廃線レポート  
森吉林鉄 第W次探索 その6
2004.5.10


 5号隧道 偵察
2004.5.4 10:51


 排水作業に行き詰まった我々だったが、ここいらで私は覚悟の行動に出た。
先ほどはヘドロのためにそれ以上の進入を断念した、深部への進行である。
私は既に下半身は水まみれだったので特に抵抗はない。
だが、とりあえず誰も付いてこようとはしない。
或いは、突然の私の行動に呆れていたのかも知れない。

私は、数人の視線と身を案ずる声を背中に受けながら、意を決しヘドロへと突き進んだ。
その深さは、50cm以上。
太ももは完全に水に沈んだ。
深い泥のため、足はとてつもなく重く、万が一転倒すれば、窒息の懼れすらある危険な状況だ。

この右の写真を撮影した段階で、ヘドロの深さは一段落し、ここからはただただ深い水溜まりであった。



 最深部よりはやや水位は下がってきたが、まだまだもも付近の深さだ。
足元には、所々枕木の感触がある。
坑門から50mほどで、もうヘドロはほとんど無くなった。
背後からは200万カンデラの大照明が照らしており、行く手に大きな、自身の影が出来ている。
この光景、前も見た。

今回は、時間に追われているわけではないが。
一人で進んで良いものか、私なりに悩んだ。

ときおり振り返って
 「この辺まで来れば、なんぼか浅いぞー!」
また、
 「相当奥まで続いているぞー!まだ出口は見えないー!」
などと叫びながら進んだものの、坑門にいるみんなにどのくらい聞こえていたかは分からない。



 100m以上入ると、ますます水位は低くなった。
この展開は、想像通りだ。
行く手に崩壊などがなければ、後はこのまま脱出まで行ける見通しが立った。
未だ、先に出口は見えず、本隧道が相当に長い事は間違いないが、洞内の様子は安定しているようだ。
ただ、坑門にいる皆が心配だ。(いや、一人になっている自分の方が心配されているだろうが)

一度引き返そうかとも思ったが、パタリン氏の大声が耳に届いた。
 「ヨッキ!行けるとこまでいっでみれ!」

この叫びを受け、私の気持ちは固まった。
お言葉に甘えて、本懐を遂げることにしよう、と。
とりあえず、行くだけ行って、引き返してこよう、と。

この先、ペースを上げてズンズンと進む私だったが、遂に私の叫びは坑門まで届かなくなってしまったらしい。
何を叫ぼうとも、一切返事がない。
また、心配になってきた。


 1054、入洞から3分。
振り返ると、仲間達が未だ坑門で仁王立ちになっている。
何を話し、何を考えているのかは分からない。
そう言えば、いつのまにか、私を照らしていた灯りが消されている。
しかし、それはもっともだ。
超明るい200万カンデラだが、バッテリー式であり、その灯りは1時間も持たないのだから。
自身の照明だけで進めなくなれば、私が引き返せば済むこと。
このパタリン氏の判断に、私は安心した。
私のせいで貴重な照明がダウンしてしまう事を心配していては、この今の状況に集中できなかっただろう。
いまは、皆の期待を背に、とにかく先を見てくることが先決なのだ。

使命を、課されたと思って、 行こう!!





5号隧道 独りの深部
10:55

 入洞から5分経過。
私は、とにかく急いで先を見て、戻ることを考えた。
進むほどに水位は下がりつつあったが、依然膝まであり、ペースは上がらない。
振り返ると、今度は坑門に人影もない。
…なんか、寂しい。
放っておかれてる、俺?

まあいい。今は先を急ごう。

先ほどは待避口に『3』の数字を発見したが、今度は待避口ではあり得ない狭き横穴を発見した。
というか、まるでクレバスのような、人一人入れない、穴。
しかも、瓦礫で埋まっている。 いや、埋められたのか。
ライトで照らし出された奥は、3mほどでますます細くなり亀裂の様になり行き止まっていた。

これが何かは分からないが、先を急ごう。



 垂れ下がった架線が一条、水面すれすれに走っていた。
触ると、その手触りはなんか、柔らかい。
繊維のようなもので被覆されているようだ。4号隧道でボートを進めるために嫌になるほど握った架線は、堅かったが。
そして、それだけではなく、ステンレスのお皿のような反射板がまだぶら下がっていた。
これは、ここで初めて見る物体だ。
その側には、待避口。『5』の番号が記されている。

完全な素堀隧道ながら、地質が極めて良好なのか、ほぼ崩壊はない。
素堀でも充分な強度なのだろう。
約50mおきくらいに、10人位は入れそうな大きな待避口が、右・左と交互に空いている。


照明と待避口を完備していた、延長700mを越える林鉄隧道。
日本中でも、ここにしかないかも知れない。



 いよいよ枕木が水面上に姿を現しだした。
写真にも写っている内壁の線だが、多分ここが、プレでの排水作業以前の汀線だったのだろう。

慣れたとは言え、5月の雪解け水は体を麻痺させるほどに冷たい。
歩みを止めれば、足から全身に冷えが回ってしまいかねない。
もう、振り返っても、坑口は点のように小さく、そこで何が語られ、何が起きているのかなど分からない。
心配だ。
もし、事故でも起きていたら…。
それに、私は、パーティプレーを乱しているのではないだろうか…。
しかし、もういくら叫べども仲間達に声は届かず、その姿すら見えない。

本当に、これで良いのか。
自問自答しながらも、私は足元の状況が改善されるに合わせ、さらにペースを上げて進んだ。
初めての洞内だが、走らんばかりの早足だ。


 大体坑門から300mほどで、足元の水は全く消え去り、整然と枕木の並ぶ洞内となった。
ただし、枕木の間には泥が堆積しており、プレの排水工事が無ければずっと深く浸水していたはずだ。
何処までも真っ直ぐに続くように見える洞内だが、未だ行く手には出口らしきものは見えない。
微かに風はあるようだが、背後と行く手の両方に不安を抱えながら、私は急いだ。
仲間達に報告するべき何かを持ち帰るために。

私は、立ち止まりライトを消してみた。
何か、微妙に行く手の岩肌が明るいように感じたからだ。
しかし、真っ暗になってみても、先に灯りは見つけられなかった。
やはり、勘違いだったのか。

天井には無数のコウモリが張り付いている。
警戒心の強い一匹が、さっきから私の眼前を飛び回る。
もう、慣れた光景だ。


 整然と並ぶ枕木。
定期的に現れる待避口。
何処までも真っ直ぐな路盤。
持参のヘッドライトだけでも、うっすらと周囲が浮かびあがる、白っぽい壁。

どんなに恐ろしい場所かと思っていた、前人未踏の5号隧道内部であるが、実際には、今まで見てきた森吉隧道の中でも有数の保存状態を誇っている。
まるで憎むかのように、あらゆる困難で我々を阻害した4号隧道と比べて、余りにも拍子抜けだ。

その程度の良さには、ある種の神聖さすら感じた。

何十年も人を寄せ付けなかったであろう隧道が、こんなにも無垢な姿で私を待っていたのかと思うと、感慨深いものがある。
奥に行くほど困難だという定説は、森吉では通用しない。



 この隧道が長いことは予想していた。
標高差50m近い湖畔の断崖と、森吉山麓の複雑な山肌を貫通し、南清水淵沢と小又峡を繋ぐ。 直線でも、700mはくだらない距離である。

そして、穏やかな表情を見せる長大隧道だが、行く手に現れた奇妙な景色に、私は思わす立ち止まった。
一言。

「ここは、遊園地のアトラクションか。」

信じてもらえないかも知れないが、『S字コーナー』である。
それも、極めて急なS字だ。
グイっ グイッ と言う感じで、二度曲がっている。
最初と最後で進行方向は変わらないが、まるで水平位置をずらすことが目的のような、奇妙なカーブである。
僅か50mほどの間の出来事である。



 ライトアップすれば、今すぐにでもアトラクションに使えそうだ。
或いは、この隧道だけでも観光トロッコ化すれば、面白そうだと思うのは、私だけだろうか。
全国唯一の、森林鉄道跡を利用した地下テーマパーク。

貴方は今、いくら何でもそれはちょっと…。
たかがS字カーブがあったくらいで…、

と、思っていることだろう。
だが、私がこの隧道で体験したサプライズは、これだけに留まらなかったのだ。
S字コーナーなど、始まりに過ぎなかった。
森吉林鉄太平湖5号隧道。
それは、山行が史上最高のエンターテイメント隧道であったのだ。




 1103、入洞から10分。
S字コーナーの先に来てからは、もう振り返っても明かりは見えない。
そして、行く手にも、光はない。
それにしても、この隧道は完全に素堀だ。
相当に堅牢な地質なのだろうが、それだけに掘るのは大変だったに違いない。

 そこに音はなく、また、明かりも無し。
森吉の地中深くに、これほどの地下空間が、今も存在している。
なにか、想像するだけで、興奮しない?

目を瞑れば、彼の地に眠る未踏の隧道達が、私を呼ぶのだ。


5号隧道 独り貫通
10:55

 『13』まで来た。
待避口が50mに一つと仮定して、既に坑門から650m。
ところで、この写真のペイント、読めます?

私は、読めない。

…二行で書かれているような気もする。

「さはべ」?

「あべし」??



 “5号隧道アトラクション  NO.2”

洞内分岐。

信じがたい光景だが、森吉林鉄5号隧道に、洞内分岐点発見。

右、本線。
左、謎の穴。

左の穴を覗いてみる。
なぜ、「覗く」のかと言えば、入れないからに他ならない。
崩落ではない。
入り口が上部30cmほどを残し、土砂で埋め戻されているのだ。
こうなれば、僅かな隙間から奥を覗くより手はない。

洞内分岐点などと、最初は誰が思っただろうか。
しかし、覗いた先にも、空洞が存在していたのだ…。


 空洞に、体を滑り込ませる。
ざらついた土砂が腹這いの体を汚すが、気にしない。
興奮故だ。

そして、ヘッドライトの明かりを奥へと向けてみる。
照らし出されたのは、水面である。
それも、高い。
ほぼ、私の頭の近くに水面がある。
すなわち、土砂が積もっている上限まで、水がひたひたと溜まっているのだ。

これは、絶対に侵入不可能な横穴である。
悔しいが。
しかし、まだ一縷の望みがあった。


   ますます信じがたいが、水面上の僅かな隙間に目を走らせていくと、30mほど先方で、明るみがあるのだ。

そうだ。
横穴は、外へ続いている。
しかも、久々に見た外の光は、滝の音を伴って届き来る。
一体、この奥はどうなっているのだろうか…。




 手を伸ばせば届くだろう地底湖。
透き通った水面下には、多数の落ち葉が沈んでいるのが見える。
その水深は、少なく見積もっても1m以上。
しかも、もともとこの横穴は狭く低く、水面上には50cmくらいしか空洞はない。

一体、この空洞は何なのだろうか?
外へ通じているようだが、本洞から45度程度左側へ伸び、その延長は推定30m。

過去に一度だけ似たような場所を見た。
錦秋湖に沈んだ旧横黒線の本内隧道である。
ただし、あちらは隧道の窓のような感じだったが、こっちのものは、横穴が長い。
やはり、本来は支洞だったのだろうと思う。用途不明だが。



 衝撃の洞内分岐点の先、本洞を進むと、やっと出口が見えて来る。
出口はまたも左への急なカーブとなっており、お陰でここまで出口が見えなかったのだ。
やはり、その延長は750m程度ありそうだ。
これは、密かに、林鉄隧道で突破したものとしては過去最長延長だ。
あの地獄の4号隧道がこれに次いで長いだろうか。
そして、未だ探索半ばとなっている6号隧道が、いよいよ日本最長の林鉄隧道の座を狙っている。




 1106、入洞から13分。
突破だ。

今ごろ、仲間達は何をしているのだろうか。
気が気でない。
とりあえず、脱出できるということが判明した。
これは最大の収穫である。
この収穫を持って、皆のもとへ帰ることにしよう。

その前に、一応、出てみるか…。




 蛙の卵が浮かぶ淀みの向こうに、ホッとするような外の世界の光が。
しかし、坑門の外に広がっていた景色は、唐突なものだった。







 淀んだ大河。

橋は、無し。

これにて、前進終了。
皆のもとへ、帰還を開始する。


そして始まる、最後の探険。
5号隧道のアトラクションは、こんなものでは、無かった!!




その7へ

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