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廃線レポート 木戸川森林鉄道 第3次探索(三十郎沢) 第1回

公開日 2026.09.14
探索日 2021.11.08
所在地 福島県楢葉町


ことさら読者の皆さまから好評を得ているとか、探索の要望が多いというようなこともないのだが、なぜか私が何度も行っているのが、福島県の浜通りにある木戸川森林鉄道だ。
既に2006年(第1次)2019年(第2次)に探索を行い、それぞれレポートも完結済みであるが、今回は第3次探索として2021年11月に行った探索の模様を紹介したい。
なお、この路線のあらまし(机上調査編)はこちらにあるが、別に把握していなくても今回のレポートは読みにくくならないと思う。

今回は、過去2回の探索の隙間を埋めようとする小探索である。


今回の舞台は、過去2回の探索の隙間。
そしてそこは主に、木戸ダムが造る人造湖“木戸川湖”の湖畔である。

木戸ダムは、昭和58(1983)年から平成19(2007)年まで24年間も工事が続けられていたので、最初に探索した平成18(2006)年12月9日の時点ではまだ工事中で、ギリギリ湛水の前であった。
もし時間があるなら、レポートの導入回から第1回の内容を振り返って読んでみて欲しいが、あの時は上図にピンクの線で描いたような“道なき道”(=沢下り)を辿ることで、工事現場であるダムサイト周辺を迂回しつつ木戸川へ入渓し、ようやく探索すべき河畔の軌道跡へ辿り着いたのだった。

次のご覧いただくのは、その時に“@”の地点で撮影した写真である。


間もなく水と砂に没することを運命付けられた木戸川の底に、凍てつく氷雨が降り注いでいた。

奥が上流方向で、手前が下流方向であるが、奥の方の山肌に鮮明な水平のラインが見える。
あれが軌道跡に他ならず、工事関係者に発見されて静止を求められることを恐れた我々は、ここからほとんど立ち止まらず、一目散のような感じで、あの見える軌道跡を目指して進んだ。

だから、無理もなかったのであるが、この写真の軌道跡を改めて精査すると、不自然なところがある。
なぜか、手前にある大きな岩尾根のような部分には、軌道跡のラインが見えないのだ。
何かラインがあるように見えるかも知れないが、それは湛水面以下の樹木が伐採してあるだけで、道などではない。



同じ場所から下流方向を撮影したのがこの写真だが、やはり遠くの斜面にはとても鮮明な軌道跡が見えるのに、間近な岩尾根の所には、全く見えていない。

当時、私はまだこの考えに至っていなかったのだが、先ほどの地図にネタバレして描いた通り、ここには隧道があった!…らしい。

あの有名な『鉄道廃線跡を歩く』(平成7(1995)年発行)に掲載されている本路線の現地レポートに、次のような文章と写真がある。

大瀧神社の上流1.5km程で林道は支流の栗沢にそれる。その分岐点からクマザサを漕いで木戸川の端に戻ると、唐突に幅1mぐらいのはっきりと軌道跡とわかるいわゆる“トロ道”が姿を現した。
近くには朽ち果てた枕木が散乱しているが、今でも線路を敷けばすぐにでも使えそうなしっかりとした道である。しかしこの快適なトロ道も1km程先の落盤したトンネルで終わっている。軌道跡はその先にも続いているようだがこれ以上進むことはできない。

(文・写真とも)『鉄道廃線跡を歩く』より

このように、「栗沢」の出合から「1km程先」に「落盤したトンネル」があると、写真付きではっきりと出ているのである。

ただ、恨むべきことに、掲載された地図が不正確であったために、2006年の探索時点で私はこれを読んでいたにもかかわらず、それが乙次郎沢の出合の対岸にあるとは思っていなかったのだ。
だから探索せずにすぐに上流へ向かってしまったのだ。(ただ結果的に、ここで寄り道をしていたら、この日の探索は終盤を迎える前に夜を迎え、危険度が増したのは間違いない)


『鉄道廃線跡を歩く』の頃は、まだ木戸ダムは工事用道路を造っていたくらいで、本体工事が始まる前だったから、今は湖底に沈んでしまった軌道跡を歩いて、比較的すんなりと隧道へ辿り着いているように読めるが、今は全く状況が変わってしまっているだろう…。

おそらく、2006年に撮影した写真に写る湛水予定線よりも、隧道は僅かに高い位置に存在していると思われ、水没を免れている可能性が高いと思うが、それでも湖畔の崖のような所に孤立している状況が想定され、どうやって近づけるのか、悩ましい。
湛水前のように乙次郎沢を降りていっても、湖面を横断する術がないだろうし、軌道跡を上流から辿ってくるのは、あまりに遠い。
湖面をカヤックで横断するのが、一番良いような気がするが…。

そして、せっかくこの“湖畔の隧道”を目指すのであれば、やはり2006年の探索ではスルーしていた、三十郎沢線という支線も探索してみたい。
林野庁サイト内の「福島の森林鉄道WEB史料室」のこのページによれば、昭和10(1935)年に、当時の木戸川林鉄の終点から延伸する形で470mが敷設され、昭和23年頃に廃止されたとのことである。

とても短い路線だが、ちょうどこの三十郎沢線があったと考えられる沢のすぐ下流が、“湖畔の隧道”の擬定地なのである。


これも2006年の探索時に、上の地図中のAの地点で撮影したものだ。

これが三十郎沢と呼ばれる支流らしく、谷口に本線が渡っていた橋の大きなコンクリート橋脚が2本、桁を失った状態で突っ立っていた。
三十郎支線は、この向かって左(右岸)の袂から、谷の奥へ伸びていたと考えられる。
奥に何があるのかは、全然何も分からない。 だから余計に気になる。


……以上が、今回の探索の動機であり、探索の目的は――

2006年の探索で間近に迫りながら、うっかり取りこぼしてしまった“湖畔(であってほしい!)の隧道”と、三十郎支線の攻略を目指す!


で、肝心な、その手段であるが、


木戸ダムの駐車場から自転車で出発し、木戸川林道を4.5km遡った無名の峠“入渓点”を目指す。

そこから三十郎沢へ繋がる谷へ入り、2006年の探索で乙次郎沢でやったのと同じように、下降していく。
おそらくどこかで三十郎沢線の軌道跡と遭遇できるだろう。
そうしたら後は軌道跡を辿って木戸川本流との出合を目指し、そこから“湖畔の隧道”を目指すことにする。
この歩行部分の推定距離は約1.5km、落差はマイナス120mくらいである。



計画は整った。 やり残しを、拾いに戻ろう。


本編スタート!





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