2021/11/8 13:58
三十郎沢線、発見!
文献的に、そういう路線が存在していたことを把握はしていたが、その廃線跡を目撃したのは、初めてである。
ひと目見て、それだと確信できるくらいの明確な林鉄遺構だと思った。
赤わらび沢の滝の下に、沢を横断する橋の跡があった。
右岸の先端が欠けた石の築堤と、左岸の背の低い石の土台。後者はおそらく木製橋脚の基礎だ。小さいがしっかりとした石組みである。
チェンジ後の画像に示したような路盤が、左右両方向に伸びていたと思われる。
現在地はこの図の通りだ。
三十郎沢線の記録されている全長はわずか470mで、全長21kmもあった木戸川林鉄の本線と比較して随分と短いが、明確な記録を持つ唯一の支線でもある。
竣工年は昭和10(1935)年とされており、その前年に本線が三十郎沢と木戸川の合流点まで開設されていることを考えると、一時的に三十郎沢線が本線の末端となったものと思う。
その後、昭和23(1948)年に本線は本流沿いに延伸され、同時期に三十郎沢線は廃止されたと考えられる。
なお、地図上の読みだが、現在地は木戸川と三十郎沢の出合から400mほど入った位置である。
つまり、おそらくもうこの遭遇した地点で、三十郎沢線の上流側に残された距離は、僅かである。
すぐその辺(100m以内?)に終点があると思われるので、見にいってみよう。
というわけで、左岸側の路盤へ。
14:01
祝! 本日初軌道跡!!
早くに廃止された路線(あの早川林鉄奥地なんかと同時期だ)ということで、案の定、状況は良くないようだ。
何か別の道(作業道とか歩道とか)として使われている様子も全然ない。
一瞬で完全廃道だと分かる、半ば斜面化した道である。
流石に、レールや枕木、木橋などが簡単に見つかるとは思っていないが、ここは厳しそうである。
まあいい。
どうせすぐに終点だろうから、ダムの湛水というビッグイベントに遅刻してきた探索者の責任として、引導を渡してやろう。
チェンジ後の画像は、路盤から振り返った、赤わらび沢の滝だ。
ちょっと植物の障害物が多くて、滝は見えづらい。
お!
石垣があるじゃないか〜〜。
しかし、苔が凄いなぁ。
この谷自体、とても日陰っぽいもんな。
今日だって晴れているのに、谷に入ってから全然日光を浴びていない。
まあ、11月の14時過ぎなんで、日が傾いてきているせいもあるだろうが。
あ と …
ちょっとこの笹藪は…………キッツーイ
14:02
おおお。 今度は切り通しがあったぞ。
期待値が低い時の林鉄探索は、こんな小さなものでも嬉しくなれて、コスパがいいね。
この切り通しの向こう側は、遂に三十郎沢だと思う。赤わらび沢とは違う方向から水の音が聞こえている。
14:03
こっ! これが三十郎沢?! ……険しい。
名前からは、個人的になんの先入観も持てなくて、かつ地形図には沢の名も水の線も描かれていないので、「険しさ」という部分について特段の畏れは抱いていなかったのだが……、意外とガチで危ない谷じゃねーかという雰囲気が。
谷自体もそうなんだが、思いのほか路盤と河床の落差が大きい状態で遭遇してしまった。こいつは安易に行動出来ないぞ。
しかもこの藪。この斜面。
嫌な感じだ……。
笹の柄を踏みつけたら、うっかりスリップして谷底へ直行しそうな雰囲気がある。
路盤が狭いし、全体が谷側に斜めに傾斜しているし…、
慎重に行こう。
終点は、もうそこだと思うから……。
奥にも小さな切り通しが見えるが、あの辺がそうじゃないか?
まだ終わってないな、これ……。
……そりゃそうか。
こんな斜面の途中で終わるんじゃ、路線として意味が分からない。
普通何かもう少し、林業の益がありそうな場所で終わるよな。
さっさと谷底へ降りてしまって、滑落の危険から解放されたい気持ちがあったが、降りられそうな場所もない。
レールとか枕木とかあるなら、ちょっと無理してでも路盤にかじり付いていたいけど…、この状況だとリスクリターンが釣り合わない気が…。
14:08 《現在地》
マジで険しいな、オイ!
地形図の印象とだいぶちがくねーか、三十郎沢。
人が入るような場所じゃないからって、図化する手ェ抜いてねーか、国土地理院さんよぉ。
思いがけない展開から命の危険をヒシヒシ感じ、思わず攻撃する相手を探してしまった。
……嫌なんだけど……、こんな読者に特段求められてもなさそうな地味でマイナーな谷で滑落&行方不明とか。
晩秋の13時前から探索を始めていることからしてバレバレだろうが、今日はそんなに覚悟キメて来てないんだよな。
飼い犬(過去に探索した場所)に餌をあげる(やり残しを回収する)くらいの気楽さで、フワッと来た感じなの分かる?
これ、 フワッと出来ねーだろ………。
14:09
嫌だな〜〜。
なんで足元が全部谷側に傾いてるんだろな〜〜。
戦々恐々となって歩いているけれど、ここはなかなか見栄えが良い。
絶壁に切り出された道の谷側に、まるで牙のように尖った“削り残し”の岩が並んでいるのが面白い。
今まで見たことがない感じの風景である。
せっかくなら、下からも見上げてみたい気がしたが、ちょっと降りられないな今は……。
見下ろす谷底は、妙に四角く角張った、サンドボックスゲームの中みたいな岩盤に囲われていた。
三十郎は角刈りが好きらしい!
四つん這いに近い姿勢になって、傾斜した砂地の路盤跡をトラバースした。
所々、削り残しの岩が谷側にあるところは、安全地帯でホッとする。
そして、ハラハラしながら、この奥に見える切り通しに辿り着いた。
さあ、先がどうなっているか見せてみろ!
14:13
……ちょっと、険しすぎる。
飼い犬に手を噛まれて死ぬのはゴメンだが、そもそも飼い慣らせていたと考えているのが誤りなのだろう。
私は今、間違いなく未知の林鉄に挑んでいる。
ただ、たった470mの短距離路線という先入観というか、事前情報が、気持ちの切り替えを邪魔していた。
しかしこれは今度こそ、考えを改めねば進めない。
チェンジ後の画像に実線で示した範囲は道が見えるが、その先の破線の部分には見えなかった。
終点に辿り着いたという感じは、正直しない。
14:14
やっぱり路盤が切れている……。
たぶん、本当はまだ続いている。
地形と、笹藪のコンボで、よく見えないが……。
しかし、切り立つ岩場が鋭く、路盤の高さをトラバースし続けるのは、リスクが高そう。
笹の柄で足が滑って落ちそうな気がする。
先を調べるために、高巻きを決断した。
14:16
笹密生斜面キツい!!!!
人類が初めて足を踏み入れた藪ではないかと思えるくらい、濃かった。
かきむしった笹から千切れ飛んだ乾いた小片が、口や、衣服と首の間にたくさん入った。
これの不快指数は、体験したことがある人しか分からないと思う。辛いよ〜〜!!
14:21
お前のモニターを笹藪で染めてやろう!!
ってな勢いでキツい。
非常にキツく、この見通しほぼゼロの状態から谷方向へ降りていくのは、戻れなくなるリスクが大きかったから、地形が緩むまで、この藪を降りない方向へトラバースし続けるハメになった。
ちょっと甘く見た。 マジキツ。
当然こうなる。
顔面がひしゃげたまま、休み休み藪を漕ぐこと、
――13分後――
14:30
ようやく谷へ下りられそうな場所に出会う。
斜面を転げ落ちる豚みたいに、笹の海から零れ出りゅっ!!!
14:31 《現在地》
軌道跡来てりゅ〜〜!
嬉しいよりも、「コノヤロ〜〜〜」って気持ちが先に来た。
どうなってんだよ、林野庁!
絶対に470m以上あるだろこの路線。 どうなってんだ……。
GPSで現在地を確かめると、高巻きを始めた地点から150mくらい上流であるらしい。
だが、この間に終点はなかったようで、明らかに軌道跡の続きと見える苔生した橋台が一対、残っていた。
またこの路盤の続きを辿るのぉ? キツそうじゃない?
今だったら、このまま谷底まで降りられるぞ。
降りちゃった方が、ラクなんじゃない?
そんな気がしたので、路盤を素通りして、三十郎沢の谷底へ。
14:33
谷底から見上げる、上流方向の路盤跡。
ほとんど斜面化しているが、傾斜の差分として、その存在が見えている。
どこまで伸びてんだろ……。 予想外だ。
振り返っている。
高巻きでスルーした区間にも、ちゃんと路盤があったようだ。
おそらく後ほどこの谷を戻ることになるだろうから、その時に観察できよう。
14:34
ぐっぬぅ〜〜〜
滝が……。
2026/3/16 14:37 《現在地》
すんませんねぇ。
前話の“タイトル”は嘘でして、じつはまだ三十郎沢線をやってます……。
だって嘘吐かれたんだもん!!
現れたのは、小さな滝。
しかし、落差の割に立派な滝壺を持っており、せっかく降り立った谷底を溯上する上での障害になった。
ちなみに沢靴とかそういうものは持ってきてない。ただのトレッキング靴。
左手を見上げると、7〜8m上に路盤が見えている。
しかし、岩場と石垣が二重に邪魔をしていて、ここから直登することは出来ない。
100mほど戻って、先ほどの下降地点へ行けば路盤へ復帰出来るだろうが、時間の猶予的にも、戻りたくないなぁ。
探索のスタート時間が遅かったので自業自得だが、日没まであと2時間しかない。
まあ最悪滝壺に落ちても、ここなら死にはせんということで、苔と落ち葉と湿気でぬるんぬる〜〜んになっている岩場を果敢に攻めて、低い位置で滝壺をパス。
その先の流れも、上手く四つん這いでいなして、滝のある急湍をまさに越えんという場面
見上げたところに――
橋台発見!
つまり軌道はここで谷を渡って、左岸へ移っている!
したがって――
頭上に橋が架かっていたのだ。
結果的に、戻ってまで路盤へ復帰しなくて正解だった。
復帰しても、この空中を渡る術がなかっただろうから。
いかにも林鉄らしい、地形の機微を上手く使って上流を目指す動きに、私の勘がシンクロしてくれた。
なんとなくこうなる気がしていたから登らなかったのだと言ったら、手前味噌過ぎる?
見上げる左岸の橋台へ直接登ることは出来ないので、少し先の草付き斜面から攀じ登る。
引き続き谷は険しく、ゴルジュと滝が連なっているから、このまま谷底を行く選択肢はない。
14:42 《現在地》
久々の路盤復帰である。
短い区間で、軌道の上へ行ったり下へ行ったり、忙しかった。
それもこれも、路盤の状況が悪すぎるからだが…。
とりあえず、これで嵐は去ったと思いたいな。
さっきも言ったように、残り時間に不安が出てきた。
これは左岸の路盤から橋を振り返って撮影。
両岸が切り立ち、谷が一番狭くなったところを、上手く渡っていたようだ。
廃止時期的にも、木橋であったろう。
一応、橋頭まで戻ってみた。
こちら岸はコンクリートの橋台だが、対岸は岩場そのものを橋台にしていたようだ。
切り立っているから出来る芸当である。
架かっている姿を見てみたかったなぁ。
14:43
前進再開。
谷底は細い連瀑になっており、抜ければ、路盤との落差は相当小さくなりそうだ。
路盤と河床の比高が小さくなるというのも、林鉄の終点にありがちな地形なので、いい加減終点を見せてほしい私としては、滝に全力で頑張って貰いたかった。
路盤は、歩けないほどではないものの、笹藪が濃い。
でも、地形的な条件は良くなってきた。前方の明るさにも、谷の広がりが感じられる。
それと、凄く立派なモミの木が、軌道沿いに何本も生えていた。
軌道があったのはおそらく70年以上も前だから、当時はまだ伐採したくなるほど育ってなかったのか。
14:47
路盤が突然切れていて、終点かッ! と思ったが、よく見たら末端に橋台があった。
支流を渡る、地味な橋の跡である。
面倒だなと思いつつ、こんな所で引き返せるかという気持ちもあって、先へ進む。
支流の対岸も笹藪が濃く、イマイチ路盤の存在がピンとこなかったが…。
14:52
数分後、間違いなく路盤と思える、切り立った法面が現れた。
前方、日光に照らされている山肌が近い。それだけ谷がひらけてきたということだ。
そろそろ、タノムヨ〜〜。
14:54 《現在地》/海抜300m
ぎゃああああ藪藪藪!!!
無理!
というか、多分さっきの岩場が終点だった。
だいたい、林鉄の終点なんて、分かりやすいものがないのが普通なのだ。
そのうえ、質が悪いことには、終点の先にもだいたいは歩道なり木馬道なり、そういう低い次元の道が続いていたりした。
だから、地形や道形だけを頼りに探すと、実際に終点がありそうな平穏な地形では、いつまでもキリがないということが、よく起きるのである。
だからこそ、探索にキャップをする意味で、全長というデータが分かっていることには大きな意味があるのだ。
でも今回、明らかに「470m」を越えて久しく進んで来ている。
もはや平凡となった地形的にも、この先に誰が見ても納得が出来るような明瞭な終点が現れる可能性は、非常に低いと思う。
これがやや逃げ腰な判断であったことは否定しないが、時間その他諸々の条件を加味したうえで、
私は三十郎沢線の終点に到達したものと判断し、撤退する!
撤収開始!
2026/3/16 15:05 《現在地》
撤収開始から12分後、おおよそ30分ぶりに、往路の高巻き終了地点まで戻ってきた。
チェンジ後の画像の黄線が軌道跡、ピンクの破線が往路の高巻きルート、そしてピンクの実線が、今から採ろうとしているルートだ。
このまま谷底を行こうと思う。
軌道跡が見えているが、仮にこれを辿っても、この先に高巻きで越えるしかなかった難所があるのを知っている。
もうこれ以上、三十郎沢線に時間を使うワケにはいかない。日没まで、あと1時間半しかない。
15:07
谷底を下って行くと、またすぐに小さな滝があったので、脇から越えた。
こうして、河床と軌道跡の比高は急速に増えていく。
もう登ることは難しい。
15:10
この辺り、軌道跡はほとんど見えなくなっていた。
一応、痕跡はあるのだが、絶え絶えである。
往路では、高巻きで越えたが、やはり正解だったのだろう。
ちなみに、谷底も決して歩き易いとは言えなかった。
15:15
ここはもう、見覚えのある場面だ。
谷底から見るのは初めてだが、【鋸刃のような切り通しが連なっていたシーン】
を覚えているだろう。
下から見ても、面白い見え方だった。
ますます谷底から見上げた路盤が遠ざかっているが感じられるが、比高が最大になるのは、この直後だった。
15:18
すげ〜〜崖。
この先、また小さな滝があるらしく、谷は両側から圧迫され狭まっているが、特に右岸側に張り出した岩場が凄い。
一部オーバーハングもしている、物凄い崖である。
単に崖が凄いだけなら珍しくもないんだろうが、もう既に通行しているので明らかなように……
この上に切り通しがある!
その場面は【こんな】
だったぞ。
往路の展開を逆に辿っているので、次に何があるのかだいたい分かる。
次にあるのは……
15:22 《現在地》
赤わらび沢出合!
やっと帰ってこられた!
厳密には、ここ(出合)まで降りてくるのは初めてだけどね。
今から1時間25分前に、この赤わらび沢にある滝を下ったところで、初めて三十郎沢線の軌道跡に出会い、そこから私が終点と判断した地点まで、同軌道はなんだかんだ約800mあった。
だがここまで来れば、三十郎沢線の起点である木戸川林鉄本線との分岐まで、推定残り400mだ。
そして、これより下流側は全て、初めて立ち入る領域である。
心機一転、探索していこう!!
赤わらび沢と三十郎沢の出合を振り返る。
赤わらび沢は、出合も細い滝になっていた。
チェンジ後の画像に黄色の線で示した位置に軌道跡がある(破線は見えない部分)。
赤わらび沢よりも下流側は、未探索なので、登ってみよう。
あたりを見回し、登り易そうな場所を探した。
そして、出合の少し下流に良い場所を見つけた。
ようやく、路盤へ復帰する。
15:27
路盤復帰。
河床から10mくらいの高さである。
相変わらず、全然歩かれている気配のない道だが、前方に明るさが灯っていることに、励まされる。
木戸川の本流がある大きな空間、あるいはそこにある木戸ダムの水面が、明るく見せているのだろう。
あとは、水面の高さがどうなっているかだ……。
15:29
ここにきて、またしても強烈な笹藪が……。
往復しなければならないこともあって、辛い展開。
体力はともかく、時間をこれ以上使わせないでッ!
15:32
ガサゴソガサゴソガサゴソガサゴソ
ガサゴソガサゴソガサゴソガサゴソ
崩れていたりはしないが、直線で、笹藪だけがある、単調な、区間であった。
15:34
見えたっ!
見覚えのある橋脚! その反対側の姿だッ!!
やっと辿り着ける! 木戸川本流。
そして……、
ヨシいいぞ!!
川底にダム湖の水面がない!
これは期待通りの水位であり、目指す隧道が、おそらく水面より高い位置にあることを示唆している!!
15:37 《現在地》/海抜220m
三十郎沢線の起点である、木戸川森林鉄道本線との分岐地点に辿り着いた。
ただし、三十郎沢線と本線が同時に使われた期間は、あまり長くなかったかもしれない。
下流側から敷設された木戸川林鉄は、昭和9(1934)年にこの分岐地点まで開設され、翌年に三十郎沢線が470m開設された記録がある。
その後、本線は延伸され、昭和23年頃に三十郎沢線は廃止されたとされる。
私が辿った三十郎沢線の路盤は、この起点から少なくとも1.2kmくらいあったが、470mを超える部分については、路盤を造ったが林鉄として使わなかった(牛馬道だったとか、未成に終わったとか)説や、単純に林道台帳などの資料が喪失していて記録がないだけという説が考えられる。
木戸川林鉄を管轄したのは富岡営林署だが、その林道台帳を保管していた前橋営林局は戦後に火災で焼失したことがあり、もともと同局の資料は乏しいと聞く。それと関係があるかはともかく、単純なデータの抜け落ちではないかという気が個人的にはしている。
苦しかった三十郎沢線終わり!
三十郎沢線の全長について、470m以外の数字を記述している資料が発見された!
……のだけど、新発見じゃなくて、3年前(令和5年)に第一次探索の机上調査編で書いていたよ、自分で……。
それを読者さんから教えられて気付くと言うね……、もうトシだね。ありがとう読者さん。私にはAIよりあなたたちが必要だ。
というわけだから、紹介済みの資料の再引用でしかないのだが、確認した。
資料とは、昭和62(1987)年に小宅幸一氏が出版された『常磐地方の鉄道』である。
木戸川林鉄について、同書に次のような記述がある。
……同営林署(富岡営林署)の台帳を遡ると、発足当時は延長距離6.28km。昭和11(1936)年12月8日にはガソリン機関車を購入、と記載されている。(中略)
その後、軌道は木戸川に沿って延び、昭和17(1942)年には19.43km、昭和20(1945)年には石城郡上小川村(現いわき市小川町)地内あかかり線1.9km(後に2.75km)、昭和23(1948)年には根小屋線1.26km(後に1.86km)を延長、軌道による木材運送は最盛期を迎えた。(8)(中略)
まず、昭和32(1957)年8月6日付で、根小屋線、あかかり線が、それぞれ廃止、牛馬道へ格下げ。そして本線20.95kmも、昭和36(1961)年6月5日付で廃止を上申、同年11月1日付で廃止となり、林道へ格下げとなった。
このように、小宅氏が林道台帳を元に路線の消長を記述した中に、三十郎沢線というものは出てこないが、よく見ると注番号(8)が振られているので、章末の該当注記を見ると、次のようにある。
(8)林道台帳には、このほか昭和10(1935)年敷設の「三十郎線」1.82kmが掲載されている。これは昭和24(1949)年3月31日で廃止になっている。
本編で度々引用してきた、林野庁サイト内の「福島の森林鉄道WEB史料室」には、木戸川森林鉄道の支線は「三十郎沢線」(全長470m)だけが記載されているが、小宅氏の「三十郎線」と同一の路線と考えたい。
また、小宅氏が挙げている、あかかり線と根小屋線という支線も、WEB史料室には掲載されていないし、林野庁サイトが公表している最新版の「国有林の森林鉄道の全路線」にも記載がない。
おそらく、林野庁サイドの編集者が見ている林道台帳には記載のない路線が、小宅氏が見た林道台帳には掲載されているのだろう。
理由は不明だが、林鉄総本山の林野庁が公表しているものも絶対に万能ではないということだろう。
……というわけですから、三十郎沢線の本当の全長は1820mだと思われる。
ヨッキれんが探索したのは、1200mくらいだったねぇ。
もう1回行ってこい…。【(^o^)】
これは、平成18(2006)年の探索時に、木戸川の谷底から撮影した、三十郎沢出合の風景。
奥に見えるV字谷が三十郎沢。
その谷口に木戸川林鉄の橋脚が並んでいる。
今いる場所は、この橋の右岸橋頭である。
そしてこれが、初めて右岸橋頭から眺める橋脚たち。
不均等な間隔を空けて3本が並んでいる。
これは、木戸川林鉄で一番高くて長い橋だった可能性がある。
いつ頃まで残っていたのか、情報はないが…。
ちなみに、チェンジ後の画像に示したのは、橋の構造を描いたものではなく、橋面が橋脚よりも高い位置にあったことの図示です。
各橋脚の上に、何らかの木造の橋が架かっていたようですな。
木戸川林鉄の大きな橋は、だいたいこのようにコンクリート橋脚で嵩上げされた木造橋だ。
3本目の橋脚に、えらくでっかいスズメバチの巣らしきものがぶら下がってる…。
とありえあず、ここから見て動き回る蜂の気配はないが、仮に今年の巣だとしたら、この時期は空き家かどうか微妙なライン。
まあ、これ以上近づく予定はないので、大丈夫だろう。
ここにどんな橋が架かっていたのかな?
チェンジ後の画像は、想像して描いたものだ。
多分これ(連続方丈橋)が一番可能性高いと思います。
次点は、木造トラスだな。でも描くの大変だから、こっちで。
帰って来たぞ〜〜!
氷雨に降られながら、眼下の谷底を二人で這い回ったのは、平成18(2006)年12月9日。
この探索日から見て、14年と11ヶ月前のことだ。
あの探索の翌年、木戸ダムは完成して湛水した。
ちょうどこの三十郎沢出合は、満水時のバックウォーターになったようで、大量の砂利が堆積していた。
これらの砂利は、もちろん前回の探索時にはなかった。
前回見た景色と比較すると、砂利が堆積した様子がよく分かる。
前回探索時、ここには2段の滝があったが、【下段の滝】
が失われていた。
橋脚も低くなっていると思う。
でも、上段の滝は変わっていない。
ダムの数だけ、変わった世界がある。
その変化と、遺存の境目に位置するであろう此度の隧道。
果たして、無事か。
日没まで、あと1時間。
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