鬼怒川温泉の廃観光道路 第3回

所在地 栃木県日光市鬼怒川温泉
公開日 2008. 1. 5
探索日 2007.12. 7

 楯岩登頂?!

 見捨てられた公園


2007/12/7 12:34
楯岩隧道前 (ゲートから400m地点)

クレバスのような掘り割りを抜けると、異様な隧道が出現。

訪れた誰もが思わず呆気にとられる景色だと思う。
なにせ、直前の掘り割りの大仰な規模に対し、隧道の方は余りに粗末。
坑口前が異常に広くなっていることと併せ、これが本当に一本の道なのだろうかと疑いたくなる。




 さらに隧道へと近づいてゆくと、右の斜面に登る長い階段が分かれる。
その入口には朽ち果てた指導標が立っているが、もはや一文字も読み取れない。
ただ、この階段が古くはハイキングコースのようなものだったのだろうと想像させるだけだ。

 …階段。

登ってみようかと身構えたものの、ジグザグを描きながらどこまでも登っていく急角度の階段は見ているだけでフトモモが攣りそうだったので遠慮した。
どうせ、展望台か何かでしょ。この上って。




 なんと、この広場から登っていく階段は、ひとつだけではなかった。

掘り割りによって切り離された三角の山へと登っていく、やはりジグザグの階段。

その先端は、おそらく三角の頂点に達している。
こちらは終わりが見えているだけに、登ってみようという気持ちになれた。


 それにしても、この掘り割りは殆ど自然の地形を利用したものだと思っていたが、少なくとも広場側の半分くらいは山を切り開いて一から作ったものらしい。
両側の法面が奇麗に対称形となっている。
工事の規模を考えれば、やはり観光ブームに乗ってなされた最近の道である。




 正式な名前の分からないこの道を、表題の「鬼怒川温泉の廃観光道路」とした根拠は、この一連の施設の存在によるところが大きい。

二つの階段歩道が分かれるこの場所は、駐車場を兼ねただろう広場になっており、傍らにはトイレやコンクリートのテーブルなど公園然とした設備がある。

おそらく、「楯岩園地」などとでも名付けられた公園だったろう。
廃道であるこの道以外に訪れる術が無く、無惨な遺址と成り果てている。



 そんな広場の一隅にある円陣を彷彿とさせるコンクリートのテーブル。
数えてみると、椅子の数は全部で10ある。
だが、椅子と椅子の間隔が少なく、またテーブルも小さいため、満席になったら人と人がかなり密着した…そんな状態になると思う。

 私は密かに、ここでのオフ会開催を目論んでいる。
10人限定参加のオフ会で、ここに全員着席して“廃道焼き”でも食べようじゃないか。
なーに、トイレもすぐ近くにあるから女性だって余裕だぞ。



 トイレ。

なお、何者かの暴行により男女個室ともに便器が破壊されており、その分内部スペースは広い。
最悪雨が降ったら宿舎代わりに使えないこともないが、ここに逃げ込むくらいなら隧道を使うというのが大半の意見だろう。
ちなみに、水はもう出ない。(近くに水場もない)



 広場の一方は鬼怒川に面しており、ガードレールの向こうは切り立った崖が青白い水面へと落ちている。

素晴らしい見晴らし と言いたいところだが、残念ながらそれほどでもない。
なんというか、対岸のホテルの存在感が大きすぎるのだ。
望遠鏡でも設置すれば室内を覗けそうなほど、真っ正面だ。
おそらくここからの眺めは、あのホテルのパンフレットに使われていることだろう。



 広場の配置図は左のとおり。
トイレとテーブルがその設備の主なもので、あとは駐車スペースか。
そこから、南と北に向かって急角度の階段歩道が延びている。
また、南側には隧道も口を開けている。

 右の写真は広場の全景で、一応舗装があるのだが完全に落ち葉とそれが変じた土で覆われている。
ここから見ると、掘り割りの人工物らしさが際立って見える。




12:36 上の図の「階段2」へと登ってみる事にした。

おそらくこれを上っていけば、楯岩や下界の温泉街を俯瞰する、またとない絶景を欲しいままに出来るはず。

階段は、膨大な量の落ち葉に覆い隠されており、もともと狭いステップがさらに狭くなっている。
手すりは一応あるが、錆び付いていてどのくらい頼りになるかは不明。
バリアフリーなどどこ吹く風の、怪しい歩道である。




 登りはじめてすぐに掘り割りの縁にぶつかって、反射する光のように90度進路を変える。
そして、さらに急な階段が始まった。


 ステップが見えなくてこわいよぅ…




マテ!
怖いだろ…それは…

怖いって。
これは怖いって。
欄干どこ行ったの?!
どこ行ったのー!

 ネタじゃなくて、怖いよ。階段も相変わらずだし。





  |ω・`) チラッ



 さっきはあんな所を通っていたのか…。

なぜ隧道にしなかったのだろうかと、不思議なくらい深い。

そして、我が歩道はいよいよ頂きへと接近してゆく。
か細き、尖塔の、頂きに。




 ここは、本当に観光用の歩道なんですか…?

なんと言うところに道を作ったんだよ!
道を見下ろさせるために、わざとギリギリの縁に道作っただろ。
観光のためなら何でもありですか…?


 …上等だぜ。

ほんと、なんで向かって左側の欄干が腿よりも低いくせに、右側は腰までの欄干があるんだよー。

階段を上ると必然的に欄干に身を乗り出すように上体を持ち上げるわけで、高所恐怖症の人はこの時点でアウトだと思う。




 キタよ。


遂に地表に歩ける、道を作るスペースが無くなったもんだからって、階段桟橋だよ…。


 もう終わりは見えているが、この先は今までに輪をかけて怖い。

何が怖いって、この橋の根元が腐ってて、まるごと谷に落ちたりしないかって事だよ…。
右も左も、断崖絶壁ですから。

 

 階段さえジグザグを描きながら、最後の登行。

古アパートの階段のような鉄の桟橋。
揺れこそしないが、余り頑丈そうでもない。

ここを歩いていると、地に足が着いていないと言うだけで、人はこんなに不安を感じるものかと、そう思う。




12:38 頂上展望台?

 無事に天辺に到着。
しかし、階段に疲れた脚をゆっくり休めるような雰囲気ではない。
狭い上に、強い風が吹きさらしており、耳が鳴るほどだ。
だから、寒い!
本当に何にもない、3畳ほどの人工的山頂。

ここまで来たからには遠望を極めたいわけだが、こう風の強い中で縁に近づくのは、怖い。




 ここに登ってみて私は閃いた。

ここはロケに使える!

「鬼怒川温泉郷 湯煙全裸連続美女殺人事件」のラストシーン(想像)。

 「くにひこさん。あなたが犯人だったのね。」

思い詰めた表情で、20年ぶりに再会した同窓生に問いかけるヒロイン…。
深く頷き、そのまま俯く男。
だが突如激昂し、くにひこの太い手がヒロインの細い首に伸びる!
為す術もなくギリギリと締め上げられ、やがて手すりに背中から押し付けられるヒロイン。苦悶の表情!
突如響き渡る甲高いサイレンの輪。

 「サカモト、そこまでだ!」



 とまあ、そう言うシーンにはうってつけですな。
(あっ、パトカーは乗り付けられないので、ヘリでヒーロー登場とかね)

ちなみに、上の写真で左手前に写っている岩の山頂は、楯岩の天辺である。
僅かに楯岩よりも展望台は高く、両山頂は20mほど離れている。
岩の露出した、“蟻の戸渡り”然とした尾根が結んでいるが、そこはもう観光客の領域ではない。

 遠目には双耳峰と思われた楯岩だが、実はその片方は、人工的な掘り割りによって作り上げられた、偽りの頂であったのだ。
歴史を誇る温泉郷のシンボリックな景色さえ改変するほどの、凄まじい観光道路開削への執念を、私は見た気がした。




 展望台から、道を見下ろしてみました。



下に、道が見えるだろうか…?


まるで、奈落の底だ……。







 さあ、見るもの見たし、帰るぞ

って、
こえーー!


 帰りは、もっと怖かった!!

こんな縁を伝って、急な階段を下っていくなんて〜。




 下りの最中、ずっと右側には廃道が…。

“凶”から“メ”を取った形の道が、どうやっても視界に入ってくる。

下りには身を乗り出すような怖さがあって、上り以上に恐怖を覚えたが、ステップを隠す落ち葉を払いながら地道に、慎重にチャリの元へと戻ったのだった。



 残るは、いよいよ隧道だ。





 楯岩隧道 


12:41 

 というわけで、いざ隧道へ。
この先は本当の意味で未知である。

 …それにしても、この坑口の外見は、なかなか凄いインパクトだ…。
林鉄の隧道だと言われれば納得できるかも知れないが、近年の自動車道で、しかも観光道路だったというのだから驚く。
坑口前の道路標識が、余計に坑門の異様さを引き立てている気がする。
こんなもので取り繕っても、この坑門の禍々しさは少しもフォローできていない!
助手席の子供は大喜びでも、ハンドルを握るパパは涙目かも。
実際、この駐車場まで来て引き返したくなったドライバーも少なくないと思うのだが…。

 しかし、思い出して欲しい。
入口のゲートにあった標識を。
時間帯一方通行規制の存在を!

 パパ涙目…つうか号泣!!
ここまで来てしまったら最後、すぐには引き返せない時間帯もあっただろう…!




 入口は、坑門自体が崩壊した土砂で路面が高くなっている。
工事現場を思わせるフェンスが設置されているものの、落石により破壊されつつある。
フェンスの文字、「安全第一通行止」はもっともだと思うが、こんな道を通しておいて何を今さら、という気もする。

 この時点で、洞内は真っ暗にしか見えず、出口はおろか風の存在も認められない。

 まさか…。



 遠目には小さく見えた坑口も、実際に近づいてみると意外に大きかった。
直前の掘り割りの幅や頭上への広がりの宏大さから、特にこの坑口が狭く見えていたらしい。
林鉄のサイズではなくて、やはり自動車道。
しかも、ちゃんと大型車でも通れそうなサイズがある。
坑口前には高さ制限2.2mの標識が立っていたものの、それを信じるなら頭上に50cmほどしか空頭が無いはずである。
実際には、高さ3mほどは認められる。
幅員も3mといったところか。




 チャリを持ち上げて、洞内へと進入する。
地形図でも描かれている隧道だが、それはいたって短いものだ。
せいぜいあって50m。
それにもかかわらず、出口が見えない。

 閉塞の予感に身が強張る。焦った視線が光を求める。




 ホッとする。

出口だ。
出口が見えてきた。

なんと言うことはない。
ただ、入口付近で20度ほど曲がっていたのだ。それで光を通さなかった。
目が暗闇に慣れる間もなく、安堵の光が見えてきた。

 しかし、見え方がまだちょっとおかしいような。
まだ何かあるのか?





 はぁ?

ありそうでなかったこんな道。

これって、なんだー?

隧道+横坑?
それとも、
隧道+片洞門+隧道?

 まさか、「観光のために奇をてらった構造」ではないと信じたいが…。
しかし力学的に大丈夫なのか?
坑口付近が危ういような感じはしないか?

 「ありそうでなかった。」「他では見ない構造」
そう言うものには、皆なんらかの重大な欠陥があるように思えてしまう私は、既に道路界の保守派なのだろうか…?
だとしたら、嫌だなぁ。

 でも、少なくともこの横坑には、感じなかった。



 道づくりへの必死さというか、真摯さというか…

「これより手がない」「やむをえない」という感じが、なぜかしない。

私の無知ゆえかも知れないが、妙に真新しいガードレールの印象と相まって、この横坑の印象は不思議と軽薄に写ってしまった。
面白いことは、面白いのだが…。

もちろん、工事に携わった人の真剣さを疑う所はない。当然、難工事であったに違いない。




 横坑を過ぎれば、すぐに出口である。
やはり全長は50mほどであった。
洞内はひとつの崩れもなく、意外なほど奇麗だった。
また、路面は未舗装で、それが砂っぽいせいか、車が頻繁に往来したという感じがしない。
どちらかというと、アトラクションのような… そうではないのだろうが、印象としてはそういう感じがした。
この写真にも明らかだが、隧道の外の景色との落差が、極めて大きい。

 これは完全な憶測に過ぎないが、もしかしたら隧道のみ、廃止後に復活へ向けての拡幅改修工事を施されたような事はなかったろうか。
絶好の眺望地である公園へのアクセスルートとして、何とか道を残したいという思惑が、“北側の掘り割り”の廃道を受け入れる一方で、“南側の極細(高さ2.2mの)隧道”を改修させた。

…などという事は、なかっただろうか。




 不本意にも、「軽薄だ」などという印象を私に持たれてしまった南側坑口。

はたして、これは古くからの外見だったろうか?


 それにしても、この坑口は本当に崩れないか心配である。
横坑から坑口までの距離は10mもなく、素人目には、力学的には殆ど片洞門に近い状況なのではないかと思える。
壁に鉄筋でも仕込まれていればいざ知らず、この薄っぺらな岩の壁は、ちゃんと頭上の岩盤の重みを支えられるのか。

廃道となった今、少なくとも行政にそれを気にしている人はいないだろうが。




 こちら側にも、高さ2.2m制限の標識が、半ば朽ちた姿で残っていた。

こうして大きな岩盤に穿たれた坑口を見ていると、「軽率だ」などという印象を持つこと自体が「軽率であった」かも知れないと、そうも思えてくる。

どちらにしても、観光という旗印無くしては、わざわざこんな嶮岨な地に(対岸に立派な国道があるにもかかわらず)、中途半端に危うい隧道を掘る必要もなかっただろうとは思う。(どうせ作るなら、現道である有料道路の「鬼怒川トンネル」だったろう)




 坑口前の落石現場を過ぎると、再び幅の広い舗装路が復活する。

依然として廃道ではあるようだが、あとは有料道路への合流地点へ向けて下る一方だろう。

果たして、どのような合流風景が待ち受けているのか。

そして、私は料金を払わされるのだろうか?




次回、最終回。