかれまいとするかのように満ちていた。



 橋へ続く道は、その直前に交差点がある(上写真)。
交差点の橋側も道幅はそれまでと変わらないものの、白線が一切消え、妙に殺風景である。

 そして、直ぐにこの白い(写真左)バリケードが現れる。
良く育った欅の街路樹が、この道の歴史が決して浅くないことを示唆する。
だが、滑らかなアスファルトは、不自然なガードレールによって進路を妨げられている。



 ガードレールの柵の向こうには、一本の幅広な橋が見えている。
青葉山橋とは違って、橋の上までちゃんと道は続いているようだ。
内心ホッとする。
だが、そのことが、悲しい事件を引き起こしもした。

 ガードレールには特に立ち入り禁止といった表示もなく、歩道は普通に通れるので、自動車の立ち入りを禁止しているだけのようだ。



 過剰なほどの有刺鉄線が張り巡らされた袂。
橋の上へ行くことは容易いが、ここから高速道路へ下りようとした輩がいたのだろうか。

 橋の名前は太白山第二橋。
見たところ、青葉山橋と橋の上の様子は酷似している。
なお、「第二」とあるが、第一は現在の所発見されていない。
東北道を車で通行してみた限りでは、北へ向かった場合、まずこの第二橋をくぐり、その次にくぐる橋が青葉山橋ということになる。
つまり、行き止まりの橋が二つ続いていると言える。



 ……。

 何も言うまい。



 橋の上に人影が有っても、下を通う誰も気に留めることはないだろう。
そこを通っている物は見慣れた車達に過ぎないが、今は意志など通じはしない。
高速道路を使っているのは人の筈なのに、運転者はみなその機能に呑み込まれ、車の部品の一部にでもなってしまったかのようだ。
それは、高速道路の恐ろしさだ。

 漠然と行きすぎる車を見ながら、私はそんなことを考えていた。
飛び降りた人だって、車が人に見えたなら、きっと……。



 人がいなければあまりにも寂しい橋の上を振り返る。

 朝霧は急速に晴れはじめ、犬の散歩をする人や、橋の袂に椅子を置いて佇む人など、思い思いにこの都市のエアポケットのような空間を利用している。



 橋の先には、もはやアスファルトの道はない。
ただ、かつて道を作ろうとしたのか、良く締まった草原が真っ直ぐ続いている。




 建造銘板の内容は、あの青葉山橋と一字一句同じであった。
東北自動車道の開通と時を合わせ、将来の都市計画のために建設された橋なのだろう。

1975年2月
日本道路公団建造
道示 (1973) 一等橋
施工 北海道ビーエスコンクリート株式会社
フレシネー工法


 幅広の築堤が、真っ直ぐと目の前の丘に向かって続く。
刈り払われた幅2mほどの道の中央部には、踏み跡がしっかりと付いている。
目の前の山の少し先には、お椀を伏せたような特徴的な形で市民に親しまれる太白山があるのだが、高い山ではないので、これほど近付くともう見えない。



 行き止まりが見えてきた。
行き止まりに、両手を合わせて目を閉じ身動き一つしない男性の姿を認め、思わずはっとなった。
ただ興味本位で来てしまった私が近付いてはいけないような気持になったが、ここまで来たら道路の結末を見なければならない。

 私は控えめに小さく挨拶して、近付いた。



 車道らしい痕跡はここで終わりだが、終点から先にも、さらに木の階段が続いていた。
「自然環境センター」という公園になっているらしい。
おそらく太白山に続いているのだろう。

 この道については、青葉山橋を造った道とは異なり、現在の都市計画図にはその予定線さえ記されていない。
おそらく、将来もこの先に道が延長されることはないのであろう。

 私は、静かに立ち去った。