みなさん、名阪国道 使ってますか?
名阪国道はその名の通り、名古屋と大阪を最短距離で結ぶ本邦を代表する産業道路だ。開通から半世紀あまりを経ているが、いまだ昼夜を問わず膨大な交通量をさばき続ける、一般国道25号の自動車専用道路である。
いわゆる「高速道路」の範疇に含まれる道路だが(高速自動車国道ではない)、開通当初から無料である。
そしてもう一つ、この道路の大きな特徴が、一般道路と連絡するインターチェンジ(IC)の多いことだ。全長約73kmのあいだに30箇所もある。つまり平均2.4kmに1箇所という計算だ。通常の高速道路と較べると、とても多い。
さて、この過剰なほどのICの多さは、名阪国道に“ある悪名”を轟かせる原因となっていた。
ご存知、あるいは聞いたことがあるという方は多いと思う。
「この道路には、構造的な問題から、出入りが危険なICがいくつもある」という話を。
実はこの話、都市伝説などではなく根拠ある事実だったが、現在では概ね過去のものになっている。まだ完璧ではないにせよ、開通当初からは相当改良されている。
それは道路管理者や関係者による、安全で快適な道路を実現しようとする努力の賜物に他ならないが、今回取り上げるのはそうしたICの改良によって役目を終えた、旧ランプウェイである。
ちなみに、私もこれまで何度か名阪国道を利用したことがあるが、途中のICで出入りをしたことはなかった。だから、話には聞いていた「危険なIC」というものを実感したことはなく、気付いたときには既に大半の改良が完了していた。
そんな私の知らないうちに改良されていたICの一つが、今回の舞台、針(はり)ICだ。
奈良市の東部、いわゆる大和高原のただ中にあるICで、周囲は平成17(2005)年に奈良市と合併した旧都祁(つげ)村の中心地「針町」である。
探索のきっかけは、宇佐美氏(twitter:@usami555)のこのツイートだ。
このレポートからの未成ランプウェイ繋がりで、この情報を手にすることができた。
右図は、最新の地理院地図に見る針ICである。
わが国の高速道路でよく見られるTボーン型のインターチェンジで、道の駅「針T.R.S(はりテラス)」を併設している。
隣接する国道369号(370号も重複)とは、市道を介して接続している。
しかし、宇佐美氏によると、開通当初の針ICはこの位置にはなく、国道から直接出入りしていたという。
そしてその旧ランプウェイの一部は現在も残っていて、一部の地図にも記載されているというのである。
果たしてそれは、この地理院地図にも描かれていた。
図の拡大した部分にある道路が、それであるらしい。
なるほど、言われてみればそれっぽい形をしているのだが、逆に、言われなければ気付かないレベルで地図風景に溶け込んでもいた。
期待を胸に、現地へ見に行ってみた。
2019/2/14 14:01 《現在地》
国道369号のその名も「針インター交差点」へ、南側から進入中。
右の写真はすぐ手前に設置されていた青看だ。
(青看の左下にあるコンパス模様は、進行方向の方角を示している(この場合は北向き)。これは奈良県独自の工夫で、碁盤目状の道路で特に効果を発揮している)
針ICは、青看の通り、この交差点を右折した先にある。
だからこの交差点は「針インター入口」というべき位置にあるが、様々な掲示物の中で一つだけ古く見える「針インター」の地名表示板が物語るとおり、かつてはここにICがあった。
上記交差点で右を向くと、こんな景色。
奥に赤い屋根の大きな建物が何棟か見えるが、あそこが道の駅の針T.R.Sである。
よく見ると緑色の案内標識(緑看)も何枚か見えるが、現在の針ICはあそこにある。ここからは200mくらい離れている。
なお、道の駅へ行くのにもこの道を通るわけだが、歩行者や自転車は非常に気後れすると思う。
道幅が広い割りに歩道がないことと、無塗装シルバーのガードレール、さらには我が物顔で出入りする大量の大型車たちのせいで、いかにもここから自動車専用道路が始まっているような錯覚を与えている。
そのような標識はないので通行は可能なのだが、普通なら入ろうと思わないかも知れない。
続いては、少しだけ移動して、国道369号の跨道橋から下を走る名阪国道を観察。
ちなみに、跨道橋に銘板などは取り付けられておらず橋名は分からないが、新しそうには見えないし、昭和40(1965)年に名阪国道が開通した当初のものであろう。
廃ランプウェイがあるのは、跨道橋より西側(大阪側)だということなので、そちらを覗き込んでみると……
うむ。
なにやら名阪国道の道路外に、ぼんやりと見えるものがあった。
今度はそこへ、ズームイン!
おおおぉぉー…
廃インターチェンジだ! これは燃えるぜっ!
…………でも、少し冷静に観察してみると……、
形状からして、見えているのは上り本線からのオフランプと、上り本線へのオンランプの2本である。しかし、
一般的な高速道路のインターチェンジでは考えられないほどの、コンパクトデザインだった。
宇佐美氏のツイートに、
「極悪と言われた、減速レーン、加速レーン無しのT字ランプ
」
と書かれていたことが、嫌でも思い出された。
よく見れば、現在は本線とガードレールで仕切られた部分に、減速レーンや加速レーンと思われる余地はあるのだが、
その幅も長さも、普段目にしている一般的な高速道路のものとは比較にならないほどに小規模だった。
制限速度は60km/h(部分的に70km/h)であるから、100km/h制限道路ほどの設備は必要ないとしても、
目の前で繰り広げられている実走速度は、70km/hより早いことが容易に見て取れるだけに、
このオンランプからそんな本線へ合流するというのは、まさにかつてよく言われていた通り、
(特に初心運転者にとって)「命がけの合流」だったことが、容易に想像できた。
……うん。こいつはなかなかだ。
14:03 《現在地》
続いて、廃ランプウェイの入口へ。
地図にも描かれているその道は、すぐに見つかった。
跨道橋を北へ渡ったすぐ先、左に入る丁字路がさりげなくある。
前後の車道脇にコンクリートバリヤーが置かれていて、分岐の存在が目立たないようにされている印象だが、脇見をしていれば見逃すことはまずないだろう。
期待していた以上に、はっきりと入口が残っていた!
早く突入したいと逸る心を抑えつつ、いったん国道を横断し、この丁字路を正面から一望できる場所へ。
うおーーッ!
凄い良く残ってる!!
高速道路の入口だって、ぱっと見で分かるアイテムたちが、勢揃いしてる!!
私の通常の自転車探索では、決して超えることができなかった標識たちだ!
今日は、お前らを超えていくぜぇ〜!
でもその前に、設置されている各標識・標示物に目を通そう。
それはそうと、実際の大型車両と比較してしまうと、なんとも心許ないサイズ感に冷や汗が…。
しかも、直角右左折での進入という悪条件だ。
標識チェック。まずはこれ、自専道の象徴的アイテム。
「自動車専用」の道路標識だ。
廃道でこの道路標識を見たのは、初めてかも知れない!
くたびれた感じが味わい深く、興奮が半端ない。
あえて廃止年を調べず探索に来たのだが、少なくとも10年以上は放置されているっぽいな。
そして注目したいのが、補助標識の下に付いている白い標識板。
最近ではほとんど見られなくなった、2人乗りのバイクが描かれた標識が描かれている。
本来この図柄の標識単体で「大型自動二輪車及び普通自動二輪車二人乗り通行禁止」を表わしており、平成17(2005)年4月1日の道路交通法改正までは、高速自動車国道及び自動車専用道路(いわゆる高速道路)の全てで二人乗り運転は全面禁止されていた。名阪国道も例外ではなく、標識板にもそのことが説明されている。
しかし現在は(条件付きだが)禁止されていないので、この標識の存在から、廃止時期が平成17年以前であることが予測できた。(参考)
続いてはこれ。
L型標識柱に取り付けられた、緑色の案内標識だ。
限界を超えて色褪せており、部分的に塗装の色が反転してしまっている(重ね塗りするために起きる現象)が、「Nagoya」の文字がはっきり読み取れる。よく目をこらせば、そのほかにも左上に向けられた矢印と、「名古屋」の3文字も見て取れるだろう。
これは「方面及び方向」という種類の道路標識で、緑色はいうまでもなく自動車専用道路用のものである。
ここが名古屋方面行き、つまり下り線へのオンランプだということを告白している。
それにしても、衝撃的だった。
普段よく目にする廃標識ではない種類の廃標識は、凄くドキドキする。まるで初キッスみたいだ。
チェンジ後の画像は、引きのアングル。
ランプウェイの脇に使われていない倉庫があるのだが、立地的に見て道路管理者の施設だったのだろうか?
単なる倉庫っぽいが、正体は不明である。
最後はこちら、入口の右側に設置されていた標識群。
この統一感の無さが、良いと思う。
異常気象時に通行規制が行われる「事前通行規制区間」の告知と、歩行者や軽車両、125cc以下の自動車は通行禁止である旨の告知だが、その古さにはだいぶ隔たりがありそうに見える。あきらかに前者が古いっぽい。なにせ、いまだ「建設省」のままになっている(標識柱の文字は「国土交通省」に改められているのに、なぜ)。
ちなみに建設省が国土交通省へ改組されたのは、平成13(2001)年1月5日である。
さて、このように高速道路“らしさ”がフルブーストしている入口だったが、幸いにも、高速道路らしい警戒の高さは全くなかった。
国道に繋がっているここを塞いでいたのは、やる気の欠片も感じられない色褪せたコーン4個と、ふにゃふにゃのAバリ2個だけ。
現役時代には人一倍気を張って生きていたはずが、役目を終えた途端すっかり抜け殻化してしまった、そんな雰囲気があった。
しかしそういうことであれば、私にとっては好都合。
心置きなく、自転車のまま進入だ。
このまますんなり本線の近くまで行けちゃうのだろうか?
この先はグーグルストリートビューでは見られない、正真正銘の未知の領域。わくわく。
14:04 《現在地》
それでは進入開始!
緩やか……でもない下り坂だ。
そして道幅が狭い。
わざわざ対面通行の警戒標識が設置されているが、名阪国道に乗ろうとする車と降りてきた車がここですれ違うわけだから、この道幅の余裕の無さと見通しの悪さ、それと勾配に強さは、いかにも昔っぽい。
…なんとなく、自動車教習所のコースっぽい雰囲気があった。
振り返ると、国道との合流地点はこんな感じ。
信号はないが、もともとそうだったのだろうか?
先ほどまで裏側しか見せていなかった大きな標識板は、案の定、青看だった。
しかし妙に“おにぎり”が大きい気が。
本線へのカウントダウンを告げる下り坂の途中には、さらに掲示物があった。
位置は、(2枚上の写真に写っている)対面通行標識の少し先の道端だ。
しかしこの看板は、ひときわ力尽きている。
まず、藪に隠れているし、その藪を掻き分けて近づいてみると……
……ボロボロ。
虫食い問題みたいになっている看板の正体は、道路情報表示板だった。
というか、専ら通行止めを告示するためのものだったっぽい。
しかし、現役時代の末期にはもう使われていなかったのではないか。あまりにもくたびれていて、そんな印象を受けた。
そもそも、こんなランプウェイの途中で「通行止め」と言われても困るし、夜間など誰の目に留まるまい。
こういう大切な内容は、近年ならば電光掲示板で案内されるものだし、昭和40年の開通当時から数年、いまよりもだいぶ大らかで大雑把だった時代のものではないか。
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