秋田に定住していた頃から、ずっと気になっていた所である。
そこにどんな事情が秘められているのかも、うっすらとは知っていた。
しかし、実際に“探索”を試みたのはこれが初めてである。
まずは右の地図を見て欲しい。
中央を東西に横切る黄色いラインは、秋田県道325号「あきた北空港西線」である。
この道は、平成10年に開港した大館能代空港(愛称:あきた北空港)のメインルートとして整備された路線で、途中に何カ所か信号はあるものの、一部の道路とはランプで接続するなど、一般道路としては十分高規格な路線である。
それゆえ線形にも恵まれているのだが、平成24年の現在においても、一箇所だけ例外が残っている。
もう一度、黄色いラインを見て欲しい。
中央やや左寄りの鉄道線路と交差する辺りで、少々不格好な、いかにも高速走行には向かなさそうなカーブがある。
しかも、鉄道との交差は平面交差(踏切)である。
折角前後の野山を遠慮なく切り拓き、これだけ直線的な道をこしらえたのだから、初志貫徹、ここにも真っ直ぐ敷けばよかったのにと、誰もが思うことだろう。
地図をまじまじと見つめていると、うっすらと理想的なラインが見えてくる気さえするではないか。
↑これは錯視ではなく、実際に描かれている。 “計画線”の記号で。
いつも『スーパーマップル・デジタル』ばかり使っているので、たまには『プロアトラス』も使ってみよう。
こちらの地図はさらに大胆で、なにやら鉄道線路(秋田内陸縦貫鉄道)を跨ぐ陸橋やら、川を跨ぐ橋やらを、“理想的線形”の上に書き足している。
というか、完全に完成した道路として描ききっている。
敢えて県道の色で塗っていないのは、何か後ろめたいことでもあったのか(笑)。
しかし、こうして取り上げている事からも予想がつくだろうが、この区間の道は未だ開通していない。
それどころか、予定線として描くこと自体が、もはや過去の真実なのではないだろうか。
これは個人的予測だが、この場所に道路が開通する日は来ないと思っている。
いったいどうして?
その答えは、伊勢堂岱(いせどうたい)遺跡。
国指定史跡。
世界遺産暫定一覧表 記載済み。
コイツ(伊勢堂岱遺跡)がばっちり、道路の予定線上にある。→→→
なんでも、ただの縄文遺跡ではないらしく、珍しい祭祀場の遺跡だとかで、ストーンサークルが4基も発掘されているとのこと。
細田氏の弁を借りれば、「もし我々が古いものを何でも保存していたら、数千年後の我々はそれに埋もれて生活することになる」とのことだが、そんな理屈では破壊が許されがたいほど、貴重な遺跡であるらしい。
まあ、そうなんだろうと思う。
もちろん、最初からこの存在を知っていたら、秋田県だってここに道路を通そうなどと無謀なことは、きっと考えなかった。
だが、全く知らなかったといえばそれも違う。
道路工事の遙か以前の昭和55年に発行された『角川日本地名大辞典 秋田県』は、この附近(当時の地名で鷹巣町脇神)について、「縄文前期〜後期の遺跡包含地7ヶ所があり」と書いている。
つまり、より正確に書けば、道路工事をストップしてしまうほどに貴重な遺跡だとは知らなかった、と言うことなのだろう。
皮肉なのは、この遺跡の発掘調査自体、道路建設の開始を契機として、初めておこなわれたと言う事である。
寝た子を起こしてしまったと言えば、分かり易い。
もちろん、こう言う事例は全国中で数え切れないほどある。
そしてその度に、ぶ厚い「調査報告書」と引き替えにして遺跡は現状を破壊され、或いは破壊されないまでも、半永久的に堅いアスファルトの下に消えていく。
その辺の図書館の郷土資料コーナーへ行けば、そんな古代人への詫び状のような調査報告書が、大量の積んである。
「ストーンサークルさえ、出て来なければ…!」
工事の関係者は、そう思ったことだろう。
後に伊勢堂岱遺跡と名付けられる縄文遺跡包含地の発掘調査は、平成7年のこと。
そして平成13年1月には国の指定史跡となり、21年にはユネスコの世界遺産候補リストに登録された。
当の空港道路はと言えば、早々に遺跡との対決を断念し、誰が見ても急造と分かる迂回ルートを以て開通。
現在に至っている。
遺跡発掘によるルートの変更という事態が、どれほど秋田県にとって予想外であったか。
その事は、ここに残る 具体的な未成道路遺構の存在 が証明している。
2012/3/7 14:08 《現在地》
あきた北空港は愛称で、正式名は冒頭でも述べたとおり、大館能代空港である。
そこを通る県道の路線名は愛称の方を採用しているが、これは恐らく「大館能代空港線」みたいな名前だと、「大館」と「能代空港」を結ぶ路線だと勘違いされるからだと思う。
そんなどうでも良い話から始まった本レポートだが、ここはその空港正面玄関から1kmほど西へ進んだ地点である。
空港がある方向を写している。
本空港は平成19年時点で東北地方一利用者の少ない空港という不名誉な記録(年間利用者13万人)を持っているが、そのアクセス道路としての機能を第一義とするこの県道も、やはり交通量は少なめである。
ご覧の通り、道路幅員等の規格は、申し分がないのだが…。
ともかく、ここからUターンして探索を開始する。
空港が作られた土地は、その周囲を含めて大野台と昔から呼ばれてきた、かなり広大な丘陵地帯をなしている。
そして丘陵と言うことは、台地よりも起伏が多く、ちょうどこの先の伊勢堂岱遺跡がある小ヶ田地区も、小刻みな尾根筋が左から右へ落ちていくような地形をしている。
本来の道路計画では、こうした起伏に出来るだけ引きずられないよう、谷を橋で埋め、丘を踏み越えていくように考えられていた。
ともかく、ここはまだ本来の計画線上に道路が作られており、未成区間はもう少し先から 明確な姿 で現れる。
何か現れてきたような、
まだ来ていないような…。
もちろん、もう「来ている」のだが、ちょっとインパクトが弱いかも知れない。
少しジワジワ来る系なのだ。
だから、ちょっとだけ故意にインパクトを強めて撮影してみたのが、次の写真である。
反れてる〜っ!!
これが地図上に描かれた不自然なカーブの実景である。
少しばかり望遠で距離感を縮めてはいるが、
車でスピードを出して走っている時の実感は、むしろこの感じに近い。
言うまでもなく、本来は真っ直ぐ突き進む予定だった。
だが、そこは森が切れて雪原が見えているだけでなく、
まるで道路を牽制するかのように…
国指定史跡伊勢堂岱遺跡
という、だいぶ草臥れた感じの看板が。
少なくとも、流行っている観光地が掲げるものではありえない。
え? 手前に見えるコンクリートの壁は何かって?
うっうっ…(涙)。
14:14 《現在地》
それは、見るからに作りかけと分かる、1本の橋脚だった。
2車線道路にしては幅が広く感じられるが、それもこの道が高規格であったがゆえ。
空に突き出た多数の鉄筋の存在が、工事中止の慌ただしさを物語っている。
今はまだぶ厚い雪の壁に覆われ、カンジキでもなければ近付くことも難しいが、逆に藪が無いおかげで、全景を容易に見る事が出来る。
この橋脚の位置から考えれば、「伊勢堂岱遺跡」の看板が立てられている斜面は、道路工事の痕跡ではなかったかと疑われる。
そこは今や国の史跡地だから、恐らくこの中途半端な地形を手直しするだけでも、容易な手続きではないのだろう。
遺跡地の東側にある遺構は、この1本の橋脚で全てである。
橋台は見あたらず、その他の橋脚や築堤も無い。
そして、迂回路として建設された現道は、地図上でもそれと分かるくらいだから相当なのだが…、実際に見ると本当に「急ごしらえ」っぽかった。
例えばこの目の前のカーブだが、途中までは比較的緩やかな線形だったのに、突然この先でグイッと来る。
だから、目立つように「急カーブ」の警告板も立てられている。
これは恐らくだが、当初の計画線上で買収が済んでいた道路用地内の道を可能な限り引き延ばし、新たな買収区域内の道を最小限に抑えた痕跡ではないかと思う。
少なくとも、地形的にこの急カーブを選択する理由は見あたらない。
しかも、
イレギュラー線形はこれだけで終わらない。
間髪入れず、強烈なS字カーブまで、お見舞いしてくれるのだ。
ちょっと、レポートをした区間が短すぎたかも知れない。
この前後の区間の道の良さを体感していないと、今ひとつ驚けないかも知れない。
そこは何卒お詫びしたいが、実際に走ってみると、これには結構驚く。
多分、どこかに動画も上がっているんじゃないだろうか?
もしかしたら、このS字カーブ(シケイン)の方は、安全のためなのかも知れないが…。
このすぐ先に、“望まない踏切”(一時停止)があるので……。
などと考えていると、秋田内陸線の列車(1両だけど)が小ヶ田駅にやってきた。
秋田内陸線の各駅の停車時間は、都心の超過密ダイヤよりも短い(と思う)。
私は昔実際に乗車してカウントしたことがあるが、完全に車両が停車して扉を開けられる状態になってから、それが自動で閉じられるまで、3秒しかなかった。
列車が一駅に静止している時間を全部足しても、10秒に満たないことはザラである。
…理由は言うまでもない。
そして、今度はそんなことを考えているうちに、視界から消えていた。
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14:30 《現在地》
←秋田内陸線では最も立派な踏切かもしれない、小ヶ田踏切。
流石に路盤の凹凸のほとんど無い、“いい”踏切道である。
空港道路の最後の矜持といったところか。
それに幸い、さほど頻繁には閉じない。
列車が素通りしたかのような、小ヶ田駅。踏切のすぐ脇にある。→
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