だが、東北在住急坂マニアのみなさんに朗報である。
なんと、福島市の市街地ど真ん中に聳える霊峰であり、市民憩いの公園である信夫山(標高268m)に、残念ながら標識こそ無いが、どう考えても、今まで遭遇したレベルを遙かに超越した一本の、坂に遭遇したのである。
福島市にお住まいの方ならばご存じかもしれないが、ここは延長400mを超える坂の長さと相まって、東北最強の急坂ではないかと思う。
もちろん、あなたの車もその入り口に立ち、チャレンジすることは出来るが、どうなっても責任は一切取れないのであしからず。
問題の坂道は、信夫三山のひとつのてっぺんにある羽黒神社の旧参道で、その8合目付近まで車で上ることが出来る。
右の地図で「現道」として赤い実線で示したルートが主流となっている道で、旧参道とは直交している(現在地)。
旧参道は、この地点から上では石段や岩場の露出した歩道(写真左)であるが、下り方向は車道になっているのである。
右の地図を見てもらえば分かるとおり、旧道(青い実線)は見るからに無理のある場所を通っている。
はじめ地図を見たときには、この区間には階段など、車道外の部分がきっとあるはずだと疑わなかったほどである。
だが、私の考えが変わる出来事が、目の前で起きた。
なんと、神社入り口の石段で座って休憩している私の前で、私がいま来た道から来た車がおもむろに左折し、石段の真ん前の下り坂へと消えていったのである。
ええー!
ここって車行けるの?!
驚く私を尻目に、あっという間に赤い軽自動車はエンジンブレーキのけたたましい高音と共に視界の下へ消えていった。
旧道を覗き込むと、始めの20mほどは普通の勾配だが、その先は捻り込むような下りになっている。
さらに驚いたのが、そんな急坂の両側には隙間無く民家が連なっており、集落を成していることだ。その庭先には車が普通に収められている。
信夫山は平坦で広大な信達平野に例外的に飛び出したような独峰で、平野の地平面からは150mも高い、福島市街中心部にあって別天地のようなところなのである。遠くからも目立つせいか古くから霊山として信仰を集めており、神社仏閣や霊園、公園などが点在しているが、その随所に民家があることは、今回初めて訪問して驚いたことのひとつである。
私も、吸い込まれるようにして小径へ入った。
チャリなので、途中で階段が現れたら面倒だとは思ったが、そんなことよりも、今まで体験したことのない家並みと坂道との調和した景色に心をうばわれた。
ベタな表現をお許し頂ければ、京都っぽい? のかな? 行ったこと無いけど……。
肝心の車道部分だが、凸凹のある鋪装が幅1.5mほどはされているが、その外は民家の敷地のようで、生け垣がはみ出していたりスロープの一部が掛かっていたりと、車道としては満足に使えない。
この民家の軒先を下る部分は、約150mほど、小刻みなカーブを交えながら続くが、途中に待避所はなく、行き違いは絶対に出来ない。(車で上ってくる猛者はおそらくいないだろうが…この先の坂を考えると……)
旧道は約450mほどあるのだが、ほぼ中間地点には立派な赤い鳥居がある。
これはまさに参道らしい景色で、車道はシケイン状に鳥居だけを避けている。
左の写真は振り返って撮影している。
遠くの鳥居の向こうの森の中には、そうは見えないが民家がたくさんある。
ところで、写真の左右の畑がどちらも外側へ下っているように見えるが、これは決して目の錯覚でも、界王星なのでもなく、道が稜線の上を通っているせいである。
鳥居を過ぎると鞍部に至る。
ここからは、真っ直ぐ信夫山山頂の寺院に続く道が分かれるが、旧参道は左に「落ち」ていく。
ここから先が、東北最強の急坂ではないかと思われる一角である。
はじまりました。
分かりにくいかもしれませんが、道に平行に立ち止まっているだけでも安定を保てないほどの急坂です。
しかも、車道です。
ヘアピンカーブです。
道幅は2mくらいしかないのに、両側は落ち葉で隠れています。
その落ち葉の上には、まだ真新しいような、車のタイヤの滑って跡が続いていました。
座り込んでみました。
手持ちのボールペンと紐でその勾配を計ろうと思いましたが、ちょっとよく分かりません。
ただ、とにかく急です。
別に交通規制は敷かれていませんが、この坂をあなたの車は上れそうですか?
すくなくとも、私はこの坂をチャリを漕いで登ることは出来なそうでした。
10年前ならムキになって登ろうとしたでしょうが、足を痛めたくはありません。
勾配標識などが無いのが惜しまれますが、一般の生活道路としては破格の勾配と言えるでしょう。
しかも、まだ続きます。
一つ目のヘアピンカーブをどうにか下ると、こんどはそのままこの下りです。
今回、私のチャリはブレーキパッドを交換したばかりでバリ効きでしたが、少しでもブレーキの緩いチャリでは入らない方が無難です。
よく効くはずのブレーキでも、路肩に前輪を向けなければ止まりませんでしたから。
もし、先週までのブレーキが故障した状態でここに来ていたら、今頃私は地の果てまでコースアウトしていたでしょう。
一つ目のヘアピンカーブを振り返ります。
ただですら狭いのに、道幅の半分は未舗装の落ち葉の堆積した土です。
くっきりとタイヤの滑った跡が残っていますが、そりゃ止まれないでしょう。ここに落ちたら。
いつ頃までこの道が上の集落に上る唯一の道だったのかは分かりませんが、ここを毎日通学していたら健脚どころか、足マッチョ確実。
車だったら半年で新車がへたりそうです。冬どうしていたのかも気になります。
むひ!
ブレーキの緩んだアイツなら、間違いなく吹っ飛ぶだろう、魔のヘアピンカーブ。
誰か、ここを車で上ろうというチャレンジャーの出現を私は待っている。
すれ違える箇所はないので、そのつもりで。
3次元コーナーである。
とにかく急です。
やや正確性は心許ないが、地形図から読み取ったこのあたりの勾配は、水平距離60mで垂直距離20mだから……
30%!
キタッ! 全国最高に肩を並べる勾配である!! 福島市民よ、喜べー!俺は嬉しいぞ。
2つのヘアピンカーブを抜けると白い路面が現れ、現道との合流点も近い。
勾配は少し緩やかになり、崖下に現道のアスファルトが近付いてくる。
この辺りからは福島市街南部の眺望に優れるが、脇見がどういう結果をもたらすかは言うまでもない。
そして、現道に合流するのである。
羽黒神社直下の分岐点からここまで、旧道上で500mほどだが、大きくカーブで迂回する現道は倍の1000mの道のりがある。
この距離で詰める高度差は90mである。
旧道の入口には、「旧参道入口」と錆び付いた看板が出ているが、ここから見える勾配だけを見て立ち入ると、痛い目を見ることは間違いない。