ミニレポ第129回  夏狩天神峠の未成市道 後編

所在地 山梨県都留市加畑〜夏狩 
探索日 2008. 3.9
公開日 2008.3.21

谷に終わる道


2008/3/19 16:00 

 ゴルフ場になって峠の体裁を全く失ってしまった夏狩天神峠の下をくぐる、市道の天神トンネル。
照明はあるが点灯していない事実が、この道の“いま”を端的に示している。

 手持ちの照明に頼り、トンネルを通過。
ちゃんとその先にも道は続いていた。
しかし、未成というタレコミが私をここに導いたのだから、きっと下るだけ下っても麓に辿り着けず終わるのだろう。
無駄骨になるに違いない。それでも、目の前に道が続いている限りは、行くしかない。




 寒々とした景色の中を、登ってきたときよりは緩やかだが、それでも結構な勾配で直線的に下っていく。
寒々という感想の原因は、単に冬だからというだけではなく、路肩や法面が何となく丁寧に施工されていない印象のせいもあると思う。
まだらに伐られた松の木や、そのせいで目立つ風倒木。植樹もされず裸地として残された広いロードサイドなど、無惨な感じがする。




 全体的に寂しい感じの風景だが、一つは誇れるものがある。

下っていくと途中、真っ正面に「どーーん」と富士山が現れる。

“富士山慣れ”していない自分などは、もうこれだけで「すげー」という単純な感動に支配されてしまう。
実際、トンネルの手前では絶対に見えない景色だったわけで、たかだか比高100m前後の峠とはいえ、峠の峠たるを知る気がするのである。



 見えるのは約25km離れた富士山だけではなく、左には麓の桂川河谷を見晴らす。
高架の連続である中央自動車道河口湖線を快走するクルマたちや、汽笛を(なぜか)連呼しながら駆ける富士急行線の列車なんかも、よく見えた。

 しかし、この道はそこまでたどり着けず終わる。




 チャリだと嫌でも勢いのつく、完全舗装の直線的下り坂。

だが、その終わりはまさに唐突。

不意を打いて現れる。

無論、時速の遅い“歩き”で訪問したのなら、さほど突然という感じはしないかも知れない。
それでも、予告なくいきなり“最後の壁”が現れる事には、突拍子のない印象を受けるだろう。




16:02

 大概は無味乾燥な未成道路のなかで、最も表情が豊かで、最も訪問してみたいと希う場所。
それが、この場所。

   ─ 末 端 部 。

 こんな味気ない最後を見せられても、大概「ふ〜ん。」で終わりそうなもんだが、私の場合はこれが三度の飯より好きなんだな。
特に、終わりの“裏側”を探るのがね!




 地形図にも描かれた末端部の様子。
加畑の入口からトンネルまで300m。
天神トンネルの長さが350m。
そして、トンネルを出てまた400m。
ソレが現在地。末端部だ。

 地形図曰く、すぐ南にある谷に遮られるようにして行き止まりになっているようだ。
もう夏狩の集落は目と鼻の先だが、彼我の間には流川が横たわっており、30mほどの高低差と相俟って、完成までには複数の橋を含む手間のかかる工事が必要なのだろうと想像できる。

 これは穿った考え方だと思うけれど、ゴルフ場建設のために必要な条件となったトンネル工事は完工させたものの、その先は作らず道としての体をなさしめなかったのは、市側によるゴルフ場反対勢力住民への裏切行為のような……  ごめん。全部妄想です。



 行き止まりを真横から見た様子。

路盤の終わりと、行く手を遮るガードレールとが、全く一致したところにある。
少なくとも、ガードレールの先には舗装路は少しもない。
ここまでは道をほぼ仕上げておきながら、この地点から先へと工事を進めた様子が殆どない。

 …計画的犯行か?
(都留市職員の皆さんごめんなさい、また妄想です)




 だが、その先が全くないわけでもなかった。

ガードレールを乗り越えて進むと(念のため徒歩で入った)、僅かに地ならしされた様子が見て取れる。
そして、そこから左の斜面へと捻り込むように下る堀割状の道を発見。

実に、車道終点から10mほどの近接地である。
だが、この堀割は最近作られた工事用道路とは違う感じがする。
車の通るような幅もないし、砂利も敷かれていない土道。しかもかなりの勾配だ。

 …郡内織を運んだ江戸期の古道だと直感。




 かなりどうでも良い事だと思うが、私はこだわりたい。
まず、この写真で左下の薄暗い部分が、古道と推定される堀割の入口だ。
で、真っ直ぐ伸びている道形も分かると思うが、これが、今は工事の止まっている市道の、“終わり”の先の道である。
地形図では、この先に谷があって、そこに橋を架けないと先へ進めないような感じに描かれている。 実際にはどうなっているのか。
倒木の激しい笹道を、西日に向かって進んでみた。




 おわっ。

土の斜面って、こんなに垂直に切り立つ事って有るんだな。

それが、私の強く感じた印象。
ガードレールによる終点から、この本当の工事跡の終点までの距離は僅か30mほど。
道形は、垂直に切れ落ちた谷に真っ向ぶつかって完全に消えていた。
ミミズの巨大化したような蛇腹の黒い排水パイプが、夢破れた道の残滓を谷へ吐き捨てるように…落ちていた。


 印象が強かったので、末端部では何枚も写真を撮っていた。

土斜面の意外な垂崖。
しかも、光が届かず下が見えないくらい深いみたい。
実際には20mくらいなのか。下は沢というよりも、杉の林になっている。



 この道を閉ざす谷の対岸も、枝の向こうに僅かに見えた。
そこは、地形図にもそう有るとおり、緩斜面の桑畑になっているようだ。
なんら、近代的な道の作られたような痕跡は見えない。

どうやら、この先夏狩地区までの道は、着工さえしなかったようだ。
直線距離にすれば、もう100mほどで村はずれへ降りれるのだが、真っ当な勾配で真っ当な道を作るためには、まだまだ工事量が多そうだ。
地形図で見たのでは分からなかった思いがけずに深い谷が、そう教えてくれた。


 今度は、堀割の道へ入ってみた。

これが、ちゃんと麓まで下っていれば、まず古道と見て間違いないだろう。
今も使われているようには思えないのだが、不思議と道形は鮮明だった。



 おそらくこれが、火山灰地形というものなのだろう。
ここにも、土の斜面としては恐ろしく急な崖が口を開けていた。
しかも、道はその縁の斜めになったところを、危なっかしく横断していた。

 少し後になって分かることだが、20mほど下にこの道の続きが反対向きに通っていて、すなわち九十九折りのような道になっているわけだ。
もっとも、狭いところはひと一人ようやく通れる程度の幅で、近代の道ではない。




 古道らしい最大の遺物…地蔵が現れた。
大分風化した、小さくて素朴な石仏である。自然石をにさん積んだだけの、台座とも言えないような台座の上に、斜めになって鎮座している。
ちょうどここは、道の九十九折りの頂点であり、旅行く人の目につきやすい場所である。
傍らに、杉林の斜面を半球形に掘ったような、水飲み場の跡らしき遺構が二つ見られた。

 やはり、これは古道で間違いなさそうだ。
この先の道は踏み跡もはっきりしてきて、50mかそこいらで流川にかかる簡易な橋に突き当たった。
その先は夏狩地区だと分かったので、私は何事か成し遂げた心持ちになり引き返した。






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16:24

 それから約15分後、チャリと一緒に天神トンネルへ戻ってきた。
路面の矢印は左の坑口を指し示しているが、ここはとっておきの…

  “第三の穴”へ。

なお余談だが、細田氏が今日日中に電話をかけてきた。
「前編見たスけど、歩道トンネルが気になって仕方がないス」という。たったそれだけの要件だった。
しかし、私は細田氏の「ネタを見る目」を、誰よりも高く評価している。

 そう、この歩道トンネルは、…質の高い “ネタ” だ。




 前後の道に現状で歩道がないばかりか、将来歩道を用意するようなスペースさえ設けられていないのにもかかわらず、なぜかトンネルには取って付けたように歩道が有るという不思議さ。
しかもこの南口などは、上の写真と左の写真を較べて貰えば分かるとおり、遠目には歩道トンネルの存在が見えない。

 そしてこの歩道トンネル、入口からいって「壁・カベ・かべ」で、余計な圧迫感がすごい。
普通、歩道トンネルといえば、精神衛生上少しでもストレスを感じさせないように何か「工夫」があったりすると思うのだが、この外見はそんな配慮を感じさせない。
おおよそ、一般人が通るようなムードではないと言っても、言い過ぎではない。




 入口をくぐると、案の定殺風景な風景。
照明も、当たり前のように消灯中。
穴の奥からは、つめたい風だけが吹いてくる。
思わず、「ここは避難用通路ですか」と問いたくなるようなムードだ。
しかも、めざとくこんな場所を見つけ出して不法投棄を敢行したヤツがいる。
如何にも旧世代のでっかいブラウン管テレビが二台、放置されていた。
市道のはずだが、市も完全にスルーか。




 この歩道トンネルの印象は、先ほど車道トンネルをくぐったときに感じた“違和感”を、30倍くらいに濃くしたものである。

 あなたは知っているか?
平成の世に生まれたコンクリートトンネルで、道の真ん中に立って腕を伸ばすと両方の掌が壁にぴたっとひっつくようなトンネルを。




 ここの違和感というのは、さっきも書いたとおり、「圧迫感」である。
車道トンネルも、クルマが快走するには大分狭いと感じたが(物理的な狭さもあるが“感じる”ものが大きい)、この歩道トンネルは本当に狭い。
古い地歴書などにはよく狭い道の表現として、『一人が臥すれば万人が留まる』などという表現が出てくるが、大袈裟でなく、このトンネル内で一人が両腕を横に出して立ち止まれば、たちどころに封鎖完了となる。臥する事さえできない。体育座りが関の山だ。

 落書きをして欲しいなんてとても思わないが、それにしてもこれは寂しい。
“箱物”だけ作って、利用者の姿は全く消えてしまったみたいだ。
読者の皆さんは忘れてるかも知れないが、この道は別に封鎖されてなんていない。立入禁止のタの字も無いのにこの有様。
使用感ほぼゼロ。
車道トンネルは、それでもいくらか轍らしきものがあったが、こっちについては市長の次に私が通ったのではないかと思えるほどに… 使用感が薄い。
そもそも、市長は通って無いだろうしな。



 こんなに狭いのに、当然車道トンネルと全く同じ350m近い長さを持つ。
閉所恐怖症の人だったら卒倒もんだが、唯一の“救い”が、30mだか50mおきくらいにある、道路トンネルに繋がる横坑である。

 こんな眺めじゃ、救われないか?

むしろ、常に陰になっている横坑の向こうに、“何か”が見えそうで気持ち悪かったりする。
そしてついつい、横坑がある度に キョロ見てしまう。

 写真は、そんな横坑から車道を見た眺め。
手前の車道が下り車線、奥が上り車線である。






 あの…
  ハミ出しているんですけど… 
   土が…

 良いんでしょうか?

ボックスとボックスの継ぎ目から、直接…土がにゅりにゅり(nyu-ri nyu-ri)と出てきてるんですが…。




 にゅりにゅりと出てきた土が、洞床に堆積しつつあるんですけど…。


 な… なにか、施工方法に間違い有りませんか??



 それに、一部の継ぎ目では土がはみ出しているのみにと止まらず、ずれてますけど…。
隣のボックスとの取り付けが、5cmくらいずれてますよ。




 おそらくトンネル中央付近か。
前も後も真っ暗になるエリアが少しだけ有る。
確かその辺だったと思うが、狭いトンネルを塞ぐようにして金属製の板状のものが棄てられていた。
よせて通行したが、邪魔だった。
哀れ歩道トンネルは、現役のまま廃道になったかのようだ。

 さて、こんな妖し怪しの歩道トンネルを、私はチャリで通行している。
動画も撮ってきたので、見ていただこう。
ペダルを漕がなくても自然にスピードが出るので、カメラを構えたままブレーキで速度調整するのが難しかった。
洞床は滴る水で濡れているところが多いし。

 <にゅりにゅり歩道トンネルの走行動画>




 ようやく出口が近づいてきたときには、それなりにホッとした。



 この天神トンネル。

備え付けられたたくさんの照明たちが灯される日は、果たして来るのだろうか。

既に工事中断から15年近く経ていると思われ、中断の経緯は不明ながら、もう再開のきっかけを失ってしまったのかも知れない。









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