山形県北東部、北に秋田県と接する最上郡金山町の南縁に、桝沢ダムがひっそり水を湛えている。
昭和36年に完成した同ダムは、全国でも比較的数の少ない、農林水産省直轄ダムの一つである。私も今回のレポを書くために調べるまで、そのようなものがあることを知らなかった。
管轄省からも予想が付くとおり、このダムの目的は農地灌漑にある。
そして、現在は東北農政局が管理しているこのダムへ行く道には、一つの隧道がある。
地図上ではとても小さく描かれ、ダムへ行く以外にはどこへも通じていない隧道である。
見に行ってみた。
金山町中心部から舗装路を約5km、金山川が形作る扇状地の南端である下明野地区から、その支流である枡沢川を遡って東へ進むと、やがて眼前に一つのダムが現れ、谷をめいいっぱい塞いでいる。
ダムサイト上にまるで飛行場の管制塔のような建物が目立つ桝沢ダムで、重力式コンクリートダムの堤高は60mある。
湖畔へ続く町道はここで急に勾配を増し、一気に堤体レベルまで登り詰めていく。
この登りの最後に、一本の隧道が待っている。
ひとしきり登ると、駐車場のようにやや広くなった砂利敷きの路肩の先に、狭い隧道が見えてきた。
目指す隧道に間違いない。
全然期待していなかったのだが、思った以上に、ネタっぽい…。
良い雰囲気を感じる。
だが、すんなり入れるのかと思いきや、入ってすぐの場所に大きなゲートがあって立ち入り禁止となっている。
うっかり車で突っ込みそうだな。
ダムの竣功が昭和36年なので、ほぼこれと同時期に掘られたのであろう。
当時の工事車両の大きさは今ほどではなかったのだろうが、断面は大型ダンプがやっと通れる程度しかない。
それでも、コンクリートの坑門には一応の意匠らしい「笠石」が設けられている。
また、手入れがあまりなされていないようで、坑口は全体的に荒れている。亀裂も目立つ。
御影石製の扁額が埋め込まれており、左書きで「枡沢隧道」とある。
しかし、汚れが酷く、雑草まで生え始めている有様だ。
ここだけ見ると廃隧道のようである。
控えめに立ち入り禁止が案内されている。
まあ、そうガミガミと禁止しなくても、余り立ち入ろうとする人もないのだろう。
この道はどこかへ通じているというわけでもないし、湖自体も小さく、殆ど知られていないのだから。
だがここは、私にとって甘酸っぱい喜びの場所になった。
急な斜面を切り開いて穿たれた坑口の周りには、たくさんの木イチゴが生えていて、今まさに食べ頃となった蜜柑色を実らせているではないか。
こいつには私は目がない。
むさぼり食ったね。
野鳥のようにね。
また、採りに行こうかな…来年も。
で、通り抜けたければこのバリケードを越えるしかない。
辺りに人の気配はないし、どうやらダムも無人管理なようなので、ここは失礼して…。
よっこらせ… と。
全長は50mほどで、真っ直ぐ出口へ向かっている。
コンクリートで覆われた内壁や路面にも変わったところはなく、すんなりと通過できる。
ちなみに、照明設備はない。
まんまダム管理施設の脇に飛び出した。
だが、予想通りそこに人影や停車している車もなく、ほっと安心。
いままで、余り人の目に触れてこなかったと思われる、このダム側の坑口も、特に変わった部分はない。
一昔前の狭い隧道といった感じだ。
不気味なほど押し黙ったままのダム湖の様子。
特に愛称が付けられた気配もないし、ただの桝沢ダム湖なのだろうか。
ここから湖畔を一周できる林道ないし歩道もあるが、私はここで引き返すことにした。
このような立て看板があって、以前はここまで自由に見学できた事を匂わせる。
歴史的には、先に述べたとおり農林水産省直轄ダムという珍しい存在である上に、その中でもかなりの古株であって、そう言う意味で見学に来る人もいたのかも知れないが、何も知らなければ本当に何の変哲もない、小さなダムである。
いや、色々と知っていたとしても、なかなかこのダムの様子を見て何かを感心するというのも、難しい感じがする。
私にしても、隧道目当てでなければ来なかっただろうし…。