全長55kmに及ぶ県道「広野小高線」の全線完全走破を目指し、眩しいあさひ目がけて走り出した私。
昨年の12月10日、午前7時過ぎのことである。
よもや陽が落ちるまで一本の道に付き合わされるとは思わなかったのだが、ただの55kmではなかったのだから仕方がない。
今回は、終点である南相馬市小高区(旧小高町)から起点である広野町へ向けて南下することにした。
この終点というのが、次の地図の通り、何の変哲もない場所なのである。
いまは、その終点を目指し東へ向かっている最中。
この挑戦のスタート地点である県道終点は、小高区塚原の日向という字にある。
国道6号とは直接結ばれておらず、県道260号「北泉小高線」がその橋渡しをしている。
私は今その県道を走っているのだが、海まで殆ど遮るもののない水田地帯であるから、東進するのは眩しくて適わない。
もっとも、今日は今のところ風が強くないのは良い兆候であり、海岸線の長距離サイクリングで逆風に当たった日には、もうそれだけで帰りたくなるものだ。
国道6号からちょうど2kmで、目指すスタート地点に着いた。そこは信号のない十字路になっており、交差点に交わる4本の道のうちで唯一1車線しかない直進の道が、目指す道であると分かったのは、当然ハンドルに握られた「捕獲MAP」の効用である。
滑り出しは上々だ。
確かな手応えを感じた。
この道……、期待通りの「期待されてなさ」だ。
字レベルのローカル地名がオンパレードの青看が取り付けられていた時点で、既にこの道のやる気は知れた。
どれが何号線かなんて、地元の人に関係ないもんな。
さあ、入ったぞ。
県道391号!
とはいえ、何か変わったことがあるというわけでもなく。
むしろ、何もないまま家並みが過ぎていく。
330mほどいくと、直角右カーブだが、ここは道幅が明らかに「右太〜い」なので、モーマンタイ。
で
150mで再び交差点。左右に道が分かれている。
同じくらいの道幅だが、僅かに左の道の方が広いので、ここは地図に照らしても左である。
ん?
これは。
…
…
なんて、健気なんだろう。
親切だなぁ。 嬉しいなぁ。
左折して90mで、またも交差点。 ここ右折。
ちょっとちょっと!
すごいペースで来てるよ。
まだ始まって1km来てないのに、直角に進路を変えねばならない交差点が、既に3カ所。
つーか、交差点自体3カ所しかなかったような気もする。
地図からも、何となくそのカクカクぶりは気がついていたし、だからこそ興味を持って訪れてしまったわけだが、期待以上にカクカクしてる。
と、このブラインドカーブにて、突然に近い勢いで軽の乗用車が前から突っ込んできた。
私が驚いていると、後ろに白煙を引っ張りながらあっと言う間に消えていった。
朝の静寂を破る、この県道で一番めの遭遇であった。
3度目の直角カーブを過ぎると、道幅はやや広くなる。
でも130mでまた狭くなる。
そこに、一本の橋が架かっている。
名を、ハツカラ橋という。
変わった名前。
ググってみると、数件のヒットが全てダイオキシンがらみなのが悲しかった。
その検索結果は別に水が汚いと言うことを言いたいのではなくて、この場所が水質検査の場所であり、それ以外に名前が一切上がってこないくらいマイナーだと、そういうことだ。
銘板には「ハツカラ橋」と「はつからはし」と書かれたものがあり、どうやら正式な表記はカタカナであるらしい。
上の写真でも分かるとおり、県道はいま海岸線に出てきた。ハツカラ橋の下にやや逆流しているのは、小高川だ。
橋を渡ると再び道幅は元の1.5車線に戻り、防風防砂を兼ねた松林の中を一直線に割って南へ向かう。
ようやく遙か南にある目的地へ向けて、エンジンに点火してくれたようだ。
この辺りは村上海岸という名前で呼ばれており、そういえば青看の示していた地名もここだ。
早くも青看の示した所による「この道の存在意義」を全うしてしまった感はあるが、まだまだ始まったばかりである。
これから延々53km以上も道は続く。
橋を渡って1400m、全く変化のない景色の中に真っ直ぐな道が続いた。
その単調を破ったのは、なんだか乱暴な書き筋の標語看板であった。
まだここは小高区内だが、大字が塚原から村上に変わっている。
この看板を合図にして道の両脇に民家がぞろぞろと現れ始め、それも数百メートルで止むと、T字路にぶつかるのだった。
T字路。
当たり前のように、自分よりも幅の広い、2車線の立派な道がそこにある。
しかし、こんな光景でめげては居られない。
大丈夫。
私には「捕獲MAP」以上に心強い味方が出来ていたのだから。
辿り始めて僅か数キロで、全幅の信頼を置くまでになったもの。
それは、このガードレールに設置された小さな小さな標識である。
「へキサだー」などと歓声を受けることもなく、ただひっそりと、この道をどうしても辿りたいと願う奇特人のためだけに、分かりにくいだろう交差点に欠かさず現れるもの。(念のため言っておくが、ここまで普通のヘキサは一つもない)
こうなれば話は早い。
合流のわずか196m先に再び左折を指示された時も、全く動じなかった。
直進する2車線の道がありながら、この小さな小さなヘキサだけに応援されて左折する私。
行き先表示などと言う無粋なものはない。
この県道をただ辿りたい。
そんな純な気持ちに彼女は答えてくれるのだ。
念のため地図も見ているが、全くもって彼女のナビは完璧だった。
こんな変な道で、もし彼女が居なかったら、地図だけで辿ったとしたら…。
どんなに心細く。どんなにか暖簾に腕押し臭に苦しめられただろうか。
私は、いつでも彼女が見守ってくれていると言うそれだけで、お母さんのお腹の中を探索しているような安心感(?)を、常に得ることが出来るのだった。
見守ってくれているのは、彼女だけじゃなかった。
何の変哲もない交差点に、青看なんかよりもずっとずっと古い、石の標識が立っていた。
いわゆる、道標石。
その硬い石の表面に刻まれた小さな文字は、
「右 川原田ヲ経テ小高 左 福岡 女場」
と読み取れた。
さしずめ彼は、滅多に口は開かぬが、その言葉には無二の重みのある、祖父と言ったところか。
優しい母と、老いてなお盛んな(?)じじいに見送られ、
初回で図らずも点数が上がりまくっちゃったので、今回は安泰かな(笑)
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