ミニレポ第205回 旧春野町の出兵橋

所在地 静岡県浜松市
探索日 2015.4.17
公開日 2015.4.21

異様な人形に誘われる廃橋…


先日、早朝の国道362号をクルマで走っているとき、ヘッドライトに浮かび上がるようにして現れた異様なものを見てしまった。

その場所は、静岡県浜松市天竜区春野町川上……【ここ】だった。

さっそく、ご覧頂こう。


2015/4/17 5:28 

雨の朝、まだ十分な明るさのない国道 but “酷道” に立っていた、

あまりにも場違いな蛍光色と、

爽快すぎるポージングの人影。

日中ならば、それほど目立たなかったかも知れないのだが、

照らす相手を選べない車のライトが、圧倒的に彼を悪目立ちさせてしまった。

私は一瞬心臓が止まるほど驚いた(マジで)。

そして次の瞬間にはもうクルマを停めていた。




う〜ん……、 トラウマになりそう。

ボディに書いてある文字から、これが「川上小」の小学生有志の制作にかかる、
一般的には「微笑ましい」とでも表現されるべきオブジェであることが伺えるのだが、
制作者の意図とは全く別に、私にはこの  表情も、 ポーズも、 色も、 

全部が怖かった。



なんてことで戦戦兢兢しながら、
周囲の安全を確かめていると…
(周りにも仲間がいたらヤバイと思った)


なんと、

こいつのすぐ脇に、

封鎖された吊り橋を見つけたんだった。

で、一応ここからがレポの本題である。
これは「変なもの発見!」じゃないからね(笑)。





オブジェに足を止めた全ての人間を誘おうとする、怪しの吊り橋。

木造の床版と鉄骨の骨組みを有する鋼製の吊り橋で、
幅員と「2.0トン」の最大重量標識から、本来は自動車の通行も可能であったとみられるが、
現状では車輌と歩行者を問わず、「全面通行止」となっている。



対岸に何があるのか、ここからでは窺い知れない。
若芽の生えそろった広葉樹の森が、向かいの橋頭を呑み込んでいて、
仄かに霞む朝靄か川霧と相俟って、幻想的な雰囲気を醸していた。

もちろん、渡ってみようと思う。



「出兵橋」だとっ?!

……随分と、厳つい名前である。
読みはそのまま、「しゅっぺいばし」か?

どんな由来を持つのか分からないが、パッと思いつくのはふた通りだ。
ひとつは、日清日露太平洋のいずれかの対外戦争と関わりがある名前。
もうひとつは、近世以前の国内騒乱に関わる名前である。
そのどちらであるとしても、この橋が兵士たちの門出の地であったことを意味しているのだろう。やはり、厳つい名前。




橋自体の古さは、それほどでもなかった。

昭和四十三年十二月完成」。

明らかに“出兵”とは無縁そうな年代だが、本橋が初代ではない可能性が高いのだろう。
昭和43(1968)年に至って「出兵橋」を初めて名付けるとは、正直思えないからである。
ましてや、この橋の先にあるものを知れば、なおさらそう思う。

では、渡ります。




出兵橋、橋上。

少し前に雨が降っていたので、木製の床版もしっとりと濡れていて、やや滑りやすくなっている。
だが、さすが鋼製の吊り橋だけあって、人が一人渡ったくらいでは、ほとんど揺れを感じることはなかった。

むしろ注意すべきは、傷んだ床版を踏み抜いて転落することであり、実際に床版の継ぎ目にある隙間からは水面が見える場所もあって、床版の薄さが十分理解されたので、その下に合計4本存在している鉄の桁材の上を選んで踏むように心がけた。

さすがに自動車で立ち入るのは「怖い」が、自転車程度ならば、何の問題もなく渡れそうだ。

なお、橋の下を流れるのは杉川という、天竜川の二次支流である。
とても綺麗な川で、周囲も無人のような雰囲気だが、実際はまだ上流にもポツポツと集落が点在している。
そして、この川に沿う国道362号こそは、天竜と川根および静岡を結ぶ、静岡県内陸部における唯一の横断国道だ。しかし、沿道が全て山がちで涵養すべき人口が少ないうえ、内陸部の主要な交通流が海岸部の都市と連絡する南北方向にあるためか、総じて整備状況は良くない。



橋の長さは30mほどなので、ものの数十秒で渡り終えてしまう。

とりあえず渡れることは分かったので、ここで引き返そうかとも思ったが、
「出兵橋」なる変わった名の橋が、どこへ通じているのかも簡単に確認することにした。
なお、咄嗟に探索を始めた手前、手ぶらで地図すら持っていないので、深追いはしない。



渡りきると、微妙にコンクリートで鋪装された路面があった。
その道は橋端で直角に右折し、川下方向へ続く。
写真は少しだけ橋を離れて振り返ったもので、飾り気のない橋門の姿が見て取れる。

なお、こちら側の橋門にも2枚の銘板が取り付けられていた。
うち1枚は気になっていた「出兵橋」の読み仮名だったのであるが、これがまた意外な読み方だった。

「しっぺいはし」

そう読むらしいのだ。

…正直、「出兵」の読みに「しっぺい」があるとは思わなかったし、何よりこの音は「疾病」を即座に連想させるのだが、それは問題無かったのだろうか。
まあ、地名に目くじらを立てても仕方がないのではあるが…。

なお、茨城県水戸市に「出兵沢」と書いて「しっぺいざわ」と読む地名がある。また、長野県泰阜村には「漆平野」で「しっぺいの」がある。いずれも由来は不明であるが、もしかして「しっぺい」という音に意味があって、出兵という言葉とは関係が無い地名なのかもしれない。



コンクリート鋪装の道は、幅2.5mほどで狭く、片側は杉川の谷に面しているが、ガードレールも無い。
そして他方は岩を削った急な法面だが、その上に広い平らな場所があることが伺える。
どうやら、出兵橋が国道と結んでいたのは、この広大な平場であるらしい。

もう間もなく、正体が明らかになりそうだ。
(この時点で8割方予想がついていたが)



緩やかなスロープをほぼ上りきると、そこに見えてきたのは、音叉のように途中で二股に分かれた巨大な杉の木(右)と、2本のコンクリート製の立派な門柱だった。

門柱と、門柱の向こうに広い空き地が存在するという事実。それに、そもそも私がこの探索を行うきっかけとなったオブジェに刻まれていた文字。
これらを総合すれば、この土地の正体は明らかだった。




門柱には表札のようなものはなく…

って!!

ここにも何かいるぞ!


…う、 牛??

臥牛像とでも言うべきだろうか。 しかし、なぜに牛??? 

この地方独特の何かの謂われによるものなのだろうか?

今まで旅先でいろいろな小学校を目にしてきたが、牛の像というのは、初めて見る。



やっぱりここは、小学校跡らしい。

それに、廃校になってから、だいぶ時間も経っているのだろう。
既に校舎は取り壊されたようで存在せず、校庭であったろう広場と、用具庫らしいものなど、小さな付属建物がいくつか脇の方に残っているだけだった。
それに今でこそ見通しも良いが、夏場には校庭跡一面が緑の原っぱになるのだろう。
そして、そんな広袤の中には、遊ぶ人の無い少数の遊具が錆びるに任されていた。

ここが小学校跡となれば、必然的に「出兵橋」の役割も定まってくる。
すなわち、全校生徒が通行する通学路だったということだ。
通学路に「出兵橋」とは、日本中でもここだけだったろう。何度も言うように命名の由来は不明であるが、明るい学舎の登下校に必ず「出兵橋」を渡るというのは、平和な時代だからこそシュールだなんだと笑うことが許されるのだ。戦時中に命名されていたとしたら、単純に怖い。



遊具をちょこっと触ったりしながら、小学校跡に付き物である、“ある物”を探している。

それを見つけ出せれば、この探索は綺麗に終える事が出来そうだ。




あった!

探していたもの。閉校記念碑的なもの。

表面には、達筆な文字でこう刻まれていた。

「川上小学校跡」



そして裏面には、一番欲していた情報、学校の沿革が、刻まれていた。
以下、転載。

明治七年二月八日 領家小学校川上分校創立
明治二十五年七月一日 熊切村立川上尋常小学校設置
昭和十一年十月十七日 現在地に移転
昭和四十九年三月三十一日 閉校

既に廃校から40年を経過していたとは、予想以上だった。
だが、私を最初に出迎えたオブジェは、40年以上前から立ち続けている?
或いは後にOBの人たちが建造したものかも知れないが…。

それより気になるのは、現在地に小学校が設立されたのが、昭和11(1936)年だという事実だろう。
満州事変発生の5年後にして、日中戦争開戦の前年。
立地的に見て、あの橋が最初に架けられた時期も学校の移転と同時期と思われ、となると、やはり小学校の通学路として「出兵橋」と名付けた可能性が高いのかもしれない。

ところで、橋の命名との関連は不明であるが、「角川日本地名辞典 静岡県」によると、この川上の地区内で昭和8(1933)年に戦闘機2機が墜落し、2名が死亡した記録があるという。

そういえば、昔読んだ「うしおととら」という漫画に、しっぺい太郎という妖怪が出てたのを思い出す。それで気になって調べたら、静岡県磐田市には「悉平太郎伝説」というのがあるらしい。そして磐田市のイメージ(ゆる?)キャラ「しっぺい」。もしかして、磐田と同じ遠州にある春野の出兵橋も、この伝説絡みなのだろうか?



この出兵橋が、いつか渡れないほどに傷んでしまうとき、

地図だけでなく、人々の記憶からも、川上小学校は消えてしまうのだろうか。

重い名を背負う橋を、軽やかに駆け抜けた若人たちは、いまいずこ。



完結。



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