廃線レポート 第二次和賀計画 その5
2004.11.28
出 航 !
2004.10.24 9:52
我々は約10分をかけて、坑口から約400mの水没地点より、坑口へと引き返した。
脱出すると、眩しい日光と、秋の陽気が迎えてくれる。
だが、まだ闘いは終わらない。
予想以上に水位が下がっていたのは僥倖だったが、やはり目的の閉塞地点の「壁」をこの目で捉えることは出来なかった。
ここで、今回の合同調査の肝である、ボートの準備に取りかかったのである。
写真は、ちょっと寄り道して、坑口直上の通常汀線付近から、大荒沢ダム方向(上流)を俯瞰する。
通常時の坑口は、かなり深い位置に沈んでいることが分かるだろう。
アングルが変わって、今度は下流側から見た坑口部。
人が集まっている、凹んだ部分に坑口がある。
周囲は瓦礫の斜面であり、元々は一様に埋められたか、或いは水没後に埋まっていた可能性がある。
内部の坑口付近にも、土砂で埋めた形跡があり、長い水中での存置の中で、現在のような「僅かに顔を見せる」状況になったのかも知れない。
いずれにしても、
あの日
の夕暮れに訪れた坑口との出会いには、未だに運命的なものを感じるのである。
ここまで、パーツを分担して持ってきたくじ氏のボートを、組み上げる。
ポンプで空気を入れれば、殆ど完成であり、時間は要さない。
ただし、ここで大きな問題が発生した。
ゴムボートは、全部で4コの空気室で浮力を得ている。
それは、外周部分に二つ(内側と外側)と、人が乗る線底部分にも二つ、交互に空気室が組み合わされている。
そして、問題はこの4つの空気室のうちの二つ。
船底部分の二つが、いずれもパンクしていたことだ。
これは、かなり重大なトラブルかも知れない。
なにせ、漕ぎ出した後に沈没でもしようものなら、無事では済まされないだろう。
非常に心配ではあったが、まずは浮かべてみようと言うことで、10時12分、再入洞となった。
ボートは二人乗りである。
まずは、最初にチャレンジする私と、くじ氏の二人で、水没部分までボートを運搬した。
オールなどは、HAMAMI氏とふみやん氏に持って頂いている。
隧道内部は、我々4人の往復により、泥の上にはっきりとした踏み跡が形成されている。
今ごろはもう、すっかり水没し、足跡も急速に消え失せているだろうが。
くじ氏によれば、このボートを初めて使用したのは、2004年5月初頭の
第四次森吉計画
であるという。
あのとき、水没5号隧道でくじ氏と自衛官氏が乗っていたボートである。
帰りには山越えをして戻ったから、正味使用したのはあの一回だけということになる。
森吉でパンクしたままで、それに気がつかれず、今回も使用されているわけだ。
気の毒なボートである。
10時23分、水没地点までボートの運搬を終了。
浅い部分で、その浸水テストを実施した。
結果、ボートは充分な浮力を有してい
そう
であると、判断された。
もう、我々は行く気満点であり、多少テストの内容がテキトーであったかも知れないが、結果的には無事にこうして生きているので良しとしよう。
パンクしているのが、外周部であれば、流石に終了だったと思うが。
なお、ふみやん氏は長靴装備であり濡れを嫌ったため、洞内汀線付近で待機している。
最初に水に浮かべた地点で、早速乗り込んだ私とくじ氏だったが、流石にこれは気が早すぎた。
水深が10cm程度では、底に当たってしまい進めなかった。
ボートをさらに数十メートル牽引し、写真にも写る横坑跡付近にて、遂に我々二人はボートに乗り込み、出航を試みたのである。
半年ぶりの、ボートでの探索。
怖さもあるが、楽しくて仕方がない。
果たして、この奥には何があるのだろうか?
出 航!
徐々に水面上に遠ざかる私とくじ氏を乗せた、ボート。
パンクのせいで浮力の不足は間違いないが、体重の軽い我々には、問題がなかった。
なお、この出航時の装備は、以下の通りである。
浮き輪 × 2
(一つはくじ氏持参、一つは拾ったタイヤチューブ)
照明 × 2
(私の愛用のマグライトと、くじ氏の懐中電灯)
デジカメ × 1
(私のデジカメだ)
可能な限り、軽装で望んでいる。
さて、ここからはカメラを船上に切り替える。
くじ氏である。
役割分担としては、漕ぎ経験者のくじ氏を漕ぎ手に、私は撮影及び、進路の確認を行った。
全く漕げない私が言うことではないが、くじ氏も漕ぎ初心者であり、ボートは初めのうち、何度と無く狭い洞内を旋回したり、左右の壁の間を行ったり来たりした。
その都度、接触によるボートの破損に恐怖したわけだが、流石にくじ氏、いくらか進む頃には上達し、真っ直ぐ進むようになってきた。
写真は、くじ氏が大写りになっているが、当初は進路側にくじ氏がいる配置であったために、多くの写真に彼の勇姿が写り込んでいる。
というか、周囲は写らず、彼だけが写っている。
途中から舟の進行方向を逆にしたので、彼の写り混みは激減した。
くじ氏ファンには、堪らない映像が図らずも大量に納められた。
ここからは、再びフラッシュを焚いて撮影している。
百万カンデラの光量を持つライトは、HAMAMI氏の手にあり、マグライトでは明らかに撮影するための光量が不足したので、やむを得ない。
どうしても霧が写り込んでしまい、不明瞭な写真が多いことを、ご了承頂きたい。
写真に写った水面の色は、緑っぽい。
側壁の角度を見て頂ければ分かると思うが、まだ水深は4・50cmといったところである。
ただし、この先のどこかには確実に存在するはずの閉塞地点の「壁」まで、延々に55分の一の下り勾配が続くのだ。
55m進めば、水深も1m増えることを意味する。
現在、水面上にある空洞は、高さ4m程度。
逆算すれば、あと200mほどで、隧道内に空洞はなくなることになる。
確かに、進むほどの水位は確実に増していく。
真っ直ぐ続く洞内を、特に障害といえるようなものもなく、ボートは順調に前進する。
実際には、なかなか真っ直ぐ進めないで苦労していたりもしたが、それでも、気持ちには余裕があった。
浮き輪も二つあるしな。
空気が入っていない船底部分は奇妙な柔らかさで、嫌だったけれど、抜群の興奮の前に恐怖はない。
人跡未踏の隧道奥地へと進む快感は、何物にも代え難い。
静かな洞内に、僅かな水音だけが響いていた。
二人は、狭い船上で興奮を隠そうともしなかった。
コツを掴んで、前進のペースが速まる。
そうすると、ますます水位の深まるペースも増す。
既に、オールの先に見える水面は、真っ青だった。
ゾクゾクする。
武者震いという奴に違いない。
それにしても、綺麗な水だ。
洞外の湖面は、あんなに茶色い泥流のような色だというのに、地下水を主成分とするだろう隧道内湖面は、まさしく地底湖の神秘色そのままだった。
横坑が現存しないことが判明した今、現在の水位が湖と同期しているとすれば、岩盤を浸透して繋がっていると考える他はない。
としても、岩盤が天然の濾過装置となって、隧道内の水はこれほどに透き通っているのだろう。
写真が不明瞭で申し訳ないが、真っ青な水面と、それに接する右側の壁を見て頂きたい。
すでに水面は、人の背の高さよりも高くなっている。
待避口や碍子などが、湖底にゆらゆらと見えていた。
幻想的な光景であるが、流石に不安が高まってくる。
いったい、どこまで続いているのだろう。
既に、漕ぎ出してから100mは進んでいる。
坑口からの距離は500mにも達するはずだ。
隧道は総延長1468mであることが、記録されている。
私が、かつて駆けた
仙人側の閉塞隧道
は、延長1000mと想定したが、どうやらそれは大げさだったらしい。
確かに、あのときはなにか距離を測る術を持っていたわけではないので、水位から大体の距離が予想できる今回の計測の方が、正確性は高いだろう。
恥ずかしながら、
「推定深度1000m」は嘘だった
。
この先、進めば進むほど、仙人側の「壁」は浅かったことが、明るみになるのである。
私の心中は、多少複雑だった。
だが、今謎を解かねば、おそらくもう二度と、ここへは来られない。
全てを知るために、我々はなお前進する!
異形の門 そして…
10:36
前半もたついたので、既に漕ぎ出しから13分を経過した。
その間、ずうっと一切れのゴムに命を託して探索を続けていた。
ふと気がつくと、当初は二つあったはずの浮き輪が、一つ逸失していた。
漕ぎの邪魔だったので、洞外で拾った黒いチューブの浮き輪は、ロープで船尾に固定したつもりだったのだが、解けたらしい。
今さら戻るつもりもない。
とにかく、このボートは整備不良状態なのだ。
明らかに身長よりも深い湖面が延々と続く光景に、我々の不安は励起され続けた。
出来ることなら、早く問題を解決し、陸に戻りたいのである。
極限の緊張感が、徐々に近づいてきた。
お互い励ましあうように声を出し合い、音頭を取って前進を続けた。
我々の声以外には、洞内に谺する音はない。
水はさらに深くなり、いよいよ天井との間に、圧迫感を感じ始めた。
残りの頭上空間は、1mを切った。
もう、50mほど前進したら、強制終了だ。
ある頃より、水面上の空間がもの凄い勢いで減っている気がする。
隧道の断面の形状が、そう言う印象を与えるのである。
しかし、いい加減「壁」も現れるはずだ…。
内壁は、下半分は煉瓦積み、上半分はコンクリ覆工という部分が多かった。
長年の水没による影響なのか、コンクリには至る所に白い模様が浮き出していた。
石灰分の析出である。
ただ、天井を含めてツララ状に成長しているものが存在しないのは、これまた水没による現象だろう。
すでにここは、通常時のダムにおいては、水深10m〜30mという、深い湖底の世界なのである。
水圧などの隧道を支持していた条件も今は大きく変化しており、圧壊の危険性もあるだろう。
不気味な赤みを帯びた内壁は、
さらなる狂気じみた光景へと
我々を誘うのであった…。
なにやら、前方が妙に赤い。
最初のそのことに気がついたのは、前方をマグライトで慎重に観察しながら、漕ぎ手であるくじ氏に状況を伝えていた私だった。
はじめ、その景色がなんであるか、見当がつかなかった。
とにかく、異様に赤いのである。
禍々しいほどに、鮮やかな赤。
ボートは、漕ぎを止めても、惰性で進んだ。
その、赤い部分へと目がけて。
うわぁー…
…きもい…。
我々は、その異様な光景に、声を失った。
それは、異形と化した支保工であった。
レール状の金属を組み上げたこのような支持は、この地点までにも度々現れていた。
ただ、このような異常な様子になっているのは、ここだけだ。
レール自体ではなく、その上の、コンクリの内壁と金属柱との間に嵌め込まれている木製の板から、この異常すぎる赤いツララは生じているようだった。
また、ツララが存在する事自体、大きな謎である。
水中でも、生じるものなのだろうか?ツララって?
まあ、水よりも比重が大きな物体で出来たツララなら、あり得るよな。
錆とかならば、恐らく…。
この赤さは、石灰分ではないだろう…。
もう、これ以上は進めない。
なにせ、写真を見て頂ければお分かりの通り、ボートだけならばいざ知らず、乗員の頭が天井に干渉してしまうのである。
この支保工が、特に内空高を失わせていた。
もちろん、この得体の知れぬ赤いツララに触れるのは、嫌である。
漕ぎ出しから、おおよそ200mほど進めただろうか。
坑門からの距離は、600mを超えているはず。
なのに、マグライトで照らされた先に、壁は見えない。
敗北である。
ボートを持ってしてもなお、壁はさらに、深い湖底にあったのである。
地獄の門のような、浮世離れした光景を前に、
我々は、笑うしなかった。
なんつー 隧道だ!
< 次 回 予 告 >
「カメラさん、そこ撮して! そこぉ!」
我々は遂に、隧道地底湖の奥に、
幻の生物
を目撃する!!!
その6へ
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